099 最上位悪魔の強さ
(およそ5,900文字)
「相変わらず、バカのひとつ覚えの戦法なのなぁ! キモいぜ! コイツら!」
リヴェカの拳や脚が振るわれる度、サクリフィシオは断末魔の代わりとでも言うように目を見開いて絶命する。
最初は勢いのあったオクルスの攻撃も、分体が減るにつれ隙が生まれ、リヴェカはますます身軽に攻撃を繰り出すようになっていく。
「無理だよ……。オクルス」
オクルスの魔力が徐々に弱まるのを見て、サニードは自分の無力さに歯噛みした。
「……あぁ?」
倒したサクリフィシオが半粘液のようになっているのを見て、リヴェカは目を細める。
「そうか! オマエの正体判ったッスよ!」
遺骸をグシャリと踏み潰し、リヴェカは八重歯を剥き出しにして笑う。
「スライムなんだろ! それも擬態型! 群体を操る能力を持った特殊個体っスね!」
──意外と聡いようで──
「図星かぁ? ってか、意外ってなんだ! 意外って! こう見えて、ワイは戦術担当なんだぜェ! 攻略法がわかれば後は単純だぜ!!」
──!?──
大きく息を吸い込んだリヴェカの口の端から炎が溢れ出るのを見て、オクルスの動きが少し鈍る。
──【インフェルノ・ブレス】──
すぼめた口から熱気を伴う息を一気に吹き出し、それが着火したかと思いきや、劫炎となってサクリフィシオたちに襲いかかる!
「魔法は苦手さぁ。けどな、魔力を溜めて放つのは得意だぜ! スライム属どもは炎に弱いだろ!」
オクルス全体が怯み、炎を嫌がって、明らかにリヴェカと距離を取る。
魔法耐性のあるスライムはまだ残っていたが、数を減らしていたことで完全に防ぎきれず、何匹かが炎に巻き込まれて焼け死ぬ。
「グッ! 数が減ったところに……」
上半身だけ人型をとったオクルスが、サクリフィシオの直接指揮を執ろうと試みるが、スライムたちの“本能”が炎を恐れる。
「ケケケ。イゼリア姉ェやノーリスと違って、ワイが“炎”特化なのは運がなかったッスね〜」
消し炭になったサクリフィシオを踏みつけ、リヴェカは爪を立てて、オクルスに掴み掛かろうと手を伸ばし──
「なッ?」
「シイッ!!」
シャルレドの横薙ぎが襲いかかり、リヴェカはそれを弾こうとするが、あまりに重い斬撃に堪え切れず、後方へと飛び跳ねて距離を取る。
「バケモノ商人が! 滅茶苦茶に痛かったにゃ!」
シャルレドは血走った目でオクルスを睨んだ。
「そうですか。しかし、戦闘には支障ないようでなにより」
オクルスの視線が、シャルレドの“新しく生えた右脚”に向けられる。
皮膚は若干ピンク色を帯びていたが、その開いた指先は土を深く抉り、次の攻撃の準備をしていた。
「ジャマすんじゃねぇッスよ!」
「どっちがだ! こっちはヴァルディガに用があるにゃ! 関係ないヤツはすっこんでな!」
シャルレドは器用に空中で回転すると、勢いを殺さずにリヴェカを蹴り飛ばす。
「チッ!」
その隙を見逃さず、サクリフィシオたちがリヴェカの行動を邪魔すべく足元に絡みつく。
「ウゼえッスよ!! スライムがッ!」
「だからこそ、やる意味があるのです」
両腕にまとわりついたサクリフィシオを、リヴェカは振り払うが、払った先から何匹も飛び掛かる。
そんな中、体勢を崩したリヴェカに向かい、シャルレドの横斬りが再び襲い掛かった。
しかし、リヴェカは口を大きく開くと──
「なんだと!」
上歯と下歯を合わせて剣戟を止め、シャルレドに拳撃を浴びせる。
「グッ! 離せにゃ! どうなってんにゃ! オマエの歯は!」
「はなすもんふぁよ(離すもんかよ)!」
シャルレドは全身を使って剣を引き抜こうとするが、リヴェカの歯は刃に強く食い込んで抜けなかった。
オクルスが助けに入るが、リヴェカはもはや意に介さず、シャルレドをサンドバッグと言わんばかりに集中攻撃する。
「シャルレドさんを離せ! 調子に乗るなッ!」
「?! くぁきくぃぁ(ガキが)!!」
いつの間にか背中に回り込んでいたレアムが斬り付けてくるのに、リヴェカは腕を上げて防御しようとする。
「ナイスにゃ! 小僧!」
次の瞬間、シャルレドは自身のマントを翻してリヴェカの視線を覆った。
「ああ! ウゼェぞッ!」
思わずリヴェカは口を開き、シャルレドを投げ飛ばして、標的をレアムに変えて蹴りを放つ。
「私をお忘れなく」
「テメェ!」
サクリフィシオたちが、リヴェカの後ろでオクルス本体を形作って羽交い締めにする。
「今だ! ……うあっ!」
レアムがリヴェカの首筋目掛けて剣を突き立てようとしたのを、サクリフィシオたちが彼の足元を払って止める。
「やはり! お前も敵か!」
「貴方を助けたんですよ、少年」
レアムの耳の側で、人間の口を模したサクリフィシオがそう言った。
「なんだと……え?!」
リヴェカの周囲を、細く列なったオクルスが取り巻く。
「こ、コノヤロウッ!!」
そして彼女の全身を、紐のようになったサクリフィシオが雁字搦めにした。
──【死の花輪】──
そして、絡まったサクリフィシオが連続して爆発し、周囲を強烈な爆風が襲う!!
これを予期していたメディーナは、サニードの前に立って身を盾にして彼女を庇った。
「ゲッホゲホッ! にゃ! なんにゃこれは!?」
「ま、まさか自爆したのか……」
土埃まみれになったシャルレドとレアムは、唖然と巨大な爆発が起きた方を見やる。
生き残ったサクリフィシオたちが一箇所に集まり、オクルスを人型に形作った。
「自分の仲間を利用して、爆発に巻き込んだのかにゃ……」
心底不快そうにシャルレドが睨み付けてくるのに、オクルスは目を細める。
「“仲間を利用”? なんとも人間らしい発想ですね」
「そうだろ? 最低の技だ……」
レアムは騎士たちを見やってそう呟く。彼からすれば、仲間たちの命を使った攻撃にしか見えなかったからだ。
「シヒヒ……失礼。我々は貴方たちとは違います。私やメディーナ以外の分体は、“個”という概念が希薄です。そして、“死という概念”もないゆえに、“死を恐れる”こともない」
「炎を嫌がってたにゃ……」
「生物としての反応にすぎません。
しかし、貴方のお陰で大技を仕掛ける隙を生むことができました。これで……」
そこまで言ったオクルスがピタッと動きを止める。
「なんにゃ?」
「まさか……」
「ブッハーーーッ!!!」
モウモウと立ち込めていた煙を吹き払い、リヴェカが姿を現す。傷だらけではあったが、血走った目で周囲を睨みつける。
「“か弱い女ひとり”に、よってたかって……興奮するじゃねぇスかぁ!」
「信じられませんね。貴女の耐久力は……。今の威力であれば、10体の上位悪魔でも容易に吹き飛ばせたはずですよ」
「あんな雑魚どもと一緒にすんなよなァ〜」
リヴェカは片鼻を押さえ、ブッと紫色をした鼻血を飛ばす。
「さて、奥の手はこれで終わりッスか? ワイにダメージを与えられる一撃がさっきのだけってーなら、そろそろ諦めた方がいいぜェ?」
オクルス、シャルレド、レアムが諦めた様子はなく構えるのに、リヴェカは「ったく」とため息をつく。
「(おい。バケモノ商人)」
小声でシャルレドが話しかけてくるのに、オクルスは側頭に目を作ってジロリと睨んだので、少し驚いたシャルレドが「ふざけんな」と悪態をついた。
「(あの爆発、もう一度できるかにゃ?)」
「(さきほどと同等のものは無理ですが、それよりやや劣る程度ならば可能です)」
「(なら、アアシが言ったら、それを使え)」
「(なんですって?)」
「(星霜屑と炸薬草)」
オクルスは表情にこそ出さなかったが、ほんのわずかに全身がピクッと動く。
「(あそこにゃ)」
シャルレドは一瞬だけ、騎士たちの方を見やった。
その視線の動きで、オクルスは彼らが腰にぶら下げているものの中身を理解する。
「(オマエにゃら分かるだろ。対ヴァルディガに作った代物にゃが、魔力が合えば爆発する仕組みにゃ)」
「(誘爆ですか。なるほど)」
リヴェカはダメージを受けていないわけではない。先ほどと同じダメージをもう一度与えられれば、殺すことはできないにしろ、身動きは止められるだろうとオクルスは推測する。
「(問題はどうやって起爆させるかにゃが……)」
今度は背面に目を作り、サニードを見やる。
「(サニードは魔力を視ることができます。貴女の作った仕掛けに合わせ、魔力を……私の魔力をヴァルディガ氏のものに近づければ可能かもしれません)」
「(そんなことができるにゃか?)」
「(サニードが、ヴァルディガ氏の魔力を覚えていたらという前提ですが)」
シャルレドはサニードの顔をチラリと見て、小さく息を吐く。
「死ぬ順番は決まったんスかぁ?」
リヴェカは耳を小指でほじりながら笑う。
その爆発のダメージを一切気にしていない素振りに、レアムが気圧されているのを見て、オクルスは目を細める。
「(あれは余裕の表れではありません。体力の回復を必要としただけです)」
オクルスにそう言われ、レアムは「そんなの分かってるッ」と不機嫌そうに答える。
シャルレドに、「あの悪魔を倒すにはコイツが必要にゃ」と嗜められて、レアムはますます眉間にシワを寄せた。
「人間と魔物の共闘。美しいじゃねぇスか。キライじゃねぇよ、そういうの。けどさァ〜」
リヴェカが乱れたポニーテールを結わい直しつつ、深く屈み込む──
「チッ! 狙いは後ろです!」
オクルスが真っ先に反応したが、それでも間に合わず、オクルスとシャルレドの間を抜け、リヴェカはサニードたちのいる後方へと回り込む。
「にゃッ! 速いにゃッ!」
シャルレドが慌てて剣を振るが、リヴェカの背を掠めただけだった。
「メディーナ!」
「相談ってのは、敵に聞かれないようにやるもんスよ!」
リヴェカの耳がピクッと動いた。ずっと、オクルスとシャルレドの話を耳を澄まして聞いていて、聞こえないふりをしていたのだ。
この時にようやくレアムも振り返る。そして、リヴェカの狙いが、自分たちの後ろにいたサニードだと察する。
リヴェカは回し蹴りで、メディーナを蹴り飛ばす。近くにいた騎士たちは剣こそ抜いていたが、突然に目の前に現れた敵に戸惑う。
「メディーナ!」
「この小娘を使って、どうやってワイを殺す気だったかは知らねぇが、これで絶望ルート確定ッスねー!」
倒れたメディーナをサニードが助けようとするのに、リヴェカの鋭い爪が狙いを定める。
「【正霊式術・鬼火狐】!!」
「え!?」「あ゛!?」
サニードの後ろから、半透明な何かが幾つも飛び出し、リヴェカに襲いかかる!
「なんだ?! これはよおッ!!」
それは炎をまとった狐のようであり、サクリフィシオのように地面から跳ねるのではなく、中空を駆けるようにしてリヴェカを四方から襲う!
「ハァハァ……。やれやれですわなァ」
サニードの後ろから現れたのは、ボロボロになったウェイローだった。
真っすぐ伸ばした人差し指と中指の間に細長い紙が挟まれており、それを振る度に炎狐たちが呼応して駆けて行く。
「ウェイロー!? 生きてたの?」
「タハハ。まあ、なんとか……」
「って! その腕!」
ウェイローは片腕を失っており、傷口の上を腰紐で縛ってはいるが、鮮血がボタボタと滴り落ちていた。
「まだ生きてやがったのかよ! この死に損ないのクソジジイが!」
焔の狐を払い、リヴェカは歯軋りする。
「生に執着がないせいか、またアタクシだけ生き残っちゃいましたがねェ。こんな役立たずの老骨でも、依頼人は守るってのが、レンジャーの最低限の矜持ってやつでさァ!!」
ウェイローは背中にサニードを庇いつつ、リヴェカと向かい合った。
「やめて! なんでウチなんかを!」
「悪魔討伐の依頼、果たせなかったのはアタクシらの落ち度なんでねェ……。ふたりも生きとったら同じことをしてたでしょうよォ」
脂汗を流しながらも、ウェイローは口元を笑わせる。
「雑魚が何匹群れようと、雑魚に変わんねぇッスよ!」
炎狐を踏み潰し、リヴェカは肩をいからせて両手中指を立てる。
「シヒヒ……失礼。そうでしょうか。私にはかなり勝機が見えてきましたよ」
「あ゛?」
オクルスが歯を剥き出して笑ったのに、リヴェカは振り返って額に青筋を立てる。
「いまの貴女は強力なバフが掛かった状態です。それを解除する術さえあれば、状況は一気にひっくり返せます」
オクルスは空を指さし、周囲に張り巡らされた結界を示す。
「ケケケ! オモシレェーッスね! それ、口だけじゃなく、やって見せろよォ? あぁん!?」
挑発に乗り、リヴェカが拳を握り締めた瞬間だった。
リヴェカは目を見開いて、眉をピクッと動かす。
「! ……イゼリア姉ェ?」
鼻先をヒクヒクと動かし、リヴェカは空を見上げた。
「……まさか、苦戦してんのか!?」
「な、なに?」
サニードは首を傾げるが、今のリヴェカはこの場にいる誰にも注意を向けていなかった。
「ノーリスまでついてて何やってんスか!! チッ!!」
「お、おい!」
レアムの声掛けも無視し、リヴェカは高く跳躍したかと思いきや、東の彼方へと勢いよく飛び去ってしまう。
「な、なんなんだ?」
「……どうやら、我々に構っていられないことが起きたようですね」
「なんにゃと?」
「つまり、ターゲットを変更したということです」
オクルスは戦闘態勢を解除し、何事もなかったかのように立ち上がり、他の者たちの治療を始めたメディーナを見やる。
「これは僥倖です。今のうちに脱出の算段を立て……」
「「イヤだ!」」
オクルスの言葉に被せるように、サニードとシャルレドの声は重なったのであった──。




