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6話:地下でおやすみ

「干し肉をツタで結んでどーするの?」


「巣穴の主を釣る」


 この渦巻く螺旋、ぽっかりあいた大穴、書物の通りだ間違いない。

 サリアが見つけたのはあの魔物。


「ジゴクアリ。 ジゴクアリフィッシングだ」


 しゅっとツタの先端にむすんだ干し肉を螺旋の中央にある穴に向かってすべらせるように投げる。

 ツタを縦にふり巣穴に小刻みな振動を、あたかも逃げ惑う獲物のように。本にあったジコクアリの習性が確かなら、最深部の穴に獲物が落ちるその瞬間――



 ぼんっ、と砂柱があがる。



「――見ろよ! 一本釣りだ!」


「すごーーーい!」


『きゅっきゅぅっ!』


 わっはっは!サリアと丸っこの視線が気分を高揚させる。それに釣り!懐かしぃッ。


 子供のころに一度だけオルガオルと書物をマネて川で日がな魚を待ち続ける1日を体験したもんだが、さすが魔物は食いつきが違うッ。

 

 ツタを全力で上に引く、粉塵を突き抜けジゴクアリが宙に舞う、口元から中心に向かって曲がり伸びた2本の牙が干し肉をしっかりと捉えておるのが見えるッ。


 作戦成功だ、こいつらは巣穴に落ちた獲物を確実に捉えるためか、その牙を深く差し込むとの記述があったからな。


 逆手に取れば、そう簡単にその牙が干し肉から外れることはないということ。


 地下牢で鍛え上げたワシの二の腕の筋肉よ、火を吹くならばいまだ――


「どっ、こら、しょ――!」


「うわあそりまちさん、おっさんくさいよそれっ」


「おっさんだからなッ」


『きゅいっ、きゅぃぃっ!』


 ワシが背筋を曲げて腕を振りぬくとツタは跳ねるようにうねり、それに連れられたジゴクアリが曲線を描いた。


 そしてその牙が頭上に来たとき、ワシは腰の直刀を抜く。


魂魔法(ソウル・マジック)、【(タマ)抜きの太刀】


 からの魂に触れるぞジゴクアリよ。 【流魂反転(ソウル・リバース)】」


『ジゴ  ジゴっ?』


 ワシが抱きかかえるようにして受け止めると、巨大なクワガタのような外見を持つジゴクアリが、細い目を数回まばたいた。


「ワシの言葉がわかるか? わかるならその肉を喰ってくれ」


『ジゴッ、ジゴーーーーーーッ!』


 美味いか、そうか美味いかッ! なんかワシも嬉しいかも!


「そりまちさんテンションマックスじゃん?」


「自然の中で遊ぶのは三十六年ぶりなんだッ!」


 童心に戻った気がする! 自由ってさいこーーーー!


 うっ、腰が。


「いててて、はしゃぎすぎたわ。 年齢忘れとった」


「地味に老化してんだね? 骨は大切だよ?」


「ガイコツにいわれると心に染みるよ」


 にはははっ、と笑うサリアにほっとする。


「さてジゴクアリよ、さっそくで悪いのだが、ワシはお前の巣が欲しい。 もらってもいいか?」


「直球だね」


『ジゴク』


 好きに使え、といってるのだろうか。細い目をさらに細めてきっぷうよく頷くジゴクアリ。


「助かる、ありがとう。 それじゃお前も一緒に住むか?」


「もう家主反転してる?」


『ジゴ! ジゴジゴ!』


「そうか! それならお前の名はオウゴンオニだ!」


 金色のイカついクワガタ、前世の記憶を参考にその名をいただいたが、『ジゴーーーッ!』気に入ってくれてよかったよ。



「いまさらだけど、あたしらこの巣穴に住むんだよね?」


「とりあえずわな。 地下なら魔物に襲われることもないだろうし、ジゴクアリは土質を軟化させるスキルを持つ。 頼ってばかりになるが、広さを確保できるということだ」


「へええ。 地下帝国でも作っちゃう?」


「それは面白そうだな」


 しかしまた地下暮らしとわ。ワシも変わった縁を持つもんだが。地下帝国とまではいかんでも秘密基地のようでわくわくしてきたかもな。


 いやいっそのこと、作っちゃうのもありか地下帝国――?


「ぐっふっふ、夢がふくらむ膨らむ」


「降りよっかオウゴンオニ 丸っこ」


『ジゴク』『きゅいきゅいっ』


「ぐっふっふ、ふっ? ちょっと待てワシが一番に入りたいっ!」


 サリアは願望むなしくぴょんっと丸っこをかかえて穴に飛び込む。

『ジゴッ』あわれじゃのう――そんな空耳が聞こえるような渋いトーンで声を残すと、サリアに続くオウゴンオニ。


「あいつワシよりジジイかよ⋯ッ」


 サリアのSOSの声が届いたのはそのときだ。


「そりまちさーーーん! 助けて欲しいかもー!」


「なにッ!?」


 ワシは飛んで駆けつけた。まさか巣穴に他の魔物が、と思いきや。


「⋯⋯魔物の巣穴って思ったより狭いんだな」


『ジゴッ!?』


「いやまあ住むだけなら充分だよなすまん」


 魔王に呪縛された魔物は生を豊かにする思考がないからな。


 ワシは落とし穴にずっぽりと直立ではまるような姿勢で、「拠点作り。 これは骨が折れそうだねっ」「余裕だなお前」軽いガイコツジョークを飛ばしてくるサリアを助けるべく、まずはオウゴンオニを穴から引っこ抜いた。





「おお、悪くないんじゃないか」


『ジゴッ!』『きゅぅぅ!』


「掘ったね〜〜どっちがジゴクアリかわからなかったよ」


 うむ。さすがに本職には負けるがワシの掘り具合もなかなかだったと自負しとる。

 楽しかった。砂場でお城を作るくらい楽しかった。オルガオルに見せつけてやりたいほどの出来栄えだ。そして。


「この空間にだな、この太く弾力性のあるツタを並べて、それを木の枝で囲む。その上に大きな葉を重ねて並べていくと⋯⋯!」


「うわあ! ベッドの出来上がりだあーーーッ!」


 やはりノリがいいなサリア、ふたりで通販番組でもはじめるか?


「だけど、そりまちさんが寝転ぶと壁にあたっちゃいそだね?」


「ワシはデカいからな。 しかしまあ、初めての部屋作りにしては充分だろう」


『きゅうう!』『ジゴジゴ』『タコッ!』


 ん? 布袋がモゾモゾと動いたと思えば、なかからフライオクトのフラフラがふらふらと宙を漂いベッドに⋯⋯。


「まさか、まだ眠る気かフラフラよ」


『タコッ!』


 まあいいか、やっと得た自由なんだ、好きにさせてやろう。


「これからどーする? 水場と食料問題も解決したし、拠点もできたし⋯⋯今日のうちにしといたほーがいいこと、まだあるかな?」


「ないだろ。 初日にしては充分すぎた、ほんの数時間前までには考えもしなかったよ。こんな、穏やかな時間が流れるなんて」


 父や母たち、それに先代国王夫妻に手紙を送りたいほどだ。いまごろきっと、ワシがのたれ死んでないか気が気でないだろう。


「今日はもうゆっくりして、眠ろう。 といいたいとこだがサリア」


「だいじょーぶだよっ。 疲労感もあるし、ぼんやりとあくびがでそーな感覚はあるから。 きっと、この体でも眠れるよ」


「そうか」


 骨体については手探りで知っていくしかない。サリアはこういってるが、眠れそうになかったら丸っこたちにも協力してもらって交代でそばにいよう。名目は見張りでいいか。


 安請け合いをしたつもりは毛頭ないが、肉体を復元する魔法、なんとしても実現せんとだな。

 それに、モンスターの言語を理解する術も見つけんとか。


 そう考えると、やることはたくさんありそうだ。


「ていっ」


「むっ」


 おそらく難しい顔をしていたのだろう。サリアの体を見つめながら思考に没頭していると、そのサリアが視界から消え、うしろからむぎゅっと頬をサンドイッチされた。


「ぱびぱ、ぱんだぴまのわ(サリア、なんだいまのわ)」


 ワシはそのままの顔で問うた。


「あははっ! なんてなんて? いまのはね、影魔法のひとつなのっ!」


「わかった、【影 空 間(シャドウ・ルーム)】のように影に潜り込んで移動したのか」


「おしいっ! 【影 移 動(シャドウ・ワープ)】は同じ影上を一瞬で移動する魔法なの!」


「瞬間移動ということか?」


「だねっ」


 すごいな。それはなんというか、とてもすごいんじゃないか?

 ひとつの影の中だけとはいえ、瞬間移動の魔法など日本のマンガでしか読んだことがない。


 いや、魔王はそれを可能にするというが、ともかく見たのは初めてだ。


 尊敬の視線をむけていると、サリアが目を逸らす。


「そりまちさん、あたしのことは後回しでいいからねっ。 牢獄から解放されたばっかなんでしょ? まずはゆっくり、自分が楽しまないとだよっ?」


「⋯⋯ありがとう」


 そうだな。ワシが心の底から楽しむために、ワシができることをひとつずつやる、それしかないか。

 

『たこ〜』


『きゅぅぅ』


『ジゴク』


 自我を得て疲れてたんだろう。魔物たちはいつのまにかベッドで眠りについたようだ。それをオウゴンオニが孫を見る祖父のような目で見守っとるのが妙な癒しを生む。


「明日のことは明日。 ワシらも、今日は寝るとするか」


「そだねっ」


 魔物をはさむ形でワシとサリアもベッドに入る。


 それから少しのあいだつぶやくように会話していると、サリアの口からスヤスヤと心地良さそうな寝息が聞こえ始めた。


 よかった。サリアよ、お互い波瀾万丈の人生だが、ワシはお前と出会えたおかげで毎日が楽しくなりそうな予感がしとるよ。


 ありがとう。


 薄目をあけてそう胸中でつぶやいたとき、ワシは全身の力が抜けていることに気づいた。まぶたが、ゆっくりと落ちる。


 閉じ切る寸前、オウゴンオニがワシの体にそっと大きな葉をかけるのが見えた。



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