ナナの宝物がまたひとつ増えた
ナナは、へーリオスに来てから髪を切っていない。
前髪だけ、道具入れに入っていたハサミで自分で切っていたけど、後ろはさすがに自分では切れない。シャンプーがないから、毛先のダメージがだいぶ酷い。
地球では、ナナのアクセサリーを委託販売してくれていた美容室で、納品がてら切ってもらっていた。
ロックはギルド併設の散髪屋さんで切っているけれど、そこは本当におじさんが屈強な男の人相手にカットしているお店で、ナナには敷居が高かった。
女性用の美容室について、ナナは『メリーローズ』のシシリアさん(超美人のオーナー)に聞いてみたが、シシリアさんの行きつけはお高かった。銀貨2枚。ナナにはとてもムリだ。
シシリアさん曰く、女性用の美容室は髪結いもできる技術者なので、お高いのだそう。
もうギルドの散髪屋さんでカットしてもらうしかない。せめて上手いおじさんをロックに紹介してもらおう。ナナがあきらめかけた時、ロックが言った。
「俺、妹の髪切ってたぞ」
「ほんと?!ロック、私の髪も切ってくれる?毛先を揃えるだけでいいから!」
「4年ぶりだけどいいのか?」
「お願いします!毛先これくらいカットすれば揃うと思うんだよね」ナナが指で5cmくらいの幅を作る。
「わかった」
「ねえ、ロック、そのハサミで切るの?」
「よく切れるんだ」
ロックさん、そのハサミ、その辺の枝を切ったりキングクロコダイルの尻尾を切ったりしてたやつですよね?
「ロック、これ使って。これで、ちょっとずつ切って!」
ナナは、自分のハサミを持ってきてロックに渡す。
「小さいハサミだな」
確かにロックの手には小さい。でも、あのハサミはイヤ。絶対にイヤ。
「よく切れるから、使ってみて。安心の日本製だから」
「チキュウのハサミか。わかった」
庭に椅子を置き、髪を濡らしたナナがそこに座る。
櫛で梳きながら、ロックが慎重にナナの髪をカットする。
ギャラリーのモモとコウも息をのむ。
庭の草の上に、パサリパサリとナナの髪の毛が落ちる。
ナナは毛量が多いので、きっと切りにくい。大丈夫かな。沈黙の時間が続く。
「できた」
ロックが、ふぅっと息を吐いて、ハサミを持った手を下した。
「ありがとうロック!」
「ナナちゃん似あう!」
「ナナちゃん、かわいい」
ナナは、肩にかかった髪をはらうと、お風呂前の洗面台にある鏡を見に行く。この家で唯一の鏡だ。
横向きになったり、うしろ向きになって軽く振り向いたりして、自分の姿を眺める。
「うん、いい感じ!ロックすごい」
「10年くらい妹の髪を切ってたからな。誰かの髪を切るなんて、もう無いと思ってた」
ロックは、懐かしむようにハサミを見て微笑む。
「コウのかみも、ロックがきってくれる?」
「男の髪は難しいな。俺と一緒にギルドの散髪屋に行こう」
「ロックといく!」
「モモも!」
「モモちゃん、切るとこないよ。丸刈りになっちゃうよ」
「それはイヤ」
庭に笑い声があふれる。
切った髪をロックが庭に埋めて後片付け終了。
後片付けが楽なのもお庭カットのいい所だ。
夕方、ロックが出かけるというので、みんなで庭から見送る。
焼きたてパンを買いに行くついでにギルドに寄るそうだ。
討伐依頼の道中で狩った『ワイルドチンチラウサギ』の解体が終わったので、お肉を引き取ってくるという。毛皮はギルドで買い取りしてもらう。
『ワイルドチンチラウサギ』は、討伐報酬は出ないけれど毛皮が高いので、良い収入になる。見かけたら即狩る魔物だ。
ナナは、このウサギ魔物の肉が大好きだ。淡泊なのに力強い味で美味しい。
今日はシンプルにソテーして、サンドイッチにする予定だ。
お出かけから戻ったロックは、小さな包みを持っていた。
「ナナ、これ。髪を切った記念」
ナナが、へーリオスで初めて髪を切った記念にと、ロックは小さな包みをナナに手渡す。
ナナが包みを開けると、小さな瓶が入っていた。気泡の入ったガラス瓶に野ばらのラベル。
「かわいい。野ばらだ」
小瓶の蓋をそっと外すと、バラの良い香りがふわりと漂う。
「香油?」
「そうだ。髪につけるといい。野ばらの香りらしい」
「うれしい!ありがとう!いい香り。髪のダメージにも効きそう」
ナナは、香油を少しだけ手に取って、髪に馴染ませる。ナナが手を離すと、黒髪がさらりと両肩に落ちた。
「ナナちゃん、かみ、きれい!」
「ナナちゃん、つやつやー」
コウとモモが、ナナの髪を褒める。
これは、ナナがロックに初めて髪を切ってもらった記念。そして、ロックが家族の髪を4年ぶりに切った記念。
この世界で、ナナの宝物がまたひとつ増えたのだった。
ナナは、前髪を自分で切っていたのですが、それはノーカンです。




