きっと教訓と希望になる(1)
遠征の後は恒例の2連休・・・とはいかず、ナナの帰宅を待ちわびていたベン親方の呼び出しで、ナナはベン彫金工房に向かっていた。休日なので、ロックも一緒だ。
「こんにちは!ベン親方、トムさん、帰ってきましたよー!」
「こんにちは、親方、トムさん。久しぶり」
「嬢ちゃん!ロック、よく来た!」
「ナナちゃん、ロック、おかえり~!待ってたよ~!」
グイグイくる熱烈歓迎っぷりに、ナナはちょっと引き気味だ。
笑顔で差し出されたトレイの上には、20セットくらいの結婚指輪が並んでいる。
熱烈歓迎の理由はこれか。
「親方、20はちょっと多いので、優先順位を教えてくださいよ」
「1列目の左から順に受注したから、その順で頼む。受注会が思った以上の大盛況でな」
「限定20セットで受注会したら、午前中で終わっちゃったんだよ~」
ナナは、順番に『幸運』の特殊効果を付加していく。何個も付加しているせいか、スルッと入る。この感じだと20セットいけそうだ。
『幸運』というおまじない的な付加なのに、作業感がすごい。ナナは、心配になって鑑定をかけてみる。
『結婚指輪。ルビー、水晶、金製。幸せを引き寄せる幸運の効果が付加されている』
良かった、問題なく付加出来ていた。ナナは、胸をなでおろす。
「親方、終わりましたー。20セットいけました!なんか、やけにスルッと付加が入ったんですよねー」
「嬢ちゃん、それが熟練ってもんだ。結婚指輪に関しては、嬢ちゃんは熟練の域って事だな」
「結婚指輪の付加が熟練って、なんか複雑ですね」
「同じ特殊効果を立て続けに付加する機会なんて滅多にないからね~。俺からしたら、うらやましいよ~」
「そうなんですねー。修業と考えれば確かにいいのかも」
「ナナ、体は大丈夫か?魔法疲れはないか?」
「うん、ビックリするくらい大丈夫」
「そんじゃ、第二回受注会には30でも大丈夫か?」
「魔力は大丈夫でも、結婚指輪は食傷気味です。もうお腹いっぱい」
「プハッ、腹いっぱいか!まあ、どうせ次回は来月以降だ。それまでに腹を空かせておいてくれ!」
「アハハ、わかりました!ペコペコになるように努力します。それじゃ、子供たちが待ってるので帰ります!」
「おつかれさん!報酬は、いつも通り『67』に送金しとく。またよろしくな!」
「はーい!またよろしくお願いします」
「親方、トムさん、またよろしくお願いします」
「またね~」トムさんが手を振る。
ナナは、手を大きく振りながら、ベン彫金工房を後にした。
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男子3人とモモが、大きなテーブルで何やらこしょこしょ話している。
「ユーリって、マリーとどうなったの?」
「ジル、マリーはお針子やりたいってイレーヌ工房に弟子入りしただろ?まだそこにいるはずだ」
「あんなに仲良かったのに、会ってないのか?」
「俺なんかが会いに行ったら、マリーも困るだろ」
「何で困るんだよ、喜ぶに決まってんだろ」
「ユーリの恋人?」モモちゃん、直球。
「モモっ、な、何言ってんだっ!恋人なわけないだろっ!」
「ユーリ真っ赤だよ」「ユーリ、ほっぺ赤い」「ユーリ顔赤いよ」
ジルとコウとモモが一斉に、ユーリにつっこむ。
「とにかく!恋人じゃないっ。マリーが、俺みたいな男を好きになるわけないだろっ」
バン!とドアが開く。
「恋バナなら、ナナちゃんの出番じゃない?」
ナナが満面の笑みで立っていた。
「ナナ、繊細な話だから、そっとしておいてやれ」
ロックがナナの肩に手を置いて、顔を横に振っている。
「ユーリ、女の子の相談だったら、私が一番適任だよ!何しろ他の3人と違って女だからね!何かあったら相談してね」
「う、うん。相談できる事があったらね」
ユーリは、絞り出すように答えた。
ユーリの明るい話しが、ナナはうれしかった。
恋人じゃなくても、好きな子がいる。
ユーリの自己肯定感が低いのが気がかりだけど、仲良しだったなら可能性はゼロじゃない。
ナナは、地球での奈々を思い出す。
初めて好きになってお付き合いした人は、ナナが会社を辞めたらあっという間にいなくなってしまった。
そんな恋愛音痴のナナですら、ロックと知り合って変わったのだ。
ユーリが自信を取り戻して、マリーちゃんに会いに行けたらいいなとしみじみ思うナナだった。
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キッチンでナナがニンニクとバジルを風魔法でみじん切りにしていると、ユーリが手伝いにやってきた。
「ナナちゃん、何か手伝う?」
「ありがとうユーリ、これ両方この瓶に入れて、オイルでひたひたにしてくれる?」
「わかった。全部入れちゃっていいの?」
「あ、今日使う分、スプーンに3杯分だけ取り分けておいて」
「わかった。こっちのトマトのみじん切りはどうするの?」
「これは今日使う分だから、このままで大丈夫」
「ねえ、ナナちゃん、もしナナちゃんの仕事場に、昔仲が良かった男が来たらどう思う?」
「昔って、どれくらい昔?」
「に、2年前くらい」
「2年なんて昔じゃないよ。うれしいと思う」
「ロックがいても?」
「うん。仲良しが会いに来てくれたんだよね?うれしいよ」
「め、迷惑じゃないかな」
「その子に何か嫌な事したの?」
「してないっ、嫌な事なんて、するわけない」
「その子は、ユーリと同い年?」
「うん」
「きっと、今すごく頑張ってる時期だから、励まされると思うな」
「・・・行ってみようかな」
「うんうん、行っておいで」
「ナナちゃん、嫌じゃなければ、一緒に・・・」
「いいよ」
「明日、討伐から帰ってきたら、行ってみようと思うんだ」
「わかった。一緒に行こう。場所は分かる?」
「うん。イレーヌ工房」
「メリーローズの通りの東側にある工房だね。その子は住み込みなの?」
「うん。そのはず」
「じゃあ、行けば会えるね」
ユーリは、マリーちゃんに会いに行くことにしたらしい。
ナナは、ユーリの勇気に心の中でエールを贈った。




