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005 買われた半森人

(およそ4,700文字)


若干の性的描写や表現があります。

「え……。ウチ? マジ?」


 並ぶ女たちの中で、一番端で目立たないようにしていた人物が露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「んー? オマエ、森人(エルフ)か?」 


 ヴァルディガが言う通り、披針形の葉のように尖った耳をしている身体的特徴があった。


「いや、目の色からして半森人(ハーフエルフ)か。珍しいな」


 ハーフエルフと分かったのは、エルフは総じて綺麗な翡翠色の瞳をしているのに対し、別種族の血が交じるとやや赤や白みがかった虹彩となるからだ。実際、彼女の瞳は翠が完全に落ちた銀白色だった。


「隠れるな。出て来いよ」


 隣の女の後ろに半分隠れていたのを、ヴァルディガが手招きする。


「い、いや、この女は……!」


 小男が慌てたように間に入って来た。


「んだよ?」


「いや、その、なんと申しますか……その、躾と言いますか、礼儀がまだ……。

 あ! このマシェリーなんか如何でしょう? どんな殿方も満足させると評判でして!」


 ハーフエルフの横にいた、髪をアップにした背の高い女がニヤリと笑って進み出る。


「いいから。旦那は後ろのに興味があるんだろ」


 オクルスが黙したままハーフエルフを見ているのに、ヴァルディガがニヤニヤと笑いながら言う。


「サニード。くれぐれも失礼がないようにな……」


 小男は観念したかのように、ハンケチを握りつつハーフエルフに言う。


「エルフは小さいのが多いが、それにしても小さすぎるな」


 サニードは他の女たちに比べても頭1つ分は小さかった。

 マッシュボブショートにした薄緑色の髪型も、童顔以上に幼さに拍車をかけている。

 着ている薄緑色をしたノースリーブのミニドレスも、微妙にサイズが合っていなくてブカブカであった。間に合わせに用意したというのがすぐに分かる。


「年齢は幾つだ?」


「えっと、分かんない……」


「は? おい。自分の年齢だぞ?」


 サニードは明らかに「やべぇ」という顔をした。小男は天を仰ぐ。


「え、エルフは見た目は若く見えますから……せ、成人しております。問題ございません」


 ヴァルディガは怪訝そうにする。


「どっちにしろ、ガキっぽいなぁ」


「ガキじゃない!」


 思わず言い返してしまったサニードに、小男は真っ青な顔を手で覆った。


「ま、まだ入ったばかりの見習いでして……。悪いことは申しません。お客様に怪我でもさせたら大変ですし……」


「おい。なんでそんなの連れて来たんだよ」


「あ、頭数だけでも揃えねば……と。まさかこの女が選ばれるだなんて思いもせず……」


 他の女たちはプライドを傷つけられたようで、サニードを睨みつけていた。


「だってよ、旦那。他にも女はいる。悪いことは言わねぇから……」


 そこまで言いかけて、オクルスがジッとサニードを見ているのに気づいたヴァルディガは、「あーあ、こういうのかお好みなのね」と肩を竦めた。


 サニードはどうしてかオクルスに視線を返すことはなく、目を泳がせて気まずそうにモジモジとしていた。


「コイツでいいってよ」


「え? あー、しかし……」


「あ? なんだ? 俺に恥かかせる気か?」


「いえ、滅相もない!」


 ヴァルディガに睨まれ、小男は恐縮する。


「旦那。それ以外の女は?」


「……結構です」


 オクルスが短くそう答えると、ヴァルディガはニヤッと笑う。


「残りは俺らが貰うぜ」


 そう言うと、奥に座っていた部下たちがガッツポーズをした。




□■□




 サニードは、廊下を歩きながらオクルスの広い背中を一心に見やる。


(変な奴だな……。“鼓動”もないし)


 生物にあるはずの心音がないことを、サニードはずっと不審に思っていた。


(あーあ。“初めてのお客”がこんな不気味な奴だなんて、ウチもホントについてないなぁ……)


 心の中で深くため息をつく。


(だけど、標人(ヒューマン)の中で生きていく為だ……しっかりしろ、サニード。ガンバだぞ、ウチ!)


「……着きましたよ。どこへ行くのです?」


「え? ひゃい!!」


 オクルスが立ち止まっていることに気づかず、彼を追い越して2つ隣の部屋の前まで来てしまっていた。


「へへ、スンマセェン。き、緊張しちゃってぇ〜」


 冗談めかしてそう言うが、あの小男……オーナーに見られたとしたら大目玉を喰らったであろう。


 部屋に入ると、一切の私物がないことにサニードは少し驚く。


(確か商売人だとか言ってなかったっけ? 郷に来ていた行商のオッサンなんて、背負い篭にパンパンに売り物を詰めてたのに……)

 

 オクルスは、部屋の真ん中に置かれた簡易椅子に腰掛ける。

 促されることもなく放置されていたサニードは、なんとなく向かい側にちょこんと座った。


「……先に、連絡をします」


「へ? 連絡?」


 サニードは伝書鳩でも飛ばすのだろうかと思ったが、オクルスは目を閉じてサイドテーブルに片手を乗せ、その指がピアノでも弾くかのようにリズムよく動き、タタンという音を響かせる。


(なにコレ? なにしてんの???)


 目を白黒とさせるサニードだったが、オクルスはまったく意に介さず指でテーブルを叩き続ける。


「あ、あのー」


 呼びかけてみたり、試しに顔の前で手を振ってみるが、オクルスはなんの反応も見せない。


(は? ウチを指名して、連れ込んで……コレはなくね?)


 これには報酬さえ貰えれば万々歳と思っていたサニードもイライラし始める。


「……は! そうだ。“教官”が言ってた」


 サニードは、教育係と呼ばれる人物のことを思い出した。

 それは西方アナハイムのコルダールという場所に住む大物貴族の親戚らしく、やたらガタイがよく、分厚い唇に割れた顎という、一度見たら忘れない特徴的な顔をしていた。


「『客に舐められたら終わりよ』って。……よし!」


 サニードは自分の両頬をパチンと叩いて気合を入れる。


「……んぅッ……んぅッ……んふぅ〜ん〜♡」


 自らの髪を側頭から掻き上げるように撫でつつ、しな(・・)を作り目を細め、少しソバカスのある頬を紅潮させ、熱い吐息を漏らし、鼻から呻くような声を出した。


「なんかぁ、ウチ熱くなってぇきちゃったぁ〜♡」


 自分でもどこから声を出してるのかわからない、そんな甘ったるい猫なで声を披露し、薄桃色の小さな舌でふっくらした下唇を舐めつつ、大胆にバツンバツンと上ボタンを外す。


 そして両の襟を掴み、イチジクでも剥くようなイメージで薄緑色のドレスをズルッと下げた。


「あっふぅ〜♡」


 小さな顎を突き出し、ちゃんとアヒル口は忘れない。


 剥き出しになった細い肩、エルフ特有の白蝋のような半透明な首筋から鎖骨、そして決して大振りとは言えないものの、一部の男性を魅了するには充分と言える控えめな胸の谷間。そして、ここぞとばかりに胸バンドを魅せつける。

 胸バンドが紅いのは、薄緑の清楚なドレスを剥くと、その中からの美味しい熟れた果実が出てくるという“教官”の考えた演出の通りである。


「あ〜ん、あ、熱くてしょうがないワぁ♡」


 サニードは「へくち!」とクシャミをした。


 嘘だ。正直言うと寒い。窓のブラインドを閉めていたのか、昼間に日光で温められることもなかった部屋は、夜になって「暖炉ぐらいつけろよ」と言いたいくらいに冷え切っていた。鼻柱どころか鼻水までも凍りそうだ。


 だが、サニードは負けまいと、華奢な脚を組み、ドレスの裾を捲って、臀部が見えるか見えないギリギリに迫る。


(ほら! 乗って来い! どうせ目を閉じてるフリして、薄眼開けて見てやがんだろ! ほらほらほらほら!!)


 お色気もアヒル口も、慣れないためにそろそろ限界が来そうだった。


 だが、オクルスは相変わらず指先だけを動かしているだけである。


「……ッ! なんでウチを呼んだんだよ!」


 ひとりでこんなことをやっている自分が馬鹿馬鹿しく、惨めな気持ちになって来る。


「……ウチだって! ウチだってさぁ……!!」


 あっけらかんと平気そうに見せていたが、彼女だって“初めて”が怖くないわけがない。ましてやよく知らない男性相手にそれを捧げなければならないこと。その重要性くらいは、郷でよく物事を知らない愚鈍だと罵られたサニードにも理解できていた。


「金持ちだかなんだか知らないけど、馬鹿にしやがってッ!」


 溢れる涙を手の平でグイッと拭うと、オクルスが目をつむっていることをいいことにキッと睨みつける。


「そっちがその気にならないなら、こっちが徹底的にやってやろうじゃんかッ!」


 サニードは乱れた着衣をそのままにスクッと立ち上がると、オクルスへと近づく。


「そうだ……! 男は“棒”が弱点!」


 サニードはまたもや“教官”の言葉を思い出す。あのタラコ唇から語られた「困った時は“棒”を責めなさぁい! “棒”だけは嘘をつけないのよぉ!」というヤツだ。


 オクルスは股を広げて座っていたので、サニードには都合がよかった。彼女はその間に挟まるように、ちょこんと膝立ちする。


 深く被っている帽子の下を見やる。特筆すべきこともない、どこにでもあるような男性の顔だった。


(初めてがコイツかぁ……。まあ、脂ぎったキモいオジンじゃなかっただけマシかな。運がよかったかも……)


 “教官”からは、変な客に当たることもあるという話を聞いた。風呂に入らないような小汚いのや、中には暴力を振るったりするのもいるとのことだった。


「……ゴクッ」


 イメトレはかなりやってきたつもりだが、実際にやるのとはプレッシャーが違う。


「大丈夫。そんなに怖いもんじゃない……」


 サニードは“教官”に“実物”を見せて貰えばと今になって少し後悔していた。下手に見てしまったら本番になってビビってしまうんじゃないかと思ってしまったのだ。だから、ぶっつけ本番を臨んだのは自分の責任である。


 オクルスのズボンのチャックに掛ける手が震える。


 それでもオクルスは気づいてすらいないのか、指先以外は微動だにしない。


 サニードはなんだか自分がやってることがとてつもなく虚しくて意味がないことのように思い始めていた。

 

「服を脱いだら、向こうが勝手に襲い掛かってくるから、痛いのを我慢するだけじゃないのかよ……クソ! なるようになれ!」


 もう客に殴られても、給与を払われなくてもいい……そんなヤケクソな気持ちになったことで、恐怖心が消え失せたサニードは一気にチャックを下ろす。


「……は?」


 サニードは固まる。


「ない? “棒”が……」


 開いたチャックの先に、下着どころか、なにも無かったことに混乱する。


「ど、どこに……どこにいった?」


 混乱したサニードは周辺を探し回る。しかし、“教官”から聞いていた“モノ”がどこにもないのだ。


「落ちた?」


 椅子の下を探るが、落ちるようなものではないと彼女自身がよく分かっていた。


「え? まさか、女の人……???」


 サニードはそういう結論を出さざるを得なかったが、かといって“自分とも違いすぎる”。


「女の人が相手だと……どうしたら?」


 “教官”からはそんなレクチャーを受けてないサニードは困惑して動けなくなった。


 その時、ようやくしてオクルスが目を開く。


「……何をしているのですか?」

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