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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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絶望の序曲

 破壊された廊下に霜が降り、瓦礫を白く覆っていく。急激に下がった室温に身震いし、露出した肌を擦った。

 ミッドガーデンの冬に慣れていた俺ですら、この有様だ。傍らで身を縮ませたシンモラなど、歯をカチカチ鳴らしながら顎を震わせている。一年中、亜熱帯高気圧帯に位置するムスペルヘイムで過ごす彼女からすれば、さもありなんといったところか。


 もう何度目かわからない破壊音。視線を戻した先では、強靭な鋼のボディを持つAMUと、絶対零度の細剣を振るうアルルの激突が続いていた。


「デカブツの癖に、すばしっこい――なっ!」

 

 背後へ回り込もうとステップを踏むアルルに、魔力の塊が撃ち込まれる。躱した先、既に振るわれていた右腕を受け止めるべく構えた細剣が、僅かな拮抗を経て粉々になった。


「やはり、力比べでは相手にならないか」


 アルルの作り出した細剣は、防御には向かない形態だ。フルメタルの機体にダメージを与えるには、面ではなく一点に集中した攻撃の方が適していると判断した結果なのだろう。

 代わりにその華奢な身体を守るのは、周囲に数枚展開した薄い氷の壁。氷盾(スヴェル)よりも防御力は劣るが、小回りが利きやすいという判断か。


「だが――!」


 AMUの左腕から射出される魔力砲、右腕から照射される三十ミリ弾。絶え間なく降り注ぐ破壊の雨が、ここが国家の重要施設であることなどお構いなしに、その猛威を振るう。

 アルルが懐に潜り込めば、魔力を纏った剛腕の一撃が。距離を取れば弾丸の雨に晒される。機体の背面にあるという動力源を叩くにも隙が無い。流石、戦争先進国の最新兵器と謳うだけのことはある。


「ぐっ!」

「アルル!!」


 機体の頭上を飛び越えようと、空中へ身を翻したアルルに、鋼鉄の腕が衝突する。全身が魔力によってコーティングされた機体は、アルルの周りに展開された氷の壁を砕き、そのまま彼女の体を薙ぎ払った。


 彼女が展開する防壁もまた戦術級。その堅牢さは斬撃も銃弾も弾いてみせ、肉体へ傷をつけることは叶わないはず。しかし魔力を纏ったAMUの一撃は、致命傷には至らないものの、確実にアルルの体にダメージを蓄積させているようだった。

 

 吹き飛ばされた勢いのまま、着地。距離を取ったアルルは、一つ息を吐き額に伝う汗を拭う。魔女の身体能力が高いとはいえ、その肉体の強度は人間と大きく変わらない。酸素の供給が断たれれば、血液を失い過ぎれば……簡単に死ぬ。

 対してAMUは鋼鉄の体。搭乗している兵士は人間だが、その動力源は、機体そのものに備え付けられた、カートリッジから供給される魔力。それが尽きない限り、疲労に支配されることはなく、決して動くことを辞めない要塞。

 激しく続く戦闘により、アルルの疲労は明らかだった。AMUの魔力がどの程度で尽きるかはわからないが、屋外での戦闘を想定しているのであれば、相当な時間駆動できると考えるべきだ。ならば、時間をかければかけるほど、不利になっていくのはアルル。


 呼吸する度に上下する肩。氷の壁が砕かれ、氷の刃が折られる度に消耗する魔力。


 しかし、その表情に浮かぶのは――自らの勝利を確信した、笑み。


「――――!」

「ようやくか」


 ずっと、両者の戦闘を観察していたことで気づく、僅かな違和感。

 

 AMUの動きが……鈍くなっている?

 先ほどまでであれば、距離が離れた時点で、すかさず遠距離攻撃に切り替えていたはずのAMUが、アルルが態勢を整えた頃になって、初めて砲身を構える。その動作は、避けてくださいとでも言わんばかりの緩慢さだ。

 

 霜が降りた瓦礫。薄い氷を張る床。

 急激な気温の低下により動作不全を起こした機体が、魔力の伝導効率を徐々に低下させていく。アルルの狙いはそこにあったのだ。


「やるわね。でも、出来れば次回からは上着を用意してくれると有難いけど」


 鼻水を垂らしたシンモラがぼやく。それを一瞥したアルルの目線が、一瞬こちらを向いた。


『――頼みがある』


 氷の矢でAMUを牽制するアルルから、通信魔術による声が届く。


『これだけ派手なダンスパーティを続けていれば、すぐに次のお客が来る。それに、貴様らを庇いながら踊るのも限界が近い』

 

 敵の増援。

 まさに今この瞬間、この場所で向かっているであろう二つの勢力。

 

『よって、ここは私に任せて格納庫へ向かえ』


 目の前の機体を見据えたまま、彼女の思念は予想外の意志を伝えてきた。

 それはつまり、彼女自ら足止め役になるということ。 


『だが……』


 AMUの動きは封じつつあるとはいえ、彼女も限界が近い。敵戦力は未知数であり、今戦っている機体と同スペックの戦闘兵器がないとも限らないのだ。


『いいかセニョール、ここに居ても貴様に出来ることは何もない』


 正論。

 お前はいつもそうだ。


『っ……』

『貴様の役割は別にある。それは私では果たせない重要な役割だ』


 フラッシュバックする、離れ離れになった日のこと。

 しかし、あの時とは決定的に違うことがある。それは、アルルが俺を信じてくれているということ。

 

『……やれやれ、破天荒な相棒を持つと苦労する』

 

 振り向いた彼女と目が合い、笑う。

 そして俺もまた、この傍若無人な魔女のことを信じているのだ。 


『聞き分けの良い子には後でご褒美をくれてやる。精々生き残れ、アヤメ』

『お互いにな!』


 通信を追え、戦闘音をバックにシンモラの肩を掴む。

 

「博士殿、ここはあいつに任せる。格納庫へ案内してくれ」

「……オーケー。ここで挽肉になるのを待つよりかは幾らかマシね」


 俺の意図は、上手く伝わったようだ。

 力強く頷いて――鼻水を俺のシャツで拭ったシンモラは、アルルたちと逆方向に走り出した。



 ***



「――さて」

 

 走り去るアヤメとシンモラを見送り、再び目の前の機体へ意識を戻す。周囲の状況と同様、AMUの装甲には細かい氷の結晶が群れを成している。

 オイルの凝固、関節部分の凍結。砂漠地帯での昼夜の寒暖差は想定していても、氷点下での長時間の駆動は、その範囲外であったようだ。

 ギギ、と先ほどまでとは打って変わって、ぎこちない動きで凍結に抗う戦闘機械。搭乗している兵士の表情は見えないが、コンソールを操作する姿はかなり焦っているようだ。


 しかし随分と苦戦してしまった。

 体中が痛みを訴え、口の中は鉄臭い。殴られた衝撃で肋骨が折れたのだろうか、呼吸をするたびに、肺が痛んだ。

 

「――っふぅぅ」 


 息苦しさを誤魔化すように、大きく息を吐く。空中に投げ出された白い息が、虚空へ散った。

 顕現させた氷柱。先端に魔力が籠った細剣。柄を握る手に力を込め、一歩を踏み出す。

 凍った瓦礫を踏み抜く音に、AMUが()を上げた。向けられるガトリングの砲身。しかし、それは不愉快な音を立てつつも三十ミリ弾を吐き出すことはなかった。


「散々やってくれたが、相手が悪かったな。貴様が一個師団程度の戦力であるならば、私やスルトのような魔女は天災だよ。この世の中には絶対勝てない相手が存在することを知る、いい機会になっただろう」


 ゆっくりと前へ進む。床を踏む度に、足元から周囲が凍結し広がっていく。AMUとの距離が近づくほど、気温は更に低くなり、鋼鉄のボディを氷が覆っていく。


「最早、背後を取るまでもない」


 機体はもう、目と鼻の先。その頃にはもう、氷は防壁ごと機体全体を覆い、鋼鉄の兵器を物言わぬ氷像へと変えていた。


「いいデータが取れたな。今度は会う時は湯たんぽでも仕込んでおきたまえ」


 細剣の先端で、AMUだったものを軽く突く。

 途端にひび割れ、瓦解してく機体。音を立てて崩れ落ちる。



「っ……!」

 

 勝利に酔いしれる間もなく、体に襲い掛かる疲労。

 一瞬、目の前が暗転した。倒れ込みそうになるが、何とか踏み留まる。

 

「くそ……情けない」


 眩暈と頭痛。魔力を使い過ぎただろうか。或いは折れた肋骨が、肺を傷つけたのかもしれない。どちらにしても、これ以上の戦闘は避けたいところだが……。


 しかし、私の耳ははっきりと、こちらへ向かってくる複数の足音、そして床を揺らす規則的な重低音を捉えていた。


「うおっ! な、なんだこれは!」

「さ、さむい!? どうなってるんだ」

「あれは……まさかAMUか!? 馬鹿な!」


 霞む視界に映ったのは、小銃を構える警備部隊と……三機のAMUだった。

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