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天使の流星群  作者: ジェネリクス
第1章 宗教法人編
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第11話 天宇受賣命タイプエラーアウフヘーベン

「ミス・ミセスさん、、、あなた脱税してますよね」




 ・・・藤城の発言。直後、真っ白な沈黙が世界になった。


 白い光線が視界の中心を横一線に走り、そこを基点に純白の沈黙が瞬く間に広がるままに鼓膜を突き抜けていった。

 藤城は口に出してみて初めて「ミス・ミセスさん」が考えられないほど言いづらいと学んだ。


「はあ。どうされたの急に」


 打ち破った第一使徒の第一声は、弦の緩んだ(こと)(はじ)いたように打って変わって低く底から響いてきた。彼女の顔の表面には薄っぺらい微笑みが張り付いており、ファンデーションを呑み込む目元の小皺や口元の歪に上がった口角が畳むほうれい線が微動していた。


「つまり、どうして宗教団体がマジックショーを一般に向けて開催しているのか」


 静寂とは異なる、重い沈黙がこの部屋に充満する。


「その理由が税金対策なんですよね?」


 ミス・ミセスの顔は憤りを隠さず、相手に察してもらう目的の、居心地の悪くなるような威圧的な微笑を浮かべていた。


「税金対策って・・・藤城君なんの話なの?」


 神海が話に乗って来た。それでいい。剣崎と団体のペースで話を進めないように空気を再構築しなければならない。


「この宗教団体は、営利活動を宗教活動として申告することで払うべき税金を払っていない」


 薄氷(うすらい)のような緊張が張り詰めた。一つでも間違えた行動をすれば暴力によって崩壊する一触即発の空気。


「ここに来るまで複数の違和感があった。・・・今日もいつも通りの日常生活を送ろうっていう一学生にはあまりに不可解な事象が続く半日だった。――例えばマジックという言葉が使われていないホームページ。会場から異様に離れた待ち合わせのバス停。表門ではなく裏門にある入場口。チケットの未発行。スマートフォンの回収。あなたたち職員の言葉遣い。・・・それらはすべて、僕を含めた一般客には単なるマジックショーの公演と思わせながら、前提は宗教活動をしているという設定に必要な準備だった。・・・ここまで僕を連れてきた奴なら当然知っているはず・・・・・・そうだろ?」


 藤城は教祖の側で蠢く信者の影に向かって問いかけた。剣崎は煙草を喫んだ。神海は息を吞んだ。教祖は既に張り付いたような笑みのわずかも残していなかった。そして彼女を取り巻く影の全容は歪に変形したかと思えばそのまま突き出て、やがて独立した。その影から潮が引くように闇が引いて、人の姿かたちが浮き彫りになった。


「・・・藤城」


 藤城とこの会場まで一緒に来た連れがそこにはいた。ここまで来たときの陽気で快活な様子は微塵もなく、恐怖と使命感に突き動かされた真剣さがあった。また暗くてよく見えないが・・・しかし口はふさがれたように二の句を継がない。どうやら教祖の方を伺っているらしかった。藤城は連れに自分から顛末を話す意思を問うた。連れが自分の教祖の様子をおもねるようにうかがうが、教祖は連れの方を一瞥もしない。藤城は話を続けた。


「今回あなたたち陀含宗が仕組んだ集金方法にはポイントが2つある。1つは、『客にマジックショーの会場が宗教施設だと気付かれないこと』。もう1つは、『マジックショーを宗教活動として扱うこと』。きっかけはおそらく、信者が教祖か幹部あたりから伝手を使って客を集めるよう言われたのが始まりなんだろう。一般客を集めるとはいえ、見境なく誰でもお金を払えば鑑賞できるようにしたわけではないはず。具体的には、まず周囲にいる用心の浅いと判断した人間をターゲットにする。次にターゲットをホームページを使いマジックショーと称してこの会場へ入場させるよう誘導する。そして訪れたターゲットからマジックショーの入場料としてお金をとる」・・・


・・・「だけど会場が宗教団体が運営する施設だとわかれば、宗教の勧誘だと思われ敬遠される。そのためにまず待ち合わせ場所を最寄りとは異なるバス停にした。理由はバス停の名前にこの宗教の名前が使われているから。バス停の名前は「陀含宗会館前」。ここまでわかりやすい名前が使われていれば、招待する人間に警戒される可能性がある。そう考えたあなた達は待ち合わせのバス停を少し距離の離れた場所にした。そして同じような理由で、入場口を陀含宗の名前が彫られた石碑がある表門の方ではなく、裏門とした。これが1つ目のマジックショーの会場が宗教施設だと気づかれないようにするポイント。・・・・・・そしてもう1つは、あなた達にとってのおそらく最重要事項。それがマジックショーを宗教活動として扱うこと」


「ふ、藤城君ちょっとごめんね。整理がついてないんだけどおおまかには、藤城君はあの子にここまで連れてこられたってことなんだよね?でもそれとマジックショーを宗教活動として扱う?っていうのがどう関係があるの?・・・何をしたいのか・・・私達にもわかるように教えて」


 話し出すタイミングを逸さず神海が溜め込んでいた疑問をぶつけた。同時に神海ほど物わかりのいいはずもない剣崎の顔が、自分がこの場から置いてけぼりにされているという嫉妬で複雑な表情をしているのを察して、神海は現状の説明を要求した。


「今回僕があいつにここまで連れてこられたこと自体はなんらいけないことでもなんでもない。僕の視点からしてみれば、マジックショーと言われて実際にマジックショーを見せられたに過ぎない。だから当然その対価としてお金も払う。会場が宗教施設だと知らなかったとはいえ、それは知らされなかっただけで騙されたことにはならない。加えて宗教団体がマジックショーを開催してはいけないなんて法律もない。僕個人の立場から見ればどこにも犯罪性はない。妥当なコストの支払いと言える。だが国からしてみればその限りじゃない。マジックショーは営利活動だからだ」


 「()()()()()()()?」


 神海が疑問を吐露した。


「街を歩いていてそこらへんにある会社や法人が行っている仕事ってやつは、基本的に利益を追求する『営利活動』と呼ばれるものだ。この営利活動で得た利益、つまりお金はその金額によって税金がかかり、その分を差し引かれる。一方で宗教法人として登録されている宗教団体が行う一部の活動には『宗教活動』と呼ばれる活動形態がある。例えば神社の賽銭や葬式で上げる読経がいい例で、そこで神社の神主や経を上げる僧侶が客から得た利益は税金がかからず、差し引かれる金額がない。つまり非課税ということ。だけどこの宗教活動というのは宗教法人の特権で、その中でも国から宗教的意義を認められた特定の活動以外は例え宗教法人であっても課税対象になる。さっき言った賽銭のお布施や葬式の式典等で得た利益はそのまま神社の神主やら寺の僧侶の利益になるわけだ。だけどマジックショーはどう考えても営利活動。だからマジックショーで得た利益は金額に準じて税金がかる。だけどあなた達はその課税額をなんとか減らすためにマジックショーを宗教活動――つまり非課税対象として扱いたかった。それがスマホの回収やホームページの文言とあなた達の一貫した言葉遣いに出ていた」・・・


・・・「例えば、あなた達は『マジック』という言葉をホームページからショーの最中に至るまで一切使わなかった。またはそれに類する、エンターテインメントを彷彿とさせる言葉の類も開演中使用を控えていたんですよね。特に舞台で実際にショーをしていたあなた(ミス・ミセス)はそのことに留意していた。マジックをマジックとは言わず、『奇跡』と常に表現した。最後に、万が一そこまで言葉遣いに気を使ったとしても、やっていることの実態は営利活動そのもの。仮に客に記録を残されてネットに広まれば、国に自分たちのしていることが営利活動であることが明白になる。そのためこれまでの一部始終を記録に残させないよう、入場口で客のスマホをロッカーに保管させた。・・・これがあなたたち陀含宗が行った今回のマジックショーの全容です」・・・




・・・「そこで提案があります。このことを公にされたくなければ、彼――剣崎君の言う女性をこの団体から脱会させて下さい」




 ――この世の視線が藤城に集まっていた。まるで、暗闇の四方から伸びた白い効果線線が藤城の下に一挙に集中し、スポットライトのように彼の足元だけを白く染め上げていた。

 が、神海だけは凝然(ハッ)としたような吐露のあとに藤城に向けて小さく笑みを浮かべると、隣の不良にもその笑みを向けた。剣崎はまだ話の内容はなにがなんだかわからない様子だが、藤城の目的は理解した様子だった。


 ――そう。狙いはこのことを交渉材料に剣崎の言う相談者の母親を脱会させること。教団には犯罪の推理で脅しをかけながら、剣崎には相談者の母親を脱会させるという目的を果たすことで、僕はこの場から逃げおおせたうえでその後の学校生活で剣崎に遺恨を作ることもないというわけだ。


 その場の思い付き。つぎはぎの弥縫策。それでもこれ以外に方法はない。この様子だとおそらく剣崎は納得させることができる。あとは・・・




「いっぱいお話できて偉いわね」


 微笑を取り戻したミス・ミセスは少し高い調子でそう言った。


「藤城様、といいますの?まず初めに御免なさい。どうやら我らが使徒が(のり)を越えた行為に到り、あなたにとんだご迷惑をおかけしてしまったようで。礼を以て謝辞とさせて頂きますわ。・・・・・・。藤城様、ですが少々あなた様と我らが二者間での解釈に相違がありますようね。あなた様もご存じのようにここはわたくしたちの修行の地であり聖地。したがってここはわたくしたち陀含宗がつかさどりますわ。そしてここでいくばくの月日を経てニルヴァーナへの到達を目指し修行を積んで参りましたの。宗教団体として宗教活動の一環である修行を行うのは当然のことでありますわね。そしてそれは布教活動も同じ。この尊き信仰をこの世の皆様にも会得して頂きたい、そして漏れなく衆生に救済の御加護があらんことを。。。そう思い大衆向けにカジュアルで堅苦しい形式を脱した『儀式』にわたくしたちはお呼びしたつもりなの。藤城様からはそれがマジックショーとやらに見えたのやもしれません。ですがわたくし含めここにいる敬虔な使徒はそのような真似をした覚えは初めから毛頭ございません。・・・そうよね?」


「・・・はいそのつもりでした」


 連れは傀儡(くぐつ)のように答えた。


「トランプマジックも空中浮遊マジックも全部あれが儀式だと?」


「トランプマジックではございません。カードを使い人の心を読むことができるのです。空中浮遊マジックではありません。地を離れ我が身を昇天させる奇跡でございますわ」


「あなたは人の心を読めたのではなく、初めから客がどのカードを選ぶのか知っていたんじゃないですか?」


「はい?」


「あなたがトランプを使って奇跡とやらを披露する時、舞台に呼んだあの女性客は、あなたの信者ですよね?」 


「なにを・・・」


「だから十分示し合わせることはできたはずです。それに信者はおそらくあの女性だけではない。これは憶測にすぎませんが、トランプの幕で呼んだ女性含め前列はほとんどあなたの信者といってもいいはずです。なぜなら、前列からはあなたの空中浮遊マジックのトリックが丸見えです」


 藤城は天井を仰いだ。天井には細い溝が一線あった。


「あなたの空中浮遊の奇跡は、この天井の溝からロープのようなものを垂らし、垂らしたロープをあなたに括り付け、引っ張り上げたことであなたが浮くというトリックを使ったマジックです。ロープが見えなかったのも、使ったロープの色がおそらく背景のクリーム色のカーテンや照明の黄いろい光と同化するような色だったからです」


 藤城は背景のクリーム色のカーテンを指し示したり、照明のある天井を仰ぎ見ながら説明した。


「そしてこの溝は前列の席からは丸見えです。もし仮に前列の客が本当にマジックショーと聞いて来た一般人だとしたら、この一目瞭然の仕掛けを見てなにも思わないはずがない。あなたが舞台で行ったのは、およそ儀式と呼べるものではなく、ましてや奇跡ではありません。緻密な人為と仕掛けによって構築したマジックそのものです」


 少し()ったようにミス・ミセスは語を継いだ。


「御立派な推理だわ。藤城様、そう本当に御立派な推理。・・・でもね、大人の世界では証拠と呼ばれるものが人を疑うときには必要なのよ。人を疑うのならそれ相応の証拠が不可欠になるの。そうでなければそれは人の名誉を不用意に傷つける真似と他なりませんわ。再度、わたくしたちはマジックショーなどやった覚えはないと宣言致しますわ。それでもあなたが言うようにそのようなエンタメを開催し、卑しき金銭の手管をわたくしたちが巻いていたとおっしゃるのでしたら、それを証明する証拠をご提示いただければ幸いでございますわ」


 驚くこともなかった。こういう言い訳ができるようにスマホを回収し証拠を残さないように彼らはしてきたのだ。どれだけ御立派な推理を立てたとしても、実際にトランプマジックを、空中浮遊マジックを、それらが客の意図的人選と舞台の仕掛けによって行われていることを証明するものがなければ意味がない。もし自分たちのやっていることの実態が周知されれば、確実に「儀式」なんて言い訳はまかり通らないことを彼らも知っているのだ。どう考えても「儀式」ではなく、マジックショーだと。どう考えても宗教活動ではなく、営利活動だと。だからこそあらかじめ言い訳の余地を作ることができるように彼らは準備してきたのだ。あくまでも自分たちのやっている活動が「儀式」だと。自分たちのやっている活動で得た利益が非課税だと言い張るために。

 この方向から攻めても意味がない。


「なんで僕がこんな推理を立てられたのかと思いますか?」


「・・・さあ?」


「書庫にあった『備え付け』というクリアファイルがヒントをくれました」


 ミス・ミセスの重い前髪の奥の瞳が精巧なスコープのように縮小した。


「宗教法人は国に財政状況や名簿などの情報が載った報告書を提出しなければいけないらしいですね?宗教法人が国にその運営の実態を報告するための公的書類。そしてもし営利活動があればその内容を必ず記入しなければならない書類。そこにはこのマジックのことについて記載していないらしいですが大丈夫ですか?」


 ――剣崎・神海と一緒に不本意にも訪れることになった資料室。あそこで見た「備え付け」と書かれたクリアファイル。そこには主に財政状況、名簿などの情報が書かれてあった。――読み進めていくと、藤城は「事業に関する書類」というチェック項目を見つけたのだった。そのチェック項目には「提出する」「提出しない」というチェック欄が用意されていた。・・・「提出しない」というチェック欄の隣には、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()」と補足されていた。言うなれば宗教法人が営利活動を行っていない限りは国に提出する必要のない資料という意味。・・・藤城が、自分が来たのはマジックショーの会場ではなく宗教施設だと、そして宗教施設宗教法人によってマジックショーが開かれたのだと確信した瞬間だった。またそしてマジックショーを営利活動として報告していない可能性を推察した瞬間だった。


「あ、あなたどうやってそんな資料見つけたの?埃みたいにそこら辺に落ちてるものじゃないのだけど。・・・まさかあの部屋に勝手に入ったの???」


 怒りと焦りを隠しきれずにミス・ミセスは言った。


「仮に営利活動を行っているにもかかわらずそのことを資料に記入しなければ、脱税ですよね」


「お話聞こえているかしら?」


「こちらの要望は剣崎(かれ)の言う女性を陀含宗から脱会させてくれるだけでいいんです」


「その話はとうに終わって、わたくしは今あなたが無断であの部屋に入ったのかと聞いているのよ」


「あなたたち一回お咎めを受けていますよね?国から」


 ミス・ミセスの顔は焦燥のあまり浮腫んだ。


 藤城はスマホの画面に表示されるとあるネットニュースを読み上げた。概要は、千葉県北西部において、宗教法人が国税局の税務調査を受け脱税を指摘されたというもの。マジックなどを扱った営利活動で得た利益を宗教活動として申告し、2億円の脱税が発覚した。追加徴税額は1億円で、法人は全額納付を完了したとされる。関係者によると、法人は同県千葉市に拠点を構え、仏教〇〇宗派に属している。法人の代表役員は利益はお布施や信者からの献金による宗教活動の一環で得た利益だとしたが、国税局の調査によるとエンターテイメント要素のある興行によって得た営利的利益を宗教活動利益に計上していたという。国税局は営利活動とその利益を報告しなかったとして、脱税、詐欺行為にあたると判断したとされる。


「これは他の同じ(くだん)を扱った記事と組み合わせたうえで、あなたたちのことで間違いありません。しかしあなたの言うとおり僕には明確な証拠と呼べるものはありません。一介の高校生が証拠もなくこれまでの内容を通報したとしても相手にされない可能性が高いでしょう。ただ、前科のある法人から再度同様の疑惑が挙がれば国税局はどう思うでしょうか?少なくともそんな音沙汰が一切ない法人と比べれば調査の対象になり得る可能性はないとは言い切れないと思いませんか?もし調査が始まれば今まで通りにはいかないとは思いませんか?」






「・・・もういいわ」


 女性の、芯がありながら優しく、低い諦念の一声が響き渡った。それは紛れもなく、この宗教施設を管理する宗教団体陀含宗の教祖ミス・ミセスの言葉だった。


「・・・と、言いますと?」


 藤城は念を押した。


「正子さんはもういいわ。もうほんと面倒くさい。誰がこんな子を招いてしまったのかしら」


 信者の影から波のようなざわめきが起こった。「よろしいのですか?」信者の一人が、ミス・ミセスへ畏敬を含んだ衝撃と心配をたたえた深刻な様子で、若干高く速度のある口先で息を吐くように声を上げた。ミス・ミセスは藤城をここまで連れてきた青年を振り返った。彼は俯いてた。


「ただし!・・・退会金は払っていただきます」


 退会金なんざいくらだか知らないがとにもかくにも藤城には関係のないことだった。あとは剣崎に直談判した人間のやること。これ以上ここで面倒事を増やしたくない。ここは丁重に承っておこう。それに、払わなくてもいずれ問題ないことになる。


「ええ・・・まあわかりました」


 信者たちの驚きと不安の露出とともに、それまで張り詰めていた緊迫の空気が崩壊していく。敵のざわめきは、こちらに優位を感受させ、その後老け込むような安堵が訪れた。辺りに充満していた刺すような視線の数々は消え去り、3人の学生は自分の心の内部から世界が色彩を帯びていく想像を抱いた。藤城は紺色のカーペットが暖色の照明に揺りくすぐるように照り映えるのが、ほほえましい自分達の心情と手と手を重ねるように一致するような感覚を覚えた。


 ・・・ようやく終わった。


 これで剣崎から因縁をつけられることもなければ頭のおかしい大人たちにリンチされる心配もなくなった。しかし休日に消費していいエネルギー量じゃない。当分は外に出たくない気分だ。藤城は目がしょぼつき、口角が下がり、肩が丸まり、自分が一気に老け込んでいくような感覚に陥った。


 それまで現場の流れを真剣に見守っていた神海は、睫毛(まつげ)を長くして目をみたびしばたたいた。理解が追い付くとともに花のように顔がほころんだ。ゆっくり目を閉じ、においやかに胸を撫で下ろす。

 彼を危険から回避できた。彼を守ることができた。私が一緒にいなければならない。私がいれば決して危険な目には遭わせないのだから。彼の心にまた私の気持ちが積み重なったはず。いつか、いつかその積み重ねが実を結ぶ時が来る。込み上げてくる朝ごはんの湯気のような愛が安堵と混交して、思春期にあるべき将来の不安の微塵も無くなった。・・・彼女は、今回のMVP兼功労者の方へ精一杯の感謝の気持ちで振り向く。


 雲間を吹く一陣の風が瞬く間に下降し、木々の隙間を抜け車の往来を抜け垣根を超え、建物に下がる黒いカーテンを持ち上げた。


「ありがとうございます。藤城君」


 薄闇からたちまち蜜柑色の紗のような夕日が窓から風とともに神海をくすぐった。持ち上がったカーテンに呼応するように、風をはらんだ髪の毛先がその小さな頬をかすめ、長く綺麗な睫毛のきっさきや藤城に向ける瞳の誠意すべてが金を撒いたように黄金にゆらめいた。全てがうつくしく、焦点のさだまらない錯覚に陥りそうな、


 ・・・なぜ敬語なのか。・・・理由はわからないが、藤城は神海の姿がどこか品を極めて神聖に感じられた。彼女の髪質から睫毛、華奢な肉体を取り巻く(はだえ)と造形を織りなす起伏の数々、着込んだワイシャツやスカートが、聖痕のように時に艶かしく、時に忌々しく、時に壮絶なまでに神聖に見せた。まさに、好きな男のタイプを除けば聖徳な人間。彼女の人を信じ、感謝する心はかけがえなく美しい。しかしそれは彼女を照らしている夕日ではなく、正午に燦然と輝く白日のような美しさだった。


 神海は、いかにも非優等生然といった想い人の方へ語りかける。憤然とした様子で、それでいながら恋焦がれているのがひしひしと伝わる丹念な姿勢で彼に向き合っている。しかし薄暗い室内でその青年は濃いパープルのタッチパネルのぽうっとひかる画面の上で黒い革手袋をはめた親指を走らせていた。なるほど、神海はそれを注意していたらしい。


「あなた達早々にお帰り願えます?舞台の後ろにあるドアから出られますから」


 威迫が落ち着いたミス・ミセスが藤城達に帰宅を促した。これ以上長居されても迷惑なのだろう。それもそうだ。いきなり殴り込みに来られ、制圧したと思えば逃げ出され、建物の中を勝手に散策されたうえ、信者が連れてきた一人と知り合いで、挙句の果てには法人としての不正を突かれるという仏さまもびっくりの不幸続き。別に藤城達が悪いことをしたわけではないにもかかわらず、信者もそうだが、教祖の心情が思いやられる。

 舞台の後ろ、風で持ち上がったカーテンのはためきの隨に銀色に輝くドアノブが瞥々(ちらちら)垣間見えた。あそこにドアの在処が知れた。


「もう!藤城君が頑張って説得してくれてるっていうのに、そんなの見ない!藤城君にお礼言いなさい!!」


 相変わらず飽きもせず神海は剣崎にいちゃこら説教している。周りの目もくれず一心不乱に目前の感情にひたむきになる。高校生の恋愛というのはさもありなん。藤城は風を孕むカーテンからほの見えるドアの方へ差し込む夕日を頼りに歩いて行った。さっさと帰って新作のギャルゲーだ。DLサイトでの評価も悪くなかった。きっと今回の疲れを癒してくれる。あともう少しでこんな生活ともおさらばなんだ。大学に進学すれば、人間関係に煩わされない開放的な日々が僕を待っている。・・・すべてから解放される。・・・向かうドアの向こう、重たげな濃緑のカーテンの内に見え隠れする白いレースが風を受けながら夕日の光を透かして波打つ襞の一波一波のうねりが、まるで僕を解き放ってくれる天使が輝かしい運命まで手招いてくれるような翼の羽ばたきに見えた。・・・・・・「ん?」




 轟音が建物の中を駆け巡った。




「何の音?」ミス・ミセスが信者に詰問する。信者は答えに窮し、不安げに各々を見やる。いい加減彼らは不測の事態に我慢ならなかった。


 しかし音は鳴りやまない。


 どころか、暴威を粒立てたような重低音がますます腹部を内から殴打する。


 ・・・もうすぐ来る。それはこの場に破壊をもたらすまでの照準を定めるタイムリミットが立てる破滅の音のようだった。


「何なのよ」教祖は、藤城と対立するように、それまで威を放って立っていた、その場所を180度振り返った・・・


 ・・・藤城はふと剣崎の方を見やった。彼は、さっきまで対立していたこの大人たちよりもずっと、邪悪な笑みで顔が歪曲していた。




 この部屋のドアから巨大な漆黒の物体が飛び入ってきた。




 悲鳴は物体から出る轟音に搔き消され、鎮静していた室内の空気の粒子を一気にバーストさせた。


 漆黒の物体――剣崎のシムは、目前の信者と教祖の群れを押しのけ、所有者を認識すると彼の隣へ軌道を描きながら整然と停まった。


「へぁアハハハハハhhhhhhhhhいよいよ建造物センサーも突破で来たぜ。前のパッチが効いたみてェだ。・・・おい直子!!!さっさと乗れ!!!置いてくぞ!!!」


 そういいながら剣崎はドアを開け放ち、さっさとシムに乗り込んだ。神海は声高く詰問しながらも、今にも走り出すと言わんばかりの剣崎の(つら)とシムの空ぶかしに急き立てられて結局剣崎の後ろにすっぽり体を入れた。彼らは轟音を残して消え去った。


 ―――――――――――――――――――――。


「すいません一つ聞きたいことがあるんですが」


 藤城もさっさと帰るつもりだった。だがついでに訊きたくなった。頭の片隅の違和感や不安の類の微塵も残したくはなかった。こいつらに訊けるのも多分最後だったから。


「あなた達、住宅街の近くにある高架下でお婆さんを使って空中浮遊のマジックしてましたよね?あれはどんなトリックなんですか?」


 ミス・ミセスは、どこか呆けたような無表情で間を置くと、取り戻した落ち着きとともに、にべもなく笑った。


「わたくしたちにまだ罪を着せないと気が済まないかしら?わたくしたちの敷地外でそのような真似をした覚えはございませんが」











 ――――暮れなずむ街中をニ機のバイクが音を立てて駆け抜けた。


 各々の髪が心地よい夕風にはためき、各々の想いが夕闇に勇気づけられ、慰められていた。彼らの向かう先にはとろけた蜜柑のような夕日が沈んでいた。


「もう!藤城君一人残して藤城君に何かあったらどうするつもりだったのよ!!学生一人あんな場所に残してただで済むわけないじゃない!!藤城君がいなかったら私たち物置に閉じ込められたままだったし、相談だって解決できなかったのよ!助けてもらった恩を思い出しなさい!」


「口が回るな。お前がその威勢をあん時見せてくれたら藤城が長丁場で話す必要もなかったろォが」


「よ・・・よっちゃんがそもそも喧嘩売らなければ藤城君に迷惑かけることもなかったでしょ!!!」


 藤城は痴話喧嘩を尻目に、彼らと並走するもう一機の普通のモーターバイクの後部座席に座っていた。


「剣崎さん!ありがとうございます!剣崎さんのおかげでお母さんも・・・お父さんも・・・ようやく・・・ようやく元通りになります」


 藤城の前に乗ってこのバイクを運転している男――――剣崎に今回の件を相談した男の目もとの潤みが夕明かりに輝いた。剣崎にせかせかしていた神海だったが、相談者の彼の、悲痛からようやく解放された切ないよろこびが伝わって、たちまち彼女は夕日のような慈愛あふれる表情をたたえた。


「相談があったらまたいつでも言ってこい。俺が解決してやる。てめェの連れにも言っとけ。相談料は10からだ」


「もう!どうしてそうすぐお金を取ろうとするの!」




 ・・・藤城は、彼らの談義に片耳を傾けながら、ミス・ミセスとの最後のやりとりを思い出していた。

「わたくしたちの敷地外でそのような真似をした覚えはございませんが」

 彼女はそう言った。藤城は、彼女のその時の表情や挙措、声の抑揚から、嘘をついているようにはどうしても思えなかった。当然不正をしているような奴らだから疑うことが前提であるべきなのだろうが、彼女の言い分は至極真っ当だった。敷地外で、ましてや建物から普通に離れた場所で老婆を使って練習をする意味もない。そもそも今回の陀含宗の空中浮遊マジックと老婆の空中浮遊は根本的に異なる。陀含宗の方は、建物とロープを用いた比較的わかりやすくちゃんとした仕掛けが判明した。しかしあの夜宙に浮いていた老婆はそうではない。公道のど真ん中。さらに老婆の身体に接触する物は一切無いように見えた。藤城は陀含宗があの夜の犯人だとはどうしても思えなかった。しかしあれが陀含宗の仕業でなければ、他の可能性を考えなければならない苦労を思って、藤城はそれ以上考えるのをやめた。


「そういやあいつら最後に退会金30万払えって言ってたな」


「え!な、なんですかそれ!」


「ま。そういうことだ」


「・・・あ、あのぉ依頼費すこしだけ負けてもらえませんかね。ようやく家庭が戻るところにまた家庭が崩壊する可能性が・・・」


「いくらだ」


「え?い、いいんですか!?」


「よっちゃん・・・」


「いくらだっつってんだろ!」


「あ、ありがとうございます!お、恩に着ます!・・・え、え~とですね~5万円負けてもらえませんか?」


「いいぞ。5万円な」


「剣崎さん・・・」


「利息は7日で1割だ」


「へ?りそく?」


「あたりめェだ。人から借金すんだ。返さねェなら相応のけじめをつけてもらうだけだ」


「あはははは。あのぉ・・・・・・10万もらってください」


 そうしてまた神海が剣崎を叱り諫める。それをいなす剣崎。沈む太陽。それぞれの髪は順風を受けながらまたたく間にはためく。街は夕闇に陰り、ビル、アパート、戸建て、人間、犬、車、木々、草々、森羅万象の足元に影が長く伸びた。二機のバイクが向かう先には、紅く腐乱した蜜柑のような夕日が地平線の果てに澱んでいた。











 ・・・退会金を払う。そんなことにはならないだろうと、藤城は知っていた。こいつら不良どもは守るものがないからこそ人の敷地を踏み荒らして負い目なんか感じないのかもしれないが、僕はそうじゃない。実行犯でないにしろ、僕もまた実行犯に追随してしまったことに変わりはない。顔や素性を特定されそのことを学校に報告でもされれば僕は進路に計り知れない傷を負うことになる。意地でもあの場所で起きたことは隠蔽しなければならない。存在ごとなかったことにしなければならないんだ。


 藤城は眼鏡をはずした。はずした眼鏡の縁に小さな窪みがあり、その中に小さく精巧なカメラレンズが光っていた。

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