アンナさんと刺繍の夢
それは、ギルドで『67』が討伐報酬を受け取り、セドとミランとユーリもそれぞれ狩った魔物の素材を売却して「また明日ね」と分かれる所だった。
「ナナさん、弟子にして下さい!」
床屋さんでカットしたようなショートカットの女の子が、頭を下げていた。
「あなたは、どなた?」
「あたし、金属魔法を持っているのだけど、上手く使えないんです。弟子にして下さい!」
「お名前は?今はどこかの工房にいるの?」
「いえ、それは・・・今は、どこの工房にも・・・」
「あなたのお名前は?」
「・・・アンナです」
「アンナさん、ここでは何だから、そこのカフェでお茶飲みながら話そう」
「ダメです!あたし、あの、お金持ってなくて・・・」
「子供からお金なんて取らないよ、とりあえず場所を変えよう」
「セド、ミラン、また明日な、明日は朝から稽古だ、遅れるなよ」
「はいっ、また明日!」「お疲れさまでした、また明日!」
「ナナ、その子とカフェに移ろう。ユーリはどうする?」
「俺も行く」
「よし、行くぞ」
「いえっ、あの、あたしナナさんと話がしたくてっ」
「アンナさん、アトリエ・ロクナナの責任者はロックなの。ロック抜きで弟子の話なんてできないよ」
「・・・はい、わかりました」
▽△▽△▽△▽△▽△
「アンナさん、何にする?ここはハニーティーがお勧めだよ」
「・・・あたしは、何も・・・」
「大丈夫、お金の心配はしないで。カフェで何も頼まないわけにはいかないから、何か選んでくれるかな?」
「ロック、俺サンドイッチ食べてもいい?あとホットミルク」
「ああ、いいぞ。アンナさんもそれでいいか?」
「あ・・・はい」
「私もサンドイッチ、あとハニーティー」
「俺もそれにしよう。ユーリ、注文を頼んでいいか?会計は帰りにまとめてロックがすると、店主に言ってくれ」
「ロック、俺、これ食ったらモモと一緒にジルとコウを迎えに行くよ。ロックとナナちゃんはゆっくりしてきて」
「じゃあ、ジルとコウの分包んでもらって。2人に夕飯食べさせてくれる?」
「わかった、食べさせておくよ」
ユーリは、オーダーに行ってくれる。
「アンナさん、以前いた工房はどこかな?」
「ナナ、食ってからにしよう」
「わかった、そうしよう」
「アンナさん、蜂蜜飴好き?」
「あ・・・はい、好きです」
「この前量り売りでいっぱい買ったの、これ、お裾分けね」
ナナは、紙にきゅっと包んでアンナに飴を渡す。
「ありがとうっ」アンナさんの目が輝く。
ユーリが、サンドイッチと飲み物を持ってくる。
「サンドイッチ、すげーうまそう!」
「ほんと、美味しそうだね!」
「アンナさんも食べなよ!うまいよ!」
「え、ええ」
アンナさんは、サンドイッチをゆっくり食べ始めた。食べ始めると、どんどん夢中で食べる。
必死に食べるアンナさんを見て、ユーリを見ると、少し泣きそうな顔をしていた。
そうか、ユーリはアンナさんを心配して食べ物を頼んだんだね。
「俺、食べ終わったから行くよ。ジルとコウ、待ってると思うし」
「ユーリ、悪いな。頼んだぞ」
「いいよ、ごゆっくり!モモ行くよ!」
「にゃー」モモは、ユーリについて行く。
「アンナさん、もう少し食べられる?」
「いえ、もうお腹いっぱいで・・・」
「そっか、無理は良くないもんね。」
「ナナ、話しを進めよう」
「そうだね、アンナさんのお話を聞いてもいい?」
「・・・はい」
「そんなに緊張するな。大丈夫だから」
「アンナさんは、いくつ?」
「13です」
「以前は、どこかの工房にいたの?」
「・・・いえ」
「じゃあ、金属魔法があるのは、ギルドで分かったの?」
「・・・あの、はい・・・」
「12才の時?」
「・・・」
「アンナさん、助けはいりますか?」
「・・・」
「何か困ってるなら、力になる」
「・・・やっぱり、あの、あたし帰ります」
「待って、アンナさん。座って。弟子にならないと誰かに怒られるんじゃないの?」
アンナさんの目に恐怖の色が浮かぶ。やっぱりそうだ。
「アンナさん、絶対に助けるから。もう安心だ。心配いらない」
「・・・ガット工房に・・・でも、もう・・・」
「わかった。とりあえずウチで話を聞こう」
「ロック、その前に買い物して帰りたい。『メリーローズ』に寄りたい。アンナさんも付き合ってね」
「そうだな、アンナさんも行こう」
ナナは、ロックに会計を頼んで、アンナさんの手を引いて『メリーローズ』に向かう。
「シシリアさん、こんにちはー」
「あら、ナナちゃん久しぶりね」
「この子のサイズのワンピースを2着とインナーを2セット、あと下着を4セット下さい」
「色々合わせてみましょうね」
シシリアさんが、何着かワンピースを持って来てアンナさんに合わせてくれる。
「アンナさん、この薄いピンクのワンピース、良く似合うね。ピンクは嫌い?」
「・・・いえ、好きです」
アンナさん、刺繍に見入ってる。このお花の刺繍かわいいもんね。
「この薄ピンクなら、インナーは黒がいいかな、あ、このグレーもかわいいね。どっちが好き?」
「・・・黒の方が・・・」
「じゃあ、黒の上下ね。アンナさん、背中少し破けてるから、ここで着替えて帰ろう」
他にも水色のワンピースとさっきのグレーのインナー、下着を5セット買って『メリーローズ』を出る。
店の前で、ロックが待っていてくれた。
「さあ、帰ろう。アンナさん、家で話を聞かせてね」
▽△▽△▽△▽△▽△
家に帰ると、ユーリとジルとコウが、心配そうに待っていた。
「おかえり、アンナさんいらっしゃい」
「おかえり、こんばんは、僕はコウ」
「おかえり、こんばんは!俺はジル」
「・・・こんばんは」
「ただいま」「ただいま、飯食ったか?」
「うん、食べたよ。僕たち部屋に行ってるね」
「ありがとう、コウ、ジル、ユーリ」
「アンナさん、あそこのラグで話そう」
「よかったら、クッション使って」
「ありがとうございます」
「アンナさんは、ガット工房にいたの?」
「いえ、ラムザスのシモン縫製に弟子入りしてました」
「ラムザスって、隣町の?」
「はい」
「お針子さんを目指してたの?」
「いえ、刺繍を。でも、あたし、才能が無くて」
「修行はちゃんとしてた?」
「はい、でも物にならなくて。だから補助金が切れた時に、シモンさんに解雇されて」
「細かい作業って、向き不向きがあるもんね」
「解雇される時にシモンさんがお金を出してくれて、ギルドでステータスを見てもらったんです」
「どうだった?」
「金属魔法が使えるってわかりました。それで、ラムザスでいくつか彫金工房を回りました。でも、決まらなくて」
「生活はどうしてたの?」
「シモンさんが、解雇する時に銀貨10枚くれて、それで何とか・・」
「マリンナにはどうやって来たの?」
「乗合馬車で来ました。でも、マリンナについた頃はもう、お金がほとんど無くて。マリンナで最初に行ったのが、ガット工房だったんです」
「ガット工房で、雇ってもらったの?」
「いえ、でも、お金を貸してくれたんです。銀貨3枚」
「そのお金はどうしたの?」
「食事と宿で。でもすぐ無くなって・・・困ってたら、ガットさんが来たんです。お金を返せって。それで髪を売って、でも、銅貨5枚にしかならなくて・・・」
「それで、残りのお金を返す代わりに私の弟子になってこいって?」
「はい。それで、ガットさんが、ロックさんはダメだって、ナナさんと話せって・・・」
「わかった、アンナさん、まず銀貨2枚と銅貨5枚はすぐに返そう。ギルドを通して証明書付きでガットに返金しよう」
ロックの顔が怖い。むちゃくちゃ怒ってる。
「ねえ、アンナさんは、彫金工房に弟子入りしたいの?本当にやりたい?」
「いえ、あたし、刺繍が大好きなんです。下手ですけど・・・」
「刺繍を見る目はある?良い物とそうでないものを見分けられる?」
「はいっ、刺繍を見るのが大好きなんですっ、見分けるのは得意ですっ」
「わかった。服の販売の仕事はどうかな?」
「やりたいですっ!」
「確か、メリーローズで販売員を募集してたんだよね。あそこ住み込みあったかな・・・明日聞いてみよう。ダメでも他を当たるから心配しないでね」
「とりあえず、今日はもう風呂入って寝よう。返金する金は気にしなくていい。俺が明日手続きしてくる」
「・・・っ、ありがとうございますっ」
「アンナさん、泣かなくていいよ。部屋に案内するね。荷物置いたらお風呂入ってね」
ナナは、お風呂の場所を教えた後、アンナさんを空き部屋に案内した。
アンナさんは、ホッとして涙が止まらないようで、ナナは泣き止むまで一緒にベッドに座り、背中をゆっくり撫でていた。
▽△▽△▽△▽△▽△
翌日、早朝稽古は皆で自主訓練にしてもらい、ロックはギルドへガット工房への返金手続をしにいった。
困っている子供を酷い手口で嵌めて、少女に髪を売らせ、その子を使ってアトリエ・ロクナナに接触してきた事を明文化し、抗議文を添えて残金を返金した。
ナナは、『メリーローズ』のシシリアさんの所へ行き、アンナさんの就職について聞いてみた。
現在『メリーローズ』は刺繍やレースに詳しい販売員を探していた。お客様に刺繍の意味を説明できる子が好ましいとう事だったので、刺繍の修行をしてきたアンナさんならピッタリだ。
『メリーローズ』に住み込みの制度はないが、シシリアさんが使っている店の2階の住居スペースに空き部屋があるから、しばらくそこに住んでも良いと言ってくれた。
結局、家賃なしで、衣類の店員割引あり、お給料は日給銅貨5枚で、働いた分だけ月末にまとめて口座カードに振り込まれるという条件でまとまった。
アンナさんがシシリアさんの居住スペースにお引越しする時、ナナはシモンさんに習い、アンナさんに銀貨10枚を渡した。
今働いてもお給料が出るのは月末だ。自由になるお金は持っていた方がいいと思ったからだ。
アンナさんは、刺繍が好きだから、刺繍の工房に弟子として入った。けれど、残念ながら才能には恵まれなかった。
でも、一度は諦めた刺繍の仕事がしたいという夢を、アンナさんは別の形で叶えて行く。
ガット工房のした事は許せないけど、おかげでアンナさんは、ロックとナナとシシリアさんに会えた。
ロック、ナナ、シシリアさん、そして、以前働いていたシモン縫製のシモンさん。アンナさんはたくさんの大人の手を借りて、新しい人生を切り開いてゆく。




