夢の国
「さようなら!良い一日を!」
閉園間近の遊園地にキャストの元気な声が鳴り響く。
この時代にしては少し昔を感じる『蛍の光』の音色が園内を包み、それと同時にゲストの数が少なくなってきていた。
これからの仕事は単純。
閉園時間にも関わらず園内にいるゲストにここから出ることを促すだけだ。
俺の担当しているエリアは南の港エリアだ。
海賊が占拠している港という設定で、ゲストからは『ミナミナ』の愛称で親しまれている。
夜のミナミナはすべてのスピーカーが機能停止していて静かだ。
「ひっく...ひっく...」
いつもは自分の足音しか聞こえないミナミナに、今日は子供の泣いている声が追加されていた。
こんな時間帯に迷子だろうか。無責任な親め。
声の在り処を探す。声の大きさ的に遠くはない。
「おかあさぁん...どこ行ったの...」
その子は海賊の船のすぐ下にいた。
歳は十歳に見える。
「大丈夫かい?」
その子に声をかけた。
「おじさん、おかあさんは?」
その子が涙目で聞いてきた。
その疑問はこっちが知りたい。あと俺の年齢は二十二だからおじさんではないはずだ。
とりあえずマニュアル通りに女の子が一人迷子になっていることを本部に連絡し、一緒に出口に行くことになった。
「おじさん、おかあさんは?」
「出口にいるよ」
こんな質問に答えられないほど子供ではない。子供だましになってしまうが、まあ本部がなんとかしてくれるだろう。
「ところで君の名前は?お母さん以外に誰と来たの?」
「...ゆい。おかあさんと一緒に来たの」
んじゃ同伴者は母だけか。少し質問が難しかったか。
「どうして迷子になっちゃったかわかる?」
「…おとしちゃったの」
落としたってポップコーンとかおもちゃとかか?
だけどそれにしては周りには何も無い。
「落としたって、なにを?」
「……ノテ」
ノテ?そんな商品扱ってたけな?
まあ子供のことだ。商品に名前をつけているのだろう。
「そのノテってのはなにかな?おもちゃ?」
「....の手」
手?
「手、って言ったかな?誰の手だい?」
「....お母さんの手」
本部から連絡が届いた。どうやら、園内にゲストはもういないらしい。
じゃあ今横にいるゆいは何なのだろうか。
思い切って彼女の方を見た。
そこに残っていたのは、俺が握っていた小さな手だけだった。
緊張がすべてほどかれた。
「ったく、またこれかよ。もうそろそろ業務妨害で訴えても良さそうだな」
残った手にあらかじめ持参しておいた塩をふりかけ溶かしたあと、本部へ戻るために歩く方向を変えた。
ここは夢の国。夢のようなできごとは日常茶飯事である。
夜のミナミナはやはり静かだ。