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058 領主代行

(およそ3,000文字)

「騒々しいですわね。大道芸人をお招きした覚えはありませんよ」


 奥扉が出てきたのは、黒と赤を基調としたシックなドレスを身にまとったひとりの美少女だった。


 腰にまで伸びる流れる様な直毛はブラックスピネルを思わせる鮮やかな光沢を放ち、瞳は髪や服にあったレッドトパーズで美貌に色を添えるだけでなく、深い知性と思慮深さ、そしてなによりも意思の強さを瞬時に感じさせた。


 彼女はまずオレシア、そしてサニードの顔を見やってから、座り込んでしまっているチルアナを見て、視線を一瞬だけ床に落としてから「入りなさい」と声を出す。

 

 待ってましたとばかりに廊下側の扉が開き、キキヤヤが入って来る。


「キキヤヤ。チルアナを控え室へ」


「はいよ! 姫様!」


 カイマイロが続けて入ろうとした時、彼女は眉を寄せて制止させた。


「カイマイロ。ここにいる全員はレディですよ。配慮なさい」


「ハ? あ…」

 

 カイマイロは一瞬だけなにを言われているかわからない顔を浮かべたが、キキヤヤに向こう脛を蹴られ苦悶の声を上げて退室する。


「ひ、姫様…わ、私…」


「気にしなくていいわ。咎めるつもりはありません。さ、お行きなさい」


 キキヤヤが懐から手ぬぐいを出し、チルアナの下半身を覆って支えるように退出する。


 サニードはその様子をソワソワしながら見送るが、自分がなにもできないことを察すると肩を落とした。


「……さて、どうしたものでしょうね」


 彼女は細い顎に指を当て、一部分が濡れたカーペットを見やる。


「使用人が粗々したことを詫びるべきか、それとも無礼を働いた客人に理由を問いただすべきか…」


「あ、あの! ウチは…」


 サニードが言い訳をしようとする前に、彼女はパチンと強く指を弾いた。


「名乗り遅れましたね。(わたくし)はゼリューセ・ルデアマー。領主ハイドランドに代わり、領主代行をしております」


 オレシアはなにか言いたげにサニードを見やったが、帽子を脱いで目を細めただけであった。


「あ、えっと、ウチはサニード・エヴァン。こっちはオレシア」


 ゼリューセが「お掛けになって」と声をかけると、サニードは素直に座ってしまう。


 オレシアはわずかに首を横に振ったが、ゼリューセが座るのを見届けてから腰を下ろした。


「……欠如なき魔商の代わりは、罪与の商人が来るとばかりに思っていましたが」


「あー、えと! オクルスは忙しいから、ウチが代わりに…」


「見たところ、お若い…いえ、ハーフエルフだと見かけでは判断できないとは存じてはおりますが」


「あ、いや…。ウチは…その、若い方かなぁ…と」


 ゼリューセは頬に手を当て、それから首を横に振る。


「今のは軽率な発言でした。私も齢19で領主代行が務まるのかと侮られる身の上。それなのに能力で判断しようとしてしまうとは。訂正してお詫びします」


「お詫びだなんて…そんな」


 オレシアは注意深くゼリューセを見やる。


「あの、えっと…」


「正直に言いましょう。キキヤヤとカイマイロは、あなたがたを信用に足ると判断してここに連れてきたようですが、正直、取引相手として相応しいのか私は悩んでいます」


「ちょっと待って! 話をさせて! チルアナは…」


「シャルレド・シャムムは逃亡者です」


 サニードが慌てるのに、オレシアが割って入る。


「逃亡者?」


「ええ。ペルシェの娼館から、先程のコボルトの少女を連れ去った容疑がかけられています」


 ゼリューセは少しも表情に変化を見せなかった。


「もし仮に匿っているとしたら…」


「したら? なんだと?」


 オレシアとゼリューセの間で見えない火花が散る。


「シャルレドは叔父上……ハイドランドの古くからの友人です。此度、ペルシェで不当な扱いを受けている“被害女性”を“保護”する名目で受け入れました」


「働いていたように見えましたが…」


「強制したものではありません。本人の自発的な意思によるものです。世話になっているなら恩返しがしたいと。それならばと、この宮で働いて貰うことにしました。当然、適正な報酬を支払っての上です。これからの彼女の自立を考えるなら、双方に得るものがある良案」


「しかし、彼女は正当な雇用手続きを経てペルシェで働いていました。それを…」


「待ってよ! チルアナが望んで娼館に来たって言ってるのかよ!」


 サニードが声を荒げるのに、オレシアは一瞬だけ眉を寄せた。


「本人の望みは関係ありません。いま聞いているのは雇用関係の問題を…」


「いや、関係あるよ! ここで働いて幸せだとしたら、チルアナにとってはそれが一番じゃん!」


「そんな話はしていません」


「内輪揉めはよしてくださいます?」


 ゼリューセが呆れたように言うのに、オレシアは小さく嘆息する。


「…まあ、今のやり取りで大体の話は察しました。

 確実に私から言えることは、誇り高きルデアマー家は保護を求める者を見棄てないということ。そしてペルシェの自治法は、この首都では通用しないということです」


 オレシアを真っ直ぐに見つめて、ゼリューセはきっぱりと言い切る。


「私に脅しは通用しません」


「……そのようですね」


 オレシアは両手を開いて頷く。


「ハイドランドとベイリッドの関係についてはどこまでご存知で?」


(…怒りの匂い?)


 オレシアは、ゼリューセとサニードを見て目を細める。


「…えーっと、ふたりが兄弟で、領主が死んでから争ってる?」


「なるほど。それで、あなたたちはそのベイリッドの支配しているペルシェから来た…」

 

「ウチはあんな男の仲間じゃない…」


(……怒りが強まった)


 サニードの様子を見て、ゼリューセは腕を組む。


「オレシア。ふたりで話したい…」


「なぜ?」


「いいから! なぜって聞かないで!」


「交渉の内容は…」


「後で教えるから。…お願い」


 ゼリューセはふたりを見やり、それからカイマイロを呼んだ。


「オレシアさんに宮の中をご案内しなさい。腕に覚えがあるのなら、訓練所などは退屈しないでしょう」


 オレシアは無言のまま立ち上がると、サニードは小さく「ゴメン」と言った。


「……貴女の取引ですから」


 オレシアはなんの気なくそう言ったが、サニードは傷付いたような顔を浮かべる。


「オレシア! ウチはそんなつもりじゃ!」


「…良き取引を(ブオン・アファーレ)


 オレシアは帽子を被り直すと、カイマイロと共に部屋を出ていったのだった──。

 

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