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21.鶏ガラ塩ラーメン(3)


 シャンコ隊が解散して、やっと卓に平穏が戻ってきた……と思ったのも束の間。


「お腹空いてない?スープだけじゃ足りないでしょ。お菓子持ってこようか?」

「手、冷たいね。美咲さんって、お酒飲むと冷えるタイプ?これ羽織ってて」

「はい、これいつもの。好きでしょ?ティーサワー」


 ショウが鬱陶しいくらいに世話を焼いてくる。

 なんだこれ、久しぶり帰省した時の実家か?


(しかも、いつもより近い……?)


 ショウが肩が触れそうなほど近くに座るなんて初めての事で、なんだかソワソワする。それになにより、1番気になるのはーー


「あれ?飲まないの?ティーサワー。気分じゃない?」

「いや、むりだから!空いてないから!さっきからずっと繋がってるから!!」


 私はショウに掴まれている右手を持ち上げて見せた。

 もう片方の手は、さっき問答無用で肩にかけられたショウのジャケットが落ちないように押さえるので塞がっている。これで、どうやって受け取れと!?


 っていうか、なんで離さないの!?

 ……え、『もう離さない』って物理的なことだった?まじで?


 最初は、ショウもタイミング逃して握り続けてるだけかなって思ったけれど、ここまでくるとそうじゃないかもしれない。


「ティーサワー、飲むから、離してっ」


 じとっと睨みをきかせるけど、ショウは気にも留めず、ただ優しく微笑む。

 その余裕が、こっちの動揺を全部見透かしてるみたいで、余計に恥ずかしい。

 じわっと熱を帯びた頬をごまかすように、勢いよく手を引けば、ショウは名残惜しそうにしながらも、掴んでいた手を解放してくれた。……あぁもう!!


(分かってる。 私が「客として応援する」って言ったから、こういう”いかにも“な態度になってるんだって。でも、これって……普通なのっ?)


 ショウの接客がスマートすぎて、まるで別人みたいだ。それこそ私が吸血したあとの”デキるショウ”と同じ雰囲気。


「……私、今日吸血したっけ?」

「ん? 吸いたいの?」


 堪らず尋ねれば、ショウがなんの躊躇いもなくネクタイの結び目に指をかけた。


 ちょ、さらっと差し出そうとするな!!ショウって吸血反対派だったよね!?シオンみたいになってるけど!?

  兄弟だから?包容力が家訓なの!?


 私は慌ててショウの手を掴んで下ろす。

 正直、今首筋見せられたら、我慢できる自信がない。

 ようやく落ち着いて話ができそうだったのに、なし崩しになるのは絶対にダメだ。


「ちがくて!だってショウって、いつももっとこう……空回ってるじゃん!!」

「ひどくない!?俺だって成長してるんですー。それに、俺は”担当”だから美咲さんのお世話したっていいでしょ?」


 ショウはそう言って私が下ろさせた手を反転させて、指を絡めてきゅっと握った。思いがけない反撃に言葉に詰まる。


「うっ……」

「いやー、これまでだったら殴られてたね!!なんか猛獣手なずけたみたいで超愉快っ……った!!」


 ペシッと、いい音が鳴る。

 猛獣。その一言で冷静になった私は、すぐさま指を解いて、その手をはたいた。


「失礼。野生育ちなもので」

「くっ、ここは変わらずか。でも、ツンツンしてるのも可愛いんだけどね」

「……シオンから余計なことばかり習ってるみたいだね?」


 流れるように出てくる甘い言葉に呆れ気味に言ってやるとショウは少しムッとして答えた。


「シオンからは何も教わってないよ。職場じゃ全然絡んでこないし」

「兄弟なのに?」

「兄弟だからだよ。親しくしてたら周りも気まずいでしょ。あと、普通に家族の前でホストやるのは恥ずかしい」


 そう言ってショウはちらっと辺りを見回した。シオンはまだ出勤してないみたいだ。


 たしかに、シオンはショウをホストから足を洗わせたがってる節があったし、接客スキルを直々に伝授するとは思えない。でも「シオンから”は”」と言うことは誰かしらからは教わってるってことだ。


「じゃあ、誰から……え、まさか流生?」


 それはやめた方がいいんじゃ……?とつい身を引いてしまった私に、ショウが笑って首を振る。


「拓見さんだよ。ほら、さっき会ったでしょ。うちのオーナー」


 忘れもしない。キラキラシャンパンを押してシャンコ隊を率いてきた拓見のドヤ顔を思い出し、私は渋い顔をした。


「ちょっと、そんな顔しないで。そりゃノリはザ・ホストって感じだけど……凄くいい人だし、俺らはめちゃくちゃ恩があるんだよ」


 俺ら、というのはショウとシオンのことだろう。


(そういえば、シオンもオーナーには恩があるって言ってたっけ)


 違うことといえば、シオンはオーナーのことを「悪い人」と言っていたことだ。


「シオンは、オーナーがショウをホストに引き摺り込んだ、なんて言ってたけど、ショウがオーナーに連絡したんだよね?」

「うわー……それ、シオン言いそう。そうだよ。俺が自分でホストになるって決めた。拓実さんは、俺を受け入れてくれただけ」


 オーナーを悪者にするようなシオンの言い方にショウが困ったように肩をすくめた。そして少し考えるそぶりを見せて、小さく頷いた。


「あんまり面白い話じゃないけど………さっきのこともあったし、どうして拓実さんに恩があるのか、美咲さんには言っておこうかな」


 バツの悪そうな顔をしたショウに、なんだか大事な話が始まりそうだと私は姿勢を正した。


「俺、高校の時に親が離婚してさ。母親の稼ぎだけじゃ、子ども二人を学校に通わせるのが難しかったんだよ。ほら、俺、頭良くないしさ!公立じゃなくて私立行ってたから、学費も高くて……」


 ショウが少し茶化すような口ぶりで話始める。不必要に重い話にしたくないからなのかもしれない。


「それで、シオンが大学辞めて働きに出てくれたんだ。俺の学費のために。……なにしてんだよ、って話だけどさ」


 悔しさの交じる声でショウは苦い顔をした。


「なのに俺、その頃そんなこと全然知らなくて。高校卒業して、好きなように調理師学校にも行ってて……ほんと、馬鹿だよなぁ」


 自嘲するように吐き出した言葉は湿っぽく、いっそうショウの顔が陰った。


「もう十分、シオンは俺のために犠牲払ってくれてたのにさ。それでもまだ、俺のことを気にしてる。……美咲さんもシオンからそんな話を聞いたから、ホスト辞めろなんて言ったんじゃない?」


 そのとおりだ。

 シオンのショウに対する心配を知ったのがきっかけであんな事を言ってしまった。

 ほんと、いいように使われてるよ私!


 何も言わなくてもショウは私の表情で察したようで、やっぱりって顔をした。


「過保護すぎんだよ。俺だってもう子供じゃない。心配する必要なんてないってこと、分かってもらいたいんだよ。その為には、やっぱここで成績出さないとって思って……ホストって頑張った成果分かりやすいしさ!」


 張り付いた陰りを振り払うように、明るく言ったショウを見て、なぜ向いてないホストをやっているのか、少しだけ分かった気がした。


(……もしかしたらショウはシオンの見えるところで同じ仕事をすることで、シオンにもう大丈夫だよって伝えたかったのかもしれない)


 そうだとしたら、シオンに負けず劣らず、ショウも相当兄思いだ。本当にこの兄弟はよく似てる。


「それで、拓実さんだけど。あの人は、ツテもコネもないシオンを拾って面倒見てくれた人なんだよ。つまり、あの人がいなかったら俺は高校卒業できてない。そのうえ、シオンがホストやってるって知って勢いで東京に出てきた俺の世話までしてくれて。だから俺は頭上がらないってわけ」


 一息にそう言ったショウは、照れたように髪をかきあげた。


「ごめんね、さっきは。せっかくシャンパン入れてくれたのに、ちゃんと答えられなくて。でも、本当に嬉しかった」


 伏せていた目線がすっと上がり、ショウのまつ毛が小さく震えた。


「ありがとう、美咲さん」


 はっきりと、丁寧に。まっすぐすぎて、ちょっとこそばゆいくらいだ。


 たった一言なのに、どうしてこんなに満たされた気持ちになるんだろう。ちゃんと気持ちを伝えようとしてくれたことが、すごく嬉しかった。


「……次は、もっと頑張る」


 思わず口からこぼれた言葉に、ショウが小さく「えっ」と漏らしたけど、私だってこんなこと言う気はなかった。でももう、止まらない。


「来年は、バレンタイン、とかも……もっと良いやつあげるから!」

「それって………えっデレ……?美咲さんデレてるの!?」

「デレてないっ!!」


 驚きながらも、揶揄うようなショウの顔が目に入って私はさっと、顔を背ける。


 ……ああ、もう、何言ってるんだ、私!?こんなの、完全にホストにハマってる(カモ)じゃん!


 頭のどこかで冷静な自分が、これはおかしいと警告を鳴らしてた。けれどーー


(ショウが頑張る理由を知って、喜ぶ顔を見たら、応援したくなっちゃったんだよ)


 ちらっと横目で見ると、ショウは嬉しそうに口角を上げて、ニヤニヤしてた。……ちょっと、ニヤニヤがすぎる。


「あー……やばい。どうしよう、この人。俺、今めっちゃ幸せ」

「幸せのハードル低くない?」


 ショウの軽口にツッコミを入れると、ショウは嬉しそうに体ごと近寄ってきた。


「ね、美咲さん、ほらこっち見て」

「見ない!ちょっと寄るなっ!」

「いいじゃん、担当なんだし」


 くっ……!"担当"って言葉、便利ワードみたいに使いやがって!!

 にじり寄ってくるショウから逃げるように視線をそらすと、テーブルの上に黒い紙袋が見えた。


「あ、それ!ホワイトデーのお返しって言ってたよね?なら今頂戴!貰ったら秒で帰るから!」 


 コラボメニューも食べたし、詫びシャンもしたし、今日のノルマは達成済みだ。このままじゃショウのペースに巻き込まれる気がするので、とっとと帰ろう!


「いや、冷たっ……渡すけど、こういうのは雰囲気が大事で」

「大丈夫、雰囲気イラナイ。他の子にも同じようにばら撒いてるやつでしょ。今この場で袋投げてくれてもいいくらい!」


 ちょいちょい、と手を出して催促する。ヘイヘイパース!


「んー……そうだったんだけど」


 紙袋を持ったまま、ショウが考えるように首をひねって、はっと何かを思いついたようにニヤっとした。


「ちょっと、アップグレードしてくる」

「アップグレードって何!?やめて怖い!!」

「まあまあ。すぐ戻るから」


 ニヤニヤしながら立ち上がるショウの顔が、さっき見た拓実とシンクロして、私の背中に嫌な汗が流れる。

 ちょっと待って、アップグレードって、まさか……光ったり回ったり踊ったりしないよねっ!?!?


 慌てて私はショウの腕を掴んだ。


「いや、いい!そのままでいい!!むしろそのままがいい!!みんなと一緒万歳!!」

「ダメダメ。俺が嫌だから。美咲さんには、特別なやつ、スペシャル姫仕様」

「やめて!!!」


 やばいぞ、こいつノリノリだ!!

 恐ろしいことを口にするショウの腕を引っ掴み、必死に懇願する。頼む!落ち着け!!アラサーを目立たせても痛いだけでいい事なんてないぞ!!


 力いっぱい体重をかけて私の隣に座らせる。

 あとは紙袋を奪うべく、ショウの膝の上の紙袋にそーっと手を伸ばすと――


 視界がぐるりと反転した。


 ショウの手のひらが、私の耳から頬にかけてをすっぽり包み、ぐっと上を向かせたのだ。


 さっきまで紙袋しか見えていなかった視界いっぱいに、ショウの愉しそうな笑みが映る。


「諦めて。もう美咲さんは俺の一番なんだから」 「……っ!」


 その瞳に執着のようなものが見え、ぞわりと肌が粟立つ。ショウが指の腹で私の首筋をなぞった。

 呼吸が止まる。

 口付けすらできそうな距離で私の喉元に視線を落としたショウが、低い声でささやく。


「……なんか、吸いたくなる気持ち、分かるかも」

「な、何言って……!?」


 思わず声が裏返った。

 ゾワッと、背中まで鳥肌が走る。……だって、吸血鬼にとって、血を吸われるのは超絶不快なんだよ!?

 ていうか、なんで私が吸われそうになってんの!!


 今にもかぶりつかれそうな雰囲気に、私は慌てて首元をガードして後ずさった。それを見たショウは、すかさず席を立つ。


「じゃ、ちょっと待ってて」


 私を引き離すことに成功したショウは、意味深な笑みを残して卓を後にした。

 あっさりと消えていったショウに、なんだかしてやられた気持ちになる。


(ありえない。ホストの"客"って、みんなこれに耐えてるの!? 凄すぎるでしょ!!)


 こないだまでは、ショウもホストとして成長したんだね、なんて思っていられたけれど――これはちょっと、レベルが違う。

 詫びシャンをして、ショウとの関係はちゃんと形のあるものになった。それは私にとって、分かりやすくて心地がいい。

 これからは、その枠から外れないように気をつければいいだけ。

 ……そう思っていたのに。


 ショウが触った頬が、熱い。首が、熱い。全身が、痺れるみたいに震える。


 以前、指先に感じたあの熱が、じんわりと広がっていく。

 私は、自分の掌を見つめた。


 (……思ったより、手強いかもしれない)


 熱と共に広がる感情からそっと目を逸らす。

 この感情に、名前を付けてはいけない。


 でないと全てが、水の泡だーー。



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