砂の城
――アイカメラ越しの視界は良好。
外からは窮屈そうに見えたコクピットは、流石というか、やはりというか、四肢の動きを邪魔しないように設計されていた。操縦に関しては慣れれば存外難しくはない。手首と足首に装着したバングルを通じて、イメージした動きがAMUの動作に反映される。
細かい出力を、勝利の剣がアシストしてくれているお陰でもあるのだろう。こういった最新鋭の機械に明るくない俺たちでも、訓練なく操縦が出来るのは有難い話だった。
過酷な自然環境と、資源の少なさという側面から、発展途上国のレッテルを貼られているムスペルヘイムであるが、軍事産業に限って言えば他国よりも間違いなく頭一つ抜けている。この技術力が国民に還元されれば良いのだが、戦争に振り切った政策を行う大統領の所為で、いつまでも一般国民の生活は豊かにならない。
「こういう国は、遠からず破滅するだろうな」
第一次産業の拡大などハナから眼中にない。他国を侵略して、土地と資源を奪い続ければ良いという考え。しかし、ここで生活している国民は? いずれ彼尽くす故郷の大地を捨て、そう簡単に他所へ移ることができるのだろうか。
そして、奪い取った土地を、資源を再び食い尽くした後は? 今なお拡大している砂漠は、そうした歴史が積み重なった産物といえるだろう。
侵略、内紛、そしてまた新たな敵を求めて、新たな兵器が作り出される。この悪循環がもたらすのは、富ではなく新たな戦争。AMUという搭乗型魔導兵装が最もたる例だろう。
その最新の機体は今、俺たちの目の前にある壁を破壊し、道なき場所に無理矢理道を作って進行している。
相手のAMUは無力化し、残るは自動小銃を抱えた兵士たちのみ。歩兵が、この鋼鉄の機体を止めることはできはしない。雨のように降り注ぐ弾丸を、すべて無効化する防壁と鋼鉄のボディ。走り去っていく俺たちを、ただ見送るしかできない兵士たちの様子を一瞥し、改めてこの機体のスペックを思い知った。
そして、これを生身のまま打ち破ったアルルもまた、別格の存在であることを再確認させられた。
「外に出るわよ!」
シンモラの操縦する鋼鉄の体躯が、建物と外界を隔てる最後の壁に体当たりをかました。
轟音とともに、瓦礫と砂塵が舞う。
『――そのまま最短距離を進んでください。敵対勢力の増援にご注意を』
彼女の傍らに格納された球体が、AMUの通信網を通じて念話を送ってくる。
その機械音声を聞きながら、ただひたすらに前進。一瞬だけ灰色に染まった視界が晴れた先に現れたのは、雲一つない青空と、容赦なく降り注ぐ鋭い日差し。眩しさに目を細めるが、それも一瞬のこと。アイカメラが自動的に明暗を調整し、即座に最適な視界を作り出した。
機械音とともに、砂の海へ着地。数百キロの機体が沈む感覚と同時に、既に鋼鉄の脚は前進を始めている。細かい砂の粒子を巻き上げ駆動する一対の脚は、たった一歩で数メートル先まで進む。足を前に運ぶ、などといちいち意識する必要もない。無意識下で行われる動作は、タイムラグすら認知させずAMUへと反映されるのだ。
自分の体がそのまま大きくなったような全能感。恐らく勝利の剣のアシストにより実現されているのだろうが、なるほど、これは快適だ。
「シンモラァ! 今更だが、このままAMUに乗ってて問題はねぇのか!?」
しかし、懸念事項が一つ。こうも直感的に操縦ができるうえに、強靭な装甲と、そこらの重火器を軽く凌駕する火力を誇るAMU。戦場に出れば絶大な戦果をもたらす一方で、なんらかの事情で相手の手に渡った場合、それは味方に甚大な被害をもたらす悪魔と化す。ならば、そういった場面を想定して、予め何らかの対策を講じていないはずがない。
というか俺なら絶対にそうするしね。遠隔で機体を爆破できる装置とか備え付けとくよ、知らんけど。俺でも思い至るのだから、ここに務めている頭脳明晰な学者様一同は真っ先に考えるんじゃなかろうか。
「問題がない、とは言い切れないわ! 一応、遠隔での制御権奪取が出来るように設計してあるわよ!」
やっぱりね。
だが、散々研究所の壁を突き破ってきた俺たちの足が、未だに止まることなく前進を続けているのは何故だ?
『――ご安心ください。現在、そのシステムは勝利の剣が掌握していますので、この三機に関してはペルアンクの干渉を受けない、スタンドアローン状態です』
会話に割り込んできた機械音声が、俺の疑問に解を示した。
「そういうこと! 更に言えば、特例的にAMUの機能停止が担える。勝利の剣が私たちの手にあるおかげで、カートリッジの魔力を吸収されるこもないわ! だから、今懸念するべきは――」
「――見ろ!」
シンモラの声を遮り、アルルが乗ったAMUの腕が前方を指し叫ぶ。
その先には高くそびえ立つ、研究所を囲う外壁。突き刺すような日光を遮り、砂の絨毯に影を落とすその根元。アルルに言われるまま視線を動かした先には、俺たちが乗ってきたサンドバギーよりももっと大きな装甲車が、隙間なく並んでいた。
突貫のバリケード。
それだけなら問題はない。このまま押し通すまでだ。
しかし――
「――魔導兵装だわ!」
なおも進行を止めない俺たちを待ち受けていたのは、肩から先を人工義肢に換装した兵士たちによって編成された部隊。その義肢の表面に描かれているのは、複雑な記号を組み合わせた術式。
その装備は難民キャンプで見た物よりも、遥かに洗練されたフォルムで統一されていた。
『――視認できるだけで百五十名の魔導兵装部隊です。魔術による集中砲火を受ければ、この機体の防壁では防ぎきれず、無視できない損傷を受けると予測します』
「最後の保険ってわけかい!」
俺たちが、部隊を認識したと同時。
その部隊の先頭に立つ男の合図とともに、魔術による一斉攻撃が始まった。
「避けて!」
魔術の発動を示す淡い光。この広大な大地の上では、一つ一つは蟻のように小さな魔力だが、集まれば数百倍の体積を持つ象だろうと死に至らしめる顎へと変わる。
それを証明するかのように、コバルトブルーの光線が放たれた。魔力が唸り、重なり合い、直線軌道を描きながら最短距離でフルメタルの機体に到達する。
アラームが鳴り響く。
真横へ跳躍し、回避。そこに次々と魔力の塊が着弾し、大地が爆ぜる。
被弾はしていない。が、視界を遮る煙を切り裂いて、次々と迫るコバルトブルー。
一度の跳躍で、十メートル以上は移動しただろうか。その真下を超高速の魔力が通り抜けていく気配に、冷水を被ったような感覚に陥った。
「あっぶねぇ……」
着地の衝撃で機体が揺れ、しかし気を抜かず回避行動を続ける。
砂塵を突っ切り、視界がクリアになった。アイカメラで周囲を見渡せば、少し離れて横並びに前進するAMU。アルルとシンモラも無事なようだ。
普段とは全く違うスピードで展開される戦闘に、緊張と高揚感が湧き上がる。不謹慎なことだが、知らず知らずのうちに俺は歯を見せ笑っていた。
だって男ならさ、人生で一度はこういうの経験してみたいって思うじゃん?
『――進みつつ応戦します。五秒後に魔力砲を発射。衝撃に備えてください』
「――っ!」
フルメタルの左腕が意図せず正面へ向く。勝利の剣に、左腕の操作を強制された結果だったが、突然の意志と乖離した動作に現実へと引き戻された。
左腕の先には真っ暗な空洞。そこへ、義肢が放つものとは比べ物にならない巨大な魔力が、不協和音とともに集中していく。
『――スリー、ツー、ワン』
何かを察したのだろう、部隊の先頭に立つ男が慌てて合図を出した。同時に、蜘蛛の子を散らしたように退避していく兵士たち。
『――発射』
瞬間、音が消えた。
抑揚のない音声とともに弾けた、膨大な魔力。
すぐに凄まじい轟音。次いで、全身を反動が襲った。
揺れる機体。腕が、首が、体幹が、予想を超えた衝撃に悲鳴を上げる。
体の軋みを自覚したときには、放出された魔力により視界が青緑色に染まっていた。
「うおおおおおおおお!?」
左腕から吐き出された魔力の束は、装甲車を貫通し――そのまま外壁に到達。分厚い鉄製の板を円形にくり貫いた。
「……」
えげつない破壊力に、口が開きっぱなしになってしまう。
以前、大司教ヘリアン・ヴァーリが使ってみせた魔術を、遥かに凌駕する威力。
流石に連射はできないようだが、あまりの破壊力に言葉を失った。
「そのまま進んで!」
「さっきの馬鹿は、屋内でこんなものを撃つつもりだったのか!」
同じく圧倒的な破壊を引き起こしたシンモラに、アルルと俺が続く。それを遠巻きに眺める兵士の群れを尻目に、もうもうと土煙を上げる外壁に到達したAMUは、魔力砲が作り出した穴から、トップスピードを保ったまま走り抜ける。
後方から怒号が聞こえ、しかし跳躍するように進み続ける機体は、刹那にその音を置き去りにした。
次々と動く事態に思考が追い付かない。アドレナリンの過剰分泌による心拍数と血圧の上昇に当てられた俺は、自分でも知らないうちに、よくわからない叫びを上げていた。
「おい! シンモラ嬢! 防壁がかなり復旧しているぞ!」
しかし、興奮に水を差すかのようなアルルの声。
珍しく焦ったような、不安気な声色が、俺に冷静さを取り戻させた。
正面で数えきれないほどの菱形の防壁が、同時多発的に出現する。それはまるで地面から天へ昇るように展開し、隙間なく上空を覆っていく。
ペルアンクを外敵から守り抜く、強固な防壁魔術。巨大な建物の輪郭に沿うように、ドーム型に修復される魔力の壁は、あっという間にAMUの背丈を飛び越えた。
「ああもうっ! 私が優秀過ぎた所為でっ!!」
シンモラの動きとリンクして、頭を抱えるAMU。傍から見れば間抜けな動作だが、本人はそれを気にするどころではないらしい。
ぶつぶつと、呪文のように計算式を唱え始めるシンモラ女史。
彼女の言動はさておき、このままでは防壁に衝突すれば、AMUの堅牢な機体といえど、あっという間にバターのように溶けてしまうのは明白だった。
『――いいえ。防壁はその効果を発揮するよりも、復旧に魔力を割いています。まだ、魔力プールとのリンクは切れていません。残存する魔力を以てすれば、今なら破ることは可能かと』
どんな時でも、冷静さの極みに立つ機械音声が、再び解決策を示した。
『――あなたが、その片刃刀を拾ってきたのは僥倖でした。それは良い触媒となるでしょう』
球体がそう告げると同時、俺の傍らに収納していたシャムシールが魔力に包まれ――ぼろぼろになって崩れ落ちた。
「は!?」
『――喜びなさい、真性包茎。なぜなら、勝利の剣を振るう機会をあなたは得たのだから』
突如、右腕に備え付けられたガトリング砲が変形を始める。機械的な音を立てて、格納され行く砲身は、瞬く間にマニュピレーターへと変貌した。
その先端、三本の機械指が握りしめるのは――
「……お前、さいッこうだわ!!」
まさに――光の剣。
『――さぁ、切り伏せるのです!』
俺の意志に従って、蒼穹を貫く切っ先。
鋼鉄の腕が焼け付きそうなほどの魔力を孕んだ勝利の剣を、復旧を続ける防壁に向かって振り下ろす。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「「いけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」
衝突。撃音。奔流。
ただ目の前の壁を切断するためだけに振るわれた光の剣は――
『――完璧です』
その膨大な魔力ごと、防壁を切り裂いた。




