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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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雲翳の下

 太陽は遥か天上、分厚い雲の上に。

 昼過ぎにも関わらず、斜めに降りる影の色は薄く曖昧な境界を呈している。冬が過ぎても、夏が訪れても、この街の体温は変わらず一定のままだ。

 傘を持つ手は冷たい。人差し指に刺した指輪は淡く光を放つが、だからといって熱を持つはずもなく、ただ無機質だ。


「――そう、状況はわかったわ。一先ずはお疲れ様、と言っておこうかしら。長旅で疲れているでしょうし、エーギル、明日はバカンスでも楽しんできたら?』

『いえ、引き続きイングナル・フレイの行方を捜索した方が良いかと。ただ、消されただけであれば良いですが、奴が教会に反旗を翻したとなれば確実に脅威となるでしょう。つまり……任務続行の許可を頂きたいのですが、大司教』


 通信魔術越しに聞こえる声は、ひたすらに淡泊だった。特に私が指示していないにも関わらず、いつも決まった時間に行われる本日のホウレンソウは、この真面目を絵にかいたような部下がいつからか勝手にやり始めたことだ。

 一分も狂いなく、決まってこの時間に。この部下の体を解体してみたら、実は中身は機械だった、なんてことがあっても驚かない自信がある。


「上司がせっかく休暇を与えてやると言っているのに。エコノミックアニマルの相手は、評議会のクソ老人だけでお腹いっぱいよ」

 

 とは言いつつも、運転手が不在になっている所為で、灰色の街を一人で歩くことになっている状況に不満が無いと言えば嘘になる。

 白い溜息とともに、憂鬱を吐き出した。


「……まぁいいわ。どうせこれ以上言っても聞きやしないんだろうし。それに、あなたの言うことも一理ある、か。フレイが執着していた兵器についても気になるところではある。万が一、砂漠の戦争ジャンキー共と手を組んだとすれば、確かに厄介な存在になるわね」

『確証はありませんが……ただ不穏な動きがあったことは事実です』


 ミッドガーデンから遥か南、“暗い森”と呼ばれる大森林を抜けた先に位置する、広大な砂漠地帯。そこで仕事を任せていた部下が、消えた。

 優秀ではあったが、教会に対する忠誠心は決して高くない男だった。というよりもむしろ、私に対しては憎悪の感情すら抱いていたと思う。

 彼が異端審問官となった経緯を考えれば、それもそのはずか。


 ――母親が魔女だった。だから殺した。

 そしてその息子であるフレイは才気に満ち溢れていた。当時、私の手足となって動ける兵隊が少なかったこともあり、これ以上ないくらいの殺意を込めて吠えていた彼を、無理矢理に教会へと引き入れたのだ。


「こんな事態が起きないように、呪いをかけていたというのに、裏目に出ちゃったかしら」

『……呪い?』


 訝し気に反芻するエーギル。そういえば、彼には伝えてなかった。


「ああ、あなたは知らなかったかしら。言う必要もないから黙っていたのだけれど。簡単に言えば人質よ、ひ、と、じ、ち。アレの恋人をね、預かっているの。彼が敗北を刻む度に、その恋人の肉体と精神を蝕んでいく呪いをかけてね。要は保険ってやつよ」


 思い出すだけでゾクゾクする。人の原型を留めない恋人の姿を見た、絶望に満ちたフレイの表情。あれは最高だった。礼拝堂でのセックスなんかよりもずっと、刺激的で煽情的だ。ついつい、傘を握る手に力が入ってしまう。

 彼女は今もまだ、教会の地下で生きている。フレイを縛り付ける鎖としての役割を全うしながら。

 

『…………あなたは』


 淡泊を貫いていた声に、初めて感情らしきものが乗った。

 そういえば二人は同期だったか。年齢や考え方の違いはあれど、フレイの境遇に何か思う所があったのだろうか。 

 

「なぁに、エーギル」

『……いえ』

 

 意外な反応に笑いを噛み殺しながら、次の言葉を窺うが、面白くないことに彼はその先を呑み込んでしまった。からかいがいのない男だ。

 まぁ良い。リアクションなど、彼には最初ハナから期待していなかった。


「もしもフレイと戦闘になった場合、決して油断はしないことね。あの男が持つ三つの呪物は、この私に一度は傷をつけたほどの代物よ。まだケツの青かったガキだと油断した私も悪かったのだけれどね」


 魔術の分野、特に呪物製造に関して、フレイは類まれなる才能を見せた。

 だからこそ、軍事産業が盛んなムスペルヘイムへ派遣したのだが……どうやら裏目に出てしまったようだ。


『……戦艦スキドブラドニル、金牙グリンブルスティ、血蹄ブローズホーヴ、でしたか』

「そ。いくらあなたといえど、まともに相対しようとしては駄目よ。必要になれば“鴉”を使いなさい。判断は……あなたに任せるわ」


 私の育てた兵隊の中でも、エーギルはとりわけ優秀な異端審問官だ。生まれ持った巨大な魔力と、その操作を可能とする繊細さ。そして、どんな事態にも常に最適な判断を下す冷静さ。長い人生の中で、たくさんの弟子をとってきたが、ここまで育った者は久しくいなかった。失うのは、惜しい。


 だからこそ、保険をかけた。

 彼に“鴉”を同行させた。


『は。可能な限り迅速に対処し帰還します。評議会で挙がった、マジックドラッグの件についても調査を進めなければ』


 クソ真面目。


「……心配しなくても、こっちの問題はオリヴェルとノートに任せているから焦る必要はないわよ」

『…………むしろそれが心配なのですが』


 最近は派手に動き過ぎたか。騎士団の視線が、今まで以上に教会の動向にへばりついているように思えて仕方がない。監視やスパイは以前からだが、それはお互い様だ。しかし最近は、随分あからさまであった。

 思い出すのは焔心の魔女スルト。彼女の纏っていた黒い軍服は、騎士団の幹部階級の者が身に着ける衣装だ。ならば、こちらの動きを制限するよう働きかけているのは、恐らくあの女であろう。

 先日の評議会で押し付けられた、マジックドラッグの調査などが最もたる例だ。

 彼女が、源典たるアウルゲルミルと、おりの異端審問官を匿っているのは間違いあるまい。どこに潜んでいるかは知らないが、その捜索に回す手を減らそうとしているとすれば、最近の教会に対する圧力も説明がつく。

 

「ふふ、あなたももっと仲間を信頼しなさい。それじゃ、良い報告を待っているわ」


 にっくき魔女の首を脳内で刎ねながら、エーギルの返事を待たず通信を切る。どうせまた明日になれば声を聞くことになるのだ。それにいちいちお別れの挨拶を交わすような関係でもない。


 通信が途切れたと同時、周囲の景色が音を取り戻した。丁度、辿り着いたのは商業区画。ミッドガーデンにおける流通と経済の中心地。老若男女、活気の溢れる通りにファストフードの看板が連なっている。立ち並んだ露店と露店の間は通行人でごったがし、あの中に入っていくのは少々息苦しそうだ。

 

 そこを抜けた先、アルフヘイム区の中心にそびえ立つ、バベルの塔。

 白い制服に腰からサーベルを帯刀した騎士たちが、不審人物がいないかと周囲に目を光らせている。



 ――騎士団本部。

 ミッドガーデンにおける、治安維持組織の一つ。しかしその実態は教会と同様、この街を伏魔殿たらしめる猛獣どもの住処。  

 七年前の集団粛清に参加しながらも現在は、魔女が教会の目から逃れるための、隠れ蓑としても機能する異分子の巣窟。


「では、こちらも一つ手を打たせてもらおうかしら」


 今頃、ムスペルヘイムは夕刻であろうか。たまには雲のかからない夕日を仰ぎたいものだと、そんなことを考えながら象牙の門へと足を踏み入れた。

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