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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒髪の忌み子

黒髪の忌み子

作者: きむらきむこ

誤字報告ありがとうございます

 その子は鎖に繋がれていた。

暗く湿気のこもった地下室で、身体を洗うこともしてもらっていないその子は臭かった。


「そいつの面倒を見るのがお前の仕事だ。死なすなよ」と館の下男はそう言い捨てて、私をその子と二人きりにした。


 子どもはたぶん幼稚園児くらいだと思う。小さい子にこんな事をするなんて、この館の奴らはクソだな、と日本で生まれ育った私は極めて真っ当に思った。


 子どもに近づいて、息をしているか確認する。息してた〜。ホッとした。


 厨房から桶にお湯をもらって、子どもの体をゆっくりと拭く。垢だらけでキレイにはならないが、匂いは少しマシになった。着替えもないので、側にあった汚い毛布で裸をつつみ、寝かせておく。その間に洗濯だ。


 何度もこするけど石鹸もないし水はすぐに黒くなる。小マシになったところで、諦めて干す。子どもの様子を見るけど、まだ眠ってるので、食事をもらいに厨房に行くが、かったいパンしかもらえない。仕方なく私の食事をもらって、スープにパンをひたす。


 地下室に持っていったらちょうど子どもも、目が覚めたところだった。


「目、覚めた?ご飯食べる?」


 子どもは上手く起き上がれないようだったので、抱っこして体温の確認をし、水を飲ませた。スプーンでスープをゆっくり飲ませたら、少し食べただけでお腹いっぱいになったみたいだった。後でまた食べさせよう。


「私はエリーだよ 今日からあなたのお世話をすることになったからよろしくね」


「…エリー?」子どもはしゃがれた声で私の名を呼んだ。


「あなたの名前は?」と聞いてみた。


「おい、とかお前って言われる」と彼は言った。ホント此処の奴らはクソだな。 


「私とあなたが二人でいる時は、ノワールと呼ぶわ。良い?」「うん」


 この世界では、黒い髪と黒い目は厄災の使者と言われている。国の成り立ちを書いた一文に書き残されているらしい。私はこちらの文字があまり読めないので、詳しくはわからない。だいたい庶民に本は手に入れられない。口伝オンリーだから、どこかで伝言ゲームが歪んでる可能性もある。ノワールは、黒い髪黒い目の男の子だった。


 日本人ならお前もだろ、と思ったあなた、残念。私の目は茶色なんだよ〜。

それに、加齢のせいか私の髪はグレーヘアなのだ。まだ50才前なのに若白髪なんだよね。日本にいた頃は茶髪にしてたんだけど、こっちに飛ばされちゃってから、1年半で茶色の混ざった半端なグレーヘアになりました。


 こっちって言われても、わかんないよね?私もわかんない。シングルで育ててた息子が結婚してアメリカで暮らしてるんだけと、会いに行った帰りに…

飛行機が落ちた、とかじゃなくて関西空港まで無事についたはずなのに気がついたらこの世界にいたのよね。森の中にさぁ。足元悪いとキャリーケースは引っ張りにくいのよね〜。有り難いことに荷物があったのと、ちょっとばかり食べるものもキャリーケースに入ってたので、第一村人に会うまでに飢えるとかは無かったのよ〜。


 言葉が通じたのも助かったんだけど、常識が分からなくてねぇ。物々交換である程度は食べるものとか手に入れられたんだけど、レートが分かんないもんだから、たぶん色々買い叩かれたと思うのよ。身の危険はなかったのが不幸中の幸いなんだけど、いつの間にやら、この館の最下層の仕事に就くことになったのよね。


 まあ、ソレは良いの。私も食べていかなきゃなんないし、春をひさぐには年増すぎるし。でもね~、最下層の仕事っていうのが、この子どもの面倒見るってことかぁ。黒い髪で黒い目ってだけで、こんなに虐待されないとダメなのかなあ。こんな扱いされてたら、そりゃあ情緒も不安定になるよね。災厄の使者って、単に復讐されただけなんじゃないの?


 子どもはこんなにガリガリじゃダメよね。とりあえずなんとか食べさせて、もう少し元気に育てよう。それと、もうちょっと私も常識つけないと。逃げても、行き場がないからね。


 ノワールのいる地下室は部屋が2つあった。ノワールのいる牢屋とたぶんそれを監視する人用の個室と。わたしがその個室に住んでいる。一応トイレらしきものがあった。コレ一般的には壺っていうんじゃないかな〜。地下なので火は使えない。水場と竃が欲しかったなぁ。無いものは仕方ないか。今手元にあるのは小さい桶(洗面器サイズ)ボロ布、トイレ代わりの壺、たぶん私の寝台とペラペラの寝具、以上。


 庭師のところに行って、藁とかないか聞いてこよう。敷布団くらい作らないと、ノワールと一緒に寝るにしても私が床に直寝は辛い。彼は鎖で繋がれてるから寝台に連れていけないし。塩、手に入らないかな。贅沢品だから厨房からちょろまかすわけにいかないし。鎖をなんとかしたい。腐食させるなら、オシッコが一番簡単だよな、と思うけどさすがに不衛生だし臭うしなあ。ちょっと待って、ノワールのトイレは?あ、部屋の隅にやっぱり壺。でもコレ誰も中身捨ててない。でもここに排泄してるって事は、トイレトレーニングは出来てるし、排泄場所も理解してるってことよね。


 衛生問題はこれからの課題として、食事をどうするかが緊急だ。私には食事が出るらしいのと、ノワールを死なせる気はないらしいので、最低限は食べられるけど、病気しない程度には到底足りないだろう。庭に食べられる草とかあるかなあ?あっても流石に分かんない。私で人体実験するか?でも、腸をやられるとこの状態では命に係るからなぁ。


 私とノワールは、なんとか病気をせずに過ごしていた。藁も手に入った(厩からこっそりパチった)ので、敷布団代わりにする事が出来た。


 地下室は明らかに臭かったので、気にせず毎日鎖にオシッコをかけた。生死待ったなしの状態では不潔とか言ってられなかった。様子を見に来る下男も私がいるせいか、最近は滅多に来なくなっていた。やっぱりそれなりに後ろ暗い思いをしてたのだろう。


 足に鎖を繋いだ状態でも、できるような運動をノワールにさせて体力をつける。ちょっとした遊びの範囲なので、ノワールも楽しんでるみたいだ。


 それでもできる範囲で掃除して、ノワールを清潔にした。

「ノワール、これ好き」と私がお湯を絞ったボロ布で、ノワールを拭いてる時にそう言われた。「温かいねー、気持ちいいねー」私が彼を拭きながらそう言うので、ノワールも拭かれながら言うのだった。

 

 ちょっと私の涙腺の限界に挑むのはやめて〜。こんな生活を送っていても、ノワールは素直で可愛かった。


 2人分の服を洗濯して乾かしながら、裸で毛布にくるまってる時も「エリーが来てから楽しいね」とニコニコして言うのだった。


 厩で餌に使われていたコメを見つけた。見つけたのは良いが、私では竈を使わせてもらえない。取っ手の取れた小さい鍋をゴミ捨て場で見つけたので、後は火だけなのに。「火が、竈があったら」と口に出ていたらしい。ノワールが「エリー、火が欲しいの?」と真剣な顔で聞いてきた。


「火があれば、食べ物を作れるんだけどねえ」と私が言うと、「内緒だよ、ノワールは火、出せる」と小さい声で答えがあった。「魔法、使えるの?」ノワールは声を出さずにうなずいた。


 こっそりと水場でコメを洗い、多めに水を入れてノワールに火を出してもらった。枝を燃やすと匂いでバレるので、木の板で蓋をした鍋をひたすら火で加熱してもらった。「ノワール、身体辛くない?大丈夫?」少し顔色が悪くなってきたので、火を出すのをやめさせた。


 緩めの雑炊みたいなコメを、二人で分け合って食べた。2年ぶりのコメにちょっと泣けた。


「美味しいね、エリー」コメしか入ってない雑炊だ。何度も噛み締めてやっと甘さを感じられる代物だ。それでも私とノワールにはごちそうだった。

 

 ノワールのお陰で私たちの食生活は向上した。干し飯を作り、保存食を作り置いた。魔法を使えることはノワールも内緒にしてるみたいだし、しょっちゅうやらない方が良いよね?


「ノワール、私にも魔法使えないかな?教えてくれる?」


「エリーは多分使えると思う。他の人と違う色だから」


「魔法、使える人は他にいないの?」「他の人はエリーみたいな色じゃない」


「どうやったら使えるの?」「分かんない、寒かった時に火がついたから」


 どうやらノワールは寒くて死にそうになった時に、火魔法を使えるようになったらしい。何度も思うけど、ホントに此処の奴らはクソだ。


 日本みたいなヘアカラーは手に入らないので、ノワールの黒髪の色を変えるのは難しかった。そろそろ下男が様子を見に来る頃なので、鎖のサビを見られる前にここを出ていきたかった。髪色を変えたりできないだろうか?染め粉自体はあるようだが、黒髪を染めるのは無理だった。せめて色を抜いて茶髪にできないかな?とノワールの頭を触っていたら、茶髪になった。


 「ノワール、目を閉じて、じっとしててね」「うん」

ノワールのまぶたの上に手を当て、息子の目を思い出して、念じてみる。


「ノワール、目を開けて」 ノワールが目を開けると、日本人らしい切れ長の目と茶色の虹彩が見えた。ノワールの顔が、懐かしい息子に見えた。


 思わず涙が出そうになったが、今はそれどころじゃない。自分が出来そう、と思うことが本当に出来る、と言うことに気がついた。 


 村人の服装を思い浮かべる、来い、と念じると手の中に私とノワールの2着分の服があった。「よし!」思わずガッツポーズをしてしまった。


 私とノワールは村人の服に着替え、夜になるのを待って館を後にした。





 

「おばあちゃん、じゃがいも買ってきたよ」


「ありがとう、台所に置いといてー」


あの後、私とノワールは館から少し離れた街に、家を借りて祖母と孫として暮らし始めた。人の少ない田舎よりも、出入りの多い領都の方が紛れ込みやすいだろうと思ったからだ。


 ノワールはノル、わたしはリカと名乗っている。本名のエリカから取ったので、嘘ってわけじゃない。


 どうも私の魔法は万能だったみたいで、色々と便利に使ってる。これがあの地下室暮らしの時に使えてたら苦労しなかったのにぃ〜と思わないでもないが、まあ、分からなかったんだから仕方ない。


 私は半端なグレーヘアを真っ白にした。ノルは、金に近い茶髪にした。顔は息子に似せてアジア人ぽい目をしてるので、私とは血が繋がってる様に見える。


 今は日本で趣味でやってた洋裁を役立てて、お針子をして生計を立てている。あんまり稼ぎにはなってないが、あの極貧の地下室暮らしを考えたら雲泥の差だし、目立たない程度の暮らしで満足してる。


 ノルは、背が伸びて子どもらしく柔らかく肉がついてきた。初めて会った時、彼は8才くらいだったらしい。今は10才になったが、ノルもあんまり記憶がはっきりしないみたいだし今も小柄なので、外には8才で通している。


 教会でやっている手習い所に通いだして、元気に勉強をしている。私にも字を教えてくれるので、助かる。最近は近所の子達と遊びに行ったりして、子どもらしい生活を送っている。

 

 髪の色を変える事はできても、この先をどう生きるか選ぶのは難しい。ノルに結婚しても子どもを持たない道を選ばせるのが良いのかもしれないが、まだ子どもの彼にそれを説明するのが困難だ。だが私にも寿命がある。50歳を超えた私は日本でならまだまだ若いが、この世界ではいつ死んでもおかしくない。


 だからと言って、そう簡単に死ぬ事はなさそうだけどね。私も魔法使いだからね。


 あの館の事だが、私たちが逃げて半月ほどは気付かれなかったようだ。しばらくは黒の子を探す人たちが街にたくさん出ていた。髪の色と顔立ちとで、なんとか怪しまれずに済んで、心からホッとした。


 領主様はおそらくノルの父親だ。遠い先祖に日本人が居たのかな。この世界では黒目黒髪というか、日本人の血を引いていると、魔法が使えるんだろうと思う。私が使えるように。私は黒髪だったが、茶色の目だったし。必ず黒髪黒目、という必要はないんだろうと思う。


 ノルが教わってきた教会の勉強の中に、黒髪黒目の魔法使いの話があった。

この国を作る時に王様を助け、国に豊かさをもたらしたが、後に王様と決別し、王家に仇なす存在になった。と、言うような建国記を読んで文字を覚えるらしい。


 そりゃあ、黒髪は嫌われるよなぁ。国全体で黒髪黒目を嫌う教育をしているんだから。


 しかし魔法使いは忌み子であるが、豊穣の子でもある。存在するだけで富を与えてくれる豊穣の子だからこそ、殺すなという指示が出たのだろう。あんな生活を送ってたら、逃げなくてもそのうち病気で死んだと思うのに。領主一族は豊穣の子がうまれる血筋だって分かってたハズなのに、何を考えていたんだろう。


 あの地下室が、代々黒髪黒目を閉じ込めてた証明だよね。


 豊穣の子を失った領主様は、昨冬亡くなった。去年は冷夏で作物の実りも悪く、税金が上がって私たち領民も大変だった。その冬に病気をしてポックリ逝ったらしい。ノルの兄に当たる人があとを継いだ。


 ノルの兄にも黒髪黒目の子が生まれる可能性はある。次世代くらいは、私も気をつけて見ておこうと考えてる。もし黒髪黒目だったら、今度はもっと早く助けて、この領を出よう。ノルと私が頑張れば、ひょっとしたら日本に帰れるかもしれないしな。


 

 日本に帰る、は無理かもしれない。件の魔法使いはこの国で死んでいる。

それでもノルが大人になって、一緒に生きていけるパートナーが見つかるまでは、死んでなんかいられない。


 





 

 


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