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14/22

14.つけ麺(替玉)

 薄暗い店内に、キラキラと光る照明。

 それに負けず劣らず光る指輪を両手に散らして、襟ぐりが大きく開いたスーツを着こなした流生が現れた。その姿に、胸が高鳴る。


「今日ショウは休みだけど?」


 腕組みをして待っていた私に、流生が探るように言う。その問いに、私は軽く口角を上げた。


「うん、知ってる。本人に聞いたから」


 ショウが出勤していないことは、すでにLINEで確認済みだ。流生は意外だというように眉を上げるが、すぐに満足そうな顔をして、私の隣に腰を下ろした。


「じゃあ、わざとだ。酷いことするね?あいつ、美咲ちゃんに本指名もらえるって喜んでたのに」

「だから、本指名の前にこっそり来たんじゃない」


 その言葉に、私はゆっくりと誘うように瞬きをした。

 流生はちょっと驚いたような顔を見せた後、愉しげに目を細めて言った。


「……いつの間にそんな悪い女になったの?」


 流生は意地悪く微笑みながら、私が座るソファの背に腕を回す。私は開かれたその胸元にすっと身を寄せた。


 悪い女というのは間違ってない。でも…


「執念深いって方が、合ってるかもね?」


 流生のシャツの襟元で、軽く八重歯を見せて微笑む。それを見て流生は一瞬身を固くしたようだったけれど、もう遅い。私は勢いよく噛みついた。



(こないだの悪意ある邂逅、忘れたと思ったら大間違いだっつーのっ!!)



 湧き上がる怒りは、先日の気まずさMAXエレベーター事件のもの。

 

 あの後取引先と一緒にエレベーター降りるのすんごい気まずかったんだからね!?みんな大人だから詳しく突っ込んでは来なかったけど、なんだこいつらって絶対思われてた。別れた後ヒソヒソされたのもメンタル抉られたんだから!!


 ちゅぅぅうううう。


 そんな居た堪れなさを怒りのパワーに変えて血を吸い上げる。噛みついた犬歯の先から、魚介豚骨味の血が口の中に流れ込む。


「ぷはっ、相変わらず濃いっ!!」


 私的には大変美味しいつけ麺味なので、一生このままでいてほしいけれど、健康的には多分もっと水分取った方が良さそうな感じだ。それにしても……


私はくたっとした流生の格好に目をやる。

ガバッと胸元が大きく開いた服は、妨げるものがなくとっても吸いやすかった。


……流生が卓に来た時にも思ったけれど吸血鬼的には胸キュン服だね!

 

 高鳴る胸の鼓動に背を押されるように、私はもう一口、血を啜った。



 ◆◆




 少し啜っただけなのに、流生は前回同様ぶっ倒れた。

 血がどろどろなだけじゃなく、貧血持ちでもあるらしい。……うーん、人間ドックとか勧めたほうがいいかな??


 そして、流生は吸血の記憶が全く残らないタイプのようで、これに関しては好都合。


 私はニヤリと笑って、魅了(チャーム)が効いて御し易い状態の流生に、私を敬えだとか態度を改めろだとか、あれこれと都合のいいことを言って聞かせておいた。



「ーーいい?私のことを外で見かけても近づいてくるの禁止、話しかけるの禁止、見るの禁止だから」

「いや見るの禁止って、それだと前提が崩れてない?」


 さっきまでは、ふんふん言って頷いてたのに、しばらくすると魅了(チャーム)の影響が切れてきたのか、流生が反論し始めた。


 ちぇっ。もうちょっといろいろ教え込みたかったけれど仕方がない。まあ、でもこれでもう私に変なことをすることはないはず!!


 流生、攻略なり!と、心の中でガッツポーズを決める私を無視するように、流生はいつもの調子で言った。


「それにあの時見てきたのは美咲ちゃんでしょ?隣のエレベーターから物欲しそうに見てた」

「見てませんが?」


 だめだこいつ。

 私の教え方が悪かったのか、流生のホスト力が上回ったのか、ゴキブリ並みのしぶとさだ。

 流生の体温に私がは露骨に嫌な顔をした。良いように解釈されては困るのでここはしっかり否定させてもらう。


「あんなところで馬鹿みたいにいちゃついてるのが羨ましいわけないでしょ。引いてたのよ。ドン引き。絡まれたくなくて警戒してただけだから」


 そう言って強い口調で冷たい視線を投げかければ、どうやら彼のプライドを引っ掻いたようで、流生は一瞬顔を引き攣らせ、すぐに営業スマイルに戻って、喧嘩を売ってきた。



「美咲ちゃんて、ほんと可愛くないよね」



 どストレートな悪口に思わず「は?」と声にでる。



「俺が美咲ちゃんにどんな声を掛けると思ってたわけ?『他の男と一緒にいるなんて』って嫉妬でもされると思った?自意識過剰すぎ」

「……はあああぁ!?」


 だれかこのホストに論理的思考をプレゼントしてくれませんかね!?

 流生に嫉妬される???私と高田の関係を??何を言ってるんだこのどろどろつけ麺はっ!

とんでもない思考の飛躍にどっから突っ込もうかと思っていると、流生はさらに畳み掛けてきた。



「悪いけど、美咲ちゃんに声掛けようとしたのは俺のため。今の今までキスしてた相手が他の女に親しげに声かけたら、嫌でしょ?あそこに居たのが美咲ちゃんじゃなくても同じことをしたね、俺は。でもまあ、ありがとね?美咲ちゃん。君のおかげで彼女、ボトル入れてくれたから」


 人を小馬鹿にしたようにふっと笑った流生の目には分かりやすく『売り上げ第一』の文字が踊っている。


 ……ほお?

 つまり、流生はまた、私をダシにしたってこと?ヒールでダッシュしたのも高田と気まずい思いしたのもボトルのためですか。そっか、そっかそうですか。……じゃあもう二度目を吸われる覚悟は決まってるってことでいいね?


 勝手に人を利用して、嘲笑うようなその態度に、再び怒りが爆発しそうになったその時。



「なんで今日はショウに内緒で来たの?」



 流生が急にトーンを落として尋ねた。


「本指名入れる前に俺を指名して、ショウを嫉妬させる作戦?仕返しに俺をダシにしようとしたわけだ」


 ちょっと悔しそうなその声に、私は幾らか威勢を削がれた。


(……は?えっ、まさか……喧嘩腰なのって、そんなしょうもないことを考えていたから……だったりする?)


 ショウを嫉妬させようだなんて微塵も思っていない私は、呆れながら返した。


「そんなことするわけないでしょ」

「じゃあただショウを傷つけたかったわけ?本指名約束してるところに他のホスト指名されるなんて俺なら耐えられないけど」

「……いや、そんなつもりじゃ」


 悔しそうに口元を歪める流生に私は少し困惑した。 ショウがいない日を狙ったのは、ショウが居ると流生の吸血を邪魔されそうだな、と思ったからだ。


(俺以外の血を飲むな、とか言ってたしね。見つかったら厄介そうじゃん?)


 ただ、流生のリアクションを見るに、私のしたことはホスト的にあり得ないことだったらしい。もちろんこんなことでショウは傷つきはしないだろうけれど。


(でも、そういうルールを守らないことも含めてショウを傷つけてる可能性もあるのかな)


 何度もホストクラブに来ているとはいえ、自分がちょっと特殊な通い方だと言うことについては理解してる。だから私が普通の通い方を知らずにもしそれでショウを傷つけているのなら……少し動揺する私を見て、流生は責めるように言った。


「美咲ちゃんって残酷だなぁ。

 色恋なんて興味ないって顔しておいて、普通の客になってはくれないんだから」

「いやいやいや、私は、ただの、ふっつーの客だよ?」


 ここに関しては、流生の言葉に間髪入れずに返す。

 まあ、多少の血とか吸うけど、普通の客だよ。うん、そうだそうだ。


(それに、ショウにも客って言われてるしね)


 ホストと客。

 私はお酒と血を楽しみ、ホストは売り上げがあがる

Win-Winで良い関係だと思う。

 自分の言葉に自信を持って答えた私の肩に、流生がポンっと勢いよく手を置いた。

 そして残念でしたと言わんばかりに鼻で笑った。

 


「俺からしたらシャンパンひとつも入れられない子は客じゃないから」



 ……こいつ!!

 薄っぺらい笑みを浮かべて煽ってくる流生に、私は内心苛立ちながらも、かき集めた大人の余裕で冷静に返した。


「客じゃないなら、なんなの?」


 どうせ、他の客への当て付け要員としてしか見てないに違いない。

 そう言うならば、今度こそ遠慮なく吸わせて貰おうと、私は流生に向き直る。

 いいよ、べつに!客じゃないってんなら野良吸血鬼として勝手に吸わせてもらうから!!


 けれど、流生の首筋に照準を合わせていた私に返ってきたのは、予想外の一言だった。



「特別……かな」



 思いもよらなかった返答に私はちょっと固まった。

 その隙に、私の肩に乗せられた手が首筋に触れ、指先が私のピアスを掠めた。

 ぶら下がったピアスの小さな金音が耳に届く。


 流生の瞳がまっすぐこちらを見ていた。


「……なにそれ、営業のつもり?だとしたらすっごい下手だけど」


 そう言って、流生の手から逃れるように顔を傾け、肩に乗せられたその手を掴み下ろした。流生はさほど気にした様子も見せず私の動きに従った。


「俺もそう思う。けど別に、理論は破綻してないだろ」

「理論とかそういう話じゃ」

「そういう話だよ。俺はホストで美咲ちゃんはお客さん。そうじゃないって言うなら、そういうことになるんだよ」


 私の目をまっすぐ見つめる流生の瞳に嘘をついている様子はなくて、それがさらに私を混乱させる。


「いやいや、客じゃないからって……そんな二択になるのがおかしくない?べつに、普通に知り合いとか友達とか、そういう……愛とか恋とか含まれてないカテゴリがあるじゃない」


 私はぎゅっと眉を寄せた。

私は客でいいのに、勝手にそんな特別なカテゴリに入れられたら困る。客じゃなければ私と流生の関係なんて、せいぜい知り合いがいいところ……でしょ?


 じっと見つめてくる流生の視線が苦しくなって、目を逸らし、誤魔化すように水のグラスに伸ばした私の手首を流生が掴んだ。

 ざらついた掌は大きくて簡単に振り解けそうにもない。


「ちょっと……」

「愛とか恋とか含まれてないってなんで分かるの?」



 元々粘着質なタイプだとは思っていたけれど、今日は一層、それが強い。

 探るような目で見てくる流生は到底私を逃す気などなさそうで、私は思ったことをそのまま伝えた。


「だって、別に私流生のこと好きじゃなーー」

「試してみないとわからないでしょ」


 一瞬、何を言われたか理解できなかった。



(試す?試すって何を……)



 言葉の意味を噛み砕く前に、流生が私の腕を引き寄せた。突然なことでバランスを崩した私は流生の胸元に倒れ込む。なんとか体勢を立て直し、流生に文句を言ってやろうと顔を上げた時、もう目の前には流生がいた。


 顔が近づいてくる。距離が詰まるほどに、香水と、おいしい血の香りが濃くなる。

 

 流生がちらりと私の唇に目を向ける。

 こうなれば誰にだってわかる。


 流生は、私にキスしようとしてるんだ。



 ……って、なんでよ!?

 試さなくったって客に決まってるじゃん!客にキスなんて普通しないから!!なんなの、酔ってるの!?


 ゆっくりと近づいてくる流生の考えが理解できなくて慌てていると、頭の中に、先日のエレベーターでの光景がよぎった。

流生は客とキスしながらも、私を揶揄うように見ていたじゃないか。



(……ちがう。客だから無心でできるんだ)



『ホストのキスは営業ですよ』



 高田もそう言っていた。

 だとするならば、ここで私が流生を受け入れることは、客としておかしなことじゃないのかもしれない。

むしろ拒否した方が変に意識してるように見えるんじゃないか。

 それに、自分を客だと主張するなら、変に抵抗するよりも、受け入れた方が分かってもらえるかもしれない。



 ーー私が、誰にも特別な感情なんて持ってないってことを。



 流生の指先が私の顎を持ち上げる。

 ……胸の奥がざわめくのは、きっと流生の血の匂いが辺りに残ってるせいに違いない。

 流生の噛み付くような瞳を受け止めて、私はそっと目を閉じた。


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