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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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思惑

 ――真夜中の砂漠を埋め尽くすように並ぶ、二足歩行の搭乗型兵器。満月の光を受けた鋼鉄の機体が、さらさらとした大地を踏みしめる。何一つ遮るものがない場所で、上官からの命令を整列して待つ様は、まるで巨大な蟻が群れをなしているようだった。


「――目標はシンモラ・ノルシュトレームと勝利の剣(レーヴァテイン)の回収及び難民どもの制圧だ。外国からのお客様が紛れ込んでいる可能性があるが、容赦はするな。抵抗する者はすべからく射殺を許可する!」


 一糸乱れぬAMUの列。その先頭に立つ機体から思念を伝達するのは、四肢のみならず身体の大半を魔導兵装へと換装した、歴戦の大将。機械皮膚を張り付けたその表情は、一切の感情を見せず、ただ淡々と目の前の得物に狙いを定めている。


 彼からの指令を受けた働き蟻たちが、その身を引き締めるように拳を握りしめた。ぎし、と鋼鉄製の多関節を鳴らしたAMUに満ちる魔力は万全。氷点下近くまで下がった気温は、AMUが駆動できる限界までもう少し余裕がある。なによりも、体裁を気にするあまり難民たちに対する武力行使を躊躇っていた大統領が、ペルアンク襲撃を受けたことで重い腰を上げたことに、湧き上がる熱量を抑えきれずにいた。


「進め! 難民ゴキブリどもの巣を踏み潰せ!」


 地平線の先。見張りの灯り以外、暗く静まり返った難民キャンプに向かって、黒鉄の一団が進軍を開始した。



 ***



 微かな振動に覚醒する。目を開けると、暗闇の中にぼやける天井。少し視線を巡らせると、殺風景な部屋の輪郭が細かく揺れていた。


 地震だろうか。

 この程度の揺れなら、建物が倒壊する心配はないだろう。キャンプ内に積まれた廃材などは崩れる可能性があるかもしれないが、昼間ならともかく真夜中の今、下敷きになる間抜けも居るまい。まだ、夜明けまでは遠そうだし、このまま寝直そうか。


 そこまで考えてしかし、胸の内に広がる漠然とした不安が、あの夜の記憶を掘り起こした。あの時は星空の下だった。フロディの操る装甲艦が接近する直前、確かに今と同じような振動があったことを思い出す。

 あの巨大な装甲艦に追われてから、ちょっとした揺れにも敏感になったような気がする。周囲の気配を探ると、少し離れた場所から聞こえてくる少女の静かな寝息に、少しだけ体の緊張を緩めた。


「……おいぃ、そこのクリームは全部乗せてくれぇ…………フラッペぇ」


 寝言とともに寝返りを打った少女に思わず口元が緩むが、そうしている間にも少しずつ揺れが大きくなっていることに気が付く。しかし、いつまでも目を覚ます気配のないアルルの体を、いつでも庇えるように準備しながら彼女の元へ。


「近づいてくる……」


 振動は次第に、地鳴りへ。小さな窓の外で、人の騒めきが耳に届く頃になって、ようやく目を開けたアルルが、眠気眼を擦りながら起き上がった。


「ぺ、ペペロンチーノっ!!?」

「……おはよう、お嬢様(フロイライン)。残念だが、ここじゃ甘ーいウーピーパイはお預けだ」

「……ふぁ?」


 しばし、ぼーっと虚空を見つめていた金髪少女の目が、徐々にはっきりしてくる。口元についた涎を手で拭いながら、ようやく建物全体を揺らす振動に気が付いたようだ。


「……どういう状況だ」

「さぁね。地震か、それ以外か。生憎、ここらの地盤についちゃリサーチ不足だ。なんにしても動ける準備をしておいた方が――――っ!?」


 俺の言葉を遮るように、近くで爆発音が鳴り響いた。

 一際大きな振動と、窓の外から差し込む強烈な光に思わず尻が浮く。


 一つ、二つ……三つ。断続的な爆発は、次第にその感覚が狭くなっていた。それに混じって、誰かの怒号と叫び声が聞こえてくる。自然災害とは明らかに隔絶した現象に、ようやく事態を呑み込んだアルルと目を合わせ、溜息を吐いた。


「……残念だが、人為的なモンらしい」

「…………全く、貴様といるとトラブルが絶えんな」

「お互い様だっつの」


 やれやれと首を振るアルル。既に纏めてあった荷物を背負い、ドアノブを掴んだ彼女に続いて建物の外へと向かう。

 

「……これは」


 難民キャンプの状況は凄惨たる有様だった。あちこちから立ち昇る煙が、乾燥した空気と混じり合って視界を曇らせている。霞んだ星空の下で濃密な魔力の気配が周囲を包み、それはある種幻想的な空間を作り出していた。逃げ惑う子供や女性。傷つき倒れた難民たちから流れる血が、地面に流れ黒い染みとなる。つい先ほどまで暗く静まり返っていた難民キャンプは、至るところから出火した炎により、夕暮れのようなオレンジ色に染まっていた。


 千切れた人間の四肢が、魔導兵装の成れの果てが、そこら中に散らばっている。視線の先では見覚えのある二足歩行の最新兵器が、その鋼鉄の腕で、立ち向かう難民の男たちを吹き飛ばしているところだった。

 

「――AMU!?」


 魔導兵装を掲げた彼らの抵抗は、圧倒的な質量を持つ機体の前に虚しく砕け散る。

 アパートメントの壁に叩きつけられて、ひしゃげる難民の体躯。そこにトドメと言わんばかりに放たれた魔力砲が、コバルトブルーの放物線を描きながら破壊を撒き散らした。

 再び爆発が起こり、撒き上がった砂塵に彼らの姿が隠れる。


 突然の襲撃。

 何のため? 決まっている。俺たちとシンモラを追ってきたムスペルヘイム政府軍による、殲滅作戦だ。

 

「アヤメ! シンモラ女史を!」

「――!」


 そうだ、シンモラ。

 戦う力を持たない、一介の研究者である彼女が奴らに見つかれば、あっという間にミートパイの出来上がりだ。


「っ……けど、難民たちが!」

「あれはもう手遅れだ! 彼女の元に急ぐぞ!!」

「クッソ……!」


 砂煙の向こう、今もまだ響き渡る悲鳴と閃光に振り返りたい衝動を抑え込み、走り出したアルルの後を追う。

 濡れた砂の中を進んでいると錯覚させられるほどに、脚が重たい。

 

 開けた場所を避け、建物と建物の間を縫うように進む。確か、シンモラはロキと同じ場所を寝床としていたはずだ。


「もうすぐだ!」


 昼間に通った道。しかし、今は見る影もない程に崩れ落ちた建物の群れ。一帯に満ちる血と硝煙の臭い。そこら中で生じる戦闘の気配に、後ろ髪を引かれながら、強引に歩を進めていく。


 その中、現地の言葉でエメルン・カフェと書かれた看板がぶら下がったモーテルの前に彼女たちは居た。


 数台のAMUが群がる中心、一人の難民と二人の女性が、お互いを庇い合うように立っている。その周囲には、破壊されたAMUの残骸がいくつも転がっていた。



「――シンモラっ!」


 俺の叫びが届いたのか、AMUの隙間から見えた彼女が、はっとしたように顔を上げた。

 しかしそれは同時に、彼女たちを囲む政府軍の意識までこちらへ向く結果となる。



「――――」


 振り向いたコクピットに光る、無数のアイカメラが俺たちを捉えた。

 その瞬間。


 俺の一歩先を走っていたアルルが、その魔力を解放する。それは刹那の間に小さな体から放出され、周囲の気温をマイナスへと至らせた。


 指向性の冷気が、鈍く光る機体の関節部分を凍結させていく。途端、油が切れたゼンマイのように、関節部の固縮を起こすAMUたち。

 ヘルメットを被った兵士の表情は見えないが、その動作から彼らの中に焦りが生まれたことが見て取れる。



「――今だ!」


 アルルが作り出した氷の刃を受け取り、そのまま跳躍。手の平から伝わる、冷たい感触に一瞬眉を顰めて――空中へ身を投げ出した俺は、連なったAMUを飛び越える。驚きを顔にしたシンモラ、ダウワース、そしてロキの前に着地すると、ステップを三つ踏み、今なおアルルに視線を向けるAMUの後方へ。


 低くした姿勢から、膝のバネを利用して重心を持ち上げる。白く透き通った空気を裂き、か細い音とともにAMUの背中を逆袈裟に切り上げる。鋭利に研ぎ澄まされた氷の刃が俺の魔力を乗せ、鋼鉄の機体が纏う防壁ごと、その動力源を叩き切った。


 魔力を失い崩れる機体。そこから左足を軸にし旋回。

 その勢いのまま、動作不良を起こした別の機体を斬り伏せた。


 瞬時に視線を切り替え、更にその隣へ。仲間の機体を二つ失ってようやく、こちらへ銃身を向けたAMUの影が、俺の体に重なる。



 だが、焦らない。


「――――!!」


 その背中に突き刺さる、無数の氷の矢。精密な狙いなど初めから捨てているかのように、ただただ数の暴力と言わんばかりに飛来する氷点下の衝撃に、黒鉄の体躯が仰け反った。


「――おおおおおおお!!」


 力強い叫びとともに、シアン色の閃光が瞬いた。

 ダウワースの右腕から奔流する魔力が、更に別の機体を撃ち抜く。


 剣激。千射。閃光。


 圧倒的な軍事力を誇るムスペルヘイム軍の最新機体は、たった一人の少女が引き起こした想定外の温度変化によって、ものの数秒の間に沈黙した。


「……片付いたか」


 先ほどまでの喧騒が、幻だったかのように静寂が降りたモーテル前。どうやらここら一帯のAMUはこれで全部だったようだ。凍り付いた地面を、硬質な音を立てて踏み抜いたアルルの体表から、魔力が消失する。

 それと同時に、手の中の氷の刃が細かな粒子となって霧散した。



「ちょっと! 助けに来るの遅すぎ!!…………なんて冗談よ。二人ともありがと」


 涙目でロキの陰に縮こまっていたシンモラが、ほっとしたような表情を浮かべる。

彼女の言葉に、傍らのロキも大きく頷いた。


「ええ。本当に。私の魔力もそろそろ限界でしたので……。シンモラさんにお怪我がなくて良かった」



 真っすぐにこちらを見つめるロキの視線から逃れるように、握りしめた拳へ視線を落とす。責められることはあっても、礼を言われるのは筋違いではなかろうか。AMUに残った兵士の首を掻き切ったダウワースが、無言で俺とアルルを見やる。


「一体何が起きて…………いや、これは多分、俺の所為だ」


「……アヤメさん」

「俺たちがここに居たら、あんたたちまで……」


 手放しでは喜べない再会。今ここで起きている惨状が、俺たちの所為だとしたら、体が動くようになった時点で、さっさとここを離れるべきだったのだろう。


 それに、ここに来るまでに何人もの難民を見殺しにしてしまった。


  ――命の優先順位。


 アルルにあって、俺にないもの。

 本来、魔女の凶刃から人々を救うためにあるはずのこの体と意志が、救えるはずの命を取りこぼしてしまったという事実。

 


「……いいえ。遅かれ早かれ、結局はこうなる運命だったのです。現ムスペルヘイム大統領は、どちらかと言えば穏健派と言われていましたが、ユングヴィ・イン・フロディの件でようやく難民殲滅に踏み切ったということでしょう」


 奥歯を噛みしめる俺の手を、柔らかい感触が包んだ。白い絹のような、細い指。震える俺の手を握ったロキは、最初に会った時のような穏やかな表情で微笑んでいた。


「……元々は私たち難民とムスペルヘイム政府の問題。あなたたちまで、それに巻き込まれる必要はありません」

「……だが」


 彼女は否定はきっと、本心なのだろう。それでも俺は、自責の念を禁じ得ずにいた。


「――既定路線、なのですよ」

「なに?」


 小さく呟いたロキの目は、今にも涙を溢しそうな程に揺らめいて―― 


「本当であれば、もう少し時間をかけるつもりだったのですが仕方がありません。あなたがもしも、贖罪を求めるのであれば――私の身勝手な願いを、あなたたちに託すとしましょう」


 しかし、すぐに元の表情へ戻った金色の双眸が、俺を真っすぐに見つめる。


「……願い?」


 彼女の言葉に湧き上がる疑問と困惑。

アルル、そしてシンモラへと助けを求めるように目を向けるが、彼女たちも同じく困惑した表情で首を振る。



「ええ、私たちの本当の敵は――!!」

 

 ――その時、西の方で一際大きな爆発が起こった。次いで地面を揺らす振動に、思わずバランスを崩しかける。


「っ時間がありません。今から、私の力をあなたに移します」

「……! ロキ殿、しかしそれではあなたが!」

「いいのです、ダウワース。これは、私自身の選択なのですから」


 俺の理解を置き去りにして、彼らの間で交わされる会話の内容に、思考が追い付かない。顔中に疑問符を張り付けた俺は、ただただ解答を求めて駄々をこねる子供のように、ロキの手を握り返す。

 

 力を移す? 俺に? 力って何のことだ!?



「ちょ、ちょっと待ってくれ! あんたが一体全体何を言っているのかさっぱり――!!?」


 言葉は続かなかった。


「……わーお」



 視界の端に、口を抑えるシンモラと目を見開いたアルルの姿が映る。


 俺の頬を包む、ロキの両手。

 俺の唇に、彼女の唇が重なった。


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