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131 旅立ちの朝日

(およそ4,200文字)

 朝早く、シャーニカ宮殿の前で、リュックサックを背負ったサニードが立っていた。


 朝焼けを背景に輝くシャーニカ宮殿に目を向け、自分の冒険者カードを確認してそれをポケットに入れると、グリンを抱き上げる。


「さあ、行くぞ!」


 歩み出そうとしたサニードの背後に、人の気配が忍び寄った。


「どこに行くのか決まってるのにゃ?」

 

 振り返ると、そこにはシャルレドとチルアナが立っていた。


「サニード。どうするつもりなの?」


「あー、アハハ。なんだ。みんなに言わずに行こうと思ってたのにー」


 シャルレドはピクッとヒゲを動かす。


「……ヴァルディガを追うんにゃろ?」


 サニードは俯いて、それから頷く。


「ねえ。サニード。追いかけてどうするの? ヴァロン大河に落ちた時は生きていたとしても……もうきっと」


 “死んでる”と言いかけて、チルアナはシャルレドの顔を見上げる。


「ヴァルディガは生きている。きっと、もっと酷いことを企んでいるに違いない。元気になったら、ろくなことにならないはずだよ」


「……それで、戦えもしないエルフの小娘が1匹でどうするにゃ?」


「シャルレドさん。そんな言い方はないでしょう……」


「いいんだよ。チルアナ。ホントのことだし」


「サニード」


 シャルレドを真っ直ぐ見つめて、サニードの瞳が白銀に輝く。


「オクルスを探す」


「はぁ? なんにゃと? 今さらアイツを探してどうなるにゃ? あんな魔物を使ったところでヴァルディガには……」


「オクルスは魔物商人。なら、魔物になったヴァルディガの弱点もわかるはず」


 シャルレドは目を細め、チルアナは「ああ」と目を輝かせる。


「おい! 待ちやがれ! オイラも行くったよな!」


「あー、忘れてた」


 ドゥマが顔を引きつらせて走って来た。


「……でもさぁ」


 サニードはドゥマが背負ってるものを指差す。


「どぅま!」


 ドゥマはゼリューセを背負っており、彼女はその金髪をクシャクシャにかき混ぜていたのだ。


「よりによって、なんで、その男だ」


 キキヤヤは不貞腐れたように言い、カイマイロがそれを「まアまア」と宥める。

 

 神殿に診せたところ、ゼリューセは幼児退行しており、なぜかドゥマを保護者のように認識しているのだろうと告げられた。


「そんな状態じゃ無理じゃね?」


「無理じゃねぇ!」

 

 ドゥマはゼリューセを降ろす。そして、その場をサッと横に離れる。


 途端、びっくりした表情をしたゼリューセだったが、みるみるうちに顔を歪め、大粒の涙を零してワンワンと泣き出す。


「ああ、ゼリューセ様ぁ。ほらほら、ジイですぞ。おヒゲのジイですぞ。アバババッ! こら、レアム! おぬしもやらんかい!」


 アーリンバはヘン顔をして注意を引こうとするが、ゼリューセは余計に喚いて泣くだけだった。


「責任とるにゃ」「ええ、責任を」


 シャルレドとチルアナは、冷たい目でドゥマを見やる。


「あー、もう! わかったよ! そんな目でオイラを見るんじゃねぇ! 屋台の取り立ての件は謝ったろ!」


「謝った?」


 チルアナの犬耳がピクリと動き、「ただ怒鳴ったの間違いでは?」と半眼、棒読みで聞くのに、ドゥマは気まずそうにする。


 きっと「あん時のことは許せや!」とでもドゥマが一方的に言ったのであろうと、サニードには容易に想像できた。


「ゼリューセ様を何とかしてください。そうしたら、あなたの謝罪を受け入れるかを考えます」


 “許す”という言葉を安易に使わなかったのに、シャルレドは「怒らせちゃいけない人ってのが世の中にはいるにゃ」と付け加えた。


 ドゥマは「あー」だの「うー」だのと呻くと、ゼリューセの前に屈み込む。


「なあ! ゼリューセのお嬢ちゃんよ!」 

 

「どぅま!」


 ゼリューセは花が咲いたような笑顔で、ドゥマの首にぶらさがった。


「……あんなぁ、よーく聞いてくれ。オイラはちょっと用事があるんだ」


 ゼリューセの肩を押さえてゆっくり離し、ドゥマは慎重に語る。

 ゼリューセはキョトンとした顔で、純真な目でドゥマを真っ直ぐに見ていた。


「まるで餌を貰う雛鳥にゃし」


 シャルレドが言うのに、ドゥマは舌打つ。


「んだよ。見てんなよぉ。オイラはゼリューセのお嬢ちゃんに話してんだぜ」

  

 サニードたちが見てくるのに、ドゥマは睨みを利かせるがまるで効果がなかった。


「……あのな、ゼリューセのお嬢ちゃん」


「どぅま! どぅま!」


「オイラは……その、必ず帰ってくるから」


「どぅま! どぅま!」


「ちょっとの間、良い子で待っていてくれよ」


 座り込んだゼリューセがピタッと止まる。


 キキヤヤたちが泣き出すんではないかと思った矢先に──


 ゼリューセがパチンと指を弾く。


「え?」


「必ず、(わたくし)の元へ帰ってきて下さいね」


 ドゥマの目の前に、凛とした少女が微笑んでいた。


「「姫様!?」」「「ゼリューセ様!?」」

 

 全員がゼリューセの反応に驚く中、彼女は一転してイタズラめいた笑みを浮かべ、「どぅま!」と繰り返す。


「な、なんだぁ……?」


「記憶が一瞬だけ戻ったのでしょうか」


 チルアナが驚いたように言う。


 それからはドゥマが離れても、ゼリューセは泣かずに「バイバイ」と手を振る。


「……必ず帰らなきゃいけないところができたね」


「チェッ。オイラのガラじゃねぇや」


 調子が狂うとばかりに、ドゥマは頭を搔く。


「……はー。アアシも行くにゃ」


「え?」


 チルアナから「お気をつけて」と言われつつ、荷物を受け取るシャルレドは、もうだいぶ前にそう決意していたように見えた。


「どうして? ウチに?」


「ヴァルディガとの因縁は終わってないにゃ」


「……そんじゃァ、アタクシもお供させてもらうとしましょうかねェ」


「ウェイロー?! いつの間にそこに?」


 門柱の陰から、ウェイローがヒラヒラと手を振って現れる。


「どうして? もう契約は……」


「あァ。まあ、言ったでしょォ。アタクシ、残りの人生は余り長くないんで、お金よりもやり甲斐の方が大事なんでさァー」


「そんな。みんな、死んじゃうかもしんないのに……」


 サニードは涙を堪えて言う。


「別にサニードのためにゃないにゃ」


「そういうこと。利害が一致したってだけの話だぜ」


「タハハ。ま、そういうことでさァ」


 彼らが嘯いていることは、サニードは気づいていた。


「あ、あの! 俺!!」


 レアムが前に出てくるのに、アーリンバが後ろで目を丸くする。


「レアム。その、ウチ、色々とヒドくてゴメン」


「そ、そんなことない! 俺、俺も……」


 レアムはそう言ってハッとゼリューセの方を向く。


「俺も……一緒に……」


「気持ちは嬉しい。けど、レアムには守らなきゃいけない人がいるでしょ」


「それは……」


 アーリンバが「そうじゃ!」とか叫ぶのを、キキヤヤがポカリと殴ったせいで、取っ組み合いのケンカになり、それをゼリューセが笑って指差す。


 レアムは真っ赤な顔をして、指をモジモジとさせつつ、大きく息を吸い込んだ。


「レアム?」


「俺は、サニード! お前が好きなんだ!!」


 シャルレドが「にゃは」と笑い、ドゥマが「ウソだろ?」と呟き、ウェイローは「青春ですなァ」と空を仰ぐ。


 チルアナは赤い顔をして口元に手を当て、キキヤヤとカイマイロは目を点にし、アーリンバの入歯が地面に落ち、ゼリューセの笑い声だけが響く。


 サニードの顔だけが、時間停止でもしたかのように止まっていた。


「……サニード?」


 レアムが真っ赤な顔をしたまま、その手に触れようとして──


「ヒャアエアッ!」


 サニードは変なポーズで飛び上がり、グリンがボチャンと地面に落ちる。


「聞き間違い? 好きって!? このウチを!?」


「ああ。聞き間違いじゃない。俺はサニードが好き……」


「待っちゃぁーーースッ!!!」


 サニードは再び奇声を上げる。

 

「あの、好き!? ウチを、レアムが好きって!? なんでどこが!? ウチなんかの!?」


「言いたいところをハッキリ言うところが好きだ。真っ直ぐに物事を見る目も好きだ。ぶっきらぼうでいて、でも面倒見のいい優しいところも……」


「ちょっと待った! そこら辺でストップ! ハズい! ハズいから!! それぇッ!!」


 サニードが慌てて止めるのに、キキヤヤが「不器用すぎ」と呟く。

 

「あのさ!」


「うん」


 赤い顔をしたレアムは頷いて、サニードのなかなか出てこない言葉を辛抱強く待つ。


「……ウチ、そんなん言われたの初めてだし! なんか、そのあのさ!」


「うん」


 キョドるサニードは、グリンを持ち上げ、ゴムボールのように地面に叩きつけてはキャッチするのを繰り返す。


「……あー、その、ゴメン」


 少しずつ冷静さを取り戻したサニードは、ギュッとグリンを抱きしめた。あまりに強く抱きしめたもので、グリンの“核”が迷惑だと言わんばかりに激しく回る。


「レアムの気持ちはとっても……とっても嬉しい。ウチなんかを……好きだって言ってくれて……ありがとう」


 それを聞いていたレアムは、ふと手の力を抜いて頷く。


「ウチは、その気持ちには応え……」


「いいんだ。俺の気持ちを伝えたかっただけだ」


「レアム」


 レアムは、サニードの顔を真っ直ぐ見つめる。


「俺は一緒には行けない。けど、必ず帰ってきてくれ。ディバーには……ゼリューセ様にも、お前が必要なんだ」


 その言葉に、サニードは自分の視界が大きく開けたのを感じる。


 ちょうどその瞬間、シャーニカ宮殿の天辺に朝日が昇った。辺りが光輝く。


 誰かに「必要だ」なんて言われる経験は、サニードには人生で初めてのことだった。


「……ありがと。ヴァルディガをブッ倒して絶対に戻るから」


 レアム、キキヤヤ、カイマイロ、アーリンバが優しく頷く。


「さあ! 行こう! 出発だ!!」


 朝日が明るく照らす道を、サニードたちは歩き出したのであった──。

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