図書館でうたた寝していたらいつの間にか王子と結婚することになりました
ポカポカ陽気に誘われて、今日も私は一人で窓辺に腰掛けうたた寝をする。ここは王立図書館中枢部。王城の一角にあり、通常の王立図書館とは違い、王家の人間とその従者など限られた人間しか立ち入ることが許されない。
私、公爵令嬢ベル・シュパルツはここの司書をしている。と言っても、職員はたった一人。代々、シュパルツ家がその職を一手に引き受け、この王立図書館中枢部を守ってきた。
ほとんど人が来ることがなくいつも暇なので、好きな本を読んで好きな時にうたた寝をする、それが日課だ。この日もお気に入りの場所で気持ちよくうたた寝をしていたのだけれど……。
ふと、目が覚めてゆっくり目を開くと、目の前に人がいる。金髪のサラサラの髪の毛に、若草色の綺麗な瞳。美しい顔立ちで、中性的だけれど、男性なのかな?ぼんやりとその顔を見つめていると、その顔がにっこりと微笑んだ。
「おはよう」
「……?おはよう、ございます」
ぱちくり。まばきをするけど目の前の人は消えない。目を擦ってみる。それでも目の前の人は消えない。あれ?夢じゃない?
「っ、あ、あなたは?」
「ああ、俺の顔、知らない?それならそれで好都合だ。通りすがりの人間で名乗るほどの者じゃないよ。すごく気持ちよさそうに寝てたらから、気になっちゃって。起こしちゃったかな?」
「いえ!あ、えっと、何か本をお探しですか?」
「んー、そういうわけじゃないけど、君はここの司書さん?」
「はい、王立図書館中枢の専属司書、ベル・シュパルツと申します」
「シュパルツ家の人間かぁ。なるほど、ここに一人でいるのはそのせいだね」
目の前の美しい男性はきょろきょろとあたりを見渡してからふむ、と頷いた。
「ここは君のお昼寝場所なの?」
「えっ、は、はい……ちょうどこの時間は窓から日の光が差し込んで暖かく気持ちがよいので。……あの、そんなことより、こちらにはどういった御用で?」
何の目的も無しに王立図書館中枢部に来る人間はなかなかいない。ここにある本は国家機密にもなり得るほどのものばかりで、王家の歴史が事細かく記された古書から最新の魔法関連の本まで何でもそろっている。なのでここに来る人間は、何かを調べるためにやって来るはずだけど……?
「ああ、そうだね、なんていうか、時間つぶしみたいなものかな。かくれんぼ、とか?」
ふふっと楽しそうに笑うその人の笑顔は、まるで日だまりのようにポカポカしているようで胸がほんのり熱くなる。
「でもそろそろ戻らないと怒られちゃうかも。君はいつもここにいるの?」
「え、はい。勤務時間中はずっとここにいます」
「そっか、それじゃまた来るね」
そう言って、その人は颯爽とその場から去っていった。
◇
それから、その人は言っていた通り、たまに王立図書館中枢部を訪れるようになった。ここへ来る目的が分からなくて最初は警戒していたけれど、そもそもここに入れる人間は限られている。さすがに王家の人間が側近もつけずに一人でふらふらしているはずはないので、従者の一人といったところだろうか。それにしたって、昼間からふらふらしているのはおかしな話なのだけれど。
でも、そもそもここに来る人間に根掘り葉掘り詳しいことを聞くのはご法度だとされている。余計なことまで聞いて、後々面倒ごとに巻き込まれないようにするためだ。求められる本を間違いなく提供する、それがここでの本来の仕事だ。
何度か話すうちに、お勧めの本を聞かれるようになったので、何冊か貸すようになった。ここには重要な本ばかりではなく、普通の図書館にあるような流行りの本なども置いている。
「これ、ありがとう。結構おもしろかった」
「もう読んだんですか?早いですね。でもそれだけ面白いと思ってもらえたならよかったです」
本を受け取って、私は整理していた他の本と一緒に本棚へ片付けようとしていた。自分のことは気にしないで自由に仕事をしていていいと言われたので、自由にさせてもらっている。
「うっ、届かない……」
高い棚にしまうための階段を持ってくればいいだけなのに、ちょっと背を伸ばせば届くのではと思ったのが間違いだった。ほんの数センチ足りない。諦めて階段を取りに行こうかと思ったその時、背後から手が伸びて、私の手越しに本が棚にスッとしまわれた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
思わず振り向くと、目の前にその人の胸があって、おでこがコツンと当たってしまう。
「すみません!」
「はは、おでこぶつかっちゃったね」
そう言って、その人は少しかがみながら私のおでこに手を当てる。うう、すごく恥ずかしい……!見上げると、その人はとても優しそうな瞳で私を見つめていた。
◇
そんなこんなで、その人が不定期にここへやってくるようになって早一か月が経った。
「君は、いつもここにいるんだよね。飽きない?外に出たいとは思わないの?」
中央にある巨大な丸テーブルの一角に座り、その人は肘をつきながらそう言った。私はその人にお茶を出して隣に座る。最近は一緒にティータイムまで過ごすようになっているからずいぶんと不思議な関係だ。でも、この人が来るのがなぜか待ち遠しくなっているし、忙しくて来れないのだろう時にはなんだか寂しく思ってしまうくらいにはこの人がここにいるのが当たり前のようになっていた。
「外にならお休みの日に出ていますよ。散歩とか、買い物くらいですが。それにここは居心地がいいので飽きることはありません。好きな本が読み放題ですから」
そう言って微笑むと、その人は目を丸くしてからそっかぁと優しく微笑んだ。
「結婚は?婚約者とかはいないの?君、見た目は申し分ないんだし公爵家のご令嬢なんだからそういう話があってもおかしくないと思うんだけど。所作だってちゃんとしてるし、申し分ないと思うんだけどな」
「いませんね。急いでしろとも言われません。私はあまり社交的ではありませんし、この仕事ができれば十分幸せです」
「……そっか。だったら、俺の期間限定の婚約者になってくれない?」
ブフォッ
飲みかけのお茶を盛大に吹いてしまった。何を突然言い出すんだろう。お茶を吹きだすなんてはしたないけど、これは仕方ないと思う。
「す、すみません。あまりに急で……」
「あはは、そうだよね。いや、俺の婚約話がいよいよ決まってしまいそうなんだけど、俺は絶対に嫌なんだ。相手のご令嬢のことがそもそも苦手だし、何より勝手に相手を決められるのが気に食わない。そこでだ、君だったら婚約者でもいいなって思ったんだ」
にこにこと屈託のない笑顔を向けてその人はそう言った。ええ、私が婚約者?その発想はどうしたら生まれるんだろう。この人は申し分ないと言ってはくれたけれど、容姿は栗色のロングの髪に蒼色の瞳で可もなく不可もなくパッとしない見た目だ。正直、こんなに綺麗な人の婚約者に向いているとは思えない。こんなに素敵な人なら、我こそが婚約者にと言い出すご令嬢は後を絶たないだろうに。
「婚約者というワードが一番ふさわしくない私を、婚約者にですか?」
「ふさわしくないかな?俺の婚約者にはふさわしいと思うよ?何より俺が君を気に入っているんだから」
そう言って、その人は急に真剣な顔になって私の手をそっと握り締める。さっきまでの朗らかな表情とは一転して、その瞳には熱がこもっているように思えて胸がぎゅっとなった。心臓が急に早く鳴り出して苦しい。何?この胸の高鳴りは一体何?
「期間限定でいいんだ。そうだな、一年。一年が長いなら半年でもいい。もしそれで君が婚約者を止めたいというなら止めてもらっても構わない。婚約者でいる間もその後も、もちろん今の仕事を続けられる。いい条件じゃないかな?」
「そ、れは……そうですけど、そもそも、私はあなたが誰なのかまだ知りません。両親にこの話をするにしても、相手のお名前を知らないのはちょっと」
「ああ、それなら心配ないよ。君の家には俺からちゃんと婚約の申し込みを送るから。だから、今はとにかくこの提案に乗ってくれないかな。俺を助けると思って」
きゅっと私の手を握るその人の手が強まる。キラキラとした瞳がこちらを真っすぐに射抜いて離さない。そんな懇願するような顔で言われてしまっては、嫌とはとても言いにくいんですけど……!
「……わかりました。提案をお受けします」
「よかった!ありがとう!嬉しいよ、本当に嬉しい」
その人はとびきりの笑顔で掴んでいた私の手をブンブンと嬉しそうに振っている。ここまで喜んでもらえるなら、まあいいか、期間限定だし。
……などと軽い気持ちでいた自分は、とてつもなく甘かったと後々思い知らされる。
◇
「ベル!ベル!これは一体どういうことだ!どうしてお前に、第二王子アーロン様から婚約の申し込みが届いているんだ!?」
数日後、司書の仕事を終えて自宅に戻ると、父親が血相を変えて私の元にやってきた。えっ、アーロン王子から婚約の申し込み?どういうこと?
父親の持っているアーロン王子からの手紙には、まごうことなく私への婚約の申し込みが書かれていた。王立図書館中枢部で私を見て一目ぼれしたこと、何度か会話をするうちに内面にも惹かれたこと、婚約の申し込みについては私の許可をすでに得ていることも書かれていた。って一目ぼれ?そんなばかな、私、昼寝してただけなんですけど……。口を開けてよだれたらしててもおかしくない。
そもそも、あの人がアーロン王子だなんて信じられない。王子があんな風にふらふらしてていいわけがないと思う。でも、確かに素性を聞いても言わなかったし、何なら隠しているようにも思えた。本当にあの人がアーロン王子なの!?
そうして、あれよあれよという間に顔合わせの日がやってきた。屋敷にやってきたアーロン王子は確かに王立図書館中枢部で出会ったあの人本人。ひえええ、王子と知らずに接していたけれど、何か失礼なことしてなかったかな?アーロン王子を見た両親はその美しさにくらくらしてしまい、気を失わないように必死で、見てるこっちがひやひやしてしまう。
二人だけで話がしたいというアーロン王子の要望で、二人で庭園にやって来た。
「ようやく二人きりになれたね。いつもは司書の制服姿だったけど、ドレス姿の君も本当に素敵だ」
嬉しそうにそう言って私の頭から足先までじっくりと眺めている。そんなに見られたら恥ずかしい。それに、いつも以上に整った身なりでそんなアーロン王子の方こそ素敵すぎると思う。
「まさか、あなたがアーロン様だなんて知りませんでした。知っていれば……」
「知っていれば、婚約を断ったのに?君ならそう言うだろうと思って、だからこそ明かさなかったんだよ」
「ずるいです、それに私はそこまで思われるような人間ではありません」
「俺はね、欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ。それに、君は君自身が思うよりもずっと魅力的だよ」
そう言って、アーロン王子は私の目の前まで足を進めると、腰に手を回して来た。ええっ、急に近すぎるんですけども?
「もう婚約者なんだからこれくらいいいよね?ああ、あと君はもっとちゃんと警戒するべきだよ。あの場所は確かに限られた人間しか入れない場所だけど、一人で昼寝なんてしてたら誰かにとって食われてしまうかもしれない。現に、俺は昼寝する君に何度キスしてしまおうかと思ったか……我慢した俺をほめてほしいくらいだよ」
そう言って、アーロン王子の手が私の頬に伸びて、ゆっくり撫でていく。うう、こそばゆいし恥ずかしい!
「そういうわけで、もう我慢しなくてもいいよね?」
そのまま、いつの間にかアーロン王子の唇が私の唇に重なっていた。アーロン王子の顔が離れると、私の顔を見て嬉しそうに笑っている。
「茹蛸みたいだ」
「……!もう!アーロン様のせいです!」
「ははは、ごめんごめん、俺の婚約者は可愛いなぁ」
そう言って、ギュッとアーロン王子は私を抱きしめた。うう、恥ずかしくてドキドキする。でも、密着するアーロン王子の体からもドクドクと心臓の早い音が聞こえてきて、もしかしてこの人もすごく緊張しているのかも?そう思ったら少しだけほほえましくなった。
「あ、そうだ。期間限定っていったけど、俺は期間限定にするつもりはないからね。君のこと手放す気はないから、絶対に落として見せるよ」
ああ、これは完全に確信犯ですね……。かくして、私はアーロン王子と婚約し、半年後に結婚することになった。
最後までお読みいただきありがとうございました。二人の恋の行方を楽しんでいただけましたら、感想やブックマーク、いいね、☆☆☆☆☆等で応援していただけると嬉しいです。