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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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氷蝕

 ――けたたましく鳴り響く警報に混じって、誰かの声と、ばたばた走り回る音があちこちから聞こえてくる。


「――それで、これからのプランは?」


 廊下を走り去った兵士たちを、ドアの隙間から見送ったアルルが振り返り、シンモラへ問いかける。


「っ……ちょ、ちょっと待ってよ。こっちはね……あんたたちみたいにっ、栄養全部が筋肉にいってるわけじゃないのよ」


 息を切らしながら文句を言うシンモラを尻目に、アルルはそっとドアを閉める。


「私たちはここの構造に詳しくない。シンモラ女史、先ほども言ったが今は貴様が頼りだ」

「わかってるわよ、もう……。ええと、とにかく私たちがここを生きて出るには、あの外壁と広範囲防壁の両方を破らなきゃいけないわ。でも、国の最重要施設を守る防壁だもの。そう簡単には抜けない」


「外壁はともかく、防壁魔術に関しては、中央教会には劣るが強力だった。正面突破自体はできても、恐ろしい時間と魔力が必要だろうな」

「残念。あんたの国の防壁もすごいとは聞くけど、それは単純な堅牢さの話でしょ。時間をかければって言ったけど、それじゃウチの防壁は突破するのは不可能よ。数日前に私が取り入れた術式のお陰で、損傷した端から自己修復していくように進化したんだから」


「……」

「余計なことを……」

 

 シンモラに対して、責めるような視線を浴びせる俺たち。

 

「う、うっさいわね! とにかく! 生身で挑もうなんて、現実的じゃないってことよ。それはここにある武器や兵装を使っても一緒のことよ。唯一の出入口は正面ゲートだけど、間違いなく押さえられているだろうから、それもナシ」

「……じゃあ、どうするんだよ」


 聞けば聞くほど八方塞がりである。

 しかし彼女は言ったはずだ。この状況を打破できる物が存在すると。 


「話を最後まで聞いて頂戴。何のために私がここまで話したと思ってるの? 実は、一つだけあるのよ。あの防壁を上回る威力を持った兵器が」


 そう、それそれ。勿体つけずにさっさと教えてくれればいいのだ。


「魔導兵装――義肢を作る中で得た知見を応用したもので、神経の跳躍伝導よりも速い魔力の伝達速度を、どうやって制御しているかって話になるんだけど、そもそも軸索が絶縁状態になっているのは――」


 これはいけない。


「んああ、まてまてまて! その有難い説明は、ここを無事に出られたときにでも、たっぷり聞くから! 今はそれの在処と使い方を教えてくれ!」

「……なによ。理論から説明した方があんたたちも納得できると思ったんじゃない。まぁいいわ。使い方は滅茶苦茶簡単よ。防壁を刺すなり斬るなりすればいいんだから」


 講釈を中断された所為で、不機嫌そうに頬を膨らますシンモラ女史。隙を見せれば説明が始まってしまう。学者とか研究者ってやつは皆こうなのだろうか。


 俺たちは素人なのだから、分り易くシンプルな説明を求める。

 今言ったように、刺すとか斬るとか――


「刺す? 斬る?」


 兵器というからには巨大な何かを想像していたが、その単語から連想できるのは、俺にとっては馴染みのある武器だった。


「ちなみ、その兵器とは?」

「――勝利の剣(レーヴァテイン)。このチンケな発展途上国が、莫大な予算を与えて作らせた戦術兵器にして、私の最高傑作よ」



 ***



「――全く、とんでもない客人だな」


 炎はすっかり鎮火し、後に残ったのは、真っ黒になった専門書たちの成れの果て。本や論文たちに罪はない。ここに存在していた知識の山に、少しだけ未練を感じながら、室内に残っていた兵士を振り返る。


「奴らに、ペルアンクの防壁を抜く術はない。潜伏するとすれば、この無駄に広い研究所内だろう。特にシンモラはここの構造にも明るい。排気口、配電施設、下水道まで、可能性のある箇所は全て捜索、封鎖しろ」

「はっ」


 兵士たちが去り、一人室内に残される。



「……噂以上だな」


 中途半端に燃えたテーブルに残された術式。魔力を失い、ただの記号の羅列と化したそれを指でなぞる。

 出力の調整、指向性、そして見かけの派手さ。あの一瞬で、これだけの情報を詰めた術式を書き上げた少女は、驚嘆に値する。相当に、魔術に精通していなければ、こんな芸当はできまい。魔女は、自分たちを追いやった魔術を忌避する。そんな常識など、最早通用しない時代なのかもしれない。


「しかし、最後に()()を手にするのは俺だ」


 硝子の割れた窓から、一陣の風が吹き込んだ。灰と塵が舞い上がり、頭上から降り注ぐ。

 もう、ここに用はない。踵を返し、部屋を後にする。ここまでやってきた目的。それを果たしに行かなければ。


 恐らくそこが、決戦の場となる。



 ***



 ――凄まじい衝撃。人間の持つ力など簡単に凌駕する、鉄の塊が壁を突き破って現れた。


「な、何だぁ!?」


 瓦礫から身を庇いつつ、即座に状況を確認。

 勝利の剣(レーヴァテイン)が保管されている、格納庫とやらに向かっている途中だった。突然、後方の廊下の壁が爆ぜたのだ。


 


 衝撃も轟音も、先の一度で収まり、土煙を上げる。その奥で、巨大なシルエットが立ち上がるのが見えた。

 


 ――風圧。


「アルルっ!!」 


 土煙を巻き込みながら現れた、鋼鉄の()が、その小さな体を襲った。

 華奢な体躯が叩きつけられ、そのまま壁を突き破り弾き飛ばす。


 煙が流れ、破壊を生み出した主が姿を現した。



「――AMU!? ここで戦争でも始めるつもり!!?」

 

 シンモラが叫び、それに反応する大型二足歩行の人型鎧。人間の体幹に当たる部分には、剥き出しのコクピットが存在し、そこに兵士が搭乗している。

 兵士の意志に合わせて、AMUの巨大な四肢が機械的な音を上げながら駆動し、圧倒的な破壊力を以て、ここに君臨した。


「ヘイヘイヘイヘイ! ちょっと待てよ! 俺たちはいつSFの世界に迷い込んだんだ!?」

「馬鹿言わないで! これもれっきとした魔導兵装よ!」


 ――Armored Magical unit. 

 通称AMU。ムスペルヘイムの過酷な環境での戦闘に耐えうるよう開発された、搭乗型戦闘兵器。その圧倒的な剛性と火力により、単騎で一個師団に相当するとすら言われる程の戦闘能力を有した機体。

 話には聞いたことがあったが、実物を目にするのは初めてだった。


 鋼鉄の左腕が、こちらを向く。丸みを帯びたフォルムをした腕の先端には、真っ黒な空洞が存在し、それは戦車の砲身を連想させた。

 

 ――そこに、極大の魔力が集中していく。


「やっば!!」


 肌が粟立つ。


 シンモラが悲鳴を上げ、その身を翻した。

 言われなくてもわかる。あれはやばい。どうにかして、逃げなければ。


 しかしここは直線の廊下。逃げ場など存在しない。あれの射程範囲がどの程度かは知らないが、少なくとも生身の人間が走って逃げられるとは思えない。


 しかし、それ以外に選択肢はない。あれだけの魔力を込めた攻撃を受ければ、身に纏った防壁魔術などお構いなしに、肉体は文字通り、跡形もなく消滅するだろう。



「くっ!!」


 選択肢は――ない。せめて片腕程度の損失で済むようにと願いながら、全ての魔力を防御へ回す。



 ――キという鋭い音とともに、砲身に魔力が充填された。



「――っ!!」


 今にも、その超巨大な魔力が解き放たれようとした瞬間――


「――!」



 紫電。


 指向性の魔力の塊を受けた、AMUの鋼鉄の体躯が真横へ吹き飛んだ。

 壁を砕き、横転する機体。再び舞い上がった砂塵は、遅れてきた衝撃波に掻き消される。

 

「なになになに!? 今度は一体何が起きたっていうの!?」


 掠れ声のシンモラの悲痛な叫びに応えるように、砂利を踏みしめる音が響く。



「――これはお返しだ。魔女を舐めるなよ、鉄屑風情が」


 重量級の機体を吹き飛ばした、暴力の主――アルルが額に青筋を立てながら、吐き捨てた。


「うっそでしょ……。なんでピンピンしてんのよ」

「ああ、あいつは丈夫さに定評があってね。危ないところだったが……アルル、助かった」

「……ふん」 


 俺たちの無事を確認し、鼻を鳴らすアルル。しかしその目に油断はなく、未だ警戒の色を浮かべている。

 

 その視線の先には、瓦礫を落としながら立ち上がるAMU。


「マジかよ……」 


 アルルの放った一撃を受けてもなお、健在。多少、半身にダメージはあるようだが、動作には影響がなさそうだ。


「頑丈だな。あれも……シンモラが?」

「……ええ、まぁ」 


 今度はアルルへ向け、再び砲身へ魔力の充填を始めるAMU。しかし、それを黙って見ている彼女ではない。AMUの挙動を目にした途端、その機体に向かって駆け出す。

 踏み込みは一瞬。その小さな体を利用して、機体の懐に潜り込んだ彼女は、コクピットに居座る兵士へと肉薄した。


「――あああああああ!」


 咆哮とともに握られた拳が、その体を捉える。


「っ!」


 轟音。しかし、拳が肉体へ迫る直前で、その勢いは魔力の壁により阻まれた。


「ちぃっ!」


 二対の鋼鉄の腕が、アルルを圧し潰そうと迫る。

 その場で垂直に跳躍したアルルは、空中で身を捻り、そのままの勢いで機体の上方を蹴り抜いた。

 衝撃にぐらつく機体。しかし、すぐさま態勢を整え、その剛腕を振るう。



 両者が動く度に周囲が破壊され、そこら中に瓦礫と砂塵が舞う。

 狭かった廊下は、すっかり一つの広い空間と化していた。


「あの子……防壁に素手で挑んで、なんで無事なワケ?」

「言っただろ、あいつは特殊なんだ。それにしても、あれじゃ埒が明かないぞ。何か弱点はないのか?」


 魔力同士がぶつかり生じる衝撃波から身を隠し、俺たちは人外どもの戦場を見守る。


「あれ、外骨格だから義肢タイプとは違って、使用者の魔力量に依存しないことがメリットなの。だから、カートリッジの魔力が底を尽きるか、背面にある動力源そのものが機能不全を起こせば――」

「そのためにはどうすればいい?」


 頼むから結論から話してほしい。論文を書く連中は決まってそうだ。最初に現状と疑問点を挙げてきやがる。


「……温度よ。ムスペルヘイムでの使用を想定した機体だから、熱にはかなり強い。動力源が魔力だから、内部の熱暴走も起きないの。でも、例えば氷点下での稼働には対応していない。急激な冷却には滅法弱いわ」


 光球を放ち、身を捻ることで攻撃を躱すアルル。

 AMUとの激しい肉弾戦を繰り広げる、彼女の口元が獰猛な笑みを作った。



「――好都合だ」



 彼女が笑った瞬間、周囲の気温が一気に下がる。


「な、なにっ!? ささささむっ!!」


 アルルが行使する、氷の魔法。

 顕現したのは、いつものように分厚い氷の盾ではなかった。


 アルルの周りに薄く展開された、幾つもの氷の壁。

 そして、その小さな手に握られた、氷柱のように透き通った細剣。

 刺突に特化した、まるでレイピアのような形状をした、攻撃的なフォルム。


「私に不意打ちを食らわしたことを後悔しながら死ね」

 

 その剣先に膨大な魔力を集め――

 一方的な破壊を始めるべく、少女が駆け出した。

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