7話:雷小僧
翌朝、ワシが丸っことサリアとともに泉のほとりで顔を洗っていると。
「おはよう、待たせたかしら?」
大風呂敷かかえた人魚が顔を出した。
「あっミルフィーネおはよーっ! すっごいねっ、それ全部ご飯っ?」
「ちょっと張り切りすぎたわね」
ごしごしごし、丸っこにくわえてもらっていた手拭いで顔を拭いてから見る。赤や黄色の果実に形さまざまな貝類、これはすごい。ご馳走の山がある。
「重かったろ?」
ワシはその膨れ上がったふろしきを受け取りながら、ミルフィーネにきいた。
「これくらいなんともないわよ。 水中じゃ人魚は力持ちなのよ」
「そのわりには息切れしとらん?」こそこそ耳打つワシ。
「してるねっ?」ニマニマするサリア。
「返してもらうわよ?」
おっと。これは失礼。
「感謝しなさいよね、全速力で魔法もフル活用してやっとこさこの時間なんだから」
「海底トンネルとやらは、やはり長いのか?」
「そうね。 私が人魚国を出たときはまだ海の上は薄暗かったわ」
三時間ていどの距離だろうか。それも、人魚が息切れするほど全力で泳いでだ。
「ふむ。 やはりワシらがそちらの国にお邪魔するというのは難しそうだな」
「えっ? そりまちさんそんなこと考えてたの?」
「まあな」
ジゴクアリの巣穴を拠点にしたとはいえ、いつまでもそこにいるわけにはいかん。
サリアの肉体のこともある。情報が欲しい。それにワシ自身が世界を見てまわりたいというのもある。
ゆえにこの泉から繋がる人魚国などはちょーどよさそうな近場かと思ったんだが。
「となるとやはり、地下帝国かな」
「ええっ! ほんとに作るの地下帝国?」
「むっ、たぶらかしたのはお前だろサリア、なぜにドン引く」
それに帝国というのは言葉のあやだ、それほどに広大な地下通路を作るのはどうかとワシは考える。
「なによそれ? おもしろそうじゃない、なに企んでるのよ?」
「昨夜、サリアが【影 移 動】という魔法を披露してくれてな。
繋がる影の中を一瞬で移動する魔法だ。
それを利用すればこの泉の近くを拠点にしつつ、大陸を自在に旅できんかと思ってな」
「ほええ、そりまちさんすごいこと考えるねっ?」
「むしろすごいのはサリアの魔法だろ」
眠りにつく前の会話で、繋がる影間の移動なら魔力の消費量は一定、つまり近くへのワープも遠くへのワープも必要な魔力は同じだけ、と、サリアはいっとった。
水滴が水たまりに落ちれば同一な水となるように、影に混ざれば影は影、というのが吸血人族の認識らしい。
わかるよーなわからないような、とりあえずサリアすごい!ということでワシは眠りにつき、その夢のなかでこのアイデアを閃いたんだが。
「影を利用しての瞬間移動⋯⋯それなら人魚国にも」
「ミルフィーネ、吸血人族の魔法は水中には効果無効というのは昨日体験しただろ?」
「あっそうか、そうだったわね。 残念」
この方法だと結局、人魚であるミルフィーネを連れてってはやれん。そこが悩みでありクリアすべき課題でもある。
「うふふっ、いいのよそりまちさん、退屈な深海にいるより話を聞けるだけでもわくわくするから。
それで、どこの地上から攻めるのよ?」
「お前は魔王か」
地下通路を利用して、地中から支配地を広げていく。むっ、そそられそうになるがグッと我慢。刺激を求める凶暴思考は人魚の領分だ、ワシは歯止めにならねば。あくまでワシとサリアや魔物たちが住みよい環境を作るだけだ。
そのためにも、ジゴクアリの仲間を増やす必要があるからな。
「この食料、そっちにも使わせてもらうぞミルフィーネ?」
「好きにしてちょうだいなさいなっ」
うむ、ありがとう。と、それからしばらくサリアとミルフィーネがきゃっきゃっと談笑するのを見ながら、丸っこと泉に浮かんで水浴していると。
ぽつり、ゴロゴロゴロ。
「珍しいわ、雷雲かしら。 雷小僧が降ってきそうな天気ね」
「雷小僧?」
「なにそれっ?」
『きゅぅぅぃっ?』
「おばあちゃんがいってたのよ、空がお腹を鳴らすような音がとどろいたとき、雷小僧が降ってくるってねっ」
雷小僧⋯⋯?
地球の記憶でいう雷はこの世界にはない。それらしきものが書物に記されていることはあるが、長い歴史の中でも指で数えるほどだ。
雲の上には、雷人族がいる。それと風人族。
下界に降り立つことはほとんどなく、飛行手段を持たぬ人類がその地へ昇ったこともないが、まれに交流した記録が残されている。
雷小僧とは、雲の地から降るように地上に来る、雷人族のことだろうか。
閃光が走るように、紫の稲光が少し離れた場所に落下したのはそのときだ。
「うひゃッ!すごい音!骨身に染みる」
「鳥肌がたったわ。人魚なのに」
『きゅい!? きゅっ、きゅいきゅいっ!』
「丸っこ、無理に気の利いたコメントを出さんでいいぞ」
それにしても近い。轟音だった。人魔の森に雷、火事の心配が頭をよぎったが、煙は立たない。気になるぅ。
「サリア丸っこ、見たくないか」
「見たいねそりまちさん」『きゅい』
「ミルフィーネ、見たいか?」
「見たいわよ」
よし、んじゃちょっくら「だけど私は陸は歩けな――きゃッ!」失礼。
「こ、これじゃ、お姫様抱っこじゃないのっ!」
「むっ? この世界にもあるのかその呼び方」
「は、はず、恥ずかしィ――――ッ!」
わっはっは、照れるな照れるな、どうせ誰も見とらんわい。
ワシはぴちぴちと動く尻尾と七色の髪が伸びる頭を腕に乗せ、丸っこを頭に乗せたサリアとともに落下予測地点へと走る。
【後書き】
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