101 ベイリッド包囲網
(およそ3,900文字)
上位悪魔。
現界には何者かの意図によってでなければ姿を現すことはなく、1体でも現れたとしたならば町を1つ破壊し尽くすほどの脅威となる。
事実、ハイドランド軍やベイリッド軍のわずかな生き残りの中で、下位悪魔と渡り合えた者ですら、出会った瞬間に紙切れのように引き裂かれる。
そんなデタラメな強さを持つ常識はずれの存在であるがゆえに、一流のベテランレンジャーであったとしてもまず生きては帰れないだろう。
ましてや、47体もの上位悪魔を相手に戦う経験などあろうはずがないのだが──
嵐のような魔法攻撃の連続。その一発、一発が、レッドランクのチームですら壊滅させるほどの威力を秘めていた。
しかし、それらをまるで微風だとばかりに、ベイリッドはただひたすら前へと進む。
──【翼拡壁・尾尖盾】──
ベイリッドのマントが竜の翼のように拡がり、普段は留め具として使っている両肩のチェーンが外れ、まるでサソリの尾のように2本の先端がユラユラと浮遊する。
いくら厚手とは言え、布の塊であるマントがまるで硬質な金属にでも化したように魔法を弾き飛ばし、2本の尾が鋭い爪による攻撃を弾いて自動的に反撃した。
ベイリッドは余程の事が無い限り直立したままで、時折に剣で払い、確実に上位悪魔にダメージを与える。
「……思ったより強ぇな。封印が掛けられて、あの強さかよ」
玉座に座ったイゼリアは、遠目にベイリッドを見やっていた。
「モーグ公復活の邪魔をしている空中城塞。あれが影響しているのでは?」
下にいる、玉座を抱えた上位悪魔がそう言う。
「さてな。オレさまたちの邪魔をしねぇならどっちでもいい。邪魔をするならブチ殺すだけだ」
横目にエアプレイスを見て、イゼリアはフンと鼻を鳴らす。
その時、イゼリアたちの前に黒い影が伸びて現れ、そこからノーリスが姿を出した。
「姉様。遅参しまシタ」
「ああ。気にするな。宴は始まったばかりだからよ」
「こちらの“手勢”を加えても?」
「もちろんだ。エルフどももヤル気らしいしな」
イゼリアとノーリスは、森の中で蠢く気配を見てニヤッと笑い合った。
──
「何がどうなっている……」
ベイリッドは上位悪魔を斬り伏せて呟く。しかし斬り付けが浅かったのか、飛び退いて自身に回復魔法を使っているのを見て目を細めた。
「並の強さではない。ヴァルディガたちともだいぶ距離が開いてしまった。ここでグズグズしているわけにはいかんな」
手に持つ剣に力を込める。
「罪与の商人の仕業なのか。……どうやら私の目は節穴だったようだ」
この状況を作り出したのがオクルスだとすれば、真の黒幕を一刻も早く倒さねばならないとベイリッドは意を決する。
幸いにしてと言うべきか、戦力はベイリッド1人を倒すために集中している。ここで全員を倒し切れば、ヴァルディガたちに危難は及ばないとベイリッドは考えたのだ。
──【竜……──
「くッ!?」
【竜圧】を放とうとしたベイリッドは、群がる悪魔たちの中に人間の姿を見て止める。
「ライラードの兵か?」
まるで悪魔たちに協力するかのように、自分に向かってくる兵士たちに、ベイリッドはわずかにたじろぐ。
「なぜ人間が悪魔と……」
──どうやら操られているようですね──
「操る? 魔法でか?」
ベイリッドは“敵の繋がっている感覚”を感じ取り、イゼリアの側で不敵に笑っているノーリスを睨む。
「邪魔をするな! 正気を取り戻せ!」
ベイリッドはそう叫ぶが、悪魔たちへの攻撃を、兵士たちが庇うように飛び出して妨害する。
「これでは【竜圧】が使えん!」
上位悪魔は“本気”で押さえ込まねば動きを止められそうにない。だが、そんなことをすれば兵士たちを“即死”させてしまう。
「バブブーッ!!!」
ピンク色の瞳を輝かせたガニメデが襲い掛かってくるのに、ベイリッドは手にした剣ではなく、左手で払う。
「バブビーッ!!!」
ガニメデは空中で一回転したかと思いきや、悪魔や兵士たちの頭上で高速ハイハイで移動し、ベイリッドの死角を狙って何度も飛び掛かってくる。
その間にも悪魔たちは兵士たちを巻き込むのを気にせずに強力な魔法を使い、ベイリッドは極力、兵士たちを守るように身を挺して庇うのだが、その内側から兵たちは執拗に攻撃をしてきた。
「あらあら、ワタクシのベイビーたちのお守りは大変そうデスネ!」
「グゥッ!」
いつの間にか飛んで来ていたノーリスが、氷の魔法をベイリッドに浴びせる。最上位悪魔の魔法は、ベイリッドの防御を貫いてダメージを与えた。
「さあ、次! 行きなサイ!」
ノーリスが指示を出すと、兵士が腕を振り回して走り、ベイリッドに抱きつく。
「正気に戻るんだ!」
「ムダですヨ」
ノーリスが指を弾くと、抱き着いていた兵士の全身から氷の矢が飛び出してベイリッドを襲う。
「ッ! 体内から魔法だと? なんだこれは?」
「何人かは体内に罠魔法を仕掛けまシタ。ワタクシが命じるか、強い衝撃を与えマスと、先程のように“弾け出ます”ヨ!」
「残酷なことを……」
絶命した兵士を振りほどき、ベイリッドは歯を食いしばる。
「マンマー!」
目を輝かせてジャンプするガニメデを、空中に浮かんだノーリスは片手で軽くキャッチして抱えた。
身体の大きさで言えばガニメデの方が一回りは大きいが、それでも身を縮こまらせて、まるで自分は赤子だと言わんばかりに、ノーリスの腕の中に収まろうとした。
「“ドラゴンスレイヤー”。なぁに簡単ですよ、人間ごと悪魔も叩き斬ってしまえばよろしいじゃありマセンか!」
「……黙れ。貴様らの甘言に乗るものか」
「ハハハ。甘言? これは単なる真実デスヨ。この後にはワタクシだけじゃありマセン。イゼリア姉様も控えていマスよ? 片手間に倒せるとお思いデ?」
ベイリッドは首を左右に鳴らす。自身の魔法が大したダメージになっていないのを見て、ノーリスはわずかに気分を害したように眉をピクッと動かした。
「“呪い”にいくつか種類があるのは知っている。“同族殺し”のペナルティだ。それもこの辺りを覆ってる大魔法と連動しているのだろう」
ベイリッドがそう説明するのに、ノーリスは笑みを消す。
確かにノーリスはガニメデたちに呪術を掛けており、彼らがベイリッドに殺された場合、【血呪大魔鎖牢】の相乗効果で、より深い行動負荷を加えるといったものだった。
「……古の魔法なのに詳しいことデスネ」
「“友”が教えてくれてね」
ベイリッドは意味深に言うが、ノーリスはもはや興味を失ったとばかりにガニメデを放る。
ガニメデは寂しそうに親指をチュパチュパと吸って、群れの中へと戻る。
「時間を掛ければ掛けるホド、不利になるのはそちらデス」
ノーリスが後ろに退くのと同時に、森の奥から地響きと共に大きな何かが姿を現した。
「あれは……!」
ベイリッドは森に住まう魔物と思ったが、その姿を見て目を丸くする。
それは全身を樹木に覆われた狼や虎に似た四足獣であり、花の蕾のような赤い目をギョロギョロとさせている。
「まさか。“ネグレイン”だと。バカな。エルフたちの守護者まで戦争に駆り立てたのか……」
ベイリッドは頭を横に振って後退る。
「……! なら、ファウドもここに?」
悲しみ、憎しみ、怒り……そういった様々な感情がないまぜになった表情をして、ベイリッドはワナワナと指を震わせる。
──ベイリッド。過去に縛られてはいけません──
「……ああ。分かっている。分かってはいるんだ」
ベイリッドは深く嘆息する。
上位悪魔、ライラードの兵士、そしてネグレインと、その側で弓を構えるエルフたち。
これら全てが、ベイリッドただ1人を潰すためだけに集められているのだ。
「ハイドランドか、ファウドか、それともオクルスなのか……誰がこの筋書きを書いたのかまで知らないが、私はここで負けるわけにはいかない」
──“力の解放”を許可します──
ベイリッドは胸元を押さえて、目をきつく閉じる。
「これは私怨によるものだ。こんなところで費やすわけには……」
──いいえ、ベイリッド。この“裏側”にいる者はもっと邪悪な気がするのです。それが“世界の敵”となる存在なのであれば、私はそれを捨て置くわけには参りません──
「……分かった。ならば、もはや何も言うまい」
ベイリッドは静かに息を整える。
「なぁに、さっきから独りでブツブツ言ってやがってんだよ!」
その間も周囲を囲っていた悪魔たちは続けて魔法を放つ。
しかし、ベイリッドがゆっくり前に手を伸ばすと、まるでそこに見えない巨大な壁が生じたかのように魔法を押し返す。
「チャーン! バブー!!」
地面から、人の頭に飛び乗り、高速ハイハイしているガニメデが後ろから飛び掛かるが、なぜか狙いが定まらず、飛び掛かる前に横にズレてしまう。
「死ね!」
エルフが側面から魔法矢を射たが、ベイリッドはそちらを見もせず、軽く手で受け止めると折って地面に放り捨てた。
ベイリッドの異常な力の高まりに、ノーリスは怪訝そうにし、イゼリアは玉座から立ち上がる。
「おい。話が違うぜ……。こいつは……」
イゼリアが頬を引きつらせている最中、ベイリッドは光に包まれて空に浮かび上がったのだった──。




