3話:人魚ミルフィーネ
ネズミハリの丸っこ同様、フライオクトもワシに同行するというので、フラフラという名をつけた。
いまは干し肉と一緒に布袋にて昼寝中だ、どうやらのんびりとした性格の持ち主らしい。
「しかし人魔の森にこんな泉がわいていたとは。 水が清い、ナイスだ丸っこ」
『きゅいっ!』
日差しもよく、すくいあげると水面がキラキラと光る。一口含むと、まじりっけない柔らかな水質。うまいっ。
「ははは、あんまり顔を突っ込むと落ちるぞ? 自分の意思で飲む水は、うまいか?」
『きゅうっ!』
「そうかそうか」
ワシも地下牢ではドブ水までは出なかったものの、投獄された当初はぬるく喉で引っかかるような水しか飲めなかったからな。
オルガオルやみんなのおかげで冷えた水をいつでもごくごくと飲めるようになったときは、思わず涙したもんだ。
腹が壊れるまで飲んで、地下牢にしばらく異臭が漂ったのを覚えとる。
「水さえあれば、のたれ死にはせんだろう。 少しここで休んでいくとするか」
『きゅいっ』とうなずく丸っこに目を細めながら、布袋と直刀をそっと地面に置いたワシが腰をおろそうとしたとき、
『人間と魔物? えっ!もしかして』
泉の中央に、七色の長い髪を持つ女性が水面から顔を出していた。
『魔王の侵攻はおさまったのね! み、みんなにいいふらしてこなくっちゃっ!』
「待て!」
魔物か、いや人語を話した、魔物ではないのか、
反射的に静止をかけたものの戸惑うワシをよそに、たんっと髪色と同じ七色に光るウロコの尻尾で水面をうつ女性。
人魚。本でしか見たことはないが、「人魚族か!」
ワシは「待っとけ丸っこ!」そういいながら、泉にどぼんっと飛び込んだ。
***
(うふふ、まさか私の代で人間と魔物が仲良しになるなんてねっ)
おばあちゃんから教えてもらった秘密のルート、深海と人魔の森を繋ぐ海底トンネル、その横穴を目指して私は泉を深くもぐる。
(初めて人間見ちゃったっ。 もう少しおしゃべりしてからでもよかったかな? 人間は人魚に優しかったってきくし。 だけど野獣みたいな男のひとだったなあ)
二の腕なんてもうぱんぱんっ! あの腕で尻尾を捕まれたら絶対に逃げ切れないわよ。 そうそう、こんな感じに引っ張り上げられて。
――ッ!?
「ばびばぶくくくくばびばばばッ!(こんにちは人魚のお嬢さん、この泉に住んでいるのか?)」
『ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!(なんで人間がそこにいるのよぉぉぉぉ!?)』
まさかついてきたの?あの一瞬で?躊躇とかないのこの人間?
泉は透明だから地上から見てるだろうと優雅に泳いでいたわ、だってどうせなら美しく印象づけたいもの!
私の承認欲求が、裏目に出た!?
「びば(ああすまん、いきなり触って悪かった)」
『なんて!?』
いや、そんなこと気にしてる場合じゃないわ、手が離れたんだから逃げないと!
『【水流】!』
人魚族の魔法のひとつ、水流を起こして移動速度を早めるのよ!
溺れさせるわけにはいかないから、人間は巻き込まないようにして、下降する流れを生み出したわ!
肺だけで呼吸をする種族から逃げるには、これに勝る方法はないはずよ!
「ぼっぼばべっぼ(ちょっと待てって)」
『ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ!』
なんで!? なんで普通についてきてるのこの人間!? 息だけじゃないわ、全力じゃないとはいえ、人魚の私が泳いでるのよ!?
「びば(魔力で肉体強化して、水流に乗った。息をどれだけ止めれるかゲームなら地下牢でやりつくした)」
『なんてぇ!?』
にこっ、とサムズアップする人間に、私はもう逃亡を諦めた。このままじゃこの男、人魚国までついてきそうなんだもん。それに悪いひとじゃなさそうだし。
「(ん? 上に連れてってくれるのか?)」
『そうよ! 顔でなんとなくわかるわよもうッ! つかまってなさい!』
「あびばぼう」
私は人間の手で尻尾を握らせると、水流を反転させ地上に泳いだ。
***
「ぶはっ!」
『きゅうううッ!』
「おっ、ただいま丸っこ」
久方ぶりの水泳だったが勘は鈍ってないようだな、気持ちがよかったッ。
ワシは心配そうに鳴き声をあげる丸っこまで泳いで陸に上がると、その横に腰掛ける。
「すまんな人魚族のお嬢さん、初めて目にしたもんだから気持ちが昂ってつい」
『いいわよ、私も同じだったから。 それよりあなたほんとうに人間なのよね? 何者なの?』
「ちょっとワケアリだが人間だ、ワシは」
名を名乗ろうと思ったが、
「ワシはガイナス・そりまち。 ガイナスでもそりまちでも好きに呼んでくれ」
これ以上マイトバリア家に、父や母たちに迷惑をかけてはいかんからな。前世の記憶を頼りに、その姓を襲名することにした。
『そりまちさんね、私はミルフィーネよ』
「よろしくミルフィーユ」
「ユじゃなくてネね! こちらこそよ」
失敬、似た名前の前世のスイーツと混同してしまった。ワシは手のひらを合わせて頭を下げる。
「ミルフィーネはこの泉の主か?」
「違うわ。 ここは私の秘密の憩い場なの。 海上とは違って魔物も怖くないから。 普通は水中まで追いかけてこないからね。
そっちこそ魔物と人間が肩を並べて何をしているの?」
「ワシらは、そうだな。 行き場をなくした同志、あてもくふらついとったかな?」
『きゅぃぃっ!』
同意する丸っこをヒザに乗せて、ワシは経緯を話すと。
「魔王が侵略を諦めたんじゃなかったのね。 そう」
「人魚国も、被害を受けているのか?」
「いいえ、直接的にはないわ。 人間以外の他種族に手を出すほど魔王に余力はないのよきっと」
「そうか。 それはよかったといいたいが、複雑なところだな」
しんみりとした空気が流れる。ワシ、この空気感苦手っ。
「干し肉食べる?」
「結構よ」
むむう、食の好みがあわんらしい。 いや、ワシも干し肉はそれほど好きじゃないけども。
と、話題を模索するも地下牢暮らしでコミュリョクが低下するワシが、「丸っこかわいくない?」と精一杯のアプローチをかけたとき、
『やっと見つけた! 話ができそうなひと! ねえねえあたしの体知らないッ?』
「ぷはッ!」
「なによ急に?」
『きゅぃぃぃぃ?』
ワシが吹き出すと、ミルフィーネと丸っこが怪訝そうな目でワシを見る。
あれが見えるのはワシだけだということか。
満面の笑みでこちらへと走りくる、見覚えのある長い犬歯を2本たずさえた白銀髪のギャル。
その姿はマッパでアラワで漆黒のマントのみを纏って木々のスキマから走ってきた。
裸体が、迫り来る。
やばいかもワシ。
強襲する血圧の高まりで血管がはちきれそうだ。
【後書き】
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