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001 罪与の商人

(およそ2,000文字)

 それは誰も立ち入らぬ深い山脈に囲まれた、底も見えぬほどの薄暗く洞穴の奥底。

 

 とても人を招く様な場所ではなかったが、それでも最低限の体裁は繕おうとしたのか、どこからか持ってきたカビ臭い絨毯、ヒビ割れた机、脚の曲がった椅子といった調度品か並ぶ。


 染みだらけ机の上で、ロウソクの光によって黄金色に照らされた硬貨が次々と重ねられていく。

 どうにも扱い慣れていなく、ましてや太い指では細やかな動きができないので、崩してしまう度に「いちまい、にまい…」と数え直して再び積み上げていく。


 その一連の動作を、目深に被った帽子の下から、わずかにのぞく視線が無感動に見つめていた。


 ガチャチャンとまた山が崩れる。


 赤い太い指が硬貨を再び掴み取ろうとして、ピタッと途中で思い留まり、その代わりとばかりに自分の捻くれた太い角をガリッと掻いた。


「……100枚はある」


 赤ら顔の魔物は、憮然とそう言い放った。


「……確かに」


 机の上で乱雑な山となった硬貨を見て、対面の帽子を被った男は頷く。


「これでスケルトンを40だ」


「30ですね。武装なし」


「35、武装ありだ」


割に合わない(インジュスト)


 帽子の男は五指を突き合わせて首を軽く傾げる。


「…武装ありなら、あと追加で20,000Eはいただかないと」


「金はこれで全部だ」


 分厚い手の平が机の端を叩き、硬貨が落ちて床に散らばる。


「……これも商売ですから」


「他にも取引相手は何人もいる。だがな、その中でも俺は“罪与(ざいよ)の商人”は話せると思って呼んだわけだ」


 手を開いたり閉じたりするのを見せつけつつ、そう赤ら顔は言う。これは暗に“その気になればお前など握り潰せる”と言いたいのだ。


「……そちらは悪評の方ですよ」


「なに?」


「“罪与”ではなく、“財与(ざいよ)”が正しいです。相手に莫大な利をもたらす商人が、私の本当の通り名です」


 何度繰り返したかわからないやり取りに、若干諦めの混じった口調で訂正したが、案の定と言うべきか相手が特に理解を示した様子はなかった。


「オクルス」


 名を呼ばれたことで、帽子の男は眼を細める。


「35 、武装ありだ」


 オクルスはしばらく眼を閉じ、ようやくしてから合わせていた指をパッと開いた。


「……キュブロス様との付き合いも長いですからね。よろしい。これで手配いたしましょう」


 キュブロスは気をよくして鋭利なギザギザの歯を剥き出しにし、背もたれに寄りかかった。

 小さな椅子はその大柄な身体を支え切らず、背もたれはメキメキという嫌な音を立てて折れてしまう。


「人間の作る物は、人間と同じくらいに脆いな」


 キュブロスは寄りかかるのを諦め、代わりに大股を開いて前屈みになった。それでもオクルスと視線が殆ど変わらないほどに大柄なのである。


「…しかし、人間の作るもので一番わからんのはコレだ」


 キュブロスは小金貨の1枚を取り、そこに彫られた女性の横顔をマジマジと見やる。


「なぜこんな物を欲しがる? 手に入れるにしても、こんな回りくどいことをせずに人間を殺して奪えばいいではないか?」


 フンと鼻息を吹き、手にしていた1枚をぞんざいに硬貨の山の中にと放り戻した。


「貴様も魔族なんだ。そんなことは容易かろう?」


 硬貨の幾つかには血肉がこびりついていた。それが穏当な手段で集められたわけではないことを如実に示している。


「…金そのものではなく、このシステムにこそ、価値(ユティル)があると私は考えているのですよ。キュブロス様」


「システムだと?」


「ええ。魔王が居ない今の世、それでも各所に残った魔族は、強大な力を持って要所を押さえてはいます」


 その強大な力を持つ魔族の一角であるキュブロスは頷く。


「しかし、そんな中にあって、人間という種は大した力もないのに世界に拡がり、もっとも生息範囲の広い生物となりました」


「……その原因がこれだと?」


「人間たちが共有する等しい価値観は、効率のよい物流を生み出すことに成功し、我々魔族に対して“数という力”を見せつけて来ました」


 キュブロスは気に入らなそうに鼻を鳴らす。


「…シッ! ヒッ! ヒッ!」


「なんだそれは?」


 オクルスが歯間から息を吐き出すのに、キュブロスは怪訝そうにする。


「? …笑ったつもりだったのですが」


「そうは見えんかったぞ」


「それは失礼」


 オクルスは軽く首を傾げて口元を抑える。


「…しかし、だからこそ、我々も学ばなければならないと思うのです」


「気色の悪い“人間の真似”はそのためか? 理解できん。しようとも思わん」


 それが嘘であることは、部屋に無造作に用意された人間の作った調度品が置かれていることから、オクルスは察していた。


「……程なく、“商品”はお届けしましょう。大変満足のいく良い取引きでした。それでは、またのご利用を」


 形式張った口上を並べて立ち上がろうとするオクルスを、キュブロスは片手を上げて止める。


「貴様が研究している“魔物の強化薬”…」


「……“エキストラクト”ですか」


「そう。それだ。それを売るのなら貴様の望むだけの金をやろう。どうだ?」


 オクルスはわずかに眼を細める。


「……あいにくと、まだ完成していない商品ですので。応じかねます。悪しからず」

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