2話:丸っこ
「さて、どーすっかなあ」
母が別れぎわ持たしてくれた握り飯を食いながら大樹のすきまを歩く。
地下牢から馬車で直行で人魔の森に来たもんだから、こんな薄暗がりな樹海でもやっぱり自然は気持ちがいいもんだ。
んーーーー三十六年ぶりのシャバの空気。じょじょに気分は高揚してきたが、これからどこで生きようかねえ。まあ、とりあえず食料を確保するかっ。
ということで大樹の根本を食えるキノコ探して漁っていると、
「ん?」
モンスターの亡き骸を発見した。こいつは確かネズミハリ。背中からぷりっとしたお尻に向かって力なく伸びる針の山の上には、卵のような形をした魂が見える。
「あらら。 まだ幼体じゃねえかよ。 かわいそうに【流魂反転】」
地下牢で構成を練ってはいたが、実行するのは初めてになるな。魂の魔法だ。魔法陣が起動する。
文字式が円を描き、その内側には大小さまざまな魔法記号、そしてその中心でふたつに割れた卵の殻から生まれる新たな一個の卵を描き置いたものだが。
『きゅぃ。 ⋯⋯きゅぃっ?』
ネズミハリの針が、総毛立つようにして起き上がった。
「おおっ! よかったなお前!」
ワシは手のひらを近づける。
『きゅいッ』
「びびるなびびるな、こっちこい! おいで」
すんすんすんっ。長い鼻先がワシの指をにおう。ペロ。短いベロが指の腹を舐める。じれったい。ワシは水をすくうようにしてそっと持ち上げる。
「どうだ、ワシは怖くない。 お前を復活させたのはワシだ、わかるか?」
『⋯⋯きゅいっ!』頭を縦にふるネズミハリ。
「ふむ、やはりあのときのブラックウルフと同じで、人間の言葉が理解できるんだな? みぎてあーげてっ?」
『きゅいっ?』前足の片方をワシの手のひらから浮かすネズミハリ。
「はっはっは! かわいいなお前っ」
いやあ癒されるわあー。 王城が清潔すぎて地下牢にはネズミ一匹でんかったからな。この癒しを求めとったのかもしれん。魔物も魔王の呪縛さえなけりゃこんなにも愛らしいのか。
「どうだ一緒に来るか? ワシはひとりぼっちなもんでな、お前に帰る場所がないならお供してくれないか?」
『きゅい? きゅぃぃ、きゅいきゅいっ!』
「はっはっは、それなら名前をつけてやらんとな⋯⋯丸っこはどうだ? 目も鼻先もフォルムも丸っこいし、ぴったりだろう?」
『きゅいっ!』
よしよしそうかそうか、これは幸先がいいな、さっそく旅の仲間ができた。
「丸っこは魔の森が生まれか? ワシは新参者だからよかったら案内してくれないか?』
『きゅいっ!』
ついてこい! そういわんばかりの声で鳴くと丸っこがワシの手のひらから地面に飛び降りて走る。
ちょこちょこちょこちょこ、短い手足が素早く回転するが、182センチまで伸びたワシの大きな一歩と同じスピード感。
「乗るか?」ワシが肩を指すと、『きゅいっ』そっぽを向く丸っこ。
『きゅいいい!』足の回転が早まった。
「すまんすまん、意地になるな」
ゆっくりついていくか。
丸っこが足を止めたのは、大樹のスキマから差す日光に照らされた大きな岩が少し先に見えたときだ。
「あれをワシに見せたかったのか? ん? 人間?」
ワシは目がいい。あまり近くだと軽い老眼が発動するが、遠くの物はわりとよく見える。
大岩の上に、日光を受けとめるように両手を広げた女性⋯⋯いや、違うな、
「人骨?」
『きゅい?』
女性ものの服を着た、ガイコツが見えるのだが?
「むむっ、これは、誰かの芸術品か? まさか本物ではあるまい」
下から覗いてみたもののらちがあかず、丸っこを手に乗せて岩に飛び乗ってみたが、頭蓋骨から足先まで欠けのない綺麗な骨。
場所が場所だ、人魔の森だ。それだけでもまあ不可思議なのは間違いないが、その服装にワシは見覚えがある。
「ショートパンツにへそだしのシャツ。 よもやギャルじゃないだろうな」
それは獄中生活も十年を過ぎたあたりのとき、ソウルマジックの研究過程でワシがワシ自身の魂に触れてみたとき明晰夢のように体験した魂の記憶。
一夜にして、地球という世界の日本という場所でワシは【そりまち・けんごろう】という老人として四年ほど暮らしていた。そこで学んだ知識からすればそれは前世の記憶というらしい。
魂という概念すらないこの世界に生まれたワシが、初めてソウル・マジックの持つ力を理解したときだったが、それはともかく、このガイコツの服はトーキョーのギャルなみに煌びやかで露出度が高い。
さらに不可思議なのは長く伸びた2本の犬歯だ。
服装は芸術家独自の発想と仮定しても、モデルにしたのは獣人族の女性だろうか?ワシはあごに手をやり、じっくりと骨の全身を見る。
吸血人族も似たような犬歯を持つはずだが、彼女たちは個体数が少なく姿を目撃することすら滅多にないと本で読んだが。
「むむう。 世界を知らなすぎてなんともいえんな」
『きゅぅぅいぃ?』
「ん?ああ、ひとりの時間が長いと思考を口に出すのがクセになっとるな」
ワシの知識はオルガオルらが差し入れてくれた本のものだ。魔王国が出現したせいで人間国はほぼ鎖国状態で情報ははるか過去のものだから、ほんとなんともいえんわ。
「人骨なら埋葬してやりたいが、作品なら触れるわけにもいかん。 丸っこ、面白いものをありがとう。 次の場所へ案内してくれるか?」
『きゅぅぅぃぃ』
「むっ? 他にはないのか、そうか」
丸っこの年齢はわからんが、まだまだ幼体。それに魔王の洗脳支配が解けたばかりで、それまでは生存本能と人間を襲うことしか思考になかったはずだからこの骨がよっぽど印象的に残っていたのだろう。
「生存本能か。 丸っこ、毒のないキノコや木の実、それに水場などは記憶にあるか?」
『きゅぅぅ⋯⋯きゅいっきゅいっ!』
どれかは不明だが、心当たりがあったらしい。走り出した丸っこにワシはまたついていく。
別れる前、両親から渡された皮袋には七日分の干し肉と歯を磨くブラシ、3枚の手拭いと水筒が一本入っていた。まだ初日とはいえ、正直少し心許ないし水場の確保は最優先だ。
『きゅいッ!』丸っこが体をこわばらせたのは、大樹をいくつかぬけたときだ。
「魔物かッ!」ワシは反射的に丸っこの前に立つ。黒い炭のようなものが飛んでくる。丸っこをつかんで横によける。
浮遊する体、赤い皮膚、膨らんだ頭、8本の足――それと吸盤。このフォルムは本で見た。
「フライオクトか」
『プシャッ』
ワシは追って飛んでくる墨をよけ肩に丸っこを乗せると、オルガオルからの餞別だと国王夫妻から手渡された腰の直刀を抜く。
「刀を握るのもずいぶんぶりっ、肩慣らしにはちょうどいい」
それに、ワシが地下牢で開発したソウルマジックはもうひとつあるからな。
魔力を直刀に流す、切先のさらに先に、魂のみを切る魔法の刃を纏うように。これぞ地球世界で読み漁ったマンガを参考に生み出したワシの魔法刀。
「【魂抜きの太刀】 目を覚ませフライオクトよ」
幽閉の日々で鍛え上げた大木のような太ももで踏み込んで一線、ワシはフライオクトを包む卵の形をした魂のみをぶった斬った。
『きゅぃぃ』
「怯えるな丸っこ、仲間が増えるかもしれんぞ」
ワシはその魂をつかむ。中心にあるビー玉のような核、その周囲を圧迫するようにまとわりつく黒いモヤをはらう。魔物を支配する、魔王の魔力だ。
それから魂を元の卵の形にむぎゅむぎゅと整えてやると、「【流魂反転】」その魂を傷ひとつない肉体に押し込む。
『タコ⋯⋯? タコタコっ!』
フライオクトが、視線を泳がせながら目を覚ました。
「自我意識を取り戻したか? おい、わしのいってることがわかるか?」
『タコ!』
うむ、成功したようだがこの鳴き声はどうも⋯⋯。罵倒を浴びせられているようでイラっとくる。前世の記憶が恨みがましい。
これは早急に魔物の言語を理解する術を身につける必要があるな。
【後書き】
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