しといて良かった専属契約
ベン親方から請け負っている結婚指輪への『幸運』の特殊効果付加は、持ち主専用ではないけれど、今の所ナナにしか付けられない。
ナナの付加する『幸運』の特殊効果は、『幸せを引き寄せる幸運の効果』であり、幸せになりますようにと願うお守りのようなものだ。
そういう、おまじないのように曖昧な効果を付加するという発想は、金属魔法を使う職人さん界隈では今まで無かったらしい。
金属魔法を使う職人さんが作っている戦闘用や護身用のアクセサリーは、ステータスを上げるとか毒耐性を上げるとか、明確な目的を持ち、特殊効果を理解した上で付加されている。
それに対して、結婚指輪に付加する効果は曖昧だ。幸福は人によって違う。
魔法はイメージが大切なので、使用者が誰であっても、その人が望む幸せを引き寄せるという、幸運のお守りのようなものがイメージができなければ、おそらく特殊効果として付加するのは難しい。
いずれベン親方もトムさんも付加できるようになると思うけれど、今の時点では付加できるのがナナだけなので、ナナ一人が請け負っている。
そういう背景もあって、ベン親方と話し合い、結婚指輪は持ち主専用アクセサリーにはしない事にした。
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「お金はいくらでも払うって言ってるの。いいじゃないの、何がダメなの?」
「アトリエ・ロクナナはベン彫金工房と専属契約をしているので、契約外の付加はできません」
「そんなの言わなきゃわからないだろう?」
「そうよ、あなたが付加しましたーって指輪に書いてあるわけじゃないんだし」
「私が契約違反のリスクを負う理由がありません」
ナナは、別の工房で作った指輪に『幸運』の付加を持ち主専用で付けてくれと迫られていた。
ベン親方の工房に行った帰りに呼び止められ「ベン親方の事で重要な話しがある」というから、カフェで話を聞いたらコレだ。本当に迂闊だった。
ガットと名乗る男とその妻は、素性をはっきり言わないけれど、おそらくどこかの工房の関係者だ。
「ベンの所ではいくらで付加してるんだ?ウチなら倍の金を払うぞ」
「契約内容を無関係な方には話せません」
「あなたね、駆け出しの職人でしょう?堅っ苦しく考えないで、アルバイトのつもりで引き受ければいいんじゃない?」
「何を言われてもいくら積まれても、致しません」
ナナは、例の凄い外科医のように”致しません”とハッキリ言う。
「孤児を引き取ったんだろ?金はいくらあっても困らない。稼ぎをふいにしたらロックにも怒られるんじゃないか」
カッチーンときた。ナナだけではなく、ロックも侮られている。こいつら絶対許さん。
「今までもこれからも無関係な赤の他人のあなた様に、我が家の懐事情を心配して頂く必要はございません。それでは失礼致します」
ナナは、無表情で席を立つ。
「おい、待て!」「待ちなさいよ!」
ナナは、自分のお茶代だけを口座カードで払い、さっさとカフェを出る。
ガット夫妻は、小走りでナナの後を付いてくる。ナナは、ギルドに向かう事にした。ロックも討伐の帰りに必ず寄るはずだ。奴らに家まで付いてこられたらたまらない。
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ギルドの受付に並んでいたロックが、入口から現れたナナに気がついた。後ろからガット夫妻が追いかけてきている。
「ナナ、どうした?何があった?」
「ロック、あの人達がしつこくて困ってるの。嫌って言ってるのに強引で・・・」
ナナは、興味を誘う言い方を意識して、周囲に聞こえるように言う。
「うちの妻に何か用か?何の目的で付きまとっているんだ」
ガット夫妻は、衆目の中、ナナに契約違反を迫っていたとは言えない。
「ナナさんにね、良いお話があったから持ってきただけなのよ」
「孤児を引き取ったと聞いて、力になりたいと思ってね。悪い話じゃないんだ」
「ロック、私何度も必要ありません、契約違反はしませんって言ってるのに、しつこくて」
「契約違反?ベン親方との契約か?」
「そうなの。言わなきゃバレないから自分達のために働けって。私、怖くて・・・」
「おい、ナナちゃんに何してんだよ」
「俺お前の事知ってるぞ、ガット工房のガットだろ?」
「ナナちゃんがベン親方を裏切るわけないだろ」
ギルドにいた冒険者がガット夫妻に詰め寄る。
「ナナさん、こちらへ」
受付のリリアさんが、商談用の個室に誘導してくれる。
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ギルドの個室にロックが駆け込んできた。
「ナナ、大丈夫か。何を言われた」
「あの工房で作った指輪に、持ち主専用の特殊効果を付加しろって言われた。専属契約してるからって断ったんだけど、しつこくて。それは、まあ、良いんだけど」
「良かないだろ。あれはガット工房のガットとキーラだな。ベン彫金工房とギルドから警告してもらおう」
「あいつら、私だけじゃなくて、ロックもお金で裏切ると侮ったの。絶対許さない」
「それでギルドに引っ張って来たのか」
「そう。ベン親方のライバル工房なら、顧客のほとんどは冒険者でしょ?バレなきゃ契約を破ってもいいと思ってる工房に、高価なアクセサリーの加工を頼む冒険者、いるといいね」
ナナは、ニヤリと笑う。
「なるほどな。断ったらどうせ恨みを買っただろうし、ギルドに来たのは正解だったな。冒険者の間で情報が回るのは速い。広く知れ渡れば、今後ナナに手を出しにくくなる」
「ごめんね、ロック迷惑かけて」
「迷惑なわけあるか。俺はアトリエ・ロクナナの責任者だ。ナナ、俺の為に怒ってくれてありがとう。でも、あまり危ない事はするな」
「うん。気を付ける」
受付のリリアさんが、ガット工房の夫婦が帰ったと教えてくれた。
ナナとロックは、リリアさんと居合わせた冒険者にお礼を言い、念のためというリリアさんの勧めでギルドの裏口から出て帰宅した。
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翌日、ロックとナナは、ベン彫金工房に来ていた。ナナが事情を説明する。
「-------という事があったんです」
「ククッ、ハハハハ!そん時のガットの顔見たかったな!あいつは、昔からそういう奴だった。変わってねぇなぁ」
「三つ子の魂百までって言いますしね」
「ん?三つ子がどうしたって?まあ、こういう事は、おそらくまたある。その時のために、ワシが職人ギルドに話を通しておこうと思う」
「「よろしくお願いします」」
「嬢ちゃん、冒険者ギルドから職人ギルドに移る気はないか?」
「ありません」
「だろうな。譲ちゃん、専属契約しといて良かっただろ?ベン彫金工房の専属工房として守れるからな」
「はい、本当に感謝してます。親方、ありがとう」
「いいって事よ。せっかく来たついでだ。結婚指輪3組、付加つけてってくれ」
「了解です!どれでしょう?」
「ずいぶん華奢な指輪だな。剣を持ったら歪みそうだ」
「ロック、普通の新婚さんの指輪だ。冒険者夫婦の指輪と一緒にすんな」
「ベン親方が、普通の新婚さんの指輪を作る日がくるなんてね~」
「おいトム、そりゃどういう意味だ。ワシだってただ美しいだけのアクセサリーを手掛ける事もあるさ。ワシゃ元々アクセサリーデザイナーだからな」
「えっ?ベン親方、アクセサリーデザイナーだったんですか?」
「そうだよ。金属魔法が得意だったから、戦闘用アクセサリーで有名になっちまったが、元々はアクセサリーデザイナーだ」
「親方、センスいいですもんね。この指輪もあんなに曖昧なオーダーだったのに絶妙にかわいいし」
「まあな、可愛いものや綺麗なものは作ってて楽しいしな」
「だから結婚指輪売り込んでるんですね。も~、ロックさん聞いてよ!親方、結婚指輪の受注会するとか言うんですよ~」
「えっ?ちょっと、私聞いてないよ親方。いくつ受注する気ですか?事前に言っておいて下さいよ、心の準備がありますから」
「ハハハ、ダメって言わないところがナナちゃんだよね~」
「ほどほどでお願いしますよ親方、親方の頼みならナナは無理するんで」
「わーかってるよ!無理な数は受けねぇよ。ロックは嬢ちゃんに過保護だなぁ」
「新婚なんで」
ちょっとロックさん、シーンってしちゃったじゃない。
「プハハハ!嬢ちゃん、いいなぁ、愛されてんなぁ」
「ナナちゃん、顔真っ赤、ハハハハ」
「んもー!もーっ!」
シレッとナナの肩を抱くロックの横で、ナナは真っ赤な顔を両手で覆ったまま「もー!」としか言えないのだった。




