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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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豊穣への渇望

 これまでの人生で、俺は常に勝ち続けてきた。この世に産声を上げたその瞬間から。新生児室に寝かされていた、どの赤ん坊よりも俺の泣き声は大きく、誰よりも立派なアソコをしていた。成長してからは、スポーツも勉学も、喧嘩にギャンブルだって負けることはなかった。道を歩けば女に当たり、金にも不自由したこと経験はない。


 それはこの()()を始めてからも同じ。全ては俺の掌の上で転がり、いずれ全ての事象が収束していく。俺が関わった任務は、どんなものであっても完璧な成功を収めた。一般的な金儲けに比べれば、多少スリルのある仕事だが、所詮は確約された成功に向かって駒を進めるだけだ。最初は刺激的だったが、年月を重ねるにつれ、いつしか退屈な作業へと変わっていった。

 

 今回はムスペルヘイム政府諜報部員、そして戦争難民と、二つの顔を操り、この国の秘密を探ってきた。世界有数の紛争地帯と聞いて、久しぶりに心が躍ったが、蓋を開けてみればいつも通り、簡単で退屈な日々が俺を待っていた。



 ――その最中知った、とある兵器のこと。


勝利の剣(レーヴァテイン)……計画?」


 国家の厳重なセキュリティを掻い潜って、覗き見た資料。その紙束を持つ手が、自然と震えていた。


 この力があれば、あの女に――。

 俺に刻まれた唯一の黒星。それもこの力があれば、白く反転させることができるかもしれない。

 

 それからの日々は、その兵器を手に入れることと、心に燻る復讐心だけが俺の原動力となっていた。与えられていた本来の任務は片手間でこなし、それ以外の時間は全て兵器を手に入れるために動いた。

 まず偵察し、計画を立てた。秘匿されてた情報を、断片的にではあるが集めて繋ぎ合わせていく。最終的には我ながら、成功確率の高い計画が立案できたと思う。

 

 しかし、あと一ピースが足りない。計画の成功を、勝利を確約するためには、あとほんの少し要素が足りない……。頭を抱える日々。こんな経験は初めてだった。


 夏が終わり、冬が到来した。変わり映えのしないマスタードイエローの海では今日も、頭のおかしい戦争屋がタムタムの音色を響かせている。 

 中々埋まらないピースに肥大する焦燥。もう、このまま実行に移してしまおうかと考えていた、そんなある日。難民キャンプに連行されてきた二人を見て、カチリと、頭の中で何かが嵌った音がした。


  

 ***



「――これが世界の終末をもたらす手札カードか。ふぅん、思っていたよりも大きいな」


 誰もいない、白い空間。壁も、床も、天井も、出入口のスライドドア、室内を照らす人工魔力灯の光までもが白い。

 その中央に鎮座する、巨大な物体。成人男性五人分はありそうな長さの長方形の塊。白とも灰色とも黒ともとれそうな、複雑な色模様。まだ一度も日の目を浴びていないそれは、何者にも染まっていない無色とも表現できそうだ。その端からは、少し細く、短めの長方形が伸びる。


 刀身と柄。世間一般のイメージとはかけ離れているが、この形状を表すならば、なるほど、剣と呼ぶのが相応しいだろう。

 巨大な剣。一体誰が持ち、振るうことを想定して、こんなサイズにしたのか。巨人など、この世界には存在しないのに。


 そこまで考えてかぶりを振った。なにも目に見えるものが全てではない。剣のような形状をしているからといって、斬ったり刺したりだけでは芸がない。

 これを作り出したシンモラという研究者は間違いなく天才だ。ならば何らかの意図があって、この形に落ち着いたと考える方が自然だろう。


 それにしても――


「コレはどうやって持ち出すべきかな」

 

 本体だけであれば、問題なく運ぶことができる。そのための手配も済ませてあるが……。  

 目に留まったのは、剣を囲うように配置された演算装置。そこからは太い配線が複雑に絡み合いながら、柄の部分へと伸びている。術式により、空中に出力された映像には、剣が休止状態であることを示す記号が羅列されていた。

 

 これらが、この兵器の制御装置であるならば、本体と抱き合わせで輸送する必要があるか。


「……ふむ、とにかく弄ってみるか」


 近寄り、コンソールを叩く。反応なし。魔力を流してみる。エラー。

 どうやら管理者の認証がなければ操作できないようにロックされているようだ。それならばと、ここの出入り口で右往左往していた研究員の女から拝借した()()を覗く。いちいち海馬を切り分けるのが面倒だったため、()()()持ってきたが問題はないだろう。


 ――思念観測。土地や空間に漂う残留思念を視る、教会の神父たちに伝わる魔術。その対象には制限はなく、それが例え生きた人間であろうが、死体であろうが、記憶野さえ残っていれば、問題なく覗き見ることができる。


「……なるほど。流石に手順が多いね。確かに、そう簡単に起動されては困る代物だからな」


 まずは、一番最初の鍵を開ける作業だ。研究員が記憶していたパスワードをコンソールを通じて入力すると、投影されていた映像が切り替わり、複雑な模様の魔法陣が現れた。


「これが鍵か」

 

 残留思念が示した複雑な手順を、一つずつ確実に踏んでいく。要求される繊細な魔力操作も危なげなくクリア。手元が狂わないよう淡々と作業をしつつも、空中に投影された幾何学模様に光が灯るたび、口元が緩む。


 十分ほど魔法陣と睨み合いながら作業を続け、ついに剣の休止状態が解除された。

 光と振動。空間全体を、揺らす魔力の波動。無機質だった刀身に、意志が宿ったような姿だ。知らず知らずのうちに体が震えていた。心の奥底から歓喜の感情が湧き上がってくる。

 圧倒的で、しかし心地よい。

 遂に、ここまで辿り着いた。これでようやく、俺の目的は達せられる。これまで退屈に支配されていた人生の中で、唯一啜った泥水。それを洗い流す時が来たのだ。


 さぁ、最後の解錠を、その言葉を。

 口を開きかけた、その時――


「ちょ、なんか光ってないかアレ!?」

「ウソ!? 管理コードがないと、アクセスできないはずなのになんで…………アイーシャ!!」


 神聖なる祭壇に、スライドドアから飛び込んできた異物が二つ。


「……来るだろうとは思っていたが、少し遅かったな」


 目の前の巨大な剣を前にして、目を見開く異端審問官。そして記憶を拝借した研究員()()()物に、悲鳴を上げて駆け寄る冴えない女。

 こいつらが敵地のど真ん中を突っ切ってまで、ここに辿り着いたのは、大方ここの防壁破りの手段を手にするためだろう。俺の目的を知っていたとは思えない。俺がここに居るということすら想定していなかったのではないだろうか。


 だが、もう遅い。この神器の権限は、既に俺が掌握した。お前たちはそこで這い蹲りながら、世界の終焉を見届けるがいい。


「アイーシャ! そんな……。ああ、なんでこんな惨いことを……」

「……このクソ野郎が!」


「喚くなよ異端審問官。今世紀最大のセンセーションはこれからだ」

「どういう……!」

「残念だよ。お前は、()()負けた」


 完全なる勝利宣言。

 この瞬間だけは、どれだけ噛んでも味が無くならない至高の時だが、今はそれよりも大事なことがある。俺の言葉に殺意を剥き出しにする異端審問官へ背を向け――


「さぁ、俺の意志に応えろ――勝利の剣(レーヴァテイン)!」

 

 今か今かと目覚めの時を待つ巨大な刀身へと、叫び放つ。

 

「――――」


 そして、世界を、あの女を殺すための兵器が、鈍い音を立てて起動した。


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