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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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焦燥の中で

 テオー少年はとある海岸沿いにある、とある田舎町の、とある一般的な家庭で生まれた。


 家族は父親と母親、それに二つ年上の姉、それから猫が一匹。

 特に裕福でも貧乏でもなく、ごく普通の安定した暮らしのもと、両親の愛情を受けてのびのびと育った。


 友人にも恵まれ、学校での成績は中の上。魔術は苦手であったが、それ以外の分野はそつなくこなし、教師からの評判もまずまず。将来は父の家業を継ぎ、平凡だけど幸せな家庭を築くに違いない。


 そんな風に、本人を含め誰もがそう思っていた。

 

 九歳の誕生日を迎えた頃、彼の人生を大きく変える出来事が起きる。

 それは誰が意図したものでもなく、本当にただの偶然の出来事。

 

 

 海に打ち上げられた死体。

 

 

 海難者だったのか、それとも自害を図ったのか定かではない。

 その死体を、テオー少年が発見し、そこで彼はある物をた。

 

 死体を囲むように漂う、黒いゴースト

 

 最初はそれが何かわからなかった。

 目も鼻も、口もない。それどころか人の輪郭すら成していない、もやもやとしたその影は、確かにテオー少年を見ていた。理由はわからないがテオー少年にはそれがわかった。


 てはいけない。

 

 聡い少年はそれを理解していた。

 しかし、視線が離れない。

 

 

 目が合った、と思った。

 

 

 そう思った瞬間に、彼の意識は闇に沈んだ。

 

 彼にそれ以降の記憶はない。次に目が覚めたときは既に故郷より遥か南の都市にいて、そこの教会にある殺風景な部屋のベッドに寝かされていた。



 伝播性思念感応症でんぱせいしねんかんのうしょう

 


 残留思念とは、人間の放つ強い感情がその場に留まり続けるものを指す。


 そういったものに強い感受性を示し、自身の人格や思考パターンが変性していく症状。特に第二次性徴を迎えていない児童に多く認め、主に外的要因により起こる症状を総称してそう呼ぶ。

 自身のアイデンティティが確立していない時期に、強い、特にマイナスの感情に曝されることで発症しやすい。


 幼い子供が人間の腐乱死体を目にする機会は少ない。彼のケースでは、打ち上げられた死体を目撃したことによるショックに加えて、残留思念から形成されたゴーストの影響が及び、急激な精神汚染を来してしまったのである。


 さて、そんな彼の生まれ故郷は田舎町であったこともあり、精神汚染を受けた者に対する差別意識が根強く残る地域であった。

 

 ありきたりな話。

 

 そういった患者たちは教会での治療後も社会復帰が困難な場合が多い。

 ゆえに教会がそのまま働き手として引き取る、受け皿としての機能を担っているのだ。


 伝播性思念感応症でんぱせいしねんかんのうしょうを患った者は、回復後に魔力操作能力の向上を認める場合が多い。


 例に漏れずテオー少年も発症前と比べて、魔術の扱いに強い適正を見せており、そういった理由もあって教会組織へ留まることになった。


 今年で十四歳になったテオー少年。

 事件以来、神父見習いとしての修行に勤勉に取り組み品行方正に育った彼は、この冬からミッドガーデン中央教会への出向が命じられた。

 

 彼はその十四年の人生のほとんどを平和な故郷と、教会で過ごしてきた。


 故に人間の強い欲望が渦巻く歓楽街やチンピラ同士の抗争、まして殺し合いなどとは全くの無縁であった。


 フィクションの世界。そう思っていた。

 

 そんなテオー少年は本日、初めての歓楽街へ足を踏み入れ人間の汚い欲に触れた。

 ぶっつけ本番で思念観測を行い、そして今、マフィア組員からの殺意を間近に感じている。



「――死に晒せぇえええええええ!!!!」


 弾ける銃声。


「囲め囲め!! 一斉にかかれ!」


 響く怒号。


「ぎ、いでぇぇ!! お、俺の腕がああああ!」


 飛び散る鮮血。



 テオー少年のキャパシティオーバーは必然と言えた。


 

 ***



「ハァーハッハッハッハァ! 雑魚どもが、この剣の錆になりたくなけりゃ有り金全部置いていきなァ!!」


 そんな三流悪党の台詞を吐くのはドコのどいつだってんだい。


 何を隠そう、わたしです。


 懐に潜り斬る。

 銃弾を掻い潜り斬る。

 振り下ろされるナイフを躱し斬る。

 返す刀で背後を斬る。


「て、てめぇは一体……」


 最初の勢いはどこへやら。文字通り、あっという間に五人が戦闘不能となり、残り半分の人数を切ったマフィアたちがたじろぐ。


「なぁ悪いようにはしないからさ、さっさと知ってること教えてくれない?」 


 肩を竦めながらリーダー格と思われるの短髪男へ降伏を提案する。

 少しアウトローを気取ってはみたものの、実のところ無駄な殺しをするつもりはない。

 異端審問官は荒事専門であり、殺し殺されは慣れたものではあるが、だからといって必要以上の殺生が推奨されているわけではないのだ。


「……な、舐めやがって。ふざけたこと言うなよ。仲間がこんだけやられてんだ! タダで帰れるわけがねぇだろ!!」

 

 息まきながら銃を構える男。

 

 降伏勧告失敗。


「あっそ。じゃあ……死んでから文句言うなよ」


 警告はした。しかしそれでもなお立ち向かってくるのであれば。


 刀身へ供給される魔力を更に増加させると同時、術式を変更する。

 魔力で生成された刃を放出する遠隔攻撃へ。


 刃が纏う魔力の性質が変質していき、周囲の空間が陽炎のように揺らめく。


 不穏なものを感じ取ったであろう男が、じりと後退る。その後ろの三人も同様に、恐怖に引き攣った表情を隠しきれず、銃を構えた格好で固まっている。



 一閃。



 その刃に距離など関係ない。

 横薙ぎに振ると同時、刃の形を成した魔力がターゲットへ到達した。


 「え?」

 

 男が自分の体へ視線を向ける。

 

 ぞぞ、と胸辺りから体がズレていく。 

 

 胴体を二つに水平断された男は、

 その断面を仲間に晒しながら崩れ落ちた。


「ひぃっ……」

「ち、チクショウ……」


 恐怖が伝染する。

 逃げ出そうとする者、銃を撃ってくる者。

 その行動はバラバラで、最早統率のとの字もみられない。

 

 間髪入れず、不可視の刃を放出せんとした、その瞬間。



「――!?」

「つ、次はなんだぁ!!?」



 轟音。

 

 まず最初に感じたのは、巨大な魔力の波。

 

 そして続けて体を揺さぶる地響きが、その場にいる全員を襲った。

 

「なんだありゃ……」


 そして目にする。

 

 巨大な龍を思わせる赤い柱が東の空を穿っていた。

 

 夜の闇をオレンジ色に照らしながら、雲を貫くほどの高さで立ち昇るその様は、まるで火山の噴火を思わせる光景だった。


 当然、こんな場所に火山があるなんて話は聞いたことがない。

 ならば自然現象などではなく、異能の力により引き起こされたと考える方が自然。


(あっちはアルルがいる方角……!)


 先ほど二手に分かれたアルル。彼女の向かった方向で何かが起きている。

 

 自然現象でなければなんだ?

 魔術であれだけの現象を起こそうとするのであれば、かなり大掛かりな術式と数百人規模の魔術士が必要だ。

 

 誰が? どうやって?

 

 しかし俺は明確な答えを持っている。

 単騎でこの天災級の現象を引き起こせる存在を俺は知っている。


(――魔女!)


 脳裏に浮かぶのは魔女の存在。

 テオーの投影した映像に映った、赤い髪を揺らす魔女。


「おい! お前らアレは――」

「くそ! 奴が出て来てるなんて聞いてねぇ! 俺たちもろとも殺されちまうぞ!!」

「っ待て!」

 

 制止する間もなく、叫びながら一目散に逃げていくマフィアたち。彼らの残した台詞からして、この現象を引き起こしたのはやはり魔女。

 

 炎柱が昇る方向と距離から考えて、アルルと魔女が戦っているのは間違いない。

 


『アルル! 無事か!?』

『――』


 巨大な魔力が、まるでジャミング装置のように通信魔術を妨害している。

 彼女の安否が、確認できない。


 アルルは有能だ。

 それは今まで一緒に仕事をしてきてよくわかっている。

 しかし、果たしてこれだけの魔力を有する存在と相まみえたとして、無事でいられるのか。



 今すぐ援護に――。

 

 

「テオー! 危険だからお前は先にセーフハウスにいっ……て……?」


 先ほどまでテオーは、俺の後ろで流れ弾が防げるよう遮蔽物に隠れ蹲っていた。下手に動けば危険であるということは小さな子供でもわかるし、まして聡い彼だ。俺の手が届く範囲から離れないはず。

 しかし今、その彼の姿が見えない。


(こんなときに……!)


 焦燥とともに苛立ちが募る。

 

 思念観測で魔力を使い果たしていたところに、先ほどの魔力波だ。彼の痕跡は完全に失われていた。



 僅かな逡巡。


「テオー! どこだ! 聞こえたら返事をしてくれ!!」


 ここで優先するべきは戦闘の心得がないテオーの安否。

 魔女の存在。アルルの安否。


 懸念事項は多いが、優秀な彼女であれば切り抜けられるであろうと判断した。

 


 それにテオーの身になにかあれば……。


 (こ、殺される――!)


 笑顔のまま、俺に死刑宣告を言い渡すヘリアンの顔を思い浮かべ、すぐさま踵を返し駆け出した。

 テオーはこの辺りの土地勘はない。それに彼の足ではそう遠くまで行けないはずだ。



 いつしか空を穿つ炎が消えたことで、夜はその深さを取り戻し、心なしか気温が下がっていくのを肌に感じる。


 巨大な魔力の影響か、街に不穏な気配が漂い始めたのを感じ取る。

 

 胸騒ぎ。

 焦燥が強くなる。

 

 早くテオーと合流しなければ……!


 きっと取返しのつかないことになる。

 ただ、そんな考えが心の中で警笛を鳴らしていた。

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