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133 サニードの“家族”

(およそ4,900文字)

 サニードは、みんなを置いて走る。


 後ろではウェイローが骸車を解除し、サニードが置き去ったリュックを背負い、「待ってくだせよォ!」と叫ぶが、その声に立ち止まることもなかった。


 町中に入り、出発前と何も変わらない光景にサニードは顔をクシャクシャにさせる。


 ペルシェを離れたのはたった数週間だ。それなのに何年も経ったような、久しぶりな感覚を覚える。


 家に戻る最中、サニードはキョロキョロと辺りを見回す。


 オクルスと歩いた大通り、オクルスと言い合いをした商業ギルド前、オクルスに菓子を買って貰った屋台、オクルスに言われて買い出しに来た市場、オクルスに──


 オクルスに──


 オクルスが──

 

 オクルスと──


 サニードの胸の奥で、すべての物事の前には『オクルス』という単語がついていた。


 そして──


 “オクルスと一緒に過ごした家”


 の前で、サニードは感極まってボロボロと涙を零す。


「……う、ウチ、どうしたんだろ。ヒック! ヒック!」


「サニード!」「おい! チビエルフ!」「待ってくだせェ!」と、サニードの後ろから仲間たちが集まって来る。


 サニードがグリンを抱えたままワンワンと泣くのに、3人とも困った顔を浮かべる。


 次第に周りの人が「なんだ?」という顔で集まり始めた。


「おい。みんな、見てるぞ」


「こいつァ、具合がよくないですなァ」


「今のペルシェは、ベイリッドの私兵団がいなくなって、レンジャーに街の警備を依頼してるみたいにゃ」


 来る道中、町の中をサッと見ていたシャルレドが言う。


「あー、アイツらが幅利かせてんなら、目立たない方がいいんじゃねぇのか?」


 ペルシェのレンジャーたちと対立関係にあったドゥマは苦々しい顔をする。


「ああ。ベイリッドもハイドランドも居なくなって、いまこのペルシェを仕切ってるのは誰がわからんにゃ。無用な誤解はされたくにゃいし」


 シャルレドは、サニードの肩に優しく触れる。


「とりあえず中に入るにゃ」


 サニードは頷き、ポケットから鍵を出す。


「魔法道具ですかィ?」


「え? 普通の家鍵だよ?」


「……いや、魔法が掛かってまさァ」


 ウェイローが家の方を見やって言う。


「えっと」


「いや、気にしないでくだせェ。それで開けるなら、“罠”は起動せんでしょうしなァ」


 不可解そうにしながらもサニードが家の鍵を開け、全員が中に入る。



「うげッ! んだよ、このニオイ!」 


 ドゥマは自分の鼻を摘んでしかめっ面になる。


「これは薬剤の匂いですなァ」


 ウェイローが鼻をヒクヒクさせながら部屋の中を見回した。


「……テーブル。お皿置いたままだった」


 赤い目をしたサニードは、ダイニングテーブルに残った2枚の平皿を見やる。

 

 ディバーに出発する日の朝、オクルスが朝食を用意したのだった。


 皿が2枚あるのは、なぜか普段は食事を取らないオクルスが珍しく自分自身のものを用意していたのだ。


 その時、サニードはディバーに行くことだけで頭が一杯で、なんでそんなことをしたのか考えることもなかった。


「……あー。そうか、そうだったのか」


 サニードは皿を取って、再びグズグズと泣き出す。


「何がにゃ?」


「オクルス。ウチがなんかおかしいと思って……きっと」


「オクルスが?」


「前、ウチ、“食事は一緒にする”もんだって言ったけど、オクルス……“いらない”って言って……」


「あ?」


 シャルレドとドゥマは顔を見合わせる。


「だから、一緒に食事……すること、あんま、なかったんだけど……でも、最後の日は……オクルス、“一緒に食事”をしてくれようと……」


「なんにゃ? なに言ってんだ?」


「それなのにウチ! それに気付かなくて! ウアアアーンッ!!!」


 大泣きするサニードに、ドゥマは「わけわかんねぇーよ」と頭を搔く。


「サニードさんにとって、“家族”だったんでしょうなァ」


 ウェイローは訳知り顔で、テーブルを見て言う。


「家族にゃって? アイツは魔物だぞ?」


「そんなのは関係ないでしょ。サニードさんのお気持ちでさァ」


 ウェイローは自分の胸を叩いて、それからサニードの頭を撫でる。


「……ウチ、オクルスと、また一緒に、この家で暮らしたい」


 一瞬だけ顔をしかめたシャルレドだったが、すぐに視線を落とす。ドゥマも自分の顔を撫でて、落ち着かなそうにした。


 サニードの願いはどうあっても叶わないと分かっていた。オクルスは人間に化ける凶悪な魔物であり、それを知ってしまった以上、人間の町で暮らすことなど決して許されないからだ。


「……ま、そのためにも、まずは旦那を探さにゃなりませんなァ」


 ウェイローが言うと、サニードはコクンと頷く。


「……おい。ジーさん」


 シャルレドが怖い顔をして呼ぶが、ウェイローは「今はいいでしョ」と片手を上げた。


「それで、オクルスへの手掛かりってのはなんだ?」


 ドゥマが聞くのに、サニードは「持ってくる!」と言って、2階に駆け上がって行った。


 しばらくして、ドタドタと埃と一緒に駆け下りて来るのに、3人は軽く咳き込む。


「これ! オクルスに黙ってこっそり取っておいたの!」


 サニードは小さな黄色いポーチに入ってる石片のようなものを見せる。


「……なんだこれ? ボードゲームに使う駒かにゃ?」


「“ゲートロード”ってやつ!」


 聞き慣れない言葉に、3人は目を瞬く。


「これでワープできるの! オクルスの師匠のいるところに!」


「ワープ……ってことは、これも魔法ですかねェ」 


 この中で一番魔法に造詣が深いウェイローが、石片を取ってしげしげと見やる。


「“とら”なんとか“げーと”って言ってた!」


「【トランジション・ゲート】ですなァ。高位魔法でさァ」


「ウェイローは使える?」


「いんや。アタクシが所属している冒険者ギルドのレッドランクでも使い手がいるとは聞いたことありゃせんねェ」


「で、これを4つ壁に置くとね、ワープができるんだよ!」


 サニードは鼻息荒く言うが、ウェイローは顎髭を撫でて首を横に振る。


「これが魔法道具だとしたら、もう魔力を失ってまさァ」


「え?」


「たぶん使い切り……とか言ってませんでしたかねェ?」


 サニードはしばらく考えて、「あ。言ってたかも……」と口にし、シャルレドもドゥマも「ああー」と嘆きの声を上げた。


「他に同じ物は?」


「ないよ……。けど、これ、アイテムで魔力を補充するとか何かで使えるようにさ」


「そんな都合のいいアイテム聞いたことないにゃ」


「んだよ、なら無駄足じゃねぇか」


 シャルレドとドゥマに言われ、サニードは縮こまる。


「セフィラネにさえ会えれば……なんとかなると思ったのに」


 サニードは頭を抱えて座り込んだ。


「……ふーむ」


「おい。ウェイロー……さん? だっけか。もうそれはいいからよ。オイラをヴァロン大河の方に連れてってくれ。悪魔を匿ってた屋敷があるんだ。アニキはもしかしたら……」


 ドゥマはそんなことを言うが、ウェイローはずっとその破片を見ている。


「これを使う時は、壁に取り付けるんですかィ?」


「う、うん」


 サニードは頷く。


「それが何にゃ? 使い方を聞いたところで……」


「いやね、オクルスの旦那がアタクシの術法にやけに詳しかったのが、前から引っ掛かってましてねェ〜」


「どういうこと?」


「悪魔の張った結界のことですよォ。あの時、旦那はアタクシが結界から抜け出る方法があると見抜いてましたやねェ」


 サニードは「そういえば……」と言う。オクルスは、サニードすら知らない時から、ウェイローを符術士だと看破していたのだ。


「アタクシの符術ってのは、紙札などに“気”……魔力を溜めて、“場”を形成するもんでねェ。古風な言い回しだと、“結界法”とも呼ばれてるんでさァ」


 ウェイローはそう言うと、懐から術札を数枚取り出す。


「これも同じ仕組みの“結界”なら、“脱出”はさせられまさァ」


「どういうことにゃ? わかるように言えにゃ!」


「まあ、見て貰った方が早いですよォ」


 そう言うと、ウェイローは壁に術札を貼り、黒炭のようなもので、術札を起点とした逆五芒星を描く。


「印ッ! ……と、今ここに“反転結界”を張りやしたぜェ」


 何も変化ないのに、シャルレドもドゥマも訝しげにする。


「“はんてんけっかい”って?」


「逆位相ってやつでして、“結界に対する、反転した結界”……まあ平たく言うと、鍵を掛けた扉の裏側に回って錠を開くって感じで、“脱出”する道を作ったってことですなァ」


「んん? これが悪魔の結界から逃げる方法ってこと?」


 サニードがよく分からない顔をしつつ言うと、ウェイローは頷く。


「で、“脱出”する道を作ってどうするにゃ?」


「まあ、ここからがやって見なきゃわかんねぇって話でェ……」


 そう言って、ウェイローは逆五芒星の上の4つ角に石片を取り付けて行く。


「この石コロの、この配置が結界の意味を成してるのなら、魔力がなかったとしてもォ……」


「あッ!」


 サニードの眼が銀色に輝く。


「なんにゃ?」


「なんか変化あったか?」


「道が出来たよ!」


「は?」「へ?」


 シャルレドとドゥマは訝しげにするが、サニードの眼には、五芒星の中心に渦ができているのが視えていた。


「タハハ。やっぱアタクシの見立ては当たってましたかァ」


「なんでわかったの?」


「簡単な話でさァ。コイツは【トランジション・ゲート】を発動させる前、どこに転移させるかの位置情報などを、アタクシらの使う術法で書き加えてるんでしょゥ。それならアタクシの“反転結界”と相反すると思いましてねェ」


 ウェイローはそう説明するが、サニードにはさっぱり意味が理解できなかった。


「でも、穴が小さいから通れそうにないよ。もっと拡げられない?」


「そら、無理でさァ。いまは小さな結界の結びつきが出来ただけですぜェ」


「でもこれじゃ……」


「だから、ここから“脱出”させるんですよォ」


「え?」


「言ったでしょゥ。これが“結界”なら、“脱出”はさせられると……つまり、“向こう側に抜け出る”だけなら出来ますぜェ」


「それならやって!」


「ただし! “一方通行”で戻っては来れやせん」


 ウェイローは人差し指を立てて言う。


「戻って来れないって、それじゃ意味が……」


「それだけじゃありやせんぜェ。これは移動魔法とは違いまさァ。結界は“接点”として今存在しますが、それ以上は大きくはできねェ。通れるのはせいぜい1人が限界でしょう。それも身体のあんま大きくない人がいい」


 自然と一番小さいサニードに視線が集まる。


「大丈夫。やって」


「……あー、まあ、そう言うのは思っていやしたがァ」


 ウェイローは困ったように苦笑いする。


「おい。サニード」


「心配しないで。向こうに転移魔法使える人もいるし、何とかしてペルシェには戻ってくるから」


 サニードはそう言って、グリンを持ち上げて結界の前に立つ。


「少し、通る時に吐き気を覚えるかもしれやせんがァ……」


「いいから! そんなこと言われると萎えちゃうから! さっさとして! お願い!」


 ウェイローは頷くと、何やら文言を唱え始める。そうすると、シャルレドやドゥマにも壁が光り始めるのが見えた。


「それではお気をつけてェ!」


 ウェイローはそう言うと、術札をサニードの背中に付けて、壁へ向かって押し出して──


「き、消えた……」


 ドゥマがだらしなく口を開いて目を瞬く。


 サニードの姿は忽然とその場から消えたのだった。


「脱出……成功ですなァ」


 額の汗を拭い、ウェイローは歯の抜けた口からハーと息を吐く。


「……無事に戻って来いにゃ」


 シャルレドは誰もいなくなった壁を見てそう呟いた──。

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