060 強者の余裕
(およそ2,400文字)
──話は少し過去に遡り、ペルシェの町にて。
「ほら、余所見すんな。あっちだ」
ヴァルディガの指差す方向を、サニードは胡散臭そうに見やる。
「冒険者ギルド……?」
通りの向こう側にあったのは、サニードがこの町に最初に来た時に入った建物だった。
「あそこに何があるっての?」
「いいから。黙って見ていろ。今から出てくる、そいつの顔をよーく見ろよ」
頭を掴まれて、サニードは渋々と目を凝らす。
手を上げて出てきたのは、黒い長髪、髭の生えたヒューマンの貴族だった。服装から言っても、相当に身分が高い人物だと分かる。
ギルドを出て、金髪をオールバックにした大男となにやら言葉を交わしているが、内容までは聞こえてこなかった。
「あのオジサン? なんかエライ人なの?」
「ハッ! オジサン、か。ペルシェの領主様に対して。怖いもの知らずってのはいいよな」
ヴァルディガは鼻で笑う。
「あッ! もしかして、ベイリッド? ベイリッド・ルデアマーか?」
「もしかしなくてもそうさ。……いいから、よく見ろって。あの人の顔をよ」
朗らかに笑う男が髪を掻き上げたのを見た瞬間、サニードは雷に打たれでもしたような衝撃を受ける。
「額に3本線……傷のある男……」
ベイリッドの額には、猛禽類の爪で抉られたような深い古傷があった。
サニードの記憶の奥底から、もうすでに忘れ去っていたハズの嫌な記憶……母が繰り返し語っていた男の特徴が思い起こされる。
ヴァルディガは酷薄に笑う。
「心当たりがあるようだな?」
「ない! 知らない!」
「そうかい? その割には顔色が酷く悪いぜぇ」
顔を覗き込まれるのを嫌がり、サニードはそっぽを向く。
「……16年前の話だ。ヒューマンのならず者どもが、エヴァン郷に入った。目的はエルフ狩りさ。そこで当然とも言うべきか悲劇が起きた」
ヴァルディガが舌を出し、サニードの全身を舐めるように見たので、彼女は強い嫌悪感に襲われる。
「エルフどもにとっちゃ大きな問題さ。だが、どうしてか誰も取り上げすらしなかった。普通なら村長や代表なりなんなりが、ディバーやこのペルシェに文句を言いに来てもおかしくねぇ事態だ。でもそうはならなかった。なぜだか分かるか?」
「……分かるわけ、ない」
サニードが睨みつけてくるのも関係なしに、ヴァルディガはヘラヘラと笑い続ける。
「ならず者の首謀者が、権力者の息子だったからさ」
サニードの目が大きく見開かれ、そしてベイリッドを強く睨みつける。
「可哀想だよな、クライラはよぉ?」
「な、なんで? ……あんたが母さんの名前を」
「言ったろ。色々と調べさせて貰ったって。これで分かったろ? 感動の再会だ。ほら、走って行けよ。『パパー』って言ってなぁ」
サニードの振りかざした拳を軽く受け止め、ヴァルディガは喉の奥をクックックと鳴らす。
「なんなんだよ……。これをウチに教えてどうしたいんだ?」
「どうしたい? 長年、離れ離れになっていた父娘の感動の再会をお膳立て……」
「ふざけんな! 父でも娘でもない! ウチには無関係だ!」
「おい。あんま大きな声出すなよ。ベイリッド様がこっち見てんぞ。気付かれたくはねぇだろ?」
サニードは苦々しい顔で自分の口元を覆う。
「……悪魔50体もどうする気なんだよ?」
「あん?」
ヴァルディガは一瞬だけ怪訝そうにしたが、それから深く息を吐いて笑う。
「そんなの決まってんだろ。敵対するディバーのヤツらを皆殺しにするのに使うのさ」
サニードは真っ青な顔になる。
「ま、まさか……サルダンの領主になることが……」
震える声で、サニードはベイリッドを見やる。朗らかな笑顔が胡散臭く、その凛とした佇まいの裏側に邪悪な意思が見え隠れしている気がした。
「サルダンだけじゃねぇ。狙いはガットランドそのものさ。ベイリッド様ならそれができる。諸国を統一して、金の亡者……くだらねぇ因習に雁字搦めになったライラード主国を打ち倒し、世界最強のエアプレイス飛竜戦士隊を超える“無敵の傭兵の国”を創り上げることがな」
「……それが目的なの? そんなことで、悪魔を使って多くの人を殺すのかよッ」
「そんなこと……?」
ヴァルディガはサニードの前に拳を突き出し、ググッと握り締める。
「レンジャーだろうが、傭兵だろうが、強いことに意味があんだよ。そうじゃなきゃ、悪徳商人の元でお情けに縋って生き延びる娼婦以下だぜ」
「悪徳商人……」
「そうだ。お前の心境の方が複雑だろ? お前の大好きなオクルスは、悪魔の取引契約で分かるように俺たち側だ。だが、新事実を知っちまったのに平気な顔で奴の横にいられるのかい?」
サニードが視線を彷徨わせるのに、ヴァルディガは心底楽しそうにする。
「どうする? なんの力も才もねぇ、ハーフエルフの小娘。だぁれもお前の味方になんてなっちゃくれねぇぞ?」
「ウチ……ウチは……」
「それとこれもオマケに教えてやる」
ヴァルディガは、サニードの鼻先をチョンと指で突いた。
「……一連の出来事が終わったら、俺はオクルスも消すつもりだ」
「……え?」
サニードは自分の胸の当たりをグッと押さえる。
「……なんで? ヴァルディガ?」
「ああ?」
「なんでウチにこんなことを教えるの?」
泣きそうな顔でサニードが言うと、ヴァルディガは途端に興味をなくしたように手を払った。
「……ハンデってやつさ」
「ハンデ?」
「母親と同じく、惨めに蹂躙されるのがお望みか? 違ぇだろ?」
ヴァルディガは、サニードの肩を手の平で軽く叩く。
「せいぜい生き延びてみろや、サニード・エヴァン。こっちが強すぎるせいで、少しも面白くねぇんだよ」




