091 哀愁のセンティネルズ②
(およそ2,900文字)
若干の性的表現があります。
それからというもの、ベイリッドとヴァルディガは、事あるごとにシャルレドの前に姿を現すことになる。
わざと彼らが仕事に出かけている時を狙って酒場に行くも、まるで待っていたかのように席に座っていて手を振ってきたり、シャルレドの仕事の最中に「これは偶然だね」などと、たまたま依頼が重なったかのようなわざとらしい装いをするのだ。
最初は邪険に扱っていたシャルレドだが、ベイリッドの天性のとも呼べる人当たりのよさ、憎めなさによって、次第に憎まれ口を叩いたり、皮肉めいた冗談を言うような関係となっていく。
そして、シャルレドも無意識のうちにベイリッドの影を追うようになる頃には、「一時的に協力する」という形ではあったが、“センティネルズ”に加わることになる。
“センティネルズ”はできたばかりのレンジャーチームで、ベイリッドの強さと人柄に心酔した10人に満たない集まりだった。
山道に巣食った翼竜討伐のために、彼らは交代で休憩していた。
「今回の件で成功すれば、俺たちもついに“ドラゴンスレイヤー”を名乗れるな」
仲間の戦士が鼻息荒く笑う。
「でも、ワイバーンはドラゴンでいいのかしら?」
女魔法使いが聞き返す。
「魔物学上は違うよ。テイマーから言わせれば、ドラゴンは翼を含めた六本肢。ワイバーンは四本肢だろ? ドラゴンと言うのは、翼以外に上腕があって…」
自分が調教している剣狼の毛繕いをしながら、魔獣使いが言う。
「細かいことはいいだろ。“竜”は、“竜”だ! 言ったもん勝ちだろ、なあ、ヴァルディガもそう思うだろ?」
「……どっちでもいい。少し静かにしろ。ベイリッドが起きちまう」
話を振られたヴァルディガは、焚き火を見ながら呟くように言った。
後ろではベイリッドが木の根を枕にして横になっている。
これで熟睡できるわけもないし、何かあればすぐに起きてしまうだろうが、せめて朝方までは身体を休めて欲しいとヴァルディガは思っていたのだ。
「……お前らも寝ろ。見張りは俺とシャルレドだけでいい」
ヴァルディガの向かいに座っていたシャルレドは目を細めたが、特に何かを言うことはなかった。
他の仲間たちは「まあ、明日が本番だしな」などと言い、寝支度をする。
火のそばからはさすがに離れないが、それでも互いに遠慮して、少し離れた位置で彼らは寝床を確保した。
「……オマエ、アアシのことキライにゃろ?」
皆に聞こえないぐらいの声量でシャルレドがそう言うと、ヴァルディガは火に薪をくべる手を止める。
「なんでそう思う?」
「アアシがベイリッドと話す時、オモチャを取り上げられたようなガキの面になってるにゃ」
ヴァルディガの黒い瞳が左右に揺れる。シャルレドには、それが動揺してのことなのか、それともただ映り込んだ火がそう見えたのかはわからなかった。
「……ベイリッドとは同郷だった。歳こそ離れていたが、兄弟のようにして育ったんだ」
「どこ出身なんにゃ?」
「……言ってもわからないさ。東方の小さな貧しい国だ。しょちゅう水害に悩まされて、マズイ豆しか穫れない、クソ面白くもないところだ」
一瞬だけヴァルディガの表情が暗くなったのに、
よい記憶はないのだろうとシャルレドは察する。
「それで、退屈な国を捨てて、一緒にレンジャーになったってわけかにゃ」
「……よくあるつまらない話だろ。刺激が欲しかったのさ。若いからな」
シャルレドは、初めてヴァルディガが笑った姿を見る。
「シャルレド。お前はなんでレンジャーになったんだ?」
「オマエらとほぼ同じ理由さ。道具屋の娘として生まれて、大金稼いでる冒険者の話を聞いては、そのまま薬草や聖水を棚に並べて、小銭を勘定するだけの毎日がバカバカしく思えてきたにゃ」
「だから、アイテムについてやけに詳しいわけか」
「何事の経験も、人生には無駄じゃなかったってことにゃ」
「……だが、道具屋として生きれば死ぬことはないな」
神妙な顔をして言うヴァルディガに、シャルレドは首を傾げる。
「レンジャーのくせに死ぬことが怖いのか?」
「……いいや、死は怖くない」
「なら、なんにゃ?」
「俺は夢を果たせずに死ぬのが怖い」
「夢?」
ヴァルディガはチラッと、ベイリッドの背を見やる。
「ベイリッドはいずれ大物になる。……いや、俺の手で大物にしてみせる。そして、その隣で俺は“世界”を見るんだ」
「自分の夢ってのは、他人のためか?」
「……悪いか?」
「……いいや、別に悪くないにゃ」
シャルレドもまた、ベイリッドの後ろ姿を見やる。
白い花嫁姿になったシャルレド。その隣に上級騎士の格好をしたベイリッド……そこまで夢想して、シャルレドは真っ赤な顔をして首を横に振った。
「どうした?」
「いや。……道具屋の娘として生きて、どっかの小金持ちオヤヂと結婚させられ、そのイチモツをイジくり回している自分を思い浮かべて吐きそうになっただけにゃ」
我ながら、品のない苦しい言い訳だと思いつつも、シャルレドは冷や汗を拭う。
「……何の話だ? “金持ちオヤヂ”? そんなのがどこから出てきた?」
真面目な顔をして問うヴァルディガに、シャルレドは目をパチパチとさせる。
「それに、“イチモツ”ってなんだ? 武器なのか?」
「……オマエ、まさか。女と寝たことないのか?」
ヴァルディガの目が大きく見開かれ、頬に紅い一筋が生じる。
「そ、そんなこと…。お、女が聞いてくるなッ」
シャルレドの顔に好奇心とイタズラ心が浮かぶ。
「へー。顔だけはイケメンなのに、これはこれは意外にゃ」
「じ、ジロジロと人を見てくるなッ。お、お前こそどうなんだッ」
「え? あ、アアシ?」
今度はシャルレドが紅くなる。
「お、お、オマエよりは、そりゃ経験があるにゃ」
「ど、どこまで…?」
「どこまでッ? そりゃ、触れたりぐらいは…って、オマエにそんなの教える義理はないにゃ! アアシはレンジャーとして忙しい毎日を送ってたし! そんな暇はなかったにゃ!」
「俺だってッ!」
立ち上がって、焚き火の前で睨み合うシャルレドとヴァルディガ。
「……クククッ」
どこからか笑い声がして、2人が声のした方を見やると、横になったベイリッドの肩が小刻みに震えていた。
2人は赤い顔から一転して青い顔になる。
「いや、申し訳ない。盗み聞くつもりはなかったんだが、あまりにも……ね」
「ベイ…」「リッド…」
ベイリッドは起き上がると、口元を押さえて笑いを堪える。
気付くと、他の仲間たちも「やれやれ」といった表情で起き上がり、なんとも言えない顔で若い2人を見やっていた。
「まあ、2人が仲がいいと知れたからよかったよ」
「「仲良くなんてない!!」」
シャルレドとヴァルディガの叫びは、闇夜の中によく響いたのであった──。




