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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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冷静と情熱の彼岸

(ふむ……)


 アヤメたちと別れた後、屋根伝いに移動する私を追い、大量の男たちが大地を駆けている。

 しかし、私との距離は一行に縮まらない。尾行の仕方には多少心得があったようだが、所詮はゴロツキである。身体能力はそこらの一般人とそう変わりはないようだ。

 時折、思い出したように罵声とセットで銃弾が飛んでくるが、一体どこを狙っているのか私の体に掠めることすらなく、上空へ消えていく。


「ハロー? ファッキンミニオン。そこらの田舎娘でももう少し上手く命中させるぞ」


 追手どもが、私を見失わない程度の速度を維持しつつ、魔術で牽制する。逃避行の道すがら目につく柱や壁、足元に、呼吸をするのと同じくらいの感覚で迎撃用の術式を刻んでいく。


 地面から伸びてきた半透明の触手に締め上げられるゴミ。

 隣同士で互いの陰茎をしゃぶりだすサル。

 突然遥か上空へ転移させられ自由落下を始めるムシケラ。

 目の前に召喚された蛇に睨まれ不細工な石像と化したブタ。

 

 三者三様十人十色。

 うむ、意外と楽しい。

 

 適当に思いついた魔術をトラップとして、適当に設置していくだけ。たったそれだけで私を今追っている人数は当初の半分以下になっていた。

 簡単な作業だ。もし本腰を入れて迎え撃てば、奴らが全滅するのには数秒とかからないに違いない。

 実に脆弱。この程度であれば、わざわざ相手戦力を分断する必要もなかっただろうか。

 

(大した情報は持ってなさそうだが……まぁ良い)

 

 マフィア連中は仲間意識が強いと聞く。締め上げてもなお情報を吐かなければ、その脳味噌に“直接”尋ねてみるのも良いだろう。

 文書の在処に、魔女の情報。

 

 文書がマフィアの手に渡っている以上、件の魔女との戦闘は恐らく避けられない。


 ならば赤髪の魔女のことは、些細なことでも知っておくに越したことはない。

 魔女との戦闘は、そいつの魔法がどのような属性を持っていて、どのような現象を起こせるのか、を理解しておくことが重要だ。

 

 二週間前の黒髪の魔女を思い出す。

 彼女は空間そのものを切り取る魔法を使ってきた。

 物理法則などお構いなしに発揮されたその力に、あの時は不意を突かれた。

 魔術のようにわざわざ術式を組む必要もなければ、発動までのラグもない。それでいてその威力は魔術まがいものを大きく上回る。

 魔女にのみ許された異能。それが魔法だ。


 ただし、一人の魔女が扱える魔法は一つだけ。故に応用の幅は広くないことが多い。  

 魔女との闘いはそこがミソとなる。

 

 「ひぃいいあああ!」


 後方で魔術の発動を示す光が瞬き、拳大の蜂の群れに纏わりつかれている男が悲鳴を上げながら退場する。

 追跡者は残り三人。

 いい具合に間引き、適度に恐怖も与えられた。そろそろ頃合いだろう。


 立ち止まり、屋根から飛び降りる。音もなく着地した私を見た三人は、少し距離を保ったまま、緊張した面持ちでそれぞれの得物を構える。


「よ、ようやくネタ切れか、このガキ……!」


 先頭に立つ派手な柄のシャツを着た男が無骨な銃をこちらに向けながら、じりじりと近づいてくる。走った直後であるせいか、息遣いは荒く頬に汗が伝っている。

 

 運動不足だ、阿呆め。


「テメェのお陰で、連れてきた兵隊はもうほとんど使い物にならねぇ。十五人だぞ十五人! ただじゃ済ませねぇ、ぐちゃぐちゃに犯した後に殺してやる!」


 息まくチンピラ。カチリ、と撃鉄を起こす音が響く。

 実に小悪党らしい台詞だ。思わず鼻で笑ってしまった。


「このロリコンどもめ」


 私の嘲笑と同時、足元の石畳を割って飛び出た杭が、男の顎を打ち抜いた。


「飛び道具を持ってるのにわざわざ近づいてくるとは。威嚇の前にさっさと撃っておけば、痛い思いもせずに済んだかもしれないのに」


 白目を剥き倒れる男を見て、後ろの二人が怯む。それぞれ銃を構えてはいるが、その手は震え、狙いが定まっていないのが丸わかりであった。

 しかし、チンピラにはチンピラなりの矜持があるのだろう。そんな状態でも私に向かって引き金は引かれる。


「な、なめんじゃねぇぇぇ!」


 がらんとした通りに乾いた発砲音が連続する。マガジンの弾が空になるまでその音は続く。

 やがて薬莢の弾む音が止み、静寂が訪れる。

 火薬の臭いに塗れながら、驚愕に引き攣った面持ちで立ち尽くす二人。


 銃弾は全て、空中で止まっていた。

 音速を超えて撃ち出された銃弾はしかし、魔力によって生成された防壁に阻まれ、その勢いをすっかり失っている。

 

 只の鉛玉では、傷一つつけられない。 

 

 魔力に対抗するには魔力で。

 魔術も魔法も、物理法則など簡単に捻じ曲げてしまうのだから。


 カランとした音を連続させ、鉛玉が地面へ落ちていく。

 

「さて、仲間がどんな目にあったかは見てきただろう。わかるかね、貴様らは大人しく聞かれたことに答えてくれれば、五体満足で愛する家族ファミリーのもとに帰れるわけだ。どうする? 貴様らが大好きなお薬みたく金玉をすり潰してやれば、少しはお喋りになってくれるかな。それとも、頭を開いて記憶を覗いた後に脳味噌をローストにするのも楽しそうだが」


 敵う相手ではないと悟ったのか、或いはその光景を想像したのか、小刻みに震えながら青い顔を見合わせる二人。

 今にもパンツを黄色い小便で濡らしそうな男たちは、震えながら銃を放り捨てた。


「……っわ、悪かった! なんでも話す! だから、許してくれ! そもそも俺たちはあいつに命令されただけなんだ!」


 趣味の悪いアロハを着たチンピラが、勢い良く喋り出す。

 どうでもいいが、寒くないのかその恰好は。


「いい子だ。で、あいつとは?」

「……クリストフェル・ノルンだ。ボドヴィット一家……今はノルン一家の頭領クリストフェル・ノルン。前からいけ好かねぇ奴だったが、あいつがボスを殺っちまってからウチのファミリーはおかしくなっちまった!」


(そうか、頭が変わったのか)


 先ほど歓楽街で聞いた情報とは少しズレがあるらしい。

 副頭領であったクリストフェル・ノルンが暴挙に出た。

 歓楽街で情報を集めたアヤメが言っていた、ここ最近でのマフィアの動向の変化はコイツの所為か。

 しかしこのチンピラたちの反応を見る限り、随分強引な手段にでたようだ。どうも反感を買っているように思える。


「聞かれたことにだけ答えろ。最近、貴様らの大将が誰かと取引をしていなかったか? そう例えば、教会の司祭とか……」

「あ、ああ覚えてるぜ。魔女の奴と話してるのを聞いたんだ。よくわからねぇが何かを教会から持ち出してきたって……。今は確か――」


 文書の在処。

 どうやら心当たりがあったらしい男たちが、それを口にしようとした瞬間。



「は~い、そこまでだよ」


 気の抜けた声とともに、彼らの全身を巨大な火柱が貫いた。


「がああああああああっ!?」


 轟音、悲鳴、熱気。薄暗かった通りに二対の火竜が立ち昇り、その場がまるで昼間のように明るさに照らされる。

 その二本の火柱の間を飄飄ひょうひょうとした足取りでこちらに向かってくる、女。


「だめじゃなーい。情報だってタダじゃないんだよ? 大体キミたちマフィアはコンプライアンス意識が低すぎるんだよ。末端がそれじゃ上は苦労するよね全く――ってありゃ、もう聞こえないか」


 女が肩を竦め、火柱が立ち消える。後には残り火のような熱気だけが漂い、男たちは死体すら残さず、呆気なくそのお喋りな口は存在を抹消された。


 肩まで伸びた、先の火炎よりも真っ赤な髪。情熱や激情を思わせるそれに対して、その佇まいは暖簾のように捉えどころがない。


 強大な魔力が循環し金色に輝くその双眸が示すのは――。


「魔女」

「お! お嬢ちゃん正解。三ポイント贈呈!」


 突如、足元に魔力の奔流。

 反射的に防壁を展開し、しかし自身の選択が間違っていたことを悟る。

 

 そんなチンケな防壁など関係ないと言わんばかりの出力で打ち出された炎が、展開した魔力ごと、私の体を包み込もうとしていた。

 

 熱気が肌を焼き、髪の先を焦がす。今にも肉体に到達せんとするその火炎は――

  

 

氷盾スヴェル!」


 体内の魔力を一気に放出し、叫ぶ。

 眼前、私を覆うように展開されたのは巨大な氷の盾。

 氷盾スヴェルの名を冠する絶対零度の防御機構が、馬鹿げた威力の炎を中和し、消失させた。

 氷が放つ魔力が周囲の温度を下げ、空間を歪ませる。


 「おおー!」


 自分の魔法を打ち消され、わざとらしく目を点にして驚く魔女。

 そんな魔女に構うことなく、即座に頭ほどの大きさの氷塊を生成し、奴に向かって射出する。

 唸りを上げながら飛来するそれを軽いステップで躱すと、魔女は悪戯っぽく笑った。

 私の放つ明らかな敵意に対して、ふざけた態度を崩さない魔女。

 憎悪や悲観に支配されていることが多い他の魔女とは、一線を画す表情。そして何よりも気になるのはその服装だった。


(……軍服?)


 彼女が身に纏うそれは、所々に金の刺繍が施された黒い軍服。マフィアの一員が身に着けるには不釣り合いな衣装。


「一応、初めましてかなお嬢ちゃん。ボクはスルト。原初の魔女、その一柱。火と再生を司る黒であり、焔心えんじんの魔女」


 よろしくね。

 そう付け加えながら、大仰な動作でお辞儀をする魔女。

 謡うような語り口でスルトとその名を口にした。

 

 彼女の声が反芻しその存在感をより確固たるものにしていく。黒い軍服は夜闇に馴染みながらも、その輪郭をはっきりと映している。


「これはご丁寧にどうも。では喋喋しいプロローグに続けて、犬みたく腹這いで踊ってみるつもりはないかね?」


 体に魔力を循環させ、頭上に無数の氷の矢を生み出す。一瞬で生成されたそれは、数百に上り、初冬の冷たい空気よりも更に鋭く周囲を凍てつかせる。

 石畳に霜が降り、細かな結晶が地面を侵食していく。

 

 おーっ! とそれを見たスルトが手を叩いてはしゃぐ。


「すごいすごい! でもさ、世の中って上手くいかないよね。ボクは炎で、キミは氷。相性は最悪。今からでも大人しくしてくれれば、ベッドの上限定で踊ってあげるんだけど」


 ニヤリと気持ち悪い笑みに、悪寒が走った。

 舌なめずりとともに魔力の奔流。チリチリと音を立てながら、スルトの手の中に火が集まっていく。やがてそれは大きな炎となり、まるで巨木を思わせる巨大な剣を形作った。

 

 剣と盾。

 氷と炎。 


 ――視線が、交差する。

 

 動いたのは同時だった。

 頭上に生み出した無数の氷が、スルトへ狙いを定め射出される。大気を切り裂き襲い掛かる絶対零度の矢。 

 

 た、と飛び退くことで躱したスルトの後を追うように、地面へと突き刺さる氷矢の雨。

 石畳を砕き、破壊を降らす暴力の嵐。

 それらはスルトの生み出した熱にも溶けることなく、陽炎を貫く。


 氷矢を躱すステップの勢いのまま走り出すは深紅の剣。その巨大な刀身を後ろに構えながら、最短距離を最速で駆ける赤き獣。

 轟、と炎剣が唸り、更にその輝きを増していく。

 

 氷矢はその刀身に衝突する前に昇華し、遂にスルトの接近を許す。

 迫ってくる彼女に対して、後ろに飛び退き距離を取るが、既にトップスピードに達した深紅の魔女は一瞬でその隙間を埋めた。


 そこは炎剣の間合い。切っ先に触れた地面を融解させながら、横薙ぎに振るわれる炎の塊。


「――!」


 しかし氷がそれを阻む。確かな質量を持った巨大な盾は、気化する端からその形を再生させる。


 物理法則を超えた魔力と魔力の衝突。


 空気が悲鳴を上げるように引き伸ばされ、遂に限界を迎える。空間にヒビが入ったような甲高い音が響き、衝撃波と化して周囲の建物を破壊していく。


 氷の盾と炎の剣を挟み、金色の双眸と視線がぶつかった。その目は獲物を捉えた狩人のように爛々と輝き、口元には獰猛な笑みが張り付いている。


 魔力の出力をさらに高め、氷盾スヴェルはその性質を更に変化させていく。


「っ!?」


一瞬、左眼の奥に一瞬チクリと痛みが走ったが、すぐに盾に魔力を注ぐことに集中する。


「っと!」


 氷の防御機構が纏う魔力が厚みを増し、炎剣を弾く。

 不意な反動でスルトの姿勢が崩れ、その胴体が空く。すかさず空中に氷の矢を五十ほど生成し射出した。


「ははっ、ワンパターンだね!」


 同じく生み出された灼熱が波打ちながら氷の矢を弾いていく。同時に、捌ききれないものはステップで回避される。

 

「さて、どうかな」


 氷の矢は絶え間なく射出され続ける。


 スルトが回避のために踏み出したその足元。

 その地面が淡い光を放つ。

 

「――うわっ!?」


 うねうねとした半透明の触手が、スルトの脚を絡めとった。


「設置型魔術!?」


 反応が早い。 

 すかさず炎を出現させ触手を焼き切り、態勢を立て直すスルト。

 だが。


「終わりだ」


 ほんの一瞬のラグ。

 迫る無数の氷矢。


 最早回避は間に合わない。スルトは迫りくる氷の群れを払い落そうと炎剣を振るう。


「――カッ」


 しかし、先ほどまで単調な軌道を描いていた矢の群れは、まるで意志があるかのように炎の塊を避け、魔女の胴体を貫いた。


 鮮血。

 炎よりも赤い、その髪と同じ色をした血液が口から溢れ出た。


 スルトの手から、炎が消失する。

 周囲を溶かさんばかりの熱が、急速にその温度を下げていく。膝をつき、だらりと項垂れる魔女。暗闇に映える深紅の髪がその表情を覆い隠す。

 

 氷の盾を展開したまま、魔女を睨む。

 普通ならば致命傷。そう、普通ならば。


「……ははっ、参った参った。まさかここまで覚醒してるとは思わなかったなぁ」

 

 声色が変わった。

 同時に膨大な魔力がスルトのもとへ吸い寄せられていき、その体躯に刺さった氷が気化していく。

 

 ゾワリと髪が逆立つ。

 第六感が、全身に巡る魔力が、警笛を鳴らす。

 トドメを刺すために矢を撃ち出そうとした瞬間、足元に巨大な魔力反応を感知し、大きくバックステップする。


「っ!」


 轟音。衝撃。視界を染める焔。


 そこに、巨大な炎柱が唸りを上げながら立ち昇った。

 先ほどの炎剣の出力をも上回った氷の盾が半分以上、一瞬にして業火に飲み込まれ瓦解する。


「いやぁ、楽しかった。正直今のキミがここまで戦えるとは思ってなかったんだ。さすがは“ゲンテン”だね。今回はキミに勝ちを譲ろうかな」


 地響きを起こす程の轟音が紅く天を貫いている。最初の火柱とは比較にならない、城壁とも思えるほどの巨大な炎柱により、スルトの姿を見失う。


「ゲンテン……? 待て、貴様にはまだ聞きたいことが……!」


 近づくだけで全身が融解しそうな程の熱。

 炎柱から距離を取りながら、魔女の姿を探す。

 しかし既に姿は消え、どこからか彼女の声だけが響いてくる。


「ご褒美にキミたちの探し物なら返してあげるよ。マフィアのおうちを探してごらん」

「貴様は一体……」

「ふふ、淋しがらなくてもまたすぐに会えるさ。アウルゲルミル、キミが記憶を取り戻そうとする限りはね」

「――! 待て!」


 風と共に炎が消え、夜が戻ってくる。先ほどまでの皮膚を焼くような熱は嘘のように立ち消え、静寂のみが残る。深紅の魔女もまたその姿を消し、後に残る破壊の跡だけが彼女の存在を証明していた。


 (逃がしたか……。奴は私のことを知っていた? ゲンテンとはどういう意味だ?)

 

 力んだ肩の力を抜き、握りしめて冷たくなった拳を開く。

 ふと、隣を見ると溶かされ不格好になった氷の盾に、自分の姿が反射していた。

 

 夜闇に輝くプラチナブロンドの髪と――金色を湛えた左目。


(私は――)

 

 目を閉じ大きく溜息を吐いた。


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