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第3話 邂逅

「よっちゃん!」


 神海はバイクに乗っている不遜な男に向かって、満を持してとばかりに彼の名前を呼んだ。


 バイクの強烈な音に不快にさせられた聴衆は、状況をなんとなく把握したかと思うと、やり場のない怒りをそれぞれ抱えながらそそくさとそこを歩き過ぎていった。


 ――男の様子は、神海と同じく高校生らしかった。ノーヘルの顔面は、青春の悪意に満ち満ちており、三白眼は野心にあふれ、口元は残虐に笑っている。いわば、


 ――「俺が世界の中心だ」――


 顔面だけでそんな雰囲気を漂わせていた。


 ・・・身なりは、全身が黒々と輝いていた。黒い革ジャンに、黒い革のズボンを履き、指先まで黒い手袋で漆黒に満たされていた。また革ジャンの中にはこれまた黒い、胸筋と腹筋を象った重厚かつ威圧的なプロテクターを着込んでいる。しかし真っ黒なロングブーツの靴紐だけが、靴の隙間を妖しい葡萄色に縫っていた。この黒々とした風体のおかげか、三白眼と莞然(ニッ)と笑った時の皓歯がいやがうえにも残酷に白かった。全体的に、暴威と清潔を兼ね備えた身なりを、邪悪な面構えがそいつをして邪知暴虐の大王かのように見せていた。


 藤城と神海を入れた一行は、その姿を剣崎と認めると、瞬く間に安堵したような憔悴したような声で各々彼に声をかけ始めた。その中で一行の女が一際大きな声で質問した。


「あんたどうしたの?まだ遊ぶつもりなの?」


「当たり前だろ。日が極限まで落ちてきたここからが一番楽しい時間だ。こいつの乗り方もわかってきたしな。お前らこそ何してた?」


 剣崎の声はハスキーで、いかにも不真面目といった雰囲気をはらんでいた。


 一行の一人がカラオケと答えると、剣崎は「あくびが出るな」と言って、一行のメンバーを確認しだした。すると、妙にジトっとした神海の目と合った。

 メンバーを見渡す剣崎の目と自分の目が合うと、神海はいつもと同じように彼を軽く注意した。


「もうよっちゃん!あんまり夜遅くに出歩いちゃダメだよ。危険な人にあったらどうするの!」


 これまたいつものように剣崎は嘲ったように返す。


「確かに優等生様には少し刺激が強い話か。お前は家に帰って紙くずとにらめっこでもしてな」


「だからね?私と一緒に帰ろ?」


「話が通じねェだろうが」


 剣崎は一瞬呆れたような表情を見たが、またすぐケロッとして不遜な笑みをたたえた。

 

 するとまた別の奴が剣崎に質問した。


「お前こそ何してたんだ?」


 すると待ってましたと言わんばかりに、剣崎は悪意たっぷりに白い歯を爽然と剝きだして笑った。


「八千西のヤツらが因縁ふっかけてきたから遊んでやってたんだよ。なさけないヤツらだぜ。自分からふっかけてきた喧嘩のくせして、バイク()()()やったらすぐ謝ってきやがった」


「・・・バイク買ってやったら謝ってきやがった?どういうこと?」


 神海が、心底不思議そうに言葉の意味を剣崎に訊く。


「あーあーなんでもねェよ。お前と喋ると一々面倒くせえ」


 剣崎は一瞬目を細め、ぐるっと上に回したあと、吐き捨てるように笑い飛ばした。神海はそれが癇に障ったのか、剣崎を叱る母親のように叱責をまくしたてた。


「よっちゃんバイク買ってあげたのになんで謝られちゃったの?またよっちゃんが変なことしたんでしょ!この前だって車の免許取ったから乗せてくれるっていうから乗ったけど、車の免許って()()の免許だったよね!よっちゃんが乗せてくれた車普通のオートマだよね!藤城君に教えてもらったんだから!どうせまた良くないこと企んでるっていうのは分かるんだから。今回だって絶対そう!意地でも私には教えないつもりね。いいわ、ねぇ藤城君、バイク買ったら謝るってどういうこと?・・・あれ、藤城君は?」











 ・・・藤城は駅前の通りをはずれた閑散な道を、家の方へと歩いていた。辺りは新築の小さな庭付きの戸建てが立ち並び、各家の暖色の門灯がベージュ色の真新しい壁と黄緑色の芝を夜闇に浮かび上がらせていた。

 ここ5年ほどで瞬く間に森を拓いて設けたこの住宅街は、名残で周りを小森が囲み、その中へ行くと未だ造成工事中の空間はショベルカーと積まれた砂が置いてあり、カラーコーンやフェンスによって閉ざされている。しかし最近は音沙汰がない。夜に限らず終日静かな場所だが、治安は良く、夜でも平穏無事な雰囲気がただよっている。


 夜の住宅街に藤城の歩く音だけが聞こえていた。革靴でコンクリートを踏むたび、叩々(カツカツ)と乾いた音が響き渡る。人は彼以外には見当たらず、風も凪いでいるため、普段以上に静謐に感じられた。藤城の家は、さらに歩いた、高速道路下の立体交差を抜けたところにある。


 藤城はスマホを見た。時刻は21:31。藤城は、自分の誕生日だ、と思った。

 千葉県が定める高校生の外出時間は23時までで、それ以降は補導対象らしい。藤城はこの辺りに警官が巡回することもないため、特別この条例を守ろうと思うわけでもなかったが、そうは言っても万が一補導でもされれば各方面に連絡が渡るかもしれない。念のため、藤城は22時前後になったら家路に着くようにしていた。


 ――(あれ以上あそこにいたら何時になるかわかったもんじゃない)――


 どうせあのまま一緒にいたら、なんやかんやで剣崎の口車に乗せられてもう1、2時間出歩く羽目になるに違いない。あいつが現れた瞬間――いやあのバイクの音が近づいてきた瞬間、期を見て逃げ出すことだけに全集中の呼吸。スーハ―スーハ―。


 ――剣崎吉広。藤城同様種籾高校の3年生。素行が悪く、教師はもちろん校内中に不良として知られている。千葉で活動している暴走族の長であり、常にバイクで移動している。また学校の番長的存在でもあり、クラスどころか校内カーストにおいてその頂点に君臨するといってもいい。彼が成すことを基準に善悪が決まり、剣崎がああ言ったりこう言ったりすれば、その方向に校内の空気は傾き、右を向けと言ったら右、左を向けと言ったら左といった感じに、彼の破格のリーダーシップが校内を付和雷同にしていた。それは一部の教師にさえも及んだ。

 このリーダーシップに藤城は目を付けた。いや、最初に目を付けられたのは藤城だった。本来あるはずのない邂逅のはずだった。同じ校内にいるとは言え、藤城は普通科、剣崎は科学スポーツ科という別々の学科に属していたため、藤城は会うことはもちろん滅多に剣崎を見かけることはなかった。1年生の間、藤城にとって剣崎は多少評判を噂に聞く程度の存在であり、どのような姿格好をしているのかは全く知らないし、彼自身興味もなかった。ましてや剣崎側からしてみれば、校内の一生徒、学科の異なる人間を知る余地など微塵もないだろう。藤城が所属するコミュニティが種籾高校だけであれば、極力関わることすらなかったのだ。しかし、現実は常に日常と非日常を兼ね備えている。


 ある日、塾の帰り道に同じ講義を受けていた女と一緒に帰っていた。それが神海直子だった。同じ塾の人間と一緒に帰る。特段目立たない日常の一風景。別段感情の波も起きないありきたりの慣習。その日もいつも通り、ともに駅沿いを同じく家のある西の方へと歩を進めていた。すると、いつの間にか「なおこ」と誰かが叫んでいるのことに気づいた。と思ったのも束の間、藤城と神海の目の前でバイクが止まった。


「お前、彼氏でもできたのかァ(笑)」


 これが藤城と剣崎の出会いであり、藤城が剣崎に何かにつけ目を付けられる存在になったきっかけになった。神海が剣崎と知り合いだと誰が思っただろうか。普通科の特進クラスで優秀な成績を修める人間と、学校も来たり来なかったりの不良が。そしてどれだけ面倒な相手に絡まれたかということを。


 しかしそのように気付いた藤城もまた、剣崎に同時に目を付けたのだ。この人間のリーダーシップを利用せず、相手のされるがままに動くような怠慢を犯していたなら、確実に自分のスクールカーストは降下し、負け犬根性全開のクソ陰キャのごとく、毎日奴隷のように扱われるに違いないと思った。居心地の良い中産階級としての学生生活だったが、ここで必要以上に過去に固執して行動を疎かにする真似でもすれば、その隙を突かれていつの間にか不遇が日常に成り代わっていくのだ。日常の暴力・暴言にすり減っていった精神は、やがてそのHPの1を切り、思考は四面楚歌になり、どうにもこうにもならなくなった挙句世界に絶望し、学校の屋上から靴を脱いで飛び降りるのだ。そんな不名誉なこと、あっていいはずがなかった。そんなクラスの端っこにいる前髪の長い、ジメジメオドオドした陰気な奴みたいには絶対になりたくない。この自分が。ここまで常にいじめられず上手く世の中を渡ってきたこの自分が。そのために頭を、心を費やしてきたこの僕が。こんな生きる価値のない馬鹿に、、、この人間の屑ごときに、自分の人生をおめおめと明け渡せるはずがなかった・・・


 ポイントは、無謀を勇敢と履き違えないこと。そして臆病を慎重と履き違えないこと。もし前者を履き違えれば敵となり、後者を履き違えれば奴隷となる。勇敢かつ慎重に。

 剣崎のような人間は往々にして家庭環境に問題がある場合がほとんだ。こういう人間は一見攻撃的で人を寄せ付けないように見えるが、誰よりも人に見てほしいと思っている。目的は、「相手の気持ちを逆撫でない」ことではなく、「相手を自分の言う通りに動かす」ぐらいがちょうどいい。具体例を言えば、頼み事をすることが勇敢さであり、その内容とタイミングを計ることが慎重さであり、これを遂行することが目的に繋がる。頼み事をすることで、相手は自分が人から頼られていると思う。さらに、本人以外ではすることができないということを説明し、納得させることで効果を上げる。逆に、本人以外ではすることができないということが説明不足で納得させることができなければ、悪化に回る。ましてやここまで攻撃的な人間だ。頼みごとが誰でもできることとわかれば、相手のプライドを傷つけ敵意を生む。このバランスを意識しながら、徐々に...時に大胆に塩梅を推し量る。


 そんなこんなで、今では「不良と仲の良い優等生」という、公私ともに体裁がとれなくもない、名誉だか悪名だかよくわからない地位に収まることができた。不良と関りがあるなんてのはないに越したことはないのだが、我ながら絶妙な終息に持っていくことができたのではないか。というのも、関わっていくうちにどうやら剣崎と神海は小さいころからの幼馴染だとわかり、自分が神海と二人だけでいたことが非常に危険で、それが初対面でばれてしまった以上、一切なかったことにして無視を決め込むというのは不可能だと思ったのだ。証拠に奴は、初対面の翌日の学校で僕を待ち伏せしていた。あれはビビったぁ。


 それもこれも神海にさえ出会わなければ。言ってしまえば神海があんな人間とつるむような人間だったから起こった面倒だ。僕のどんな恨みつらみもあいつは聴かなきゃならない責任がある。彼女が僕にお世辞とはいえ気にかける態度を見せるのは、多少このことを申し訳なく思っている節もあるのだろう。全く油断ならない女だ。普通の陰キャだったら勘違いされてストーカーされるぞ。まぁただその時は、そいつは剣崎とその仲間にボコボコにされるのだろう。




 ともかく、僕は今、クラスカーストの最上位にいる。それでいて成績は上の中として優秀な成績を修めている。なのに家に帰れば、オアシスが僕を迎えてくれる。32インチの画面に映る崇高な少女が、僕を出迎えてくれるのだ。あまりにも恵まれている。まぁ人には恵まれなかったが、自身には、天賦の恵みがある。昔も今も。いつも。

 

 早く自分の部屋に帰ろう。そして拝もう――崇高なる次元の存在へ僕の愛を捧げよう。さあ、今行くから待っててね、かのんちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。




 高速道路の防護柵が弧を描きながら夜空に伸びているのが見えた。歩みを進めると、その下に森陰の中から立体交差が幽然と浮かび上がってきた。ここを抜ければすぐ家だった。立体交差のあたりは、開拓途中の森林地の中にあるため、周囲の闇は深く、街灯の光が錆びついたガードレールとそこから飛び出る木々や、これにまつわる蚊柱をかすかに照らしていた。


 「はあ、今日もホントご苦労だったなあ」


 グッと伸びをすると、吐息が出た。このあたりは林が深く、人いきれもないためか、空気もなんだか美味しいような気がした。林は今宵に降り注ぐ闇を籠め、身じろぎもせず森閑としていた。金網に守られた用水路の水は、闇を吸ったような漆黒色に淀んでいる。この水は、東京湾から流れてきた水が海岸沿いの都市を経て、勢いを無くしたまま澱々(ちらちら)と林の奥へ入っていく。


 とはいえ、神海があそこまで剣崎に惚れ込んでるとは思わなかった。もちろんあいつの検崎に対する感情は誰が見ても一目瞭然だったが、それはあくまで高校生の恋愛の範疇、、、当然そう考える。それがまさか校内でもトップクラスに成績優秀なあいつが、近場のFランに行くと決断させるまでだったとは。あれはつまりこの地域で剣崎と一緒にいるために、上京することを諦めたということでいいんだよな。。。どう考えてもイカれてる。ただよくよく考えればあんな性格の悪い奴好きになる奴だ。そう捉えればまたそれもありなんといったところか。


 立体交差の前まで来た。右手は林だが、左手には道が防護柵伝いにあり、この道の突き当りの右手には同じような立体交差がもう一つある。そのあたりに人が浮かんでいた。


 「全く、不良共と馴れ合うってのも体力がいるもんだ。普通なら給料頂く案件だぞ。アルバイト、、、そうだなぁ、時給1600円くらいが妥」






 ――――――――――――――――――――――――。






 藤城は立体交差の中に入りかけていた足を止めた。一瞬、自分が現実の中にいないような不思議な感覚を覚えた。非常に形容しがたい感情。自分は今、闇に陰った物体をなにかと見間違えているのか?それともこの眼鏡についた汚れだろうか?眼鏡を取り、制服の袖で拭いた。また眼鏡をかけ、ある一点へ焦点を定める。・・・・・・。なら、、、なら幻覚か?僕は今突然頭がおかしくなって、この世にあるはずのないものを自らの頭でもって創り出してしまっているのか?今になって突然?なぜ?・・・・・・僕が今ここで飛び出して家に帰ったら、この夢も終わるのか?それとも僕自身の頭がおかしくなっているために、どこへ行っても同じような幻覚を見るのか?これは夢なのか?それとも現実なのか?特殊なのか?普遍なのか?いけないのは?僕か?世界か?狂ってるのは、何だ?






 ・・・・・・。






 夜は更け、林の闇が深い。風はなく、空気は冷たい。街灯の光が錆びついたガードレールとそこから飛び出る木々や、これにまつわる蚊柱をかすかに照らしていた。右手は林だが、左手には道が防護柵伝いにあり、この道の突き当りの右手には同じような立体交差がもう一つある。そのあたりに、人が浮かんでいた。






 人が浮かんでいた?











               ()()()()()()()()()

 シムとバイク狩りの話はのちのち説明させていただきます

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