056 僧兵長の試練
(およそ4,000文字)
「ウララララァー!!!」
長棍を地面に突き立て、その反動を利用して噴水を飛び越えて来る者がいた。その者は空中で身を翻し、遠心力を利用して長棍を横薙ぎに振り回す。
「ラァーィッ!!!」
茶色い獣のような生き物は、長棍を力強く振り下ろし、オレシアに向かって攻撃を仕掛けた。
オレシアはサニードの頭をむんずと掴むと下へと押し下げ、その攻撃を避ける。
「ギャッ!」
危うく地面に顔を叩きつけそうになるのを、グリンが間に挟まってクッションとなった。
「次が来ます。立って」
「そんなこと言ったって!」
自分の身体で潰してしまったグリンを心配しているサニードは、あわあわと両手をバタつかせる。
「チッ!」
オレシアは舌打つと、真っ直ぐに突き入れられる長棍を手の甲で弾く。
「オハッ! やるぅ!!」
長棍を突き入れた生き物が、鋭い歯を剥き出しにして笑った。
「女の子!?」
それを獣かなにかだと思っていたサニードは、長棍を斜向かいに構えているのが自分やオクルスよりも小柄な少女だったことに驚く。
着ているローブは門兵たちのものより装飾が凝っており、明るいオレンジ色の三つ編みを揺らし、同じ色の瞳には好戦的な獰猛さが宿っている。
袖を通していない剥き出しの双腕は、太さこそないがよく発達した褐色の筋肉が乗っており、あどけない顔には似合わない古傷が無数にあった。
「いきなりなにをするんだよ!」
「いきなりぃ? 勝手に入って来たの、そっちだー!」
自分の背丈の3倍はあろうかという長棍を頭上で揺らし、充分に勢いをつけてから振り下ろす!
「オルク…!」
「オレシアです」
オレシアはサニードの首根っこを掴むと、グリンごと後方へ放る。
オレシアは強く棒で打たれたが、気にした様子を見せないのに褐色の少女は不思議そうにしてからニヤリと笑う。
「ウラァ! ソイソイソイソーイッ!!」
奇妙な掛け声と共に、手元で小刻みに揺らしてフェイントをかけつつ攻撃を仕掛けてくる。
オレシアは両手を開き、自分に当たる瞬間を見計らって手刀で打ち落とす。
(速い上に、無軌道…。パターンが読めない。掴むのは無理か)
オレシアは棒を掴もうとするが、それよりも前に退かれてしまう。本人を狙おうにも、長棍の間合いを取るのに長けていて、近づこうとした段階で猿のように跳ねて噴水の裏側に逃げてしまうのだった。
(私の特性を活かせば、間合いでは勝てるが…)
“鞭の形”にでも擬態しておけばよかったと、オレシアは心の中で愚痴る。懐からなにかを取り出す仕草をするだけで、暗器を警戒したであろう攻撃が即座に来る。隠れて“武器となる”のは難しそうであった。
「すごいなー。アテの攻撃ぜーんぶ避ける! オマ、僧兵か?」
「僧兵でも、格闘家でもありませんね」
「ウソツケ! “気”の入った打を、無手で受けてたらボロッボロッになるよね!」
棒の先端が魔力を帯びているのを見て、オレシアは目を細める。
「人より少し頑丈な…女の子なだけです」
振り下ろされる激打にも怯むことなく、オレシアは腕で払い続けた。
「……サニード。貴女であれば視えるはずです」
「え?」
上手く間合いを取りつつ、オレシアはサニードへと声を掛ける。
「“気”などと言ってますが、結局のところあれも魔力です。人間は色々と名をつけたがりますが、どの戦闘方法も程度の差こそあれ本質的には同じもの。あんな長い武器に常時魔力を込め続けることはあり得ない。なれば、攻撃を出すタイミングで魔力を発しているはずです」
「タイミング?」
「体内の魔力の流れ、その爆発する瞬間の発露が視えるはずです。その一瞬の隙を突いて、こちらの攻めの起点を作ります」
「えっと…」
「大技を打たせます。向こうも通常攻撃が通用しないのに苛立っているはず。“溜める”となれば、わずかでも時間が掛かります。では、よろしく」
自分の髪を1本抜き取り、オレシアは走り出す。
「え? ちょっと!」
オレシアは迎撃に突き出された長棍を下方に弾くと高く跳躍する。それを見て、少女の目がギラリと光った。
「空中! 逃げ道ない! これで決まり! ウラララァーィッ!!」
ここぞとばかりに少女は長棍を振り回して勢いを付ける。
眼を凝らしていたサニードには、はっきりと魔路から武器に向かって光が集まるのが視えた。
「光った!」
サニードの声に合わせ、オレシアはその灰色の髪1本を勢いよく飛ばす。
「投擲か?」
少女は避けるべきか悩むが、この絶好の機会を逃すまいと、強くしならせた長棍を叩きつけることを選んだ。
飛んで来たものが針金の様な極細のものだったので、少女はそれは単なる苦し紛れに放ったものだと判断したのだ。
「こーれで! おーしまいッ!!!」
全身を使い、空中に居て身動きが取れないオレシアの頭上へ長棍を振り下ろす。
「オレシアッ!!」
オレシアは振り下ろされた棍先に手刀を当てる。ベキンという音がして、長棍は先端から中程まで一気にヒビが入ってしまった。
「なぁ?! アテの棍が! アホな!」
割れた得物を信じられないかのように、少女は目を丸くして見やる。
「気の流れ、滞った? なんでだ?」
少女はハッとして自分の手の平を見やる。そこにはオレシアが放った髪が針金のように突き刺さっていた。表皮に少々食い込んでるだけで、痛みどころか血すら出ていない。
「捻った毛針? こんなもので…?」
長棍を捨て、少女は忌々しそうに手の平に刺さった髪を引き抜く。
「経皮毒が含まれています。微量すぎて麻痺するほとではありませんが、指先の感覚を一瞬鈍らせるくらいにはなりましたね」
「ほーん? ほーーん? なに言ってるかわからねーけど、ムカムカはする。それはわかったよ」
少女はチラッとサニードを見て、手を振って開け閉めする。
「さ、次はなにする?」
少女は身を屈めたかと思いきや、腰にぶらさげていたカットラスを引き抜いて前傾姿勢に走り出した。
「まだやるのですか」
オレシアは呆れたような顔を浮かべる。
「オマ、ホンキ出すまでなぁ! シャララァッ!!」
少女が眼の前にまで迫ろうとしたした瞬間、その鼻先を掠めるように槍が飛んで来て、目を丸くした少女は後方に跳ねて下がる。
ちょうどその進路を妨害するような形で槍は地面に突き刺さり、ビィーンと柄が震えていた。
「もうおしまいデス!!」
言葉尻だけが素っ頓狂に上がる、奇妙な胴間声が前庭全体に響いた。
「カイマイロ! ジャマするな!!」
少女は宮殿の方の2階部分にあるバルコニーを見上げて怒鳴った。
「キキヤヤ! 腕試しにとしては充分だったでショウ!」
バルコニーからそう言ったのは、陽の光をよく反射させる黒い禿頭、細い目と八の字をした口髭、でっぷりと肥えた腹を出し、下は門兵たちと同じものを履いた壮年の男だった。
手摺りに足をかけたのを見て、サニードは「まさか」と口元を抑えたが、そのまさかで「キェェー!」という奇声と共に巨漢が飛び降り、空中で前転2回を決めつつ噴水を飛び越え、サニードが予想していたよりも軽い音を立てて華麗に着地して見せる。
そして立ち上がりながら、突き刺さった槍を取ると、それを全身に絡めるように器用に回し、自身も横回転しつつ、激しく動きまわり、着地した位置に戻ると「アッ! イヤォオッ!!」と、槍を小脇に挟んで見栄を切った決めポーズを取ったのだった。
サニードは知らず知らずのうちに拍手を送る。なぜかそうしなければならない気がしたのだ。
「拙僧はカイマイロと申ス。このルデアマー・パルマフロウ僧兵団の次僧長をしていマス」
槍を小脇に挟み、カイマイロは拳を胸前で合わせてお辞儀した。サニードは後ろで門兵たちも同じ様にしているのを感じる。
「オレシア?」
手袋をはめ直し、サニードの後ろ側にオレシアは下がる。視線で「貴女が対応して下さい」と言われている気がした。
「そして、こちらがキキヤヤ」
「アテは、キキヤヤだ!」
さっきの殺気立っていた様子がまるで嘘だったかのように、キキヤヤと呼ばれた少女は破顔一笑して手を差し出す。
「よ、よろしく。ウチはサニード」
「そうか! よろしくな、サニード!」
サニードが恐る恐る手を取ると、激しく上下に振られる。
「あっちの強いヤツは?」
「あー、えと、オレシア。ウチの付添人」
「そうか! 護衛か! いい護衛だ! 強いしな!」
キキヤヤがそう評するのに、カイマイロは頷いて肯定した。
「それにしても、いきなり襲いかかるだなんて…」
勢いに飲まれそうになったが、言うべきことは言わないととサニードは不満を口にする。
「そこは、ご無礼は容赦願いタイ。相手が信用に足るかどうかは、拳を交えればわかる故」
「うん。合格だ! 姫様に会わせてもいい!」
キキヤヤがそう言うのに、「そんなことでわかる?」とサニードは怪訝そうにした。
「オレシアに殺意がなかったからな!」
指差されたオレシアは目を細める。
「……そちらが殺す気なら、こちらも殺す気になりました。明らかに試されているとわかりましたからね」
「キキキッ! …でも本気でやってなかったのだけはイライラするな」
笑っているキキヤヤの眼の奥にまだ闘志が燻っているのに、オレシアはこれ以上の面倒事は御免だとばかりに目を逸らす。
「まあまあ、とりあえず中へご案内しまショウ」
「え? 紹介状もなんもなしに、本当にいいの? 通してくれるのはありがたいけど…」
「僧兵長が認めた訳ですからネ」
「僧兵長?」
カイマイロは頷いてキキヤヤを指差す。
「キキヤヤが僧兵長だ!」
キキヤヤは得意そうに腰に手を当てた。
「え? ウソ…」
「ウソなもんか!」
「客人を通すかどうかは、キキヤヤにご当主から裁量権が与えられており、その場で判断しまス。それとも正式な手続を通しまス? そうなると面会まで数日かかりますが…」
「数日! せっかくここまで来たのに…」
サニードはゲンナリした顔をした後、「会う!」と叫んだ。
「案内する! キキヤヤについて来い!」




