Mala hierba nunca muere.
全身を鋼鉄で固めた装甲艦。艦橋の最上層甲板にある密閉された空間で、ソファチェアに腰を下ろした俺は、壁に投影された映像を一人眺めていた。
元はただの模型に過ぎなかったこの艦隊の下には今現在、蟻の如き矮小な存在が三つ。すぐ背後に迫る死の恐怖に怯え、生きるか見捨てるかの選択を強いられた敗者の姿がそこにあった。圧倒的な力を前にして惨めに、哀れに、浅ましく、残り少ない命の灯を必死に燃やすムシケラ。
いつだってそうだ。絶対的な勝者を前にしたとき、弱者は芋虫のように地を這うことしかできない。そして、その泥と血に汚れた頭を踏みつけられた瞬間に、ようやく自分の立場を理解することになるのだ。
ある者はそれでも立ち向かい、ある者は勝者の靴を舐め媚び諂う。
「……そろそろ、かな」
しかし、今回に限っては……たとえどんな選択をしたとしても、結局最後には死という結末が待ち受けていることを、彼らは理解していない。せめてもの憐れみを込めて、映像に映る三機のAMUへ鎮魂を捧げる。
奴らには選択肢を与えた。勝利の剣を差し出すか、それとも全員の死を選ぶか。が、はっきり言ってそれは、慈悲を与えたフリでしかない。俺の目的を邪魔しようとした時点で、最初からこいつらを生きて帰すつもりはなかった。
特にあの異端審問官の男。あれは駄目だ。あろうことか俺の顔をあの薄汚い足で蹴りつけた不細工面だけは、絶対に許すことが出来ない。
すぐに殺してしまっては腹の虫も収まらないし、何よりも面白くない。生と死の瀬戸際まで追い込んだ後、奈落へと思い切り叩き落してやるのだ。
「さぁ、大人しくその兵器を渡してくれよ? 俺だって無意味な殺生を好むほど悪趣味じゃあない」
嘘だ。相手の命を奪うことになど、今更感慨を抱きはしない。
左右の断崖を削り取りながら、鋼鉄の戦艦は無慈悲に進む。そしていよいよ、タイムリミットが目前に迫ってきていた。
俺の声は増幅器を通して、周囲一帯へ響き渡っている。当然、眼下を走り続ける三人ににも、俺の声は届いているはずだ。
しかし、反応がない。一機を先頭とし、左右に展開したAMUたちはただ無言を貫いている。
もう諦めてしまったのだろうか。これでは面白くない。もっと、命乞いをしろ。騒ぎ立ち、互いに責め合い、そして最後には無残な姿を晒せ。
「…………」
返ってくるのは沈黙。てっきりまたつまらないジョークや皮肉を飛ばしてくるものかと思ったが。もうそんな余裕もないか。
しかし、思い留まる。
待て。この沈黙は不気味で、不自然だ。この状況で打てる手などあるはずないが、それでも一度は俺の手を逃れた相手。しかも、この国の頭脳まで引き連れている状況だ。なにか企んでいる、と考えるのが自然か。
だが、いくら策を弄したところで、圧倒的質量の前には無意味だ。それほどまでに、スキドブラドニルは巨大で強力だった。
なんにせよ、大人しく勝利の剣を渡す意志はないと受け取った。
「……そうか、では精々足掻いてみせろ」
終点まで二百メートルを切った。左右にそびえる二つの断崖の間から、広大な砂漠が覗いている。
最後の勧告を奴らは突っぱねてしまった。
「いけ……!」
俺の意志に従って装甲艦が加速を始める。三十ノット、四十ノット――
更に加速を続ける鋼鉄の戦艦。
いくら頑強なAMUの機体といえど、この速度で衝突すれば原型も残すまい。勝利の剣もろともにはなってしまうが、アレはそう簡単に壊せる代物ではない。全て終わった後にでも回収は可能だろう。セキュリティのことを考えれば、多少壊れてしまっていた方が好都合かもしれない。
加速――加速――加速。
大地に傷跡を残し、大量の砂塵を巻き上げ、超巨大戦艦は瞬きの間にその距離をゼロにした。
そして遂にその時がきた。
――衝撃。
渓谷の終わりを示す、鋭い岩壁があっけなく砕け散る。
分厚い装甲が、目の前にある物全てを砕きながら砂の海へと飛び出す。
だが――
「……なん」
檣楼から送られた映像が、不可解な動きを見せた。
圧倒的質量を誇るその顎が、三機のAMUをかみ砕こうとしたその瞬間――
AMUが三方に散った。
馬鹿な。お前たちの策はその程度だったとでもいうのか。
無駄な足掻きだ。この巨体と速度から逃れられるはずがない。
たかがAMUの性能で回避など、とても間に合うはずがない。
億を超える砂粒と、降り注ぐ瓦礫に一瞬その姿を見失う。
――刹那。
「!?」
光芒が俺の視界をコバルトブルーに染めた。
***
「今だ!」
アルルの号令により、俺たちはAMUの限界まで加速した。
落下してくる瓦礫を防壁が弾き飛ばし、粉々に砕く。目の前にある大岩を飛び越え、ただ己が進む方向へ舵を切る。
そして訪れる衝突の瞬間。
勝利の剣の演算が弾き出した、完璧なタイミングで。
カートリッジに残存する、ありったけの魔力が足元に放たれた。
海碧の光線が地面を穿つ。膨大な魔力が奔流する。
その反動で。
重量ニ十トンに及ぶ鋼鉄の機体が、圧倒的な加速を伴い、文字通り“射出”された。
青白く染まる視界。
衝撃。ひしゃげるボディ。痛み。歯を食いしばる。耳鳴り。鳴り響くレッドアラームが遥か遠くに聞こえた。
剥き出しの体を襲う加速度が、目の前の景色を黒く塗り潰していく。
「――――!!!!!!!」
誰かが叫んでいる。アルルか、シンモラか、俺か。それとも全員か。もしかすると、誰も叫んでいなかったかもしれない。声を上げる間もなかったのかもしれない。だが、その判断すらもすることができない。
全身に、次に肺へ鋭い痛みが走る。肋骨か胸椎が折れたか。四肢が千切れたような感覚に、頭がどうにかなりそうだ。
一瞬の浮遊感の次に、時間が引き延ばされる感覚。暗転していた視界が光を取り戻す。
寝転びながら眺めた三日月が、すぐ目の前にある。そして、再び遠ざかった。
落ちていく。絶対的に、無責任に、為す術もなく。
最後に思い浮かべたのは、拗ねたように口を尖らせたアルルの顔。
――死んだ。
そう悟った瞬間、俺の意識は途絶えた。
***
「――っ!」
投影された映像全体を埋め尽くした魔力の光は、スキドブラドニルがもたらす予定だった殺戮ショーが、完遂されたのか否かの判断を遅らせた。
渓谷の出口から約五キロメートル先の位置に停止した装甲艦。檣楼に備え付けられた広範囲投影鏡が、周辺一帯の情報を正確に映し出ている。
「どうなった……?」
装甲艦と三方に散ったAMUが衝突する瞬間、奴らはなにかをした。しかし、撒き上がる砂塵と、眩いコバルトブルーの光に視界を遮られた所為で、奴らの生死までは確認できなかった。
――まさか生き延びたというのか。
全神経を映像に集中させ、“藻屑”と化しているはずの三人の姿を探す。
視点を、船底の形に窪んだ通り道へ――いない。
積み重なった瓦礫の山を拡大――いない。
「どこに……!」
次々と切り替わる映像。焦燥が、興奮が、術式を加速させていく。
丘陵と化した砂の塊を映す――――いた。
「……はっ」
喉の奥から、笑い声の出来損ないが漏れ出た。
痙攣するように、歪む唇。
「くっ……はは! 見ろ!! やはり無駄な足掻きだった!!」
黄土色と赤褐色によって出来上がった岳麓から、突き出た一本の腕。その先から伸びる、ガトリング砲の成れの果て。
周囲に散らばる、原型を留めぬほどにひしゃげた鋼鉄のバーツ。
見える範囲に確認できたのは、恐らく一機分か。
しかし、あの速度での衝突をもろにくらったとしたら、視認できないくらい遠くへ吹き飛んでいてもおかしくはない。もしくはあの瓦礫の下敷きに、といったところだろうか。
僅かだが、識別できるほど形が残っていただけでも幸運だろう。
正直言えば、少し肝を冷やした。奴らが最後にかました最後っ屁が、逆転の切り札となった可能性もあった。
しかし、待っていたのは完全なる勝利。魔導研究所で勝利の剣に出会う前まで、久しく感じていなかった高揚感が再び体中を駆け巡っていた。
装甲艦から飛び降り、瓦礫交じりの砂漠へ着地する。頭の中で術式の解除を要請すると、見上げるほどの大きさだったスキドブラドニルが、手の平に収まる薄ぺらい型紙へと変化した。
それを懐へ仕舞い、四散したAMUの残骸へと近づいていく。
徐々に明瞭になっていく輪郭。近づくにつれ肌に感じる魔力濃度が、当たりを引いたと確信させた。
――勝利の剣。
砂の山から半分だけ飛び出た、人工の魂を宿す白い球体は、一部が僅かに凹んだ程度の損傷でそこに残存していた。
やはり、耐久力も素晴らしい。シンモラ・ノルシュトレームは本当にいい仕事をした。
『――――』
「やぁ、久しぶり」
砂を払いながら、その球体を拾い上げる。ガガッと部品を軋ませながら、中央に埋め込まれたレンズが俺の方を向いた。
ぎこちなく、縮小するレンズ。そしてノイズ混じりの機械音声が言葉を発した。
『――や――――はり、シっ――ぱ――ぃギ――――』
「失敗? いいや、これが始まりさ。俺が、お前の王様になってやる」
『ガ――――シンモ――ラ――――し――――――ぼウ』
それを最後に光を失う球体。衝撃で内部パーツがイカれたか、それとも単なる魔力切れか。だが、どちらでも良い。
シンモラ・ノルシュトレームが作り出した最後の鍵。機体の自己判断による管理者の選別。それが機能しなくなった今、これをベースに新たな勝利の剣を作り出せばそれで済む。
物言わぬ球体と化したそれを、大事に抱きかかえる。
……ああ、愛おしい。この地を踏んでから、ずっと焦がれてきた兵器が遂に俺の手の中に納まった。
「ゲルズ……ようやく君に会えるよ」
月明かりが祝福するように俺を照らす。
俺の呟きは砂とともに風に運ばれて。
そして消えた。




