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132 凝黒の花蕾

(およそ4,000文字)

 ゲランド高地の水没により、雨季にも入っていないのにあちらこちらに泥濘ができて、馬車での移動が困難になっていた。


「あの時は必死だったから、怖いとか思う暇もなかったけど」


 サニードは半透明の手すりを掴み、真下に広がる森林地帯を見て、ここから落ちたらと考えてブルッと震えた。


「この空を飛ぶ感覚ってどうにも慣れないね」


「まあ、歩いて行ったら何日もかかる行程でさァ。辛抱して下さいよォ」


 骸車を操縦しながら、歯の抜けた口でウェイローは笑う。


「そういえばイゼリアは?」


 出てくるときに姿を見なかったので、気になってサニードは尋ねる。


(やっこ)さんは怪我も癒えたってことでどこかに消えましたぜェ。契約が破棄されたんで、悪さはしねぇと思いますが……ま、あすこで仮に暴れられても、アタクシらじゃ束になっても止められませんでしたなァ。いなくなってなにより。タハハッ!」

 

 軽くそんなことを言うウェイローを見て、荷台に座っているドゥマは「あの時、殺しとけばよかったのによ」と小さく呟く。


「たぶん、あの悪魔もヴァルディガに借りを返すつもりにゃろ」


 シャルレドが言うと、ドゥマはムッとした顔をした。


「なんでそんな事が言えんだよ?」


「……“女”の勘ってヤツにゃ」


「はあ?」


「? オマエ、ヴァルディガの“女”にゃった時はないのか?」


 ドゥマは「げっ!」と言って慌てて自分の尻を押さえ、その後、「あ……」と気まずそうな顔をする。


「……やっぱりそうにゃ」


「おい! 今のは卑怯だろ! あれは! たまたま、オイラしか居なくて……そうじゃねぇ! オイラとアニキはそんなんじゃねぇ!」


 顔を真っ赤にして言うドゥマを、サニードが怪訝そうに見やる。


「ヴァルディガの“女”ってどういうこと? ドゥマ、男でしょ?」


「う、うるせぇ! オメェには関係ない話だ!」


「まあ、世の中には知らなくていいこともありまさァ〜。この話はオシマイってことで」


 ウェイローが話を終わらせてしまい、サニードは自分だけが理解できないのにむくれた顔をする。


「それで、いったいどこに向かってるんにゃ?」


「ペルシェだよ」


「は? ペルシェ? なんで戻るんだよ? アニキを探すならヴァロン大河を……って、オクルスの野郎を探すんだったか」


 ドゥマが思い出して言うのに、サニードは頷く。


「だけどよ、オメェらがいた隠れ家に戻るかぁ? 普通は……」


「敵に知られた巣には戻らにゃ。けれど、他に何かあるんにゃろ?」


「うん。手掛かりがあるはず」


 サニードは確信した様子で頷く。


「それでずっと疑問だったんですがねェ〜」


 ウェイローは頬をポリッとかいて尋ねる。


「なに?」


「オクルスの旦那は、そもそもなんでこのサルダンに来なすったんでェ?」


「え? だから、ベイリッド……ホントはヴァルディガだったけど、それと悪魔の取引があって……」


「いや、その後の話でさァ」


「その後?」


「アタクシが聞いてるのは、途中経過の話じゃありやせんよ。そもそもオクルスの旦那はなんで、ヴァルディガとの取引を終えた……つまり、悪魔を渡し終えた後もこの国に残ってたんですかィ?」


「ええと、ウチが魔眼持ってて、オクルスの正体を見破れちゃうから……あと、ベイリッドの娘ってので利用価値があるって……」

 

 ウェイローは首を大きく横に振る。


「その割には逃げる機を失っていやした。ああいう用心深い商人ってのは、逃げ道を必ず確保するもんですやねェ」


「そうにゃね。アアシもそこが引っ掛かってた。いくらサニードに価値があると言っても、あそこまでの危険を犯すようなタイプには見えなかった」


 シャルレドとウェイローは、ドゥマをチラッと見やる。


「ああ?」


「オマエ、オクルスと戦ったにゃろ? 何か気づいたことは?」


 問われ、ドゥマは腕を組んでしばらく考える。


「確かに、挑発には乗らねぇな。淡々としてて、事務的ってのか……殺し屋みてぇな野郎としか思わなかったぜ」


 ウェイローは「それでさァ」と声を上げる。


「は?」


「“殺し屋”。まさにそれでさァ。仕事を終えたら、さっさと退散する。これから戦争だってのに残っていたのは、何か他に仕事があったとかじゃねぇんですかねェ?」


「仕事……」


 サニードは少し考え込む。


「ああッ!!!」


「どわっ!」「にゃっ!」「うわっ!」


 いきなりサニードが大声を上げたので、驚いたウェイローが操縦を誤り、シャルレドとドゥマは危うく落ちるところだった。


「いきなり叫ぶにゃ! 危ないにゃ!」


「そうだよ! いろいろありすぎて忘れてた!」


「な、なにがでさァ?」


「シャルレド!」


「あ? アアシ?」


「そうだよ! ウチ、シャルレドに会ったら聞こうと思ってたことがあるんだ!!」


 迫ってくるサニードの圧に、シャルレドは「お、おお」と頷く。


「“ギョウコクノカライ”!」


「“ギョウコクノカライ”?」


「そう! それ! 知ってる? オクルスはそれ探してるの! この国にあるって言ってた!」


「それはアイテムなんですかィ?」


「たぶん!」


「たぶんってよぉ……」


「知らないの! だから聞いてるの!」 


 サニードたちは言い合うが、シャルレドだけは視線を彷徨わせて考え込む。


「それってもしかして、“凝黒の花蕾”のことかにゃ?」


「それー!!」


 サニードの目が大きく開かれる。


「なんなのそれ! 教えて! どこにあるの?!」


「ちょっと落ち着くにゃ」


 鼻息荒いサニードを押さえ、シャルレドは咳払いする。


「それがアアシの知っているものかわからないにゃ……」


「それでもいいから!」


「“賢者の石”ってのを知ってるかにゃ?」


「え? 知らないけど……」

  

「魔力を無尽蔵に溜め込むっていう伝説の石ですかいィ?」


 ウェイローが「御伽噺だと思ってましたがねェ」と続けるのに、シャルレドは「実在するにゃ」と答えたので、少し驚いた顔を浮かべた。


「賢者の石は、魔術に携わる者すべての夢。喉から手が出るくらい欲しがる代物にゃ。何人もの魔術師や研究者が、それを錬成しようと試みて失敗してきたにゃ」


 シャルレドが重々しく言うのに、サニードはゴクリと喉を鳴らす。


「ヴァルディガの胸にあった、魔力を増幅させる戯水晶。あれは下位互換品ってとこにゃ」


「命を削って、強い魔力を使う……」


 サニードは、ヴァルディガが巨大な魔法を使っていたことを思い出す。


「賢者の石は、それ自体が魔力発生機の役割を果たすにゃ。無限に魔力を蓄え、無限に魔力を放つ」


「……ん? で、その凝黒の花蕾ってのは?」


 ドゥマの問い掛けに、シャルレドは深くため息をつく。


「賢者の石の生成過程で、失敗して戯水晶は出来るにゃ。あともう1つのパターンの失敗が、その凝黒の花蕾と言われてるにゃ」


「失敗って……」


「莫大な魔力を秘めてるのは同じ。ただ賢者の石や戯水晶のように、力のコントロールができない……」


「おい。それって……」 


「そうにゃ。簡単に言えば“爆弾”にゃ」


 サニードもドゥマも冷や汗を流し、ウェイローはポカンと口を開く。


「ば、爆弾って言っても……あれだよね。ゲランド高地で、イゼリアとかが使ってきたような感じの大きな魔法って感じの……」


「もし爆発したとすれば、サルダンが地図から消えるにゃ」


 サニードもドゥマも息を呑む。


「……そんな物騒な物をどうしようってんですかィ?」


「し、知らないよ」


 ウェイローに問われ、サニードは首を横に振る。


「……それってどんな形をしてるの?」


「黒い石で作られた花と聞くけど。正直、アアシも本で読んだだけにゃ。さすがに実物を見たことはない」


「とにかく、そんな物があるなら……オクルスより先に手に入れなきゃ。きっと、いいことには使わないよね。たぶん」


 サニードが言うのに、シャルレドは少し考える仕草をする。


「シャルレド?」


「もし、そんな物が本当にこの国にあるにゃら……」


「あるなら?」


「それをヴァルディガに使えば、ヤツを仕留められるにゃ」


 シャルレドがニヤリと笑うのに、サニードはブンブンと首を横に振る。


「おい! アニキにそんなものを……」


「ドゥマ。まさか、この期に及んでまだ話し合いが通じるとか思ってるんにゃないよな?」


「そ、それは……」


 ドゥマが言い淀むのに、「無駄にゃ。覚悟を決めろ」と叱責する。


「いやァ、“猫な姐”さん」


「“ネコナアネ”? ……なんにゃ?」


「その爆弾使って倒すって話ですがねェ、アタクシらも一緒に国とボカーンじゃ困りますぜェ〜」


 ウェイローの言うのに、サニードもドゥマも「そうだ!」と頷く。


「魔術師なら、なんとか爆発力をコントロールする術を考えるにゃ」


「へ? アタクシが?」


 ウェイローが自分を指差すのに、シャルレドは頷く。


「そんな無茶なァ! ご自分でさっきコントロールできねぇと言ったんじゃねぇですかィ。それにアタクシは符術士ですぜェ〜」


「あー、もう! ヴァルディガ倒す方法はあとにしよ! いまはオクルス!」


「それと、ヤツに凝黒の花蕾を渡さねぇってことだな」

 

 サニードとドゥマが言うのに、シャルレドは「まあ、間違ってはにゃい」と脱力する。


「……ま、とりあえずはペルシェですなァ。そろそろ着きますぜェ」


「え? もう?」


 森を抜けた先に、ペルシェの町並みが広がっていた。サニードは「オクルス」と言うと、グリンを強く抱きしめたのだった──。

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