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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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そして交わる

 モーテル、という割には随分がらんどうとした空間だった。調度品どころか椅子やベッドすらも置いていない。小さな窓から差し込む日光は頼りなく、全体的に薄暗さを感じるものの、その分体感温度は外に比べるとかなりマシだ。

 その部屋の中央。申し訳程度に敷かれた絨毯の上で、彼女たちは座っていた。


「目が覚めたのか、ヌケ作。あまりにも遅いからくたばったかと思ったぞ」


 一人は、フリル付きの白いノースリーブワンピースを着た少女。逆十字付きの黒いチョーカーに、左眼には黒い眼帯を装着した、出来の良い人形のような外見。

 一体何処で覚えたのか、口を衝く罵詈雑言は五体と同様に健在なようだった。


「お前は随分早起きだったみたいだな。もう一人で着替えられるようになったのか? 偉いじゃないか」


 軽口に軽口で返す。ほっぺたに絆創膏が貼ってある意外には、目立った外傷がなさそうな彼女の姿を見て、内心ではほっとしていた。目覚めてみたら喋れない状態でした、なんて最悪な状態にならなかったのは、俺のお祈りが神様に届いたお陰だろう。たまには信じてみるもんだね。


「減らず口を叩けるだけの元気はあるようだな。そんなところに突っ立ってないで、さっさとこっちに来い」


 自分のすぐ傍の床を叩くアルルに、眉を上げて応える。そんな俺たちの様子を見てか、アルルの対面に正座したもう一人が、口を抑えて上品に笑った。 

   


「……ごめんさない。あまりにもその、仲が良さそうだったから」

「む……」


 灰色のガラベーヤにワインレッドのロングヘアーを垂らした女性は、うっすらと笑みを浮かべたままで軽く頭を下げた。

 俺と同年代、だろうか。整った目鼻立ちに、白い素肌は現地人の雰囲気とは違った印象を与える。髪色と同じ、赤紫がかった瞳でアルルと俺を見つめる彼女は、穏やかな表情を崩さずに続ける。


「アルルさんは、あなたが眠っている間ずっと、側を離れなかったのですよ。一生懸命に治癒魔術を使ってましたし、きっとすごく大切に思われてるのね」

「……ほお?」

「いや、待て。それは語弊がある。そもそもあの部屋には私の荷物もあったし、可憐な美少女が一人で過ごしていると、いつ襲われるかわからないだろう。大体あの部屋は広いんだし、少しでもスペースは有効活用するべきだと思うのだが。つまりはこの地域の砂漠化を遅らせるためには、そうした省エネの考え方が大事になると私は思う訳だ。遥か昔に提唱されたSDGsとかいう思想を改めて振り返ると、現代を生きる私たちこそコミットしていく必要があると思うのだが、その点についてはどうお考えかなロキ殿」


 すごい早口じゃん。

 バルカン砲の銃身のように舌を回し、あちこちに視線を彷徨わせる少女は、身振り手振りも交えて勢いよく釈明の言葉を口にする。その目線は、全くもって俺と合わない訳だが、さてはこいつ照れているな。


「要するに俺のことが心配で心配で仕方なかったわけだ。ちゅーしてやろうか、ん?」

「――――っっ!! 死ねっ!!」



 顔面に飛んできた、魔力の籠る拳を避ける。体ごとそっぽを向いたアルルの耳は、ほんのり赤くなっていた。かわいい奴め。


 珍しく動揺する彼女をからかいながらも、改めて生きていて良かったと実感させられる。俺が死んだら、こいつは多分きっと、少しくらいは悲しむのだろう。そんな顔は、させたくなかった。

 俺のゴキブリ並みの生命力と、アルル、それから難民たちには感謝しなければいけない。

 

「でも本当に良かったわ。ここに運ばれてきたときは、いつ亡くなってもおかしくない状態だったのですよ」

 

 必死なアルルの様子に笑みを隠しきれず、しかし八の字に眉を作った女性が、俺の四肢と、服の下に包帯が隠れた腹部へ視線を這わせる。


「そう、だったみたいだな。感謝してるよ、ありがとう。ええと、ロキさんでいいのか?」


 アルルからロキと呼ばれたこの女性に視線を移す。俺をじっと見つめ返すその目は優しく、だが彼女の芯の強さを表すように真っすぐだった。

 

「はい。ロキとお呼びください。これまでの経緯いきさつはアルルさんから伺いました。まずはアヤメさんたちに、私の監督不届きでご迷惑をおかけしたことを謝罪しなければいけないと思っています。本当にごめんなさい」


 姿勢を正し、深々と頭を下げたロキ。彼女が言っているのはフロディのことだろう。奴が俺たちを好き勝手に利用し、暴れまわった所為で、俺たちは大怪我を負う羽目になった。


 だが。


「頭を上げてくれ。確かに傷一つなくってワケにはいかなかったが、今こうして生きている。あんたたちのお陰でな。それに、ダウワースも言ってたが、難民たちだってフロディの野郎に利用されてたんだ。あいつを憎むことをあっても、ロキさんたちには感謝しかないさ」


 それに、フロディに利用されたことは事実だが、今にして思えば全てが悪い方向に転んだわけではない。右も左もわからずマスタードイエローの大海原で途方に暮れていた俺たちが、無事シンモラと出会うことができたのは、彼の謀略に嵌ったお陰でもあるのだから。


「そう言われると、こちらも救われます。あなたたちが生きていて本当に良かった」


 これまでの会話で、責められるとは思っていなかっただろうが、しかしそれも覚悟はしていたのだろう。俺の言葉を聞いて、ようやく彼女の肩から力が抜けたようだ。


「あとは、そうだな。もうアルルたちとは話したかもしれないが、俺たちは一体何がどうなって、ここに居るのかを知りたい」

「ええ。アルルさんとシンモラさんには、先にお話ししました。そして、今後のことも含めて、改めてあなたと話しておく必要があると」


 俺の言葉に深く頷いた彼女は、迷いなくその口を開いた。そして、俺が意識を失っていた間のこと、更に今現在抱えている問題について語り始めた。



 ***



「――と、こんなところでしょうか。アルルさん、何か不足している点はありませんでしたか?」

「うむ。お前が話したことで概ね網羅できただろう」


 一刻に満たない程度の時間で彼女の話は終わった。途中、細かい部分にはアルルの補足が挟まる形で情報の共有が行われた。


 ロキが用意してくれた紅茶を口にし喉を潤す。カルダモンの爽やかな風味が口全体に広がり、思考を活性させる。ティーカップを絨毯の上に置いた俺は、これまでの話を頭の中で整理することにした。


 俺たちとフロディが繰り広げたカーチェイスの夜から、現在までに十日が経っていた。

 あの装甲艦――スキドブラドニルが引き越した破壊の音は、丁度付近へ遠征していた難民補給部隊の耳に届いたらしく、その翌朝に様子を見に来た彼らによって、瓦礫の下敷きになった俺たちは発見された。アルルとシンモラは運良く、半壊したAMUの装甲によって瓦礫から護られていたようだ。だが唯一俺だけは、AMUのジョイント部分から飛び出た骨格に腹を貫かれており、あわや出血死の寸前だったらしい。

 

 難民キャンプに運ばれて、一番早く意識を取り戻したのがアルルだった。錯乱状態に陥っていた彼女は、その場で遠慮なく魔法をぶっ放し、キャンプの三分の一を氷漬けにしたところで、ロキによって取り押さえられた。その所為で、難民たちはアルルを見ると怯えたように距離を取るらしく、話し相手のいないアルルは俺の看病の合間、ロキの元へ入り浸っていたようだ。

 次に意識を取り戻したシンモラは、大きな外傷が無かったお陰ですぐに活動を開始。難民たちの魔導兵装を興味津々に見て回り、メンテナンスが出来ていないと大層ご立腹だったそうだ。

 しかし、彼女の顔を曇らせる事実が一つ。


「――勝利の剣(レーヴァテイン)は……見つからなかった」


 そう、あの白くて小憎たらしい球体コア。アルルが現場に戻り捜索したようだが、影も形もなかったそうだ。十中八九、フロディの手に渡ったと考えていいだろう。

 それを知った当初は泣き叫んだシンモラだったが、すぐに取り戻すための算段を始めたというのだから、実に逞しいものだ。なんだか、ウジウジしていた俺が情けなく思えてしまう。


 そして、ロキの口から語られた、難民と教会の繋がり。教会がムスペルヘイム産を基にして作った魔導兵装の、人体実験とデータ収集を目的に教会から派遣される“フロージ”という()()。フロディの場合は、それに加えてムスペルヘイム政府に潜り込む任務も担っていたようだ。


「先日、彼の行方を求めて教会から異端審問官が訪ねてきました。フロディ――教会ではフレイと呼ばれていたそうですが、彼は教会に対する背信を疑われているようです」


 あの野郎。一体どれだけの人間を裏切れば気が済むんだ。あちこちに敵を作って、危険に迫られるのは奴自身だと思うが。

 勝利の剣(レーヴァテイン)の奪取がフロディの企みだったとしたら、奴の目的は一体何なのだろう。


「そこまでは、わかりません。彼は教会側の人間であると私は認識していましたし、そこまで深い関わりがあったわけではないのです。私の方も、複数ある難民居住区を回っていた最中でしたので……。対応が後手になってしまいました」


 申し訳なさそうに項垂れるロキであるが、話を聞く限り責任の所在は彼女にはないだろう。それよりも俺が驚いたのが、教会と難民の癒着だ。あの大司教が、腹に一物どころではない量の腐敗を抱えているのは知っていたが、まさか他国にまでその手を伸ばしていたとは。



 ……って、ちょっと待て。

 教会とロキに繋がりがあるということは……。


「……どうやら貴様がしている心配は杞憂のようだぞ」


 俺の考えを読み取ったらしいアルルが、その碧眼を細める。その視線は真っすぐロキの方へ。それを追い、彼女の顔を視界に捉えた俺は、再び驚愕に顔を染めることになった。


 何故か申し訳なさそうに顔を伏せ、上目遣いで俺を見る彼女。

 俺と同じ葡萄酒のような色をしていた彼女の双眸が――



「私と()()だからな」

  


 ――魔女の証明である、黄金を湛えていたからだ。 

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