きっと教訓と希望になる(3)
マリーちゃんを保護した翌日、ロックとナナは役所のノットさんに会いに来ていた。
ロックが事実を淡々と話す。
「--------という事があったんです」
「ユーリ君の件は、ギルドから聞いていました。ロックさんが雇って下さったと聞いたので、安心していたところです。ありがとうございました」
「マリーを保護したのは昨日だから、おそらく現状をご存じないと思いまして」
「そうですね、知りませんでした。実はイレーヌ工房から、また孤児を引き取って弟子にしたいと申し出があったのです」
やっぱり、次を探していた。また不幸な子供が増えてしまう。ナナは、焦燥感が増す。
「お願いです!まだ決まっていないのなら、誰も行かせないで下さい!マリーちゃんと同じ事が起きてしまいます!」
「はい、もちろんそれは断るつもりですが、イレーヌ工房はマリーさんの時にも、孤児に直接話を持って行ってるんです。マリーさんの時は、孤児の強い希望で弟子になるという形でした」
「孤児院を通さず、スカウトしたという事ですか?」
「いえ、孤児院に打診しつつ、孤児に目星をつけて話をしたという形です。女子は、手に職がつくお針子を希望する子が多い。直接話せば、希望者はすぐに見つかります」
「孤児院が断っても、直接口説かれたら阻止できないという事ですか?」
「孤児が希望していれば、余程の事がなければ孤児院は何もできません。育て親と同じです。ただ、補助金は別として、孤児雇用の優遇措置に関しては孤児院の判断です。そこは対応できます」
「孤児院の職員や役所は、孤児の自由を阻めないという事ですよね」
「そうです」
「なら、孤児院出身の子だったらどうでしょう?孤児院に行き、体験談を語り、孤児に注意喚起するんです。あそこはやめた方がいいと」
「そうか、卒院した孤児院出身の子が、孤児院に訪れるのは普通の事です。ナナさん、それなら出来るかもしれません!」
「今、自尊心が損なわれているユーリとマリーちゃんには、酷かもしれません。でも、お願いしてみようと思うんです」
「ノットさん、俺は、彼らが別の大人に相談できなかった事が原因の一つだと思うんです。異常な環境に追い込まれても、渦中の子供は気づけない。身近な大人に言われ続けると、そういうものだと納得してしまう。だから、卒院の孤児が、気軽に公平な大人に相談できる環境を整えてほしいです」
「ロックさん、わかりました。検討します」
「お願いします」
「ナナさん、まずは孤児院を訪問してくれるかどうか、ユーリ君とマリーさんへ確認をお願いします」
「わかりました。帰ったら確認します」
「ロックさん、ナナさん、私達のような役所職員や孤児院職員は、孤児が皆幸せになって欲しいんです。できる事からでも、やっていきたい。ご協力感謝します」
「こちらこそ、ご協力感謝いたします。よろしくお願いいたします」
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ロックとナナは、役所を出た後、ベン親方の工房に向かっていた。
「親方、トムさん、こんにちは」
「こんにちは、親方、トムさん、話があるんです」
「どうした?嬢ちゃん、ロックも、なんかあったのか?」
「親方、信頼できる、縫製工房を紹介して欲しいの」
「なんだ、服でも作るのか?」
「ナナ、落ち着け。親方、ちょっと話が長くなる。今大丈夫か?」
「--------っていう事があったんだ」
「胸糞悪ぃ話だな!大体、イレーヌんとこは、顧客の紹介でしか弟子は取ってないはずだ。孤児院から引き取って弟子になんかするわけねぇ」
「それでね、マリーちゃんを弟子にしてくれる工房を探しているの」
「嬢ちゃん、その子は12でお針子の修行は一切してないんだな?」
「はい、一切してないです。ずっと下働きだったそうです」
「手垢のついてない子なら、引き取る工房があるかもしれねぇな」
「手垢のついてない子?」
「そうだ。他所から移ってくる子ってぇのは、変な癖がついちまってる場合がある。余程才能があるのなら別だが、変な癖を直すのは、まっさらから教えるより難しい」
「ある程度技術を身につけてる子の方が、有利だと思ってました」
「ちゃんとした工房ほど、生え抜きに拘るからな。地獄のような環境を耐えきったまっさらな子なら、引き取り手は結構あるんじゃねぇかな」
「親方、そういう工房にお心当たりは?」
「ある。工房主がオッサンだけどな。嫁さんが女物を手掛けてたはずだ。あの嫁さんは世話焼きだから、きっと弟子をかわいがる」
「そこって、ご紹介いただくわけには?」
「いいぜ、ロベルト縫製工房ってとこだ。多分断らねぇよ。嬢ちゃんの頼みだからな」
「え?何で私の頼みだと断らないんですか?」
「結婚指輪作りたいんだとよ」
「やります!やります!なんなら持ち主専用で付加つけます!」
「プハッ、嬢ちゃん、その子のためにロベルトに思いっきり恩着せとけよ!」
「あー、よかった!今まで結婚指輪にがんばって付加つけててよかった!親方ありがとう!本当にありがとう!」
「いいって事よ。ロベルトもジリアンも喜ぶ」
紹介してもらえるのは、ロベルト縫製工房のロベルトさんと奥様のジリアンさんだった。
ベン親方が、結婚指輪の制作を引き受けると返事をするために、明日ロベルトさんの工房に行くので、マリーちゃんの事も打診してくれるそうだ。
マリーちゃん次第だけど、次の工房が決まりそうで良かった。これでマリーちゃんと安心して話ができる。
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ナナは、結婚指輪に持ち主専用付加をつけるために、ロベルト縫製工房のロベルトさんとジリアンさんに会った。
その時にロベルトさんからは、マリーさえ良ければ是非弟子にと言ってもらえたので、ナナはマリーと話をする事にした。
「マリーちゃん、ロベルト縫製工房って知ってる?」
「知ってます!丁寧な縫製で良い素材を使って良い物を作る工房です。お針子の憧れですよ!」
「マリーちゃん、そこでお針子の修行する気ない?ロベルトさんちに住み込みで」
「・・・ね、願ってもない話なんですが、あたしでは無理だと思います」
「それはなんで?」
「あたし、ずっと下働きだったんです。お針子の技術をひとつも身に付けてないんです」
「ああ、うん、知ってるし、先方にも伝えてあるよ。まっさらな子が欲しいんだって」
「まっさら?」
「他所の工房の変な癖がついていない子がいいみたい。生え抜きを育てたいんだって」
「ロベルト縫製工房の技術で、1から育ててくれるって事ですか?」
「うん、そう。やってみない?」
「やりたいっ!やりたいですっ!どうしよう、ナナさん!夢みたい!」
「わかった、返事しておくね!アトリエ・ロクナナが専属契約しているベン彫金工房の紹介だから、後ろ盾バッチリだからね、心配いらないからね」
「はいっ!」
「それでね、マリーちゃんにお願いがあるの」
「あたしにできる事だったら、何でも!」
「マリーちゃん、何でもなんて言っちゃダメ。悪い大人もいるからね。で、お願いは孤児院の事なの」
「孤児院の事ですか?」
「うん、10才になる孤児院の子に、マリーちゃんの体験を語ってあげて欲しいの。これ以上騙される子が増えないように」
「あたしの体験を・・・」
「イレーヌ縫製工房が、また孤児を弟子にするつもりだと聞いたの。イレーヌさんは、孤児を直接口説くって聞いた。きっと、その子はマリーちゃんと同じ目に合う」
「あたしの時も、師匠が直接話に来ました。それで、あたし浮かれて、身の程もわきまえず・・・」
マリーちゃんが俯く。ああ、この子も自分を恥じている。
「マリーちゃん、ロベルトさんは、是非にって言ってたよ。地獄のような環境を耐えきった、このまっさらな子が欲しいって」
「ロベルトさんが・・・?」
「そうだよ。マリーちゃんは、根性があって、やる気もある、期待の弟子候補だよ!お願いだから、自分の価値を低く見積もらないで」
「・・・あたし、孤児院の子に話します。そしてあたしが頑張って、ロベルトさんに、次も孤児院から弟子を取りたいって言ってもらえるようにします!」
「ありがとう、マリーちゃん!その意気よ!」
「ナナさん、ありがとう!あたし頑張る!」
「うんうん、よかった、本当によかった!」
マリーちゃんは、力強く胸元で手を握り、華やかに笑った。
満開のひまわりのように、明るい笑顔だった。
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私がマリーちゃんに話したように、ロックがユーリに話してくれて、2人は孤児院の子供たちに、自分の話を交えて注意喚起してくれる事になった。
マリーちゃんは、ロベルト縫製工房に行くことが決まって、世話好きの奥様のジリアンさんが大喜びしているそうだ。
ユーリとマリーちゃんは、まだ幼馴染の域を出ていないようだけど、おそらく両想いなので、いずれ気持が通じ合うはずだ。
それまで外野は、甘酸っぱい2人をモダモダしながら温かい目で見守ろうと思う。
彼らは、同じ苦しみを味わった戦友のような絆もあるので、きっと良いカップルになると思う。
親を亡くした子供を、狡い大人が囲い込んで自尊心を壊し、何も与えず、さんざん利用して捨てる。
何も持たないまま捨てられた子供は、自分を『厄介者』だと恥じながら生きていく。
大人達の手を借りて、その苦境から抜け出したユーリとマリーが、きっとこれから人生に立ち向かう孤児達の教訓と希望になるだろう。




