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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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大脱走

 向けられた銃口は無数。兵士が押し入った衝撃で、天井近くまで積み重なっていた本が、雪崩の跡のように崩れ落ちていた。折角片づけた床は、再び分厚い専門書が支配し、不安定な足場を作り上げている。

 

 国家治安部の介入により露見した今世紀最大のスキャンダルは、あっという間に魔導研究所内に拡散した。途端に慌ただしさを増す研究所内で、唯一ここだけは別世界のように不気味な静寂を保っている。

 張り詰めた空気が肌を伝い、それに呼応するように全身の筋肉が緊張する。 


「……私が、魔女と共謀ですって? 冗談じゃないわ。一体何の話? 大体この人たちだって、ついさっき知り合ったばかりなのよ。この外部記録媒体だってそう。あなたが誰か知らないけれど、もう少し情報の精査はするべきじゃないかしら」


 沈黙を破ったのはシンモラ・ノルシュトレームだ。突然、ムスペルヘイム政府軍を率いて現れた色男――フロディに対して、臆することなく反論をぶつける。

 彼女は嘘を言っていない。俺たちとは先ほど初めて会話を交わした仲であるし、難民たちに流出した魔導兵装の情報だって、俺たちが運んできたものだ。


 しかし―― 


「あくまで白を切るつもりか、ミス・シンモラ。目的はデータ収集? 研究に没頭するあまり、自分がどれだけの罪を犯しているかわからなくなった線もありそうだ」

「ふざけるんじゃないわよ! 私が、私たちが作り上げてきた兵器が、どれだけこのイカれた戦争国家に貢献してきたと思ってるの!?」


 シンモラの悲痛な叫びに対して、難民キャンプで出会った男とは別人のような冷笑を返し、鼻を鳴らすフロディ。

 俺は知っている。この世の中には、想像を絶するほどの悪意が存在することを。そいつに睨まれたら最後。白いさぎも黒いからすとなり、潔白を訴えようが、真実を述べようが、羽虫を殺すくらいの気軽さで地獄の底へ叩き落されるのだ。

 国印の入った制服に身を包むこいつは、ユングヴィ・イン・フロディは、人の不幸が大好きで大好きで堪らない、あのド腐れ大司教と同じ性質の人間だ。

 

「ま、はっきり言って真偽など、どうでも良いんだがね。確かに君はこの国の兵器開発においては非情に有能だった。勝利の剣(レーヴァテイン)の完成も、君の力がなければ成し得なかっただろう。あれほど強力な兵器は他にない。だからこそ……大統領はその技術と知識が他国(よそ)へ流出するのを恐れていらっしゃる」


「っそんなことで……!」


 つまりはお国の事情。ムスペルヘイムのボスは、自らの傲慢さと臆病さを、シンモラの技術と知識が存在していなかったことにして解消しようとしている。国家の指導者としては、百パーセント間違った行動ではないことも理解できるが、有りもしない罪を着せられる本人からすれば、堪ったものではない。  

 


『――聞こえるか』


 静かに成り行きを見守っていた俺の脳内に響く、アルルの声。

 

『感度良好。この場合はどうするのがベストだ?』


 通信魔術の使用を気取られないよう、視線はフロディに向けたまま、傍らの少女へと意識を向ける。そのアルルもまた、魔力を通した通信用の指輪から光が漏れないよう隠しつつ、室内の状況を見回している。

 

『部屋の奥に窓がある。そこからシンモラ女史を連れ出せ。できるな?』

 

 視線を室内に巡らせる。大人二人程度は容易に潜り抜けれそうな窓。

 

『きっかけさえあれば』

『花火なら私が打ち上げよう。幸い、ここは火種に困らん』

『オーケー、お前のタイミングに合わせる』



「さて、これ以上の問答は時間の無駄かな。拘束しろ」

「ふっざけんじゃ……ちょっと! あなた達もなにか言いなさいよ!!」


 フロディの合図を皮切りに、兵士たちが次々と室内へ雪崩れ込んでくる。しかし床に積み重なった本のお陰で、思ったように進めないらしい。

 たった数秒程度の時間稼ぎ。しかし天才を自称するアルルが、傍らのテーブルに術式を書き終えるには十分過ぎる時間だった。



「――行くぞ!」


 アルルが叫び、魔力が奔流する。魔術の発動を示す光が煌めき、彼女の背丈ほどの炎が立ち上がった。それは瞬く間に、積み重なった本へ引火。俺たちと兵士を隔てるが如く、真っ赤な壁を作り出す。

 今にも俺たちの目の前まで迫ろうとしていた兵士たちから、どよめきが起きる。その間にも、次々と火勢は強くなり、噴き出した白い煙が視界を覆った。


「ああっ!? わわ私の……本が! ろ、ろろ論文が!!」


 顔を青くして立ち上がったシンモラは悲鳴を上げながら火元へ駆け寄る。すると、あろうことか素手のまま、引火した本の山を叩きだした。


 ……彼女の気持ちはわかるが、今はそれどころではない。専門書は高価だし、論文もきっと大変な思いをして書き上げたはずだ。しかしそれは諦めてもらわなければ。

 半狂乱で微力な消火活動に励むシンモラの腕を半ば呆れつつ掴み、そのまま窓に向かって駆け出した。


「ちょっと! 何すんのよ!!」

「悪いが諦めな! 死んでからじゃペンは握れないぜ!」


 学者の細腕にしては随分と力強く抵抗する彼女。だが、止まらない。

 

「ちょっとちょっと! どうするつもり!? 嘘! 嘘よね!?」

「何をしている!! 奴らを逃がすな!」


 俺の意図を察した彼女の叫びと同時、煙の向こうからフロディの怒号が聞こえた。今までの彼の軽薄な態度からは、想像できない慌てた声。

 これまで余裕たっぷりの男を演じてきた、奴の鼻を明かしてやった。それだけで、心の中で魚の小骨のように引っかかっていた何かが、すっと消えていくような感覚が満ちていく。


 窓まであと二メートル。

 最初こそ、室内に燃え広がる炎に怯んでいた兵士たちであったが、落ち着きを取り戻したのか、もうすぐ後ろまで迫ってきている気配を感じる。




 ――悲鳴と叫換を背中に受け止めて。

 勢いそのままに、飛ぶ。


「しっかり捕まってろよ!」

「ねぇぇええええええええ!!? 七階よおおおおおおおお!!!!!!!」



 体当たりで、窓ガラスはあっさりと砕け散り。

 俺と彼女は、いとも簡単に空中へ投げ出された。



「いやあああああああああああ!!」



 支えを失った体。

 空気の音。

 きらきらと光るガラス片。

 


「しぬうぅぅぅぅぅぅうううう!!!」


 シンモラの悲鳴。

 浮遊感が全身を包む。

 全てが重力と加速度に支配される。


「ひぃいいいいいいいやああああ!!!!」

「ええい! うるさい!!」



 アルルの怒鳴り声。

 それを聞きながら、そのまま自由落下――


「学者なら冷静に周りを見てみろ。阿呆め」

「……へ?」


 ――していなかった。


 本来ならば、遥か下方に見える黄土色の地面に叩きつけられ、グロテスクな肉の破片があちこちに飛び散るはずであった。

 しかし、体を包む柔らかな魔力。アルルの魔術による空中浮遊が、落下速度をかなり緩やかなものとさせていた。


「うそ…………とんでる」

「このまま逃げられば良かったが、三人同時ではこれが限界だ。しかし、これでミートボールにはならずに済む」


 上を見上げれば、雲一つない青空と、灼熱の太陽。そして、割れた窓から身を乗り出したフレディの姿。逆光に顔が隠れてしまっているが、俺が思い描いた表情をしていてくれれば良いな、と心の中でほくそ笑む。

 

「で、でも待ってよ。このまま着地したって研究所の敷地内よ……。どっちにしたって捕まるじゃない!」


 確かに、シンモラの言う通りである。とりあえず窮地は脱したものの、奴らはすぐに落下地点へ駆けつけてくるだろう。

 

「何か抜け道とか、やり過ごせそうな場所はないのか?」

「無理に決まってるじゃない! 治安部の連中が介入してきたってことは、当然ここの警備兵にだって連絡がいってるはず。すぐに集まってくるわよ…………ほら! 見てよあっち!」


 もう間もなく地上に足が届く。しかし既に彼女の指した方から、研究所の警備兵たちが大量に駆け寄ってきているのが見えた。

 まだ距離はあるが、ぼさっとしていればすぐに囲まれてしまうだろう。

 砂が薄く覆いかぶさった人工の地面に着地すると同時、警備兵たちとは反対方向に駆け出す。


「流石にあのモブども全部の相手はしてる余裕はないぞ」

「なぁシンモラさん、ここは魔導研究所だろ! なにか使えそうな武器とかないのか?」

「っあんたたちね……、ここまで巻き込んでおいて結局は他力本願なワケ!?」


 当てもない逃避行。このままでは追い詰められるのも時間の問題だ。


 しかし、とにかく距離を取らなければ。

 いかにも引き籠りの研究者といった顔つきをしたシンモラであるが、意外にも俺とアルルの足に着いて来られている。必死の形相であるが、叫ぶだけの余裕はあるらしい。


「で? あるのかないのか、どっちだ」

「うぅ……。ないことは……ない、けど。でも……あれはまだ実験も評価も中途半端だし…………」


 目を泳がせ言い淀む彼女に、アルルは多少の苛立ちを含んだ声で追い打ちをかける。

 

「いいか、よく聞けよシンモラ嬢。貴様がごねれば、それだけ秒単位で三人の寿命が減っていく」

「……あぁもうっ! わかったわよ!! 案内すればいいんでしょ!」


 今俺たちを追ってきている勢力は二つ。ここペルアンクに在中する警備兵と、シンモラと俺たちを陥れようとするフロディが率いる、政府軍の兵士たちだ。どちらか片方であれば、力押しでなんとかなりそうだが、問題はとにかく数が多いこと。そして、研究所を囲むように高く聳える壁と防壁魔術を突破するには、強力な武器が必要だ。

 丸腰の俺たちが無傷で脱出するには、少々難易度が高い。


 しかし、幸いなことにここは魔導研究所。ムスペルヘイムにおける兵器開発の中枢。ここを突破するための装備なら、掃いて捨てるほど保管されているはず。


「ただし! 絶対大事に扱うこと! 壊したらタダじゃおかないんだから!」

「任せておけ。壊すことに関しては、私の右に出る者はいない」

「絶対あなたに使わせないからね!?」


 位置がバレることも厭わず叫ぶ、彼女の丸まった背中が随分頼もしく思えた。


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