肉体と精神と
目の前に浮かぶ拳大の白い球体。シンモラ曰く、これが勝利の剣のコアに当たる部分らしい。この小さな球体がペルアンクの防壁魔術を無効化したなど、管内に鳴り響く警報がなければ、到底信じられなかっただろう。
そして、この中に存在する人工の魂。もしも予期せぬ形で、シンモラの手から勝利の剣が離れた場合、悪意ある者にその力を利用されないよう保険が、その正体だ。何重にも及ぶ鍵と、自己判断による管理者の判別。砂漠の国の天才によって作られた疑似人格は、見事にフロディの手から己を守ってみせた。
少々融通は利かないものの、それは今後の改善に期待といったところか。
それにしても――どうにもフロディに対する機械的な反応と、俺に対する態度が違うように感じるのは気のせいだろうか。
いや、機械相手におかしなことを言っているのはわかっている。しかし、先ほど球体のレンズが俺の方を向いた時、明らかに俺を笑ったように思えたのだ。それも、不愉快な方向に。
「え、今笑った? 笑ったよね? 俺の顔見て吹き出さなかった?」
「吹き出すって何よ。あんた、こんなときに何言ってんの?」
シンモラが、呆れたような声を上げる。目の下のクマも相まって、俺を睨みつける目線が、随分鋭いように感じる。
『――』
……確かに彼女の言う通りか。
魂、などと聞いて先入観があったのかもしれない。他の機械と比べれば、少しくらい賢いのだろうが、所詮は金属の塊だ。いくら応答ができるとはいえ、まさかそんな人間臭いことをするはずがあるまい。
『――――』
こちらをじっと見つめるレンズ。
どうも居心地が悪いし、釈然としない。
「えぇ……。気のせい、だったのか?」
球体へ顔を近づけ、まじまじと観察する。レンズを覗き込むと、反射した顔のラインが、曲線に歪んだ。
『――ぷぷ』
「……おい」
前言撤回。
笑ってるよね? しかもどう考えても嘲笑ってやつだよね、これ。
『――私は、“おい”という名前ではありません。私の識別コードは勝利の剣です。童貞が移るので近寄らないでください』
童貞じゃねーし! 素人との経験がないだけだし!
「オーケー、キンタマ型お喋りロボット。ナッツみたい砕かれてスクラップにされたくなきゃ、少しお利口さんにしておいた方がいいぜ」
無機質な音声で俺を馬鹿にするソイツを叩き落そうと、剣を振り回す。しかし嘲笑うように、回避、回避、回避。
無事、剣の軌道から逃れたキンタマ型お喋りロボットは、俺を挑発するように空中で回転してみせた。
『――失礼しました。外の世界には、これほど哀れな顔面を持つ生き物がいるのだと驚きを隠せずに、つい」
あ、やばい。切れそう。
「てめぇ、いい加減に――」
「――ちょっと、なにしてるのよ! 早くしないと警備兵が集まってくるわ。それにあんたの相棒も迎えに行かないと!!」
空中を舞い、俺を嘲笑う球体に再び斬りかかろうとした瞬間、既に格納庫を出たシンモラから制止の声がかかった。
奥歯を噛みしめ、球体を睨みつける。
彼女の言う通り、こんなところで油を売っている場合ではない。AMUとの戦場に置いてきたアルルは勿論心配だし、防壁だっていつ復旧するかわからない。
「ちっ」
『――承知しました。シンモラ・ノルシュトレーム』
俺の舌打ちが聞こえなかったかのように、俺を素通りしていく球体。
そして静かになった格納庫に残される俺。
「……何なんだ、一体」
悶々とした気持ちを抱えたまま、渋々一人と一機の後に着いていくのだった。
***
「――ああ、貴様らか。無事でなによりだ」
通路を抜けたら雪国を通り越して、氷の世界でした。
足を踏み入れた途端、一気に下がる体感温度。凍り付いた壁や床が、人工魔力灯の光を反射しきらきらと輝いている。
先導していたシンモラが、足を滑らせてコケていた。
その透き通った世界の中心、プラチナブランドの毛先を揺らし佇むのは一人の少女だ。所々破れたガラベーヤから覗く白磁の肌には、擦り傷と打撲痕。左目には黒い眼帯。首元のチョーカーから垂れる逆十字が、白銀の世界で自己主張するように揺れている。
「アルル! 無事だったか」
「うむ、流石に無傷とはいかなかったが。貴様らも首尾よくやったみたいだな」
表情に疲労の色が見えるが、普段通りの彼女の姿に胸を撫で下した。彼女の言う通り無傷ではないものの、あれだけの激しい戦闘を続けたにも関わらず、この程度で済んだことを喜ぶべきだろう。
出血も大したことはなさそうだ。最も、氷に覆われたこの空間なら、擦り傷程度では大きな出血には至らないだろうが。
壁がぶち抜かれ広い空間と化した通路。氷漬けになったAMUの残骸が、そこら中に散らばっている。
隅では、武装放棄した兵士たちが怯えた顔をして震えていた。
そして何よりも、注目すべきは――先ほどより三つ増えたAMUの機体。
大きな損傷もなく、氷像にもなっていない。しかし、その場に転がった鋼鉄の体躯からは魔力が失われ、すっかり沈黙していた。
「さっき、ここら一帯の魔力が消えていく感覚があった。それと同時に、この鉄屑どもはうんともすんとも言わなくなった」
バラバラになって散乱した機体は、彼女が最初に戦っていたAMUだろう。単騎でも相当手強かったが、それがあと三機も増援として送り込まれたのか……。
『――それは間違いなくシンモラ・ノルシュトレームの指示と、勝利の剣の功績でしょう』
無機質だが、得意気。
その様に少し腹が立つが、しかし事実である。シンモラの機転により、防壁だけではなく、AMUからも魔力を吸収していなければ、今頃こいつらと対峙することになっていたかもしれないのだ。
「……それは?」
突然喋り出した球体に気づいたアルルが、目を大きくする。
「こいつは最新型のクリケットボールだ。自動で得点を数えてくれるが、それしか意義の無い哀しき存在だよ」
「貴様が何を言っているのかわからん」
『――シンモラ・ノルシュトレーム。この皮被り男から魔力を吸収する許可を』
「ここを脱出した後でたっぷりね」
最近思うんだけど、俺の扱い酷くない? 今回は俺も結構頑張ったんだけど。
内心ちょっとだけ傷つきながらも、憎まれ口を続けようとした瞬間――通路を隔てる扉の向こうで、騒がしさが増した。
「……ってちょっと! ふざけてる場合じゃないわよ。防壁の修復が想定以上に早いみたいなの! 今のうちに抜けないと、今度こそ閉じ込められるわよ!」
「それは貴様が、防壁に余計な機能を盛り込んだからだろう。だが、同感だ。どうやら敵の増援も来ているみたいだぞ」
ここは国家の軍事中枢だ。いつまでも丸裸のまま、放置しておくわけがない。魔力が吸収されて維持できなくなった防壁には、再び魔力を注げば修復は可能だ。それに加えて、数日前にシンモラが付加した自己修復機能。
俺たちがのんびり歓談していた間にも、事態は着々と動いていた。
「とにかく急がなきゃ。防壁まではかなり距離があるわ!」
「壁をぶち抜きゃ、いくらか時間短縮になりそうだが。アルル、できるか?」
「馬鹿言えクソムシ。もうそんな魔力は残っているはずないだろう」
『――提案があります』
結局走る以外の解決策を見出せないまま、この場を去ろうとした俺たちを制止する機械音声。
『――有効範囲内に勝利の剣の魔力プールたる剣、そして演算装置が存在します。先ほど吸収した魔力を使えば、そこで停止しているArmored Magical unitを再起動させることができるかと』
頭に浮かぶ、巨大な剣。
なるほど、あの巨躯は吸収した魔力を溜め込む役割もあったということか。
勝利の剣の提案を聞いたシンモラが、周囲に転がったAMUの状態を確認すると、親指を立てて叫んだ。
「ナイスよ! 勝利の剣! 今すぐやってちょうだい!」
「おあつらえ向きに、無事なAMUは三機か。しかし、私とアヤメは操縦ができないぞ」
『――操縦に複雑な手順は必要ありません。あなた方の意志で直感的に動かすことが可能です。細かい部分は、勝利の剣にお任せください。三機とも並列してアシストが可能です』
「やるじゃねぇか」
なんて有能なんだ。得点カウント以外にもできることがあったとは。
『――フッ。あなたより数千倍有用であることが証明されました』
俺の褒め言葉返せ!!
心の叫びを知ってか知らずか、球体は白い光を纏うと、AMUとの接続を開始した。




