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002 ペルシェの町

(およそ2,000文字)

 大陸リヴァンティズの東方に、“深き水の都”と呼ばれるガッドランドは存在する。


 大陸最大のヴァロン大河が、大陸中央から南北に向かって大きく縦断しており、領土の半分以上を森林地帯が覆い、雨季には大河が氾濫して低地が水没し、残った陸地が島のように浮かんで見える。

 幾つかの街道も水没してしまうので、街から街への移動には小舟が用意された。それが水の都と呼ばれる由縁である。


 雨季の時期が終わり乾季に入ると、肥沃な土地を利用して、短期間で収穫できるマメ科の農作物が好んで育てられた。

 そんなガッドランド特産のイロ豆は炒めると香ばしい薫りと若干の苦味が癖になると評判であり、酒のツマミにピッタリだと、この国の酒場ならばどこにでも置いてあるような定番品であった。


 ガッドランドは統一国家ではなく、多数の小さな国が集まってできている。

 昔は国同士の小競り合いこそあったが、雨季によって国同士が物理的に分断されることもあり、そもそも互いに干渉することがなく、領地拡大などの野心さえなければ争う理由もなかった。

 

 そして、ガッドランドの主国であるライラード王国から、だいぶ南方に逸れた場所にサルダン小国があった。

 ガッドランド小諸国の類に漏れず、乾季はイロ豆を作り、雨季には大河から流れてくる流木を利用した民芸品を作り、それを外国へ売り出しては細々と外資を得ている。


 そんな争いとは無縁の平和な地に、“罪与の商人”は赴くこととなったのであった──




□■□




 目深に被った中折帽、くすんだ赤のストール、平鋲が幾つも打ち付けられた膝丈までの真っ黒なコート、汚れひとつないブーツ。長身痩躯であることも相まって、軽装備の弓兵か冒険者(レンジャー)を思わせる出で立ちだが、胸についた水鳥の羽を模した意匠のタグプレートが、彼が商業会ギルドのメンバーであることを示していた。


 目立つ格好ではあったが、すれ違う人々の中で彼のことを記憶に留める者はほとんど居なかった。それは表情が帽子に隠れて見えにくいこともあったが、目立った特徴がない、悪く言えばどこにでも居そうな凡庸な顔立ちをしていたからである。


 年齢は不詳。若くも見えれば、ひどく年寄りにも見え、少し考察しようと思った変わり者がいたとしても、「別にどうでもいいか」とやがて考えるのを止めてしまう程に毛ほどの印象も残さない。


 彼……オクルスは、やや早い速度で、それでも足音は立てることなく、サルダン国の町のひとつ、ペルシェの中心にある屋敷へと向かった。


 この地方にはよくある煉瓦で造られた建造物。雨季の湿気で、表面はやや黄色みがかった苔で薄っすら覆われていた。乾季に綺麗に落とす者もいるようだが、これから尋ねる家主はそういったことに拘りを持つタイプではなさそうだった。


 獅子の形のドアノッカーを打つと、ほどなくして覗き窓が乱暴に開いた。


「誰だ?」


 土気色の顔をした神経質そうな男が、オクルスを見て眉をひそめる。


「私はオクルスという商売人です。此度はベイリッド殿下に拝謁を賜りたく参った次第で……」


「商いだぁ? ……それにしちゃ、何も持ってねえじゃねぇか」


 オクルスが手ぶらなのを見て、使用人はますます訝しげにした。


「私の扱う品は嵩張る物が多いものでして、普段は持ち運びしておりません」


 懐から書状を取り出して差し出すと、使用人は受け取ってからわずかに目を見開く。


「招待状です。ルデアマー家の……」


「そんなのは見れば分かる」


 書状をぞんざいに突き返す。


「あいにくと日が悪かったな」


「どういうことでしょう?」


「“陛下”は不在だって言ってんだ」


 なんとも要領を得ない返答だったが、オクルスは気を悪くした様子もなく頷いて見せる。


「私は指定された日時に来たのですが……」


「そんなこと俺が知るか。居ないものは居ない。とっとと消え失せろ」


「……そうですか」


 オクルスが踵を返そうとした瞬間、男に呼び止められた。


「あー」


 呼び止めた使用人は、なにやら考える様にして自らの顎髭をいじる。


「なにか?」


 あまりの態度ではあったが、オクルスは顔色ひとつ変えることなく相手の動向を待った。


「……“黄金草はみメルシー亭”ってのが、そこの十字路を左に曲がったところにある。変な丸いニワトリみてぇなオブジェがあるからすぐ分かるハズだ」


 使用人が指差して雑に説明する。


「メルシー亭ですね」


「これは独り言だが。そこに滞在してりゃ、なにかあるかもな」


「……なるほど。ありがとうございます」


「俺は宿の場所を教えただけだ。さっさと行け」


 犬猫を追い払うように「シッシッ」と手を払い、ピシャリと覗き窓を閉じてしまう。


「……“陛下”の体面ですか」


 オクルスはそう呟くと、教えてもらった宿へと足を向けたのだった。

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