037 魔商のもてなし
(およそ4000文字)
円形のテーブルもピンク色をした花柄で、お手製のレースが掛かっており、その上にクッキーと紅茶を並べる。
セフィラネは20代前半にしか見えない姿であり、若干大きめなピンク色のフード付きガウンを羽織り、下にはそれよりも薄めのピンクのマーメイドドレスと、全身がピンクづくしであった。
また可愛さと優麗さが見事なまでに合わさった不思議な魅力があり、肩と横が完全にスリットで開いており、角度によってはその隠された中身が見えてしまいそうだ。
(オクルスの先生って、女の人だったんだ…)
サニードの胸の奥でなにか黒いモヤモヤのようなものが湧いてくるのを感じた。
茶を注ぐセフィラネが前屈みになるのに、大きな胸がドレスから溢れ落ちそうになるのを見て、サニードはゴクリと唾を飲み込む。
「……貴女が騙されるとは珍しい事もあるものです」
オクルスは首飾りをしげしげと見やりながら言った。
「でしょでしょでしょ。アタシを騙そうとする人なんて最近は全然いなかったからぁ、油断しちゃったぁ〜テヘヘ☆」
一瞬だけなにか言いたそうにしたが、オクルスは結局なにも発せずにその首飾りを返す。
「先生」
「先生なんて他人行儀な呼び方やめて。セフィラネもしくはセフィって呼んでっていつも言ってるでしょ☆」
「セフィラネ。例の物は…」
「それはそうと10年くらいは居られるのかしらぁ?」
「約束の取引期限まで後7日間です」
「そうだったそうだったそうだった。でも、その取引って大丈夫? 悪魔50体だなんて騙されて……」
(悪魔?)
オクルスが眉を寄せたので、セフィラネは「あら」と言ってサニードを見やる。
「オクルスがぁ、こんなにカワイイ女の子を連れて来るなんてぇ〜ビックリ!!」
「あ。サニード・エヴァンっす! 挨拶が遅れてスンマセン!」
「はぁいはぁいはぁい。アタシはもうご紹介にあったけど、セフィラネでぇす☆」
セフィラネはニコニコと笑うが、サニードは緊張にコチコチになる。
「…でェ、この娘はぁ?」
「成り行きで、弟子となりました」
「弟子ィ? オクルスがー!? えー、聞きたい聞きたい聞きたい♡」
「面白い話でもありませんよ」
「聞きたい聞きたい聞きたい♡」
オクルスは淡々と今までの経緯を話す。セフィラネはニマニマと笑いながらそれを聞く。
「へ〜〜、オクルスの弱味を握るなんてやるじゃな〜いィ〜! サニーちゃぁん♡」
「サニーちゃん? いや、弱味っていうか…」
サニードは頭をかきながら照れ臭そうにする。
「いえいえいえ、このオクルスにそこまでさせるのは大したものよ。サニーちゃん」
セフィラネはそう言うと立ち上がり、どこからか小さな宝箱を持ってきた。
「メディーナ。いらっしゃ〜い」
セフィラネが呼ぶと、オクルスの右手からメディーナが出て分離する。
「……今日は泊まって行くんでしょ?」
メディーナを膝に抱いて撫でながら、セフィラネが言う。
「品物の方を…」
オクルスの目は宝箱へと向けられているが、セフィラネは巧みにオクルスの手の届かない位置にと置いた。
「そうよねそうよねそうよね。オクルスも“食事”をしなければいけないものネェ」
「セフィラネ」
「わかってるってェ〜」
ようやくオクルスに宝箱を渡す。
「……鍵はどこです?」
宝箱を見て、オクルスは眉を寄せる。
「ウフフフフッ! ひーっかかったァ♡」
楽しそうにセフィラネは笑い、オクルスの胸に手を当てた。
「そんな怖い顔しないでェ〜」
セフィラネは、今度はオクルスの頬に手を当てる。
「あ、あの!」
サニードが遠慮がちに手を上げた。
「なぁに? サニーちゃん?」
「…あの、その、ちょっと、近いかなぁと」
セフィラネの目が大きく見開かれる。
「あーあーあー!! はいはいはい!! ステキィ♡ 嫉妬!! 嫉妬なのねェ!!! オクルスゥ、愛されてるゥ〜!!」
「……先生。鍵をお渡し頂きたいのです」
オクルスがそう言うと、セフィラネはプクッと両頬を膨らませた。
「鍵を渡したらすぐに帰ってしまうでしょ〜? 今日はともあれ泊まって行きなさい。鍵は明日の朝に渡してあげるわァ」
セフィラネは、オクルスとサニードを交互に見やる。
「今夜はたぁ〜っぷり、お話しましょうネェ♡」
□■□
ダイニングルームに入り、言われたままにサニードが端の席に着くと、自動的に食卓のロウソクに火が灯る。
「なんで勝手に火が?」
「便利でしょお?」
セフィラネは、サニードの驚いている反応にクスクスと笑う。
「オクルスは?」
いつまでも席に座らず、黙したまま壁側に立ったままのオクルスを見て、疑問に思ったサニードが尋ねる。
「気にしなくても大丈夫よ〜」
セフィラネは、長テーブルの反対の端にサニードと向い合せに座った。
「えっと…」
サニードは目の前にあるたくさんの空食器を前に戸惑う。
「ウチ、テーブルマナーとか知らないんだけど…あ、いや、知らないんっすけど…」
「ムリして敬語なんか使わなくてもいいわよ。それにマナーもいらない。楽しくお食事をしてちょーだいネェ」
セフィラネがそう言って指をパチンと弾くと、空だった食器に、一瞬で厚い肉や野菜やスープ、グラスには瑞々しい赤い液体が注がれる。
「こ、これも魔法?」
「ウフフ。これらは魔道具の効果よ」
食事はいずれも作りたての様で、ただよってくる食欲をそそる香りに思わずサニードのお腹が鳴ってしまい、彼女は恥ずかしそうにする。
「さあさあさあ、遠慮せずに召し上がれ」
「あ、でも…」
サニードがオクルスの方を見やる。
「彼は“コレ”を必要としないから大丈夫なのよ」
「外の…セージ先輩は?」
「先輩? …ああ、彼も…誰かと一緒に食事するタイプじゃないのよ。誘っても来ないしネェ」
門番だからそうなのかとサニードは思った。
「だから、アタシたちだけでいただきましょう」
オクルスも「どうぞ」という仕草をした。
「う、うん! いただきます!」
見た目以上に味わい深い食事を「おいしい!」と堪能しつつも、サニードはセフィラネを観察する。
「オクルスとの付き合いは長くてね。かれこれ400年にはなるかしらァ」
時折、膝にいるメディーナに給餌をしつつ、セフィラネはワインだけを嗜む。
「400年って、セフィラネさんは…ヒューマンじゃないの?」
「ええ。こう見えても、アタシは魔人族。角を隠して、肌の色も変えてるから気づかないでしょ〜」
どこをどう見てもヒューマンの女性にしか見えない。サニードは、セージの正体を見破ったように魔眼で見えないかと思って目を凝らす。
「魔眼ね。残念だけれど、アタシには通用しないわよォ」
「あ! ご、ゴメンナサイ!」
「いいのよん。けどォ、レベルの高い魔術師だと対策にカウンターを仕掛けてる場合もあるから気をつけてね。そのカワイイお目々がボォン! って事にもなりかねないからァ〜」
「げ! は、はい…」
セフィラネが自身の目蓋を指で押し上げて見せるのに、サニードはコクコクと頷く。
「セフィラネ」
「ええ、オクルス。彼女の魔眼については任せて。…ただ、もうある程度は使いこなせてるようにも見えるけど」
「そ、そんなことないよ。なんとなく視えるようになっただけで…」
「意識的に視る…これが第一段階。次に自分よりレベルの高い相手を視るが第二段階。先天的なスキルはレベルアップよりも、どれだけ使うかが重要よ」
「どれだけ使うか?」
「そう。より多くの、より沢山のものに視て鍛えるの。これは商品の見定めをする能力を獲得するのと同じよ。そこに早道はないわ。魔物であるオクルスが商人になった過程も、長年の努力による賜物だもの。ね? オクルス」
サニードは、オクルスを見やる。
「彼に人間の振る舞い方を教えたのはアタシ。彼の格好や言葉遣いを教えたのもアタシ。品物の見定め方、交渉の仕方、魔道具の使い方を教えたのもアタシ。…アタシアタシアタシ」
俯きながら、セフィラネはブツブツと繰り返した。
「セフィラネ…さん?」
「? …あら、アタシったら。テヘヘ」
セフィラネは舌を出して笑う。オクルスは無表情にそれを見ていた。
「それにしても、メディーナは本当にサニーちゃんを気に入ったのねェ」
セフィラネはメディーナを撫でながら笑う。
「メディーナと直接話ができるの…?」
「ええ。必死にサニーちゃんのことを教えてくれてるわ…。カワイイカワイイカワイイ」
□■□
「お客様なんて久し振りだから、この客室を使うのも何百年振りになるのかしらネェ」
セフィラネがすっかり夜も更けたベランダの窓を開く。優しい夜風が白いレースのカーテンを揺らした。
「えっと、セフィラネさん? 着るのコレで合ってるの?」
「あっらー♡ 似合うわねェー♡」
ウサギ耳付きのフードの、まるで幼子の着るような寝間着をサニードは身に纏っていた。
「ええっと、オクルスは…?」
「あら。女子会は男子禁制よ。ねェ、メディーナ?」
部屋の隅にいたメディーナが肯定するように揺れる。
「やっぱり、メディーナは女の子だったんだ」
「あら? オクルスが否定した?」
「うん。スライムに男女はないって…」
「彼らしいわねェ〜。アタシは前から女のコと思って接しているけれど……」
セフィラネはなにかイタズラを思いついた様な顔をする。
「知っているかしら? メディーナは、オクルスよりお姉さんなのよ」
「え? オクルスの一部なんじゃ…」
「そう? 知らないのね。彼のことをなにも…」
月明かりの下、外テーブルに座ったセフィラネは手招きする。
「さあさあさあ、いらっしゃい。色々と教えてあげるわ。お話をしましょう。サニーちゃん」




