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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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欲望の隙間

「……」

 

 息苦しさを自覚し、しばらく呼吸を忘れていたことに気づく。

 大きく息を吸うと、肺の中で薄く引き伸ばされた空気が元の質量を取り戻していく。

 辺りを覆う熱が気管支と肺を焼き、その度に組織が修復されていく感覚に身を任せた。

 ふぅと一度に息を吐き出す。同時、一際大きな炎が立ち上がると、周囲に重なり倒れていた人間を焼き尽くし一瞬で灰へと還した。

 灰と塵、そして揺らめく炎以外に動くものはないことを確認すると、魔力の出力を中断する。炎が手の中から消え去り、先ほどまで全身を支配していた全能感が失われた。

 

 辺りに闇が降り、喧騒の余韻を消し去る。

 

 誰かが、夜が暗いほど星は明るくなると言ったことを思い出す。

 光を求めて上を仰げば、分厚い雲が空一面を覆い、まるで圧し潰されるような錯覚を覚える。

 夜は窮屈だ。何も語らず、何も残さない。静寂だけがその場を支配する。

 

 もう一度大きく呼吸する。

 賽は投げられた。

 後は全てを燃やし尽くすのみ。 


***


「で? どうしてこのガキが同行する必要があるのか、納得のいく説明を求める」

 

 大司教の依頼は最悪のスタートを切った。


「文句を言わないでください。 わたしだって大司教様からの勅命じゃなければ、誰があなたとなんて。それとそのガキっていうのを辞めてください」

 

 俺を挟んで飛び交う言葉の応酬。

「ただでさえもクソピーマンの世話で忙しいというのに、そこに豆坊主まで追加されるなど私を過労死させるつもりか」

「誰が豆坊主ですか! わたしには両親からもらったテオーという名前が」

「黙れ生熟れ柿」

「キーッ!」 


 嘆息する。

 先ほどからずっとこんな調子だった。頭に浮かぶのは、てへぺろと小憎たらしい表情を浮かべる大司教。

 全く、どうしてこんなことになったのか。


 ***


「通称、黄金の林檎。教会の奥で厳重に保管されていた機密文書よ。大戦時に記された、魔女を打ち破る秘宝にして英知の結晶。先人たちの偉大なる功績。最も、私にとっては処理に困る遺産なのだけれど。そして、それが無くなっていることが発覚したのが四日前」


 大司教ヘリアン・ヴァーリは大仰な口調で告げる。


「ここの待遇に愛想尽かして出てったって線は?」

「紙束に足が生えて自立歩行ができればそれも可能でしょうね」

「じゃあなにか、教会の、お前が構築したセキュリティを破った奴がいるってのか?」


 信じられないと、俺は首を振った。

 教会の防壁魔術は他の誰でもない、大司教ヘリアンが一から築いたものであるというのは有名な話だ。その精巧な術式は類を見ないほどの堅牢さを誇り、教会に害をなそうとする者の一切の侵入を拒む。そんな防壁を破ることができる者がいれば、敵の多い大司教の首はとっくの昔にすげ変わっているはずだ。


「いいえ、防壁に異常があれば私が気づくわ。どこにも損傷はないし、解析された痕跡もない。つまり盗人はなんらかの手段を用いて防壁を無視した、或いは認識を阻害したということになる。アウルゲルミル、あなたならどんな方法が思いつくかしら」

「……このレベルの防壁を壊すのは私でも骨が折れる。しかし誰にも、術者である貴様にも気づかれずにというのは到底不可能であろう。僅かでも防壁に傷がつけば、それは術者に伝わる。貴様の言を信用するならば外部からの侵入は現実的ではないな。従って――」


力業で突破できないこともないと、暗に告げるアルル。

しかしヘリアンは、それに気を悪くするでもなく苦笑を浮かべる。


「どうやら見解が一致したようね。何処の誰かは知らないけれど、トリックスター気取りのコソ泥が教会内部に紛れ込んでいる。全く、頭の痛い問題だわ」


 はぁと大きな溜息が霧散する。


「穴を塞いでいなかった貴様の責任だ」


 アルルの追及に、眉間の皺を寄せ片手で頭を抱えるヘリアン。

 外からの侵入が不可能であれば、内から。

 要するに、教会内部に裏切り者がいるということだ。


「耳が痛いわね。外からの侵入さえ防げば、問題ないと思っていたのだけれど。実際私が術式を組んでからこんなことは初めてだもの。本当は内々で処理するつもりで私の兵隊に調べさせていたのだけれど、それも昨日から連絡が途絶えてるわ」

「その文書を手に入れて得をするのは誰だ?」

「さぁ、見当もつかないわね。だけど、文書が無くなること自体に意味を持つ輩なら、数えきれないほど」


 教会のセキュリティを掻い潜り不逞を働いた者がいる。それが公になれば教会の信用に傷がつき、反教会勢力を増長させる結果となることは明白だ。教会内部の者が知れば、ヘリアンの地位にも影響が生じるだろう。或いはそれこそが目的の可能性もある。教会も一枚岩ではない。権力争いはどこの組織にだって付き物だ。


「とりあえず、教会内部の動きに関しては私直々に動くつもりよ。あなたたちは文書の捜索をお願いするわ。詳細はこれに記してある。今ここで記憶して破棄しなさい」


渡された記録媒体に魔力を通すと、魔術によって構成された情報が脳へ流れ込んでくる。


「そうそう、あなたたちに一人助手をつけるわ。まだ経験は浅いけど優秀よ。心配しないで頂戴。私の言うことは絶対に聞く子だから秘密は守ってくれるわ」

「それじゃ宜しくね。いい報告を期待しているわよ」


 ***

 

 以上、回想終了。


「いい加減にしたまえアホ二人」


 記録媒体から得られたのは、持ち出された文書に関するものと、教会内部で反ヘリアン勢力と呼ばれる神職たちのリストであった。提供された情報だけでは当然、文書の在処にたどり着けるはずもなく、教会を後にした俺たちは情報を集めるべく再び北エリアへと戻ってきていた。


「まさか貴様にアホ呼ばわりされる日がくるとはな」


 ぷいと顔を背けるアルル。大人しくしていれば可愛らしい少女なのだが、その外見とのギャップが、より一層口の悪さを引き立ててしまう。


「ちょっと待ってください。わたしまでアホって言われる筋合いはありませんよ」


 ヘリアンが寄越した助手は、教会の通用口で俺たちを引き留めたテオー少年であった。幼さが残る顔つきだが、意志の強さを表すかのようにその瑠璃色の双眸をキッと細める。


「おい、アヤメ。このクソ坊主をさっさと売り飛ばす手配をするぞ。大した額にはならんだろうが、生活費の足しにはなるだろう」

「こんの守銭奴! 鬼畜!」


 売り言葉に買い言葉。普段から傍若無人に振る舞うアルルと、神父見習いとして育った、超がつくほど真面目なテオーの相性は最悪らしい。


「オーケー、オーケー。お前たちの熱い論判はもう十分俺の胸に響いた。俺とアルルは依頼を何事もなく終わらせて預金通帳が潤えばそれでいい。テオー、君はヘリアン大司教から直々に受け賜わった指令を、外に漏らすことなく遂行して彼女の名誉を守ってやればいい。俺たちに必要なのはそれだけだ。それ以外は腹の足しにもならなければチリソースの代わりにだってなりゃあしない。黙って役割をこなすだけで万事解決する話だ。違うか?」


 俺の言葉に、テオーがバツの悪そうな表情を浮かべ、アルルはそっぽを向く。


「……確かにあなたの言う通りです」

「……フン」


 いつもであれば依頼が円滑に進むようアクセルとブレーキを調整するのはアルルの役目であった。しかし今回に限っては俺がその役目を買って出る必要があるらしい。


『アルル、さっきからお前らしくないぞ』

『……文句はあの女狐に言え』

 

 通信魔術でアルルを窘める。どうにも、ヘリアンとの会話が不機嫌のトリガーとなっているらしい。

 

 やれやれ……。


「とにかく今俺たちに必要なのは情報だ。まずは現ヘリアン統治に不満を抱える司祭に関してだが」


 北エリアに降り立った俺たちは、徒歩で寒空の下を移動していた。黄昏を過ぎ、陰鬱な空に闇が混じっていく。灰色の街は夜が近づくにつれて、活気づいた中央エリアとはまた違う種類の色を見せ始める。


 性風俗。ナイトクラブ。

 合法と非合法の狭間に身を置く者たち。

 夜は彼らの時間だ。


 俺たちの根城からは離れた場所に、その歓楽街はある。

 昼間は色彩を欠いた建物の群れだったものに、今はネオンカラーの魔力光が瞬き、その光に吸い寄せられるように夜の住人が集う。

 

 ここに住まう多くは脛に一つも二つも傷を抱えた者たちだ。

 マジックドラッグ。禁術。人身売買。そのどれもに多額の金が動く。金が動く場所では当然、情報も動く。気になるあの子のスリーサイズから、清廉潔白で通った教会関係者のスキャンダルまで、対価さえ払えばどんな些細な情報でも手に入るのがこの北エリアの特徴なのだ。


「キャソックは目立つ。これ着とけ」


 俺は羽織っていたコートをテオーに渡す。訝し気に袖を通したテオーの細腕に合わせて、生地が縮んでいく。最終的には、テオーの身丈にピッタリのサイズに変化した。驚いたようにコートを纏った全身を見回すテオー。


「あ、ありがとうございます。すごい、こんな繊細な魔術を……」


 礼を述べるテオーに背中で応え、ネオンカラーの中へと進んでいく。露店で酒を始める者たち。客を取ろうと、煙草の煙を吐きながら店の前に立つ娼婦。空を覆う雲に、魔力による人工的な光が反射し、この街の色を更に深くしていく。

 教会のお膝元では決して見られない光景であり、特に神職に就くものはこういった不純なものを嫌う傾向にある。

 ちらりとテオーの顔を見ると、興味と不安が混じったような表情を浮かべあちこちを見回している。対するアルルは眉一つ動かすことなく俺と並んで歩を進めている。時折二人をからかうような声が飛んでくるが、それに対するリアクションも対極で、少し可笑しい。

 

 人込みを避けながらしばらく歩いた後、一軒の娼館の前で足を止めた。急に立ち止まった俺の尻にテオーがぶつかり、わぷっと間抜けな声を上げた。

 このエリアでは目立たない、特に何の変哲もない娼館。他の建物と同化するように、下品な看板に魔力光が反射している。その入口の横に腰かけている女性。

 人工的な金髪に、煙草を挟んだ真っ赤なルージュ。胸元が派手に開いた下着同然の服に厚手のコートを羽織る彼女は、少し寒そうに腕を抱えていた。


「は、破廉恥なお店だ……」

 

 ゴクリと喉を鳴らすテオーの声に、娼婦が反応し顔を上げた。


「あらぁ、アヤメちゃんがお店に来てくれるなんて珍しいわね。さっきのリベンジ? それともこのかわい子ちゃんを売りに来てくれたの?」


 テオーと俺を交互に見るその娼婦は、つい半日前に俺の金をしっかり勘定していったデリヘル嬢だ。


「うぇっ!?」


 彼女の言葉に引き攣った顔で仰け反るテオー。今にも逃げ出そうとする彼の手を、アルルがしっかりと掴み離さない。


「残念だがここでお別れだ元坊主。貴様は男だが、その年齢ならどこかの変態に需要があるだろう。精々高値で売れてくれよ」


 その未来を想像したのか、涙目になり真っ青な顔でこちらを見るテオー見習い。はぁと溜息を吐きながら二人へ近づき、ニタニタと悪魔的な笑みを浮かべるアルルにげんこつを落とした。


「残念だけど今回は別件だ。これを」


 すっかり半泣きになったテオーと、にょおおおと呻きながら頭を抱えるアルルを無視し、デリヘル嬢に通信用の指輪と幾つか名前を書いたメモを渡す。


『アーアー、聞こえてる? ふぅん、コニー・アッペルバリ。教会の司教サマね。うんうん、知ってるわよ』


 メモに目を通しながら指輪に魔力を通したデリヘル嬢。内容を確認しながら、四本指を立てた手をこちらに向ける。

 懐から四枚の札を出し、握らせた。


『以前から北に出入りしているのは有名な話よ。でもその理由はかなりセンシティブ。なんでもクリストフェル・ノルンとの密会に来てるとか』

『クリストフェル・ノルン? ボドヴィット一家副頭領の?』

『そ。どういう目的かは知らないけど、教会の幹部と、魔女を囲ってるマフィアが繋がってるなんて話、そんなものが世に出れば、教会の権威は間違いなく地に堕ちるわね。少なくとも今の大司教の首は確実にすげ変わるくらいには』

『……』


 文書を持ち出した人物が教会関係者であることは、ヘリアンの口ぶりからも間違いないだろう。では一体何の目的があって文書を持ち出したのか。

 現ヘリアン派の失墜。マフィアへの引き渡すことでの多額の資金調達、或いは後ろ盾の獲得。


『それともう一つ。ここ数日、気色の違う連中がボドヴィット一家の周りを嗅ぎまわっていたみたい。連中は赤い髪の女を連れていたっていうのが最後の目撃情報ね』


 ここ数日の話であれば、恐らくヘリアンの私兵部隊だろう。隠密においても相当の訓練を受けているはずだが、やはり裏の情報網は凄まじい。


『その女っていうのは?』

『恐らく、ボドヴィット一家が囲っている魔女だと思う。しばらく静かだったけれど、最近になって抗争が活発化しているわ。随分無茶なやり方で縄張りを広げているみたいだけど、やり方が変わったのは赤髪の女が出入りするようになってからだもの』


 ボドヴィット一家はトーマス・ボドヴィットを頭とし、北エリアで幅を利かせているマフィアだ。表立っての資金源は、騎士に摘発されない程度の性風俗やナイトクラブの経営。

 しかしその実態は、規制がかかった魔術やマジックドラッグの売買を主とした非合法マフィア。群雄割拠のこの街を武力一本でのし上がってきた武闘派ファミリーは、最近になって魔女を囲うようになったと噂されている。

 そんなマフィアと教会幹部の繋がりを示す噂。それが事実であるとすれば、反ヘリアン派であろうがそうであろうが関係なく、教会そのものに大きな激震が走る。

 

 辺りが騒がしいことに気づき、思考から引き戻される。

 ふと横に目をやると、アルルとテオーの取っ組み合いが始まっていた。年端もいかない少年少女が、ピンク街で騒ぎを起こせば目立つことこの上ない。事実、周囲を見れば酒やドラッグの臭いを撒き散らす見物客が囃し立てているところであった。

 そろそろ潮時か。


『最後に、黄金の林檎って言葉に聞き覚えは?』

『ごめんなさい、わからないわ』


 彼女から指輪とメモを受け取ると、二人に向き直りげんこつを落とす。

 ヒューっと沸く群衆を無視して、二人を引き摺っていく。

 

 こいつら何をしにきたかわかってんのか、マジで。


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