偏執的に
――この世界に神様がいるとして、そいつはどんな姿をしているのだろう。
白い髭をたっぷり蓄えた、頭の禿げたじいさん? どんな者にでも慈愛の手を差し伸べる、美しい女性? もしかすれば恐ろしい獣の姿をしているかもしれないし、目には見えず触れることもできない、実体のない存在かもしれない。
教会という組織に所属していた過去がある癖に、俺は神様ってやつを一ミリたりとも信じちゃいなかった。宗教や個々人によって姿を変える不確かな存在に、俺の貴重な信仰心を委ねたくはなかったのである。
金と女体と、一振りの刃があれば世はなべて事も無し。それが俺の信条だ。それに、おとぎ話じゃ人類を滅ぼすのはいつだって神様の役目だ。もし、この世界に本当に神様ってのがいるのであれば、それはきっと人を殺す兵器の形をしているに違いない。
――そう、まさに今、目の前に鎮座するこのデカブツのように。
視界が、輪郭と色を徐々に取り戻していく。
――閃光手榴弾でも爆ぜたのかと思った。それくらい強烈な光だった。収束した光の中、白塗りの空間で視認できるのは、二人の人間と巨大な一振りの剣。
胸に抱えた誰かの頭部から滴る血に、白衣を染めたシンモラ・ノルシュトレーム。そしてバカみたいな高笑いを止め、ぽかんと口を開いたまま固まるユングヴィ・イン・フロディ。
きっと俺もまた、この男と同じように間抜け面を晒しているのだろう。
『――聞こえませんでしたでしょうか』
聞こえています。
先ほどから聞こえる、この声が幻聴や啓示の類でなければ、それを発したと考えられるのは一つだけ。
無機質な格納庫全体に響く、無機質な声。女性とも男性ともつかない、機械的な音声。
それは確かに、目の前の巨大な剣から発せられていた。
「…………どういう、ことだ」
余裕綽々とした紳士の仮面は剥がれ落ち、戸惑い混じりの声色で呟くフロディ。
高らかな勝利宣言を覆した機械音声は、淡々と事実を述べる審判のように言葉を紡ぐ。
『――あなたが下した命令は、勝利の剣の存在理由に反するものです。よって、その命令を認識、実行することは拒否されました』
「……馬鹿な。鍵は、開けた。お前は俺の管理下に置かれたはずだ!」
『――否定します。勝利の剣の解錠はまだ為されていません。よって、管理者はあなたに非ず。権限は依然としてシンモラ・ノルシュトレームの元に在ります』
「……!」
兵器から突き付けられる否定の言葉に、肩を震わせる色男。奥歯を噛みしめ、怒りに染まったその顔は、今にも茹で上がりそうなほど真っ赤になっていた。
女にモテても、お目当ての兵器には好かれないらしい。ざまぁ(笑)。
それにしても――
「……おい。どうなってんだよアレ。認知症予防のロボットメイドでも中に入ってんのか?」
コミュニケーションのとれる兵器なんてものが存在するとは。下手をすれば、その辺の無教養な人間よりも流暢に喋っているのではないだろうか。
少し、混乱が収まったらしいシンモラの元で、声を潜め尋ねる。アイーシャと呼ばれていた頭部は、いつの間にか格納庫の隅まで避難させられていた。
手に着いた血を白衣で拭いながら、シンモラは俺を睨みつける。
「馬鹿言わないでちょうだい……。こういう事態も想定して作ってんのよコッチは。ちゃんと、私以外の手に渡った時のことも考えて、人工の魂が自ら判断して、ロックをかけてくれるようになってるんだから。試験的だったけど、上手く作動してるみたいね。やっぱり私ってば、超天才だわ」
「人工の、魂だぁ……?」
俄かには信じがたいことを平然と言い放つ彼女に、思わず眉を顰める。魂、人格の創造など、それこそ神の所業ではないか。
しかし、事実。目の前にある巨大な剣は、確かにフロディの言葉に応え、自分の意志を表出した。
ていうか、今でこそ機械的な対応と音声をしているが、最初『イヤです』とか言ってなかったか……? ちょっと我儘な感じの言葉遣いしてたよね?
しかし俺の中に湧き出る疑問にお構いなしに、事態は動いていく。
『――権限の移行は、ヴィゾーヴニルの尾羽によるプログラムの書き換え、もしくはシンモラ・ノルシュトレームによる移譲、そして、シンモラ・ノルシュトレームの死亡により実行されます』
「ちょ――!」
「つまり、この女を殺せば……お前は俺の物になるんだな」
『――肯定します。』
「このおバカ! そんなことまで答える必要ないでしょうが!」
……どうも、融通は利かないようだ。
「……お利口な機械だな。シンモラ、下がってろ」
皮肉に対して、何か言いたげな目を向けつつも、素直に俺の後ろへ下がるシンモラ。
勝利の剣とやらが黙っててくれれば、穏便に済んだ未来もあったかもしれないが、こうなった以上はフロディは確実にシンモラを殺害しにかかるだろう。
「なるほど、それなら話は早い。幸い、鍵が自ら転がり込んできたお陰で、探し回る手間が省けたからな」
細身の刀剣を抜き放ったフロディから、シンモラを庇うよう前に立つ。丸腰のままの俺の姿を見て、鼻を鳴らす優男。だらりと下がった手に握られているのは、刀身が緩やかな曲線を描く、所謂シャムシール。
「やれやれ、君にも困ったものだ。捨て駒なら捨て駒らしく、役割を終えたらさっさと退場願いたいものだが」
「王様気取りか、色男。最初っからてめぇは気に入らなかったんだ。ダシに使われた借りは、ここでしっかり返してやる」
そう、ファーストコンタクトの時点でこいつとは馬が合わないと思っていた。難民に扮している割に、やたら小奇麗な格好をしていたことも、仄かに漂うムスクの香りも、いちいちこちらを見下すような物言いも、あらゆることが癇に障った。そして何よりも顔が良い。
――臨戦態勢。
戦場特有の緊張感が空間を包む。ひりひりと肌を刺す感覚が全身を支配し、脳内が研ぎ澄まされていく。
全身の筋肉に血が巡り、体温が上昇する。同時に魔力を循環。体を包む防壁が、強固さを増した。
刃物に対しては、気休め程度。しかし、丸腰で挑む以上は使える物は全て使う。
「不細工の嫉妬は見苦しいね。次はもう少し良い顔に生まれてくることを祈っておいてあげよう」
安い挑発。しかし、それが戦闘開始の合図となった。
「――っ!」
前へ、跳ぶ。
数歩でフロディへと肉薄し、拳を突き出す。当然、狙いは顔面。
技術もへったくれもない。ただただ、俺の中に燻る憎悪を込めた、嫉妬の拳。
挨拶代わりの直線的な攻撃を、余裕を持って躱したフロディは下から薙ぎ払うように曲剣を振るった。
体重を後方へ。
細く鋭い音が鼻先を掠め、宙を切り裂く。
「てめぇはっ!」
間髪入れず放った右足が、フロディの胴体を捉える。
だがその直前で、左肘と左膝により防がれた蹴激。しかし止まらない。
力任せに振り抜き――
「いちいちムカつくんだよ!」
そのままの勢いで脚を振り抜き、フロディの体を蹴り飛ばした。
浅い。
自ら脱力し、吹き飛ぶ色男は数メートル先に悠々と着地する。
しかし既に、姿勢低く疾駆。
着地地点を狙って更に蹴りを放つ。
完璧な角度と、タイミング――だが。
不安定な姿勢を余儀なくされたはずのフロディは、その強靭な体幹を以て俺の脚を受け止めた。
「吠えるなよ、負け犬!」
力強い咆哮。天井の光を反射して輝く刀身が、閃光のように舞う。
淀みのない剣筋。踊るような足さばきから繰り出される剣閃が、俺の肌に赤い線を刻んでいく。
斬られれば、終わりだ。
回避に専念し、なるべくショートレンジを保つように動く。
思うように剣を振るえないフロディの舌打ち。そしてバックステップと同時に大きく振りかぶった。
痺れを切らした奴の、横薙ぎの剣を重心を下げ躱す。
そのまま低くなった頭を、膝のバネを使って真上へ打ち出した。
「がっ――!?」
顎を打ち抜かれ、魚のように天井を仰ぐ。シャムシールを握る手から、力が失われる。脳を揺らす、一撃。
このまま失神してくれれば御の字。
しかし次の瞬間、フロディが勢いよく顎を引いた。
「俺は!」
悪魔のように歪んだ顔。
「負けるわけにはいかない!!」
充血した目に宿るのは、勝ちに対する異常なまでの執念。それが、こいつの精神を、一瞬の失神から引き戻したのか。
しかし、生じた一瞬の空白。それだけで、十分だった。
右足を軸に、体を回転。
「――!」
これ以上ない形で繰り出された回し蹴りが、空砲のような音とともにフロディのこめかみを貫いた。
糸の切れた人形のように吹っ飛び、勝利の剣へ叩きつけられたフロディの体は、そのまま床へと崩れ落ちた。
「……あ、お……れは」
あれだけの衝撃を受けてなお、意識を失っていない。
床を這うように、俺に向かって手を伸ばす。
しかし指先は震え、焦点も定まっていない。
「か、ち……つづ、け……ない…………と」
そして、今度こそ気を失い倒れ伏した。
「知るか、ボケナス」
一息。
白目を剥く、元ハンサム。
一体何が、彼をここまで突き動かしたか。そんなことは知るつもりもないし、知りたくもない。
事実としてあるのは、こいつが俺たちを利用し勝利の剣を手に入れようとしていたということ。そして、俺がこいつにムカついていたということ。こいつが何を言おうが、その事実だけがあればいいのだ。
「……や、やるわね、あんた」
その通り、俺だってやるときはやる。
壁際で俺たちの戦闘を見守っていたシンモラが、恐る恐るといった様子で立ち上がった。どうやら、少しは見直してもらえたらしい。
「ナイトの面目躍如ってとこかな」
「ポーンの間違いじゃなくて?」
にっ、と口角を上げる彼女とハイタッチ。
とにかく、これで邪魔はなくなった。他の兵士が来ないうちに、勝利の剣を起動させなければ。
動かなくなったフロディを横目に、勝利の剣に連なる装置へと進むシンモラ。
床に刺さったシャムシールを引き抜き、彼女の元へ向かう。
「さぁて、勝利の剣。あなたの力を貸してちょうだい」
『――認証しました。管理者シンモラ・ノルシュトレームにより、勝利の剣の機能を制限していた、全ての鍵が解錠されます。引き続き、ご命令を』
これで、この剣は本来の力を使える状態になったようだ。指定した対象の魔力を吸収し、利用する。これで、ここの防壁を無効化し脱出が可能となる、らしい。
「それじゃ、まずはあんたの最初の仕事。魔導研究所ペルアンクを囲う防壁魔術の解除をお願い。それと、ついでにここで稼働しているAMUからも魔力を吸収しておいて」
『――命令を受理しました。対象の座標を計算――完了。魔力吸収範囲の指定――完了。ただちに実行に移ります』
刀身が淡く明滅を始める。と、同時に微かな浮遊感が生じた。建物全体が小さく揺れている。
「おおお……?」
振動は数秒。
それは徐々に小さくなり、やがて止まった。
『――範囲内の魔力吸収は完了しました。それに伴い、防壁魔術の消失及び、全Armored Magical unitの稼働停止を確認しました』
「まじかよ……」
シンモラが命令してから、ほんの数秒だ。たったそれだけで、この広大な土地を覆う、強固な防壁を無効化したというのか。しかもその魔力は、勝利の剣に吸収された、と。
確かにこれは――恐ろしい兵器と言わざるを得ないだろう。
魔力により形作られた防壁は、基本的に物理的な攻撃に対して強い耐性を持つ。そして供給される魔力の量に比例して、その強固さは増していく。人間一人の魔力で張れる程度の防壁では、銃弾を完全に防ぐことは難しいが、ここのように国家の重要施設を守る防壁は、銃弾どころか砲弾を撃ち込んでも傷一つつかない。
魔力に対しては魔力をぶつける。それが、近年の戦争の常識だ。
しかし勝利の剣という兵器は、問答無用で防壁を維持するための魔力を吸い上げ、無力化してしまう。
こんなものが世に出れば、間違いなく戦争の在り方は変わる。
驚愕する俺の顔を見て、得意気に鼻を鳴らすシンモラ。どこか抜けた部分のある彼女だが、自ら天才を名乗るだけのことはある。
「……で? これからここを脱出するとして、こいつは置いていくのか?」
「冗談言わないでよ。鍵をかけたとしても、解析されて悪用されないとは限らないし。それに、これはスルトのために作ったんだから、当然持っていくわよ」
「……持っていく、ねぇ?」
改めて勝利の剣を見上げる。
でかい。それに重そうだ。
長さでいえば、俺の体五人分はあるだろうか。幅だって広い。そもそも、格納庫の出入り口や通路よりも大きい。
「もしかして君の目には、俺が巨人か何かに映ってるのか? それとも、実は君の正体が世界を支える亀並みの力持ちだったってオチ?」
もしかすると、見た目とは違って紙のように軽いとか? それとも、本当に中から自立歩行するメイドロボットが出てくるって線もあるか?
この女の頭脳があれば、どれも妄想で済まなさそうではある。
「……うるさいわね、あんた。この大きさの方が作業しやすかったのよ。お偉いさんに対してのパフォーマンスの意味もあったし。あくまで大事なのはコアよ、コア。あとは吸収した魔力を溜めるプールさえあれば、機能の再現はどこでもできるわ」
意外にも現実的な答えが返ってきたことに、少し安堵する。
彼女がコンソールを叩き終えると、目の前の巨大な剣から、何かが失われたように光が消え、沈黙。
シンモラが柄の部分から取り出したのは、彼女の拳ほどの大きさの球体だった。
「これがコアよ」
「ちっさ!」
ガワとのあまりの大きさの差に、思わず叫ぶ。すると、その声に反応したように球体を淡い光が包んだ。
「おお……?」
シンモラの手を離れ、音もなく空中に浮かびだす白い球体。一体どういう原理なのだろう。彼女に説明を求めようとして、しかしすぐに思い留まった。
「……あー、やっぱいいわ。ここで年は越したくねぇ」
「なによ! 失礼ね!」
空中に浮かびながら回転する球体。中央にあるレンズのような物は、なんだろう。
その部分が、俺とシンモラとを見比べるように往復している。
「……あん?」
そして、はっきりと俺の方を見て――
『――ぷっ』
無機質な音声で、吹き出したのだった。




