021 犬の尻尾
(およそ3,000文字)
若干の性的描写や表現があります。
「…ほら、もっと脚を開いて」
「…は、恥ずかしい」
「大丈夫だって。これじゃ見えないから、ね?」
「……う、うん」
赤面したまま、チルアナは背中を引いて両脚を開く。
「ふ、太腿の裏側は…く、くすぐったい」
「あ、ゴメン。でも柔らかくて、ついクセに…」
「え?」
「いや、冗談。冗談だから。ん? なにこれ? 毛!? あ! …尻尾! 尻尾が邪魔してる!」
「あ! 尻尾は触らないで! 弱いの!」
「でも、こんなモフモフに触れられないなんて…」
「絶対にダメ!」
「わかったよ…。でも、尻尾は横にやって!」
「……うん」
「よしよし…。お、おお。これは! ……なんと、まあ!」
「あの……サニード?」
チルアナのスカートの中に潜り込んでいたサニードは、プハッと声を上げて顔を出す。手には魔法灯という照明アイテムが握られていた。
「……えっと、その、どうでした?」
「人の身体ってスゴイね!」
若干興奮気味にそう言うサニードに、チルアナは怪訝そうにする。
「スゴイかは…別に…」
「あ! いや、そうだよね。えーと、うーん。正直言ってわかんなかった…」
「え?」
「ほら、自分のも見たことないし…」
「…そ、それじゃ見ても仕方ないじゃないですかぁ!」
チルアナは恥ずかしさのあまり涙ぐんで怒る。
「いや! でもわかったこともあるよ! キレイだった! …たぶん!」
「たぶんって…なんだかスゴく傷つくんですけど…」
「あー、いや、なんていうか…赤くもなかったし、傷とかなかったし、出来物みたいなのもなかったし」
「……痛みがあったのはもっと奥の方だと思うんですけど」
「でも、痛みはもうないんでしょ?」
「ええ。そうですね…」
「ニオイもしなかったし…」
「に、ニオイ? まさか嗅いで…」
「コボルトほどじゃないけど、ハーフエルフも嗅覚は…」
「もう言わないで! は、恥ずかしすぎるんですけれど!」
チルアナは赤くなった顔を抑える。
「でもさ。病気で出血してるならわかるし…」
「それで判別できるなら、なおさら見る必要がないじゃないですか…」
反論の言葉が出てこず、サニードは気まずそうにする。
「はぁー。おかしいことしてますよね。今日初めて会った人に…こんな…」
「で、でも! これでチルアナが治ったことがわかったんだからさ! いいじゃない!」
チルアナはなんだかサニードに騙されている様な気がしてきていた。
「…本当に治ったと思いますか?」
「そうだとしか思えなくない? もう一度、ちゃんと見る? もっと奥まで…開いて見れば…?」
「いえ! もう結構ですから!!」
チルアナは少し怒った感じに下着を履き直した。
揺れるポニーテールにした髪を見て、サニードはさっきのモフモフの尻尾を思い出す。
「…サニード?」
ニヤニヤ笑っているサニードに、チルアナは不審の目を向けた。
「いや、違う! 変なことは考えてないよ!」
「なら…」
「治った理由! それを考えたの!」
チルアナは疑わしそうな目をしたが、それは一瞬だけのことで、なにか考えるような顔つきになる。
さっきから尻尾のことばかり考えていたサニードは、ホッと胸を撫で下ろした。
「……どう考えても、急に治った理由は思い当たりませんね」
「漏らした時の前後になにかあったとか? 魔法使いや僧侶がいたら、魔法を使ったとか…ない?」
その時の場面をチルアナは必死に思い起こす。
「あ。そういえば顔を殴られて…」
「殴られた!? その『殺す』って言った男に?」
「いえ、違います。私をさらった男の仲間に…鼻血が出て、とても痛くて…」
「? そんな感じには見えないけど…」
サニードはマジマジと顔を見やるが、鼻血が出たと言う割には赤くもなっておらず痕も残っていなかった。
「なら、その傷も治ったってこと?」
「おそらく…」
自信なさげにチルアナは頷く。
「ますます魔法っぽいけど。ならさ、やっぱりチルアナの側にいたヤツが怪しいよね」
「私が助けを求めた人…でも、その人は魔法使いとかではなかったんですが」
チルアナはその人物の詳しい描写をしていくうちに、サニードの表情が徐々に変わっていく。
「それって…オクルスじゃん!」
「オクルス?」
「うん! “ザイヨの商人”!」
「商人…そういえば、そんなことを言ってたかも」
「そうかぁ! ならきっと、チルアナの病気はきっとメディーナが…」
「メディーナ?」
「あ、いや!」
サニードは慌てて自分の口を抑える。メディーナのことを話す場合、オクルスの正体についても伝えることになってしまうからだ。
「知り合いなんですか?」
「まあ、そうだね。だから、怪我や病気が治った理由がわかったよ!」
「そ、そうなんですか? それはどういった…?」
「それは……えーっと、アイテム! そう! ほら、商人だから不思議なアイテムたくさん持ってるの! それでなんかこう上手い具合に働いて治った…? そうとしか考えられない…!」
だいぶ苦しい説明だったので、チルアナは納得できない様子だった。
「えー、こんな昨日の今日でこんな偶然ある?! 市場でアイツなにやってたの?」
「えっと、ごめんなさい。サニードはあの怖い人と…」
「怖い人? そんなことないよ! ちょっと変わってるけど、話せばいいヤツだって…」
「そうは見えませんでしたけど…。どういう知り合いなんですか?」
「どういう? ……あー、昔の男…みたいなぁ?」
サニードは頬を掻きながら言う。
「ええーと…」
「ウソウソ! 昨日、ウチの初めての客だったんだ!」
「客……ということは、あの人はサニードと…」
「いやぁ、実はなにもなかったんだけど…」
「なにも……?」
サニードは頷き、しばらくチルアナと気まずい沈黙が続く。
「そのさ、病気が治ったことはウチ以外には…」
「ええ。言うつもりはありませんよ。サニード以外には信じてもらえないでしょうし」
サニードは安心する。チルアナに娼婦として働いて欲しくない気持ちが少しあったからだ。
「そういえば、一緒にいた女性は…」
チルアナはふと思い出したかのように口走る。
「女性?」
「ええ。その人が最初に私を助けようとしてくれたんですが、確かその商人…オクルスさんとなにか話をしていたんで、てっきり知り合いかと思ったんですけど」
「……どんな女の人?」
「キャッティの…たぶん、剣士だと思います。とても強い人でした」
オクルスが男たちを一掃した件は、チルアナはには一体どういう事なのか詳しくはわかっていなかったので、シャルドレが敵と互角に渡り合っていた印象の方が強かった。
「ふーん。猫人と…。それ、美人だった?」
「え? え、ええ。美人…だったと」
なぜそのようなことを聞くのかと、チルアナは首を傾げる。
「……ふーーん」
「サニード?」
目を細めるサニードに不穏なものをチルアナは感じ取る。
「ウチと一晩過ごした後に、すぐに別の女と…ねぇー」
「……サニード? なにか怒ってます?」
「べっつにーー」
その日、サニードの機嫌はしばらく直らなかったのであった。




