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038 オクルスの正体

(およそ6,000文字)

 月明かりの下、円形テーブルを挟んで向かい合わせにサニードとセフィラネは座る。


「ねえねえねえ。サニーちゃんはァ〜、商人を目指してるのォ?」


「う、うん」


「それはァ〜? オクルスみたいな魔物を売ったり買ったりするようなァ〜、魔物の商人かしら?」


「…たぶん。あ、ううん! そう!」

 

 サニードの曖昧な態度を見て、セフィラネは頬杖をついて「ふ〜ん」と笑う。


「魔物商っていうもの自体はァ、アンダーグラウンドっぽくて、実はそうでもないのよォ」


「そうなの? なんか悪い取引とかしてるイメージだったけど…」


 オクルスとヴァルディガの商談は、まさに典型的な悪者同士やりとりだとサニードは感じていた。


「例えばァ、食用や毛肉を利用する養殖獣(メルシー)や、ペパイドル山脈の運搬に使われる巨怪鳥(ロック)。守衛や建築作業に使われる堅石人形(ゴーレム)も商品の範疇なの」


 サニードも、メルシーぐらいは見たことがあった。

 卵みたいにまん丸の黄色い体に、つぶらな瞳にウサギみたいな三ツ口、頭に3本の赤いアンテナのようなものが生えた珍妙な姿をしており、「ミー」と鳴くだけの非常に大人しい魔物だ。

 養殖獣とは、家畜化に成功した魔物だからこその呼び名であった。その肉は柔らかで美味であり、家庭料理にもよく供される。


「…でも、オクルスの扱う魔物は違うわ。死霊騎士(ガイスト)や、単眼巨人(サイクロプス)双頭魔獣(オルトロス)…普通の人間が躊躇する凶悪なモノも対象よォ」


「そ、そんなものを何に使うの…?」


「確かに確かに確かに。人間の世界じゃ無用な存在よねェ〜。でも、魔物には魔物の世界があるわァ。彼らは魔王無き今、強く賢い魔物が筆頭となって、互いに牽制し合ってるのよォ〜」


「牽制?」


「群雄割拠ってやつゥ? この世界を誰が支配するのか、より強い手下が欲しいと思っている魔物はとっても多いのよ。オクルスはそういった存在を相手に商売をしてるってわけェ〜」


 なんでもないことのように、セフィラネは笑いながら続ける。


「聞いたこと…」


「あらあらあら。聞いたことはないのは当然よネェ。魔物の世界は人間の世界よりも深く広いから。基本的には、互いの生息域が重なった時だけしか争いは生じないわァ」


「なら、ウチたちの世界は…」


「そうそうそう! 実は危険と常に紙一重なのよォ!」


 セフィラネは嬉しそうに両手を合わせる。


「いまは天空の見張り番、空中城塞エアプレイスがお空を回って、ワッル〜イ魔物たちに睨みを利かせてくれているわ」


 空を指差して、セフィラネはクルンと回して見せた。


「けれども、その加護がなくなったら……ウフフッ! この世界はいったいどうなるのかしら…ネェ?」


 セフィラネはクスクスと笑うが、サニードの表情は固く暗い。


「怖がらせてしまった? 大丈夫よォ。ガットランドは比較的に安全のハズだからァ〜」


 サニードは頷いたが、オクルスが凶悪な魔物を扱っていると聞いて、その内心は穏やかではなかった。


(じゃあ、オクルスはもしかしてそんな凶悪な魔物をヴァルディガに売ろうとしているの? なんで? そういえば、さっき悪魔がどうとかって…)


 ヴァルディガはどうして魔物などを買おうとしているのか、サニードは単なる金持ちの気まぐれや道楽なんだろう程度に思っていたのだ。それこそ、娼婦を買うぐらいのつもりで、見世物にでもするつもりで魔物を欲したのだろうという程度の認識であった。


「それでェ〜。ホントーに魔物の商人になりたいのならァ〜。北方ベイクロンドにいる辺境伯が、お抱えの行商人を必要としていてねェ〜」


「え?」


「なにやらね、開拓に魔物の力を使おうと思ってるらしーの。領内の代務たちと、上手く取引交渉を進められる人が欲しいんだってェ〜」


 セフィラネは、サニードをピッと指差す。


「ソレにィ、サニーちゃんを推薦してあげるゥ♡ 仕事のやり方は、アタシの弟子がしばらく一緒に見てあげるから安心していいわヨ〜。魔眼を鍛えるのと一緒に並行してやっていきましょうネ♡」


「あ、あの!」


 話が勝手に進んでいくのにサニードは慌てる。それを見て、セフィラネは左右に首を傾げた。


「あらあらあらァ〜? かなりイイ待遇だと思ったのだけれどォ〜。ああ、故郷を離れたくないのかしらァ? あいにくと〜、ガットランド周辺の魔物商に心当たりはないんだけれどもォ、魔法道具を扱っている専門店には知り合いがいるからァ〜、ちょっと聞いてみてあげるわネェ♡」


「あの! 違うの! スゴイありがたい話で、ウチにはもったいないくらいだとはわかっているけれど…」


「……けれど?」


「ウチは…オクルスの弟子だから。オクルスに商売の仕方を教わりたいの!」


「……ふぅ〜ん」


 セフィラネは笑みを浮かべたまま頷く。


「……サニーちゃんは、オクルスのことがとーっても好きなのねェ〜」


「あ、いや…」


 サニードは耳まで真っ赤になって俯く。


「わかるわァ。なにがあったか、オクルスがアナタと過ごした、この数日間のことを…メディーナが教えてくれるもの」


「メディーナが?」


 セフィラネの膝の上にいるメディーナを、サニードはキョトンとした表情で見やる。


「知りたい?」


「知りたいって……なにを?」


「……オクルス。彼のことよ」


「オクルスのこと…」


「教えてあげましょうか?」


「オクルスのことを…」


「知りたくない?」


「し、知りたい!」


 セフィラネは俯いて、小さく息を吐き出す。


「彼の正体は…最上級粘液生物(スプリーム・スライム)と呼ばれるスライム種の中では最上位の存在よ」 


「スプリーム・スライム…」


「他のスライムを吸収し、同化させて、際限なく強くなっていく。それに加え、サクリフィシオと呼ばれる分裂体を無数に生み出す。

 その生命力の高さ、しぶとさ、厄介さから、スプリーム・スライムの討伐は、レッドランクのレンジャー程度では難しい…Sランク相当とされる魔物ね」


 レンジャーの経験がないサニードにはどのくらい強い魔物なのかピンと来なかったが、セフィラネは「ペルシャの冒険者ギルドが総動員させてようやく倒せる敵」と説明したことで、ようやくのこと理解する。


「メディーナは……彼女は違うの?」


「ええ。オクルスの手下…その身を構成する要因となっているサクリフィシオのほとんどが、自身の分裂体である準体だけれども、メディーナは別なのよ」


「あ、そういえば。確かに、その話はしてた…と、思う」


 商業ギルドに行く際に、オクルスがそんな話をしていたとサニードは思い出す。


「メディーナは回復系粘液生物(メディカルスライム)という別個体。オクルスはこれを異体と呼んでいるわね。

 メディーナは完全に同化まではしていないのよ。だからこそ、オクルスの指示なしでも、彼女自身で個別にスキルが発動できる」


「それってどういうこと?」


「オクルスがたった独りで、多くの作業をやったりしているのを見たことがないかしら?」


 そう言われて、サニードは、オクルスが本を読みつつ、エキストラクトの下準備の作業を同時にやっていたことを思い出す。 


「同化してしまえば、オクルスは“個”として単独としてしか動けない。例えば、メディーナを同化させて能力を獲得したとしても、他に毒や麻痺といった特殊能力を得ようとすれば、それは吸収の都度、新しいものへ上書きされてしまう。せいぜいストックできるのは1個や2個が限度で、無限に能力を獲得できるわけじゃないわ。これが普通のスプリーム・スライム」


「? なら、オクルスは特別ってこと?」


「そう。オクルスだけが“隷属化”という力を持っている。だから、“個”として存在しつつも、異体である各スライムの能力を使って、マルチタスクに様々なことができるの。メディーナが、彼女の自身の持つ治癒の力を発揮できるのもこのため。これは普通ではあり得ない話…だけれども、そこがオクルスが突然変異個体である理由よ」


「突然変異個体?」


「ちなみに、そんなメディーナも突然変異個体ね。オクルスもメディーナも確固たる意思を持ち、他種族とコミニュケーションが取れる。そんな知性を持つ、これもまた普通のスライムには考えられないこと…」


 セフィラネがなにを言わんとしているのかわからず、サニードは顔を曇らせる。


「わからないかしら? 本来、大した知性を持たないSランクの魔物が、優れた知性を持ったとしたら…それがどんなに危険なことか」


 その時、サニードは初めてセフィラネの口調が変わっている事に気付く。間延びするような、柔らかな雰囲気がなくなっているのだ。


「オクルスは強いわ。おそらく、今はSランクどころじゃない。今のアタシでは倒せないほどにね…。サニーちゃん。アナタの側にいるのはそんな化け物なのよ」


「え?」


「彼がアナタに優しくするのは…いえ、ハッキリ言うわ。優しくしている様に見えるのは、この子、メディーナが惜しいから。意思疎通のできる変異個体のメディカルスライムは、まず他には存在し得ない。それは魔眼持ちのハーフエルフよりも遥かに価値があるから…」


「そ、それは知ってるよ。メディーナために、オクルスはウチを…」


「いいえ、全然わかっていない。アナタは全然オクルスのことを理解していない」


 セフィラネの目が輝きを失って半眼となる。


「こ、これから少しずつ理解していくの!」


「……アタシとオクルスは師弟関係にあるわ」


「ええ…? なに? それも聞いたから、知ってるよ…」


 その台詞が耳に届かなかったのか、それとも無視したのか不明だったが、セフィラネは一方的に話し続ける。  


「サニーちゃんから見て、アタシたちの関係性はどう見える? 400年以上の付き合いがある師弟関係よ」


「そりゃ、オクルスが“先生”っていうくらい、尊敬して…信頼…している?」


「尊敬ィ〜? 信頼ィ〜!?」


 セフィラネの口角が、三日月のようにクイッと上がる。


「エヒャヒャヒャヒャヒャッ!!!」


 首を前後に揺らして大笑いするセフィラネを見て、あまりに最初に会った時との態度の落差に、サニードは声もなく驚く。


「……ふーぅ」


 ひとしきり笑い切ると、セフィラネは口の周りに付いた唾液をピンクのハンケチで拭った。


「いい? そんなものは存在しないわ。オクルスにとって、アタシはまだ利用価値があるから生かして置いているってなだけ…」


「そ、そんなこと…」


「そんなことない? アナタに、アタシとオクルスのなにがわかるのかしら?」


 半眼に睨まれて、サニードは黙りこくる。


「……アタシはオクルスを愛している」


「あ、愛して…って…」


「だから、アタシの知るすべての知識を彼に授けた。メディーナも彼に提供した貴重な1体よ。捧げ、尽くし続ければ、知性を持つ彼にも“心”が芽生えると、愛し返してくれるハズだと。アタシはそう信じたから。…今のアナタみたいにね」


 サニードは心臓に直接冷たい氷が当てられた様な気がした。


「見た目も言動も…アタシが愛した人にそっくり。だけれど、それは見せかけだけ。単なる擬態。400年接していて気づいた。この先、彼とできる本当のコミニュケーションは、“取引”だけなんだとね。アタシが教えたものなんだから、それは当然のことよ」


 セフィラネは夜空を見やり、キュッと自身の胸を掴む。


「だから、彼がこの島を出て大陸に行くと言った時にアタシはついて行かなかった。これだけ愛している。側を離れたくないと願っているのに…。彼に殺されるのが怖いわけじゃない。必要とされなくなるのが怖い…」


「あの、セフィラネさん…」


 サニードが呼びかけると、セフィラネは生気のなくした人形のように振り返る。


「サニーちゃん。アナタの言葉はいらない。エヴァン郷で差別され、村を出てレンジャーとなろうとするも叶わず、自立しようと娼館で働きだした、そんな頭の悪い健気なハーフエルフの少女…そんな程度の安っぽい娘が、この欠如なき魔商になにを言うというの?」


「なんでそれを…」


「聞かなくてもわかる。アナタがエヴァン郷でされた事、言われた事。なにも寄る辺のない憐れな少女。それがたまたま出逢ったオクルスに心を惹かれる。オクルスは公平で紳士で、アナタを“娼婦”としても“ハーフエルフ”としても見なかったハズ。目を見て真っ直ぐに話をし、こちらからの話には必ず返事をして、アナタを無視せず、嫌わず、丁寧に応対してくれて、そこに“愛情”の幻影を見ただけ…」


「違う!!」


「ああ、ああ、ああ! 怒るのは図星だから。アナタが人間だからよ。オクルスにはそれがない…」


 サニードは言葉に詰まる。言い返してやりたかったが、どうしても良い言葉が出てこなかった。


「アナタは見た目も幼いけれども、心はもっと幼い…。明るく振る舞ってはいるけれど、心は暗く閉ざされている。お母さんに愛されなかったから? お父さんはどうしたの? …ああ、そう。そうねそうねそうね。愛してくれるのなら魔物でも構わなかった?」


「やめろ!! ウチのことをわかった風に言うな!!!」


 激昂したサニードがテーブルを倒すのに、セフィラネはメディーナを抱えたまま宙に浮いて、スーッと幽鬼のように後方へと逃げる。


「……子供ね。サニーちゃん。でも、わかってちょうだい。これはアナタのためなのよ」


「なにが!? なにがウチのためだ!!」


 セフィラネは軽く嘆息する。


「怒りたい気持ちはアタシも同じ。何百年も片想いしている男が、ほんの気まぐれ…いえ、手違いがあったからといって、カワイイ女の子を連れてきたらどう思うかしら? その気持ちを少し考えてみて……可愛らしいハーフエルフのお嬢さん」


 サニードはそこまで言われて、セフィラネが拳を握りしめ、爪が食い込んで血が流れているのだということに気付く。


「……メディーナがさっきからアタシになにを言っているか、魔眼のアナタにわかるかしら?」


「なに?」


 そういえば、さっきからメディーナは慌てた様に胎内の目玉をグルグルと動かしていた。


「アナタの命乞よ。…なぜなら、アタシはこう考えているから。“オクルスには殺せない女の子。けれど、アタシには関係ない。アタシが殺してあげれば、オクルスはアタシに少しは感謝するかしら?”…とね」


 サニードの背筋に冷たいものが走る。


 セフィラネはゆっくり降りてきて、静かに着地した。


「……安心なさい。殺しはしないわ。アタシには心があって、自制もある。オクルスとは違ってね」


 メディーナを離すと、彼女は「ピィ!」という鳴き声をあげてサニードの足元へと擦り寄った。


「……ウフフフフ! ホントにホントにホントに、楽しい有意義なお話し合いだったわねェ。また明日。おやすみなさぁい〜♡」


 セフィラネの目に輝きが戻り、屈託のない笑顔を浮かべ、手を振って彼女は出ていったのだった──。



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