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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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夢の跡

 違和感に気づいたのは同時だった。

 

 東の国境地帯を目指して進む俺たちの背中で、太陽が西の地平線に消え、すぐに夜がやってきた。金糸雀色に微笑む月と無数の星が煌めき、澄んだ空気の影響か、すぐ目の前にあるように感じさせる。一年中分厚い雲に覆われた灰色の街では、決してお目にかかれない景色が広がっていた。

 左右を高い崖に囲まれた砂漠道。昼間は直射日光を避けられるため、キャラバンや旅人の間でよく利用される道らしい。その中を穏やかな、しかし冷たい風が通り過ぎていく。薄着のまま飛び出してきた俺たちには厳しい砂漠の夜だ。AMUの機体を寄せ合い風と砂塵を防ぐ。焚火を囲うと少しは寒さが凌げるが、シンモラは肌寒そうに体を抱きかかえていた。


 岩場を這っていたトカゲを捕まえ火で炙って食べる。身は少ないが、鳥肉のような味で悪くはない。アルルに勧めてみたが、彼女は苦い顔をしながら首を横に振った。空腹を紛らわせるために、早い段階で横たわった少女は、周囲に結界を張るとすぐに小さな寝息を立て始めた。

 強力な魔術や魔法を完全に防ぐことは難しいが、獣や盗賊程度の奇襲は防げるだろう結界。トカゲを食べ終え、多少は腹が満たされた俺もアルルに倣って、星空を眺められるよう仰向けになる。粒子の細かい砂はさらさらとしていて、寝転ぶと体全体が包まれるように沈んでいった。

 


 目を閉じて一刻ほど。

 眠りは浅い。俺も、アルルも。シンモラは……疲労が溜まっていたのか、熟睡していたようだ。

 とにかく、異変に気付いて体を起こしたのは俺とアルルだった。 


「……?」


 ひび割れた大地に蛇が這うような不快な音だった。どこから鳴っているのか、誰が鳴らしているのかわからない。片目を開けて周囲の気配を探ると、同じく辺りを見回す碧眼と視線がぶつかった。

 

「…………」


 自然現象にせよ、人為的な事象にせよ、何かが起こる。或いはその前触れ。

 その音は段々と重低音へと変化していき、遂に体を揺らす微かな振動を伴うようになる。


「……近づいてきている?」


 重低音と、振動。一度認識すると、それは加速度的にその振幅を増していく。左右の崖から、ぱらぱらと岩の破片が崩れ落ちてくる。シンモラが目を覚ましたのは、近づいてくる音が彼女のいびきを掻き消す頃になってからだった。



「んなっ!? な、なになに!? 今度は一体なんだってのよ!」

『――西南西より正体不明の巨大物質が接近中。あと五十三秒で、こちらへ到達します』


 腹の底まで響く振動は、俺たちが来た方角から近づいてきていた。勝利の剣(レーヴァテイン)のアラートに従い視線を向けると、遥か向こうに巨大な陰影が月の光を受けて蠢いているのが見えた。


 それは、大量の砂を巻き上げながら、みるみるうちに渓谷の入口まで迫ってきた。



「っなにかわからんがとにかくやべぇ! 早くここを離れるぞ!!」

「もうっ! 一体いつになったら落ち着けるのよ!」


 シンモラが慌てふためいた様子でAMUへと搭乗するのを横目に、俺とアルルもコクピットへと乗り込む。顔全体を覆うヘルメットを被ると、アイカメラが明るく周囲を映し出した。

 後ろを振り返り、近づいてくる巨大な影を拡大視認する。


「……なんなんだ?」

「アヤメ! 何をしている!」


 少し先を走っていたアルルの怒鳴り声に、我に返った。アイカメラを切り替え、彼女たちに倣って急ぎ足で前へ進む。

 そうこうしているうちに、水辺に小さな波紋を起こす程度だった振動は、周辺一帯に地鳴りを響かせるまでに大きくなっていた。街一つを呑み込むほどの巨大な大蛇がうねりを打つかのような轟音。走り出したAMUを嘲笑うかのように、それは無慈悲に、無遠慮に近づいてくる。


 左右のそびえ立つ砂岩層は、見上げるほどに高い崖が作り出す天然の要塞だ。しかし、そんなものお構いなしと言わんばかりの速度で、砂の渓谷に迫り来る巨大物質X。波打つ砂の海を全速前進し、そして遂にその正体が視認できる距離まで達したそれは、二つの岩壁が作り出す門へと――


「うっそでしょ!!」


 ――衝突。しかしその勢いは止まらない。


 断崖を砕き、岩の雨を降らせ、しかしその速度を落とすことなく真っすぐこちらへ迫ってくる。腹を空かせた大蛇のように、天を裂く竜のように。


 月明かりに露わになったその巨大物質の正体は――



「ふ……」

「船ぇぇェェェ!!?」

「な、なな、なんなのよおおおおおおお!!?」


 それは、船としか形容ができなかった。少なくとも俺には、それ以外に表現できる言葉を持ち合わせていなかった。一般的な貨物船や旅客船を明らかに凌駕する、巨大な体躯。装甲艦、というのだろうか。後ろを振り向いて、まず視界に入るのは顎のように尖った船底部分。AMUと同様に鋼鉄で出来たボディ全体を、薄く魔力が包んでいるのが見て取れた。

 しかし、あまりの巨大さにその全貌が掴めない。視界を埋め尽くす艦体と、今までに感じたことのないプレッシャーとで、距離感がおかしくなりそうだった。


「おい! この国では砂漠のクルーズに装甲艦を使うのか!?」

「いいや、アルル。追い込み漁の最中って線も捨てきれねぇ!」

「では、この場合のイルカは私たちというわけか」

「馬鹿なこと言ってる場合!? あんたたちなんとかしなさいよ!!」


 決定的なことが現状で二つある。圧倒的な質量と速度で迫るそれに巻き込まれれば、防壁やAMUの装甲など関係なく轢き潰されるということ。そして、この渓谷よりも遥かに大きな艦体を、やりすごせそうな場所も、逃れられるスピードも俺たちは持ち合わせていないということ。


「いや、なんとかって言われても…………。勝利の剣(レーヴァテイン)、さっきの光の剣をもう一度出せないのか!?」


 藁にも縋る思いで、沈黙を守っていた人造の魂へと問う。魔導研究所の防壁を叩き切ったあの魔力があれば、背後へ迫る超巨大戦艦に対抗できるかもしれない。


『――不可能です。あの現象は、事前に防壁を形作る魔力を吸収していたからこそ実現しました。更に言えば、たとえば今、あの船を覆う魔力を吸収したとしても、それを溜めておけるバケツがありませんので』


 概ね予想通りの解答が返ってきた。


「…………」


 こうしている間にも背後では、轟音に乗った死の航走が続いている。その魔の手から逃れるために、AMUのカートリッジに残った魔力を動力としてフル活用し、ただひたすらに走り続ける。関節フレームを軋ませ、油圧シリンダを摩耗させ、カタログスペックを越えた速度で疾駆するにも関わらず、装甲艦との距離は離れるどころが縮まる一方だった。

 絶体絶命。

 諦めに似た空気が三人の間に満ちていく感覚。



『あーあー、てすてす。聞こえているかな?』


 辺り一面に破壊を撒き散らしながら進む装甲艦。地鳴りのような音と、岩壁が崩れ落ちる音にも負けないくらいの音量で、聞き覚えのある声が一帯に響いた。


『やぁ反逆者ども。相変わらず不細工な面構えで喜ばしい限りだ』


「待て。こいつらはともかく、私は可愛いだろうが」

「ら!? 私までこんなブ男と一緒にしないでくれる!?」


 もう二度と聞きたくもなかったし、そのつらを拝みたくもなかった。しかしまだ記憶に新しい、小憎たらしい口調。

 歯を白く光らせシニカルに笑う顔が容易に思い浮かぶ、その声の主は――


「……よう、フロディさんよぉ、随分といい船乗ってんなぁ!? 殴られ過ぎて、水と砂の区別もつかなくなっちまったか!?」


『ははは、教養もジョークのセンスもない君に教えてあげよう。この船の名はスキドブラドニル。最大速度三百ノットを誇る鋼鉄の巨艦。砂漠だろうが、水中だろうが関係ない。この世界最大かつ最速を誇る船の具現化こそが俺の魔術だ』


 俺たちのすぐ後ろまで追いついた装甲艦はそれから、つかず離れずの位置を維持している。その気になれば、すぐに俺たちをミンチにできるにも関わらず、聞いてもいないことをべらべらと喋り倒すマダムキラー。

 お気に入りの玩具を自慢する子供のように、装甲艦の特徴を話すフロディの声はどこか楽し気だった。奴の姿は見えない。この巨大な船の中で、呑気に舵輪でも回しているのだろうか。


「具現化……。召喚か?」

「いや、召喚とは違うだろう。アレは精々、小さな精霊や動物霊を使役する程度の術式でしかない。考えられるとすれば、幻覚の類か物体の質量を変化させる魔術だが……。実際に破壊という現象が起こっている以上、後者と考えるのが自然だろうな」


 俺の漏らした疑問に、即座に答えるアルルの表情は暗い。魔術のことなら何でも解決してくれる天才金髪美少女魔法使いだが、今回ばかりは相手が悪いようだ。


 なにせ、単純にでかすぎる。


『さて、俺はいつでも君たちを“藻屑”にできるわけだが、ひとつ慈悲を与えようと思う』


 随分いいスピーカーを使っているのだろう。大音量にも関わらずノイズのない、クリアな音声が耳に障る。


『――勝利の剣(レーヴァテイン)を渡せ。そうすれば……陳腐な言い回しだが、命ばかりは助けてあげよう』 


 やはり、それが狙い。

 俺とアルルの視線が、シンモラの傍らに格納された白い球体へ注がれる。


『…………』

『タイムリミットは、そうだな。もうすぐこの渓谷も終わりを迎えるだろうから、そこまでかな』


 奴に命を握られている。あの巨大な質量の装甲艦に衝突されれば、AMUの装甲もろとも一瞬でミンチにすることができるだろう。その上で与えられた選択肢。あのいけ好かない優男に、絶対的優位に立たたれているという事実。思わず歯噛みするが、ゴールテープはもうすぐそこにまで迫っている。そこを越えれば最後、三人揃ってデッドエンドだ。



「……イヤよ」

「言うと思ったよ」


 こちらを睨みつけながら、シンモラは絞り出すような声を上げた。


「あんたたちからすれば、作り物だって思うかもしれないけれど……。私にとっては子供みたいなものなのよ! 一から理論を組み立てて、色んなものを犠牲にして、室長のセクハラにも耐えながら必死で守ってきたんだから!」


 鼻をすすり掠れ声で叫ぶ彼女は、勝利の剣(レーヴァテイン)を守るように白く光る人工の魂を抱いた。

 彼女の気持ちはわかる。俺だってそれは尊重してやりたい。

 だが、このままでは。


 どう返そうか迷っていると、抑揚の無い機械音声に思考を中断させられた。


『――時間がありません。シンモラ・ノルシュトレーム。このままではどちらにせよ、あなたは死に、勝利の剣(レーヴァテイン)はあの男の手に渡るでしょう。ならば勝利の剣(レーヴァテイン)を手放してあなた達が生き残ることが合理的且つ最良の判断だと考えます』

「ふっざけんじゃないわよ! 私が、あんたを売るなんて、絶対そんなことしない!! そんなこと……あんな奴と一緒のこと…………私は絶対にしない!」


『…………』


 視界の先では、遂に断崖の終わりが見えてきた。ぽっかりと空いた穴の先で、無限とも思える砂漠の海が広がっている。


 どうする。どうする。

 折角俺たちを信用してくれた彼女を裏切るのか。それとも三人仲良く粉々になって、獣に死肉を貪られるのか。

 

 ……せめてアルルだけでも。だが、どうやって。


 泥の中にいるように、思考が進まない。どうすれば、この詰みの状況を抜け出せる?


 また俺は――間違うのか?


「……どうする。出口が近いぞ」


 俺にとって一番大事なもの。

 そんなの、決まっている。

 

「……憶測だが、あの性悪ハンサムはどっちにしても俺たちを殺すつもりだ。俺たちは、あいつにとって不都合な真実を知り過ぎてる。それから俺も、勝利の剣(レーヴァテイン)には助けられた。ムカつくキンタマ野郎だが、仇で返すつもりはないさ」


 偽善だと、言われようが――


 俺の目をじっと見つめ返す、碧眼。

 この年端も行かない見た目をした少女の中には、確固とした命の優先度がある。普段の言動から読み取るのは難しいが、有難いことに俺はそのランキングの中でも上位にいるらしい。だからきっと今も、勝利の剣(レーヴァテイン)、或いはシンモラを犠牲にして生き残る方法が、彼女の頭の中で展開されていたに違いない。


 それを冷酷とは思わない。他の何を犠牲にしても、自分自身と俺を守ろうとしてくれている。それが、彼女の優しさなのだ。

 

 やがて、諦めたように大きな溜息を吐いたアルルは、再び球体コアへと視線を戻した。


「……ちっ。おい、フンコロガシのふん。昼間に撃った魔力砲はまだ使えるか?」

『――まさかそれは勝利の剣(レーヴァテイン)のことでしょうか、貧乳チビ。国境地帯まで辿り着くために温存していた魔力を使用すれば一発は射出可能です』

「いいか、一か八かだ。このクルーズ船はデカくて速い。その上頑丈ときた。が、それゆえに小回りは利きにくいはずだ。つまり、ゴールテープを切った瞬間、私たちの足元に魔力砲を撃て」


『――あなたの言いたいことは理解しました。限りなく成功確率が低い上に、その後の考慮がなされていない愚策中の愚策ですが、シンモラ・ノルシュトレームが生き残るためならば……あなたの指示に従いましょう』

「よろしい。タイミングと角度は貴様が計算しろ。それと、無事に生き残ったら覚えてろよ」


 アルルと勝利の剣(レーヴァテイン)の間で交わされた策。一体なにをするつもりなのか、俺とシンモラは顔を見合わせ互いに頭を振った。

 

「貴様らは、とにかく前へ進むことだけ考えろ! 泣いても笑ってもチャンスは一回切りだ!」


 アルルが叫び、俺たちを先導するように前へ。

 崖の切れ目まで、あと数百メートルを切っていた。

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