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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
53/60

Mala hierba nunca muere.

 全身を鋼鉄で固めた装甲艦。艦橋の最上層甲板にある密閉された空間で、ソファチェアに腰を下ろした俺は、壁に投影された映像を一人眺めていた。

 元はただの模型に過ぎなかったこの艦隊の下には今現在、蟻の如き矮小な存在が三つ。すぐ背後に迫る死の恐怖に怯え、生きるか見捨てるかの選択を強いられた敗者の姿がそこにあった。圧倒的な力を前にして惨めに、哀れに、浅ましく、残り少ない命の灯を必死に燃やすムシケラ。

 いつだってそうだ。絶対的な勝者を前にしたとき、弱者は芋虫のように地を這うことしかできない。そして、その泥と血に汚れた頭を踏みつけられた瞬間に、ようやく自分の立場を理解することになるのだ。

 ある者はそれでも立ち向かい、ある者は勝者の靴を舐め媚びへつらう。



「……そろそろ、かな」


 しかし、今回に限っては……たとえどんな選択をしたとしても、結局最後には死という結末が待ち受けていることを、彼らは理解していない。せめてもの憐れみを込めて、映像に映る三機のAMUへ鎮魂を捧げる。


 奴らには選択肢を与えた。勝利の剣(レーヴァテイン)を差し出すか、それとも全員の死を選ぶか。が、はっきり言ってそれは、慈悲を与えた()()でしかない。俺の目的を邪魔しようとした時点で、最初ハナからこいつらを生きて帰すつもりはなかった。

 特にあの異端審問官の男。あれは駄目だ。あろうことか俺の顔をあの薄汚い足で蹴りつけた不細工面だけは、絶対に許すことが出来ない。


 すぐに殺してしまっては腹の虫も収まらないし、何よりも面白くない。生と死の瀬戸際まで追い込んだ後、奈落へと思い切り叩き落してやるのだ。


「さぁ、大人しくその兵器を渡してくれよ? 俺だって無意味な殺生を好むほど悪趣味じゃあない」


 嘘だ。相手の命を奪うことになど、今更感慨を抱きはしない。


 左右の断崖を削り取りながら、鋼鉄の戦艦は無慈悲に進む。そしていよいよ、タイムリミットが目前に迫ってきていた。


 俺の声は増幅器を通して、周囲一帯へ響き渡っている。当然、眼下を走り続ける三人ににも、俺の声は届いているはずだ。

 しかし、反応がない。一機を先頭とし、左右に展開したAMUたちはただ無言を貫いている。

 もう諦めてしまったのだろうか。これでは面白くない。もっと、命乞いをしろ。騒ぎ立ち、互いに責め合い、そして最後には無残な姿を晒せ。


「…………」


 返ってくるのは沈黙。てっきりまたつまらないジョークや皮肉を飛ばしてくるものかと思ったが。もうそんな余裕もないか。


 しかし、思い留まる。

 待て。この沈黙は不気味で、不自然だ。この状況で打てる手などあるはずないが、それでも一度は俺の手を逃れた相手。しかも、この国の頭脳まで引き連れている状況だ。なにか企んでいる、と考えるのが自然か。


 だが、いくら策を弄したところで、圧倒的質量の前には無意味だ。それほどまでに、スキドブラドニルは巨大で強力だった。


 なんにせよ、大人しく勝利の剣(レーヴァテイン)を渡す意志はないと受け取った。

 


「……そうか、では精々足掻いてみせろ」



 終点まで二百メートルを切った。左右にそびえる二つの断崖の間から、広大な砂漠が覗いている。


 最後の勧告を奴らは突っぱねてしまった。


「いけ……!」


 俺の意志に従って装甲艦が加速を始める。三十ノット、四十ノット――

 更に加速を続ける鋼鉄の戦艦。

 

 いくら頑強なAMUの機体といえど、この速度で衝突すれば原型も残すまい。勝利の剣(レーヴァテイン)もろともにはなってしまうが、アレはそう簡単に壊せる代物ではない。全て終わった後にでも回収は可能だろう。セキュリティのことを考えれば、多少壊れてしまっていた方が好都合かもしれない。


 加速――加速――加速。


 大地に傷跡を残し、大量の砂塵を巻き上げ、超巨大戦艦は瞬きの間にその距離をゼロにした。


 そして遂にその時がきた。




 ――衝撃。

 

 渓谷の終わりを示す、鋭い岩壁があっけなく砕け散る。

 分厚い装甲が、目の前にある物全てを砕きながら砂の海へと飛び出す。


 だが――


「……なん」


 檣楼しょうろうから送られた映像が、不可解な動きを見せた。

 

 圧倒的質量を誇るその顎が、三機のAMUをかみ砕こうとしたその瞬間――



 AMUが三方に散った。




 馬鹿な。お前たちの策は()()()()だったとでもいうのか。


 無駄な足掻きだ。この巨体と速度から逃れられるはずがない。

 たかがAMUの性能で回避など、とても間に合うはずがない。


 億を超える砂粒と、降り注ぐ瓦礫に一瞬その姿を見失う。  

 

 ――刹那。



「!?」



 光芒が俺の視界をコバルトブルーに染めた。



 

***



「今だ!」


 アルルの号令により、俺たちはAMUの限界まで加速した。 

 落下してくる瓦礫を防壁が弾き飛ばし、粉々に砕く。目の前にある大岩を飛び越え、ただ己が進む方向へ舵を切る。



 そして訪れる衝突の瞬間。

 勝利の剣(レーヴァテイン)の演算が弾き出した、完璧なタイミングで。


 カートリッジに残存する、ありったけの魔力が()()に放たれた。



 海碧の光線が地面を穿つ。膨大な魔力が奔流する。

 その反動で。



 重量ニ十トンに及ぶ鋼鉄の機体が、圧倒的な加速を伴い、文字通り“射出”された。



 青白く染まる視界。


 衝撃。ひしゃげるボディ。痛み。歯を食いしばる。耳鳴り。鳴り響くレッドアラームが遥か遠くに聞こえた。


 剥き出しの体を襲う加速度が、目の前の景色を黒く塗り潰していく。



「――――!!!!!!!」



 誰かが叫んでいる。アルルか、シンモラか、俺か。それとも全員か。もしかすると、誰も叫んでいなかったかもしれない。声を上げる間もなかったのかもしれない。だが、その判断すらもすることができない。


 全身に、次に肺へ鋭い痛みが走る。肋骨か胸椎が折れたか。四肢が千切れたような感覚に、頭がどうにかなりそうだ。

 一瞬の浮遊感の次に、時間が引き延ばされる感覚。暗転していた視界が光を取り戻す。


 寝転びながら眺めた三日月が、すぐ目の前にある。そして、再び遠ざかった。

 

 

 落ちていく。絶対的に、無責任に、為す術もなく。

 最後に思い浮かべたのは、拗ねたように口を尖らせたアルルの顔。



 ――死んだ。



 そう悟った瞬間、俺の意識は途絶えた。



 ***



「――っ!」


 投影された映像全体を埋め尽くした魔力の光は、スキドブラドニルがもたらす予定だった殺戮ショーが、完遂されたのか否かの判断を遅らせた。


 渓谷の出口から約五キロメートル先の位置に停止した装甲艦。檣楼しょうろうに備え付けられた広範囲投影鏡が、周辺一帯の情報を正確に映し出ている。



「どうなった……?」


 装甲艦と三方に散ったAMUが衝突する瞬間、奴らは()()()をした。しかし、撒き上がる砂塵と、眩いコバルトブルーの光に視界を遮られた所為で、奴らの生死までは確認できなかった。



 ――まさか生き延びたというのか。


 全神経を映像に集中させ、“藻屑”と化しているはずの三人の姿を探す。

 

 視点を、船底の形に窪んだ通り道へ――いない。

 積み重なった瓦礫の山を拡大――いない。



「どこに……!」


 次々と切り替わる映像。焦燥が、興奮が、術式を加速させていく。


 丘陵と化した砂の塊を映す――――いた。



「……はっ」


 喉の奥から、笑い声の出来損ないが漏れ出た。

 痙攣するように、歪む唇。



「くっ……はは! 見ろ!! やはり無駄な足掻きだった!!」


 黄土色と赤褐色によって出来上がった岳麓がくろくから、突き出た一本の腕。その先から伸びる、ガトリング砲の成れの果て。

 周囲に散らばる、原型を留めぬほどにひしゃげた鋼鉄のバーツ。


 見える範囲に確認できたのは、恐らく一機分か。

 しかし、あの速度での衝突をもろにくらったとしたら、視認できないくらい遠くへ吹き飛んでいてもおかしくはない。もしくはあの瓦礫の下敷きに、といったところだろうか。

 僅かだが、識別できるほど形が残っていただけでも幸運だろう。


 正直言えば、少し肝を冷やした。奴らが最後にかました最後っ屁が、逆転の切り札となった可能性もあった。

 しかし、待っていたのは完全なる勝利。魔導研究所で勝利の剣(レーヴァテイン)に出会う前まで、久しく感じていなかった高揚感が再び体中を駆け巡っていた。


 装甲艦から飛び降り、瓦礫交じりの砂漠へ着地する。頭の中で術式の解除を要請すると、見上げるほどの大きさだったスキドブラドニルが、手の平に収まる薄ぺらい型紙へと変化した。

 それを懐へ仕舞い、四散したAMUの残骸へと近づいていく。


 徐々に明瞭になっていく輪郭。近づくにつれ肌に感じる魔力濃度が、当たりを引いたと確信させた。



 ――勝利の剣(レーヴァテイン)


 砂の山から半分だけ飛び出た、人工の魂を宿す白い球体は、一部が僅かに凹んだ程度の損傷でそこに残存していた。

 やはり、耐久力も素晴らしい。シンモラ・ノルシュトレームは本当にいい仕事をした。



『――――』

「やぁ、久しぶり」


 砂を払いながら、その球体を拾い上げる。ガガッと部品を軋ませながら、中央に埋め込まれたレンズが俺の方を向いた。

 ぎこちなく、縮小するレンズ。そしてノイズ混じりの機械音声が言葉を発した。


『――や――――はり、シっ――ぱ――ぃギ――――』

「失敗? いいや、これが始まりさ。俺が、お前の王様になってやる」


『ガ――――シンモ――ラ――――し――――――ぼウ』


 

 それを最後に光を失う球体。衝撃で内部パーツがイカれたか、それとも単なる魔力切れか。だが、どちらでも良い。

 シンモラ・ノルシュトレームが作り出した最後の鍵。機体の自己判断による管理者の選別。それが機能しなくなった今、これをベースに新たな勝利の剣(レーヴァテイン)を作り出せばそれで済む。


 物言わぬ球体と化したそれを、大事に抱きかかえる。


 ……ああ、愛おしい。この地を踏んでから、ずっと焦がれてきた兵器が遂に俺の手の中に納まった。

 


「ゲルズ……ようやく君に会えるよ」


 月明かりが祝福するように俺を照らす。


 俺の呟きは砂とともに風に運ばれて。



 そして消えた。

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