015 瓶詰め以下の正義
(およそ3,500文字)
「あん?」
最初にリーダー格の男が殺気に気づいて身を引いた。
次の瞬間、旋風のようにキャッティが現れ、コボルトの店主と娘を羽交い締めにしている男たちを鞘で叩きのめす。それはほんの一瞬の出来事だった。
「おいおい…」
リーダーは天を仰ぎ、それから困ったように眉根を押さえる。
「シャルレド・シャムム…。最近は大人しくしてたじゃねぇか。改心したんじゃなかったのかよ?」
「それは生憎にゃったね、ドゥマ。猫は気まぐれにゃし」
ドゥマと呼ばれたリーダーは大きく嘆息する。
「やり合うと、ボスがうるせぇんだよ。なにせ、オメェはボスとアニキのお気に入りなんだかんな」
「ヴァルディガに言っとけ。小物が大物ぶってると、大事な鼻っ柱を齧られるにゃしってね」
「…雌猫が。調子こきやがって」
シャルレドが倒れてる手下の頭をコツンと蹴り飛ばしたので、ドゥマの額に青筋が立つ。
「や、やめてくれ…」
コボルトの老店主が、シャルレドに懇願するように言う。
「“やめてくれ”? 正気かい? このままじゃ、オマエの孫は連れて行かれて、瓶詰め以下の値で売るハメににゃるんだぞ?」
「……ああ。わかっとる。わかっとるが、金を持ってかれた時点で諦めはついてたんじゃ」
シャルレドの眉間にシワが寄る。
「それにこの子は孫じゃない…」
店主が苦しげに言うのに、娘は悲しそうに俯く。
「は? どういうことだ?」
「実は…この娘、チアルナは養女なんだ。この店を継がすために引き取ったに過ぎん。店が存続できぬなら、もう私には…」
その後に続く言葉はなかったが、ほぼ間違いなく「娘は必要ない」だろうと知り、シャルレドはギリリッと歯軋りする。
「養女だろうがそんなこと関係あるかにゃ! オマエを“おじいちゃん”と呼んで慕ってるんじゃねぇのかよッ!」
「ヒャッヒャッヒャッ! こりゃ傑作だねぇ!」
ドゥマは手を叩いて笑う。
「……なにがおかしい」
「おかしいに決まってんだろ? 正義感から飛び出して来たはいいが、当の被害者はオメェの手なんざ必要ないとさ」
その通りだとばかりに店主は頷く。
「それがどうした? アアシがやる事はなんも変わらねぇにゃし!」
「で、誰を救うんだい?」
「決まってる!」
シャルレドの目は、チルアナを一瞬だけ見やる。
「救えねぇよ。人を救えるのはコレだけさ」
「…瓶詰め?」
金の入った瓶詰めを上下に揺すり、ドゥマは先割れした舌を出す。
「ジーサン、今日、オイラは機嫌がいい。恩情をかけてやろう」
ドゥマが瓶を放ると、老店主は慌ててそれを受け取る。
「半分は返してやる。そんで店は維持できんだろ? だから、それで別の跡継ぎを買え」
「あ、ありがとうございます!」
店主の瞳に輝きが戻り、反対にチアルナの表情が絶望のものへと変わる。
「ゲス野郎がッ!!」
「ムスメぇ〜。さあ、選ばせてやる。オイラたちに付いて来れば3食きちんと食わせてやる。食いっぱぐれるこたぁねぇ。だが、ここで寄る辺もなく野垂れ死にするのを選ぶのもいい。さあ、オメェは自由だぜぇ」
「わ、私は…」
「こんなクソみたいな選択! 選ぶんじゃにぇーよ!!」
「チッ!」
シャルレドがサーベルで片脚で跳ねて斬り掛かるのを、ドゥマが双剣で受ける。何度か斬り結び、不快な金属音と火花が散った。
「囲え。ヤツは見ての通り早くは走れねえ。くれぐれも殺すな。だが、実力は元レッドランク相当だ。油断はするなよ」
ドゥマが指示を出すと、手下たちが武器を構えてシャルレドを包囲する。
店主は瓶を抱えて我先にと逃げ出そうとしたが、チアルナはどうするべきか逡巡したせいで逃げ遅れた。
「アニキ! コイツはどうします?」
「あ?」
「自分は見ました。猫女と一緒にいた男ですぜ!」
今まで成り行きを見ていたオクルスを、手下のひとりが指差す。
「知り合いか?」
「いいえ…」
「ああ! アアシの彼氏さ!!」
否定しようとしたオクルスの言葉に被せ、シャルレドはニヤリと笑って言う。
「オメェも趣味が悪くなったもんだな…。まあ、ボスに言ったら間違いなく『殺せ』って言うだろうかんな。…殺せ」
ドゥマの手下が3人、オクルスの方へと向かう。
「本当に私は無関係です」
「知らねぇよ!」
横に振るわれる剣を、オクルスは後ろに下って避ける。
「私はべイリッド氏の取引相手です。殺すとまずいことになりますよ」
「口からでまかせを言うな! アニキが殺せったんだから殺すんだよ!」
面倒なことになったと思いつつ、自分から攻撃するのを避けていなし続ける。
(さて、どうしたものか。この場合、シャルレドを殺すのがいいか? いや、あのドゥマという男の言う事が正しければ問題が大きくなる)
オクルスは、大立ち回りをしているシャルレドを見やる。
(実力自体はシャルレドの方が数段上だろう。しかし、足のハンデと人数差を覆すほどではない)
その見立ての通り、最初は優勢だったシャルレドも徐々に息が上がっているのがわかる。
(ドゥマも元レンジャー、か。あの動きは傭兵経験もあるな。強い)
手下たちが抑えている間、ドゥマは虎視眈々とシャルレドの弱点を突き、次第に追い詰めていく。
「クソ…ッ」
「諦めて剣を下ろせ。傷つけたかぁねぇんだからよ」
「ハッ! それなら黙ってアアシに斬り刻まれろや!」
「ったく、めんでぇーな。口だけは減らねぇヤツだぜ」
ほとんど勝敗は決していた。ドゥマは余裕綽々で剣を振るが、受けに回ったシャルレドは右足の踏ん張りが効かずに動きが鈍ってくる。そこを手下たちがさらに追撃した。
「もうやめて! ひ、卑怯よ! たったひとりの女性を相手に!!」
怯えて身動きがとれなくなっていたはずのチアルナが声を張り上げた。シャルレドが自分のために身体を張っているのが居た堪れなくなったのだ。
「うるせぇよ!! 引っ込んでな!!」
近くに居た男が裏拳で殴りつけ、チアルナは悲痛な声を上げて倒れる。
「その娘に手を出すにゃ! アアシが相手してるだろうがッ!!」
シャルレドが激するのに、ドゥマはニヤッと笑う。
「いや、喜んで手を出すね。シャルレド。オメェには傷をつけられねぇが、それ以外のヤツは別だ」
「クソ野郎がッ!!!」
「そりゃ褒め言葉だなぁ!」
ドゥマが顎をしゃくると、手下たちが倒れたチアルナを捕まえようと動き出す。
「い、イヤァ! やめて! 来ないで!」
「逃げるな!」
這いずるように男たちからチアルナは逃げる。
殴られた鼻柱のせいで、涙と鼻血でグショグショの顔になりながら、誰か助けてくれる人は居ないかと探す。
しかし、遠巻きにしている人たちは気の毒そうな顔は浮かべているものの、チアルナと視線が合うとフイと眼を逸らしてしまった。その中には自分の義理の“祖父”も居たのに、今じゃ本当に赤の他人の様な顔を浮べていた。
(誰か! 誰か!! 誰でもいい!! あの猫人を助けて!!)
そして、小指が固いブーツに当たる。ハッとして顔を上げ、その脚を掴んでよじ登るようにし、その手を掴んで縋る。
「お願いします…助けて…」
チアルナは、そのブーツの持ち主の顔を見てすぐに助けを求めたことをひどく後悔した。
それはオクルスであり、その目にはなんの感情もなく、チアルナもシャルレドもゴミかなにかを見るような冷たさしか感じられなかったからだ。
「ヒャッヒャッ! 相手を間違えたな! ソイツは逃げてばかりで戦う気はねぇってよ!」
ドゥマの指摘は正しかった。さっきからオクルスは攻撃を躱すだけで、手下たちが疲れ果てて息継ぎしている中、まるで考え込んでいるように棒立ちになっていたからだ。
「あー、もう終わりにしよう。そろそろ飽きたわ。シャルレド。もうやめよーぜ」
「ふざけるな!!」
シャルレドは、チアルナを助けようと向かわんとしていたが手下たちがそれを阻む。
「そうかい。なら、馬鹿な猫でも理解できるだようにしてやんよ。おい。その娘の片脚を斬り落としてやれ」
「なッ?!」
「シャルレド。オメェのせいで、オメェみたいになる可哀想な娘ができるんだぜェ! ま、脚の1本なくても客は取れっからなぁー!! なんの問題もねぇーぜェ!!!」
ドゥマは割れた舌を揺らして心底邪悪な笑みを浮かべる。
そして、手下がその指示に従い、チアルナのスカートからのぞく白い脚を目掛けて手斧を振り下ろそうした時であった──
「ブベッ!」
手斧が今まさに触れんとした瞬間、男の顔が大きく歪んでその場に転げる。
「なにやってんだぁ…?」
ドゥマは最初、手下が悪ふざけでもしたのかと思ったが、次の瞬間に周囲に放たれた殺気にゾクリと背筋が凍る。
「……私に逆らうな。殺すぞ」
その殺気に満ちた言葉は、まぎれもなくオクルスが放ったものだった。




