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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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調和されたアクシデント

「ごめん、ちょっと散らかってるけど適当に座って」

「……ちょっと?」


 見渡す限り紙の山。

 不健康。ただただ、その一言に尽きる室内だった。

 魔術や医学だけではなく、歴史、兵器工学など様々な専門書が、壁紙を覆い隠すように積まれている。必要最低限の導線だけが確保された床は、いつから掃除をしていないのか、くしゃくしゃになったレポート用紙が散乱し、混沌模様を呈していた。


 なんとかスペースを確保した俺たちは、パイプ椅子に腰かけ彼女の用意したハーブティーに口をつける。


「魔導兵装開発室、主任のシンモラよ。ここに来るまで手続きが多くて大変だったでしょ。炎天下の中お疲れ様」

「アヤメと、こっちはアルルだ。なに、大したことじゃないさ。俺の故郷じゃ、ほとんど見ることのできない青空を堪能できて有意義な道中になった」


 それは良かったと、俺とアルルを順に眺めるシンモラ。化粧っけのない彼女の顔は良くも悪くも、日々研究に追われる中間管理職のイメージを裏付けるものであり、目の下に深く刻まれたクマと、ひび割れた唇から溢れる哀愁が、本来の年齢よりも老けた印象を与えている。


「多忙な室長殿の時間を取らせて申し訳ないね」

「いいのよ。こうしてサボる口実になるもの。仕事は部下に全部押し付けてきたし、何か緊急のトラブルでも起きない限り、しばらくは自由よ」

 

 無造作に伸びた金髪をかき上げ、シンモラは笑う。労働から解放された喜びを隠しきれない表情を見せる彼女に、俺は苦笑で返した。


「それで? 今日はどんな用件で、こんな乾燥地帯の果てまで?」


 ――何から話したものか。とりあえずは、フロディに頼まれた荷物ブツに関して、その経緯から説明することにした。



「――なるほど。どうやら、難民たちに流出した魔導兵装に関するデータみたいね。術式の出力に安定性。それから義肢換装時の拒否反応に、長期経過から見た最終的な適合率。有意義な情報だわ。ここじゃ日常生活や実地戦闘でのフォローアップが不足しがちだもの」


 フロディから渡すよう依頼された外部記録媒体に魔力を流し、一人納得するように頷くシンモラ。


「それでだな――」

「それにしても、魔導兵装は良い結果を出してくれてるわ。つい最近まで、義肢といえば脳から発生した微弱な筋電位を用いた筋電義肢が主流だったんだけど、私から言わせればてんでダメね。っていうのは表面電極からモータに至るまで経由するものが多すぎるのよ。要するに重量の問題よね。使用時間が長くなればなるほど、筋疲労の蓄積で事前に学習したニューラルネットの重たさじゃ正しい動作を識別できなくなる欠陥品よ。一応再学習をさせ続けることで識別率の低下を抑えることはできるけど、ノイズが多すぎて結局は筋疲労に対応できなくなってくるの。その状態で使い続けても今度は筋疲労状態で運動学習が進んでしまうから――」


「……」

「その点魔力による制御なら、シナプスを介す必要が――」

「…………」

「課題としては、術式の応用よね。一応書き換えは可能だけど、そこには魔術の知識が必要になるから、どうしても…………あ」


 俺の言葉を遮り、息継ぎの間もなく喋り続けたシンモラはようやく、はっとしたように口を抑える。ぽかんと口を開けた俺たちを見て、気まずそうに目を伏せた。


 ……なるほど、流石は研究者――いや、義肢オタクとでも表現しようか。よくもまぁ、一人でそこまで喋り続けられるものだと感心さえ覚える。

  

「……いや、自分の浅学を思い知ったよ。要するに……それを解決するのが魔力制御による義肢だったり人工臓器ってことなんだろ」


 正直、内容の半分も理解できなかったが、それっぽいことを言って、次の言葉を促す。

 くたびれた第一印象を与えた彼女だったが、自分の成果を話す姿は実に活き活きとしており、子供のように目を輝かせていた。こちらが本来の彼女の性格なのだろう。 


「はぁ……職業病みたいなものね。私っでばいつもこうなの。ついつい周りが見えなくなっちゃう癖があって」


 自身に呆れるように頭を抱えるシンモラは、ややあって神妙な表情を浮かべながら顔を上げた。


「それにしても……妙だわ。このデータ自体はすごく有意義なものだけど、その……提供元のフロディさん? 私、彼のことを知らないのよね」


「……なんだって?」

「……奴は確か、フロージとも名乗っていたが、そっちに聞き覚えは?」


「いいえ、全くよ。大体、私たちが開発した魔導兵装がどうして難民たちに流出してるかもわからないの。それもあんなに大量に。こうして情報がフィードバックされるのは有難い反面、勝手に技術が使われていることには、かなりムカついているの」


 先ほどまでと一転して流れ始める不穏な空気に、アルルと顔を見合わせる。

 心の隅に居座っていた疑念が、再び顔を覗かせた。もやもやとした、収まり悪い感覚が胸に広がっていく。


「どういうことだ……?」

「どうにもキナ臭いわよね。そのフロディって人が一体何者で、どんな意図であなた達をここに寄越したのか……。申し訳ないけど、このデータを持ってきた時点で、あなたたちのことも完全には信用できないわ。難民に諜報部が紛れ込んでいても、驚きはしないけれど、そう名乗るだけなら誰でもできるもの」


 彼女が俺たちに向ける懐疑的な視線も、納得できるものだった。

 俺も、フロディの言葉を全て信じていたわけではない。手掛かりがなかったとはいえ、彼に従ったことが軽率であったことも、理解はしている。

 そしてそのフロディに遣わされて、ここまでやってきた俺たち。シンモラから見れば、素性の知れない者たちに腹の中を探られているような、そんな気分だろう。


 そもそも今回の件は初めから不自然な点が多すぎるのだ。



「……私も奴のことを信用していたわけではない。だが、私たちは――」


 ――アルルが紡ごうとした言葉は、部屋の外から響く複数の足音に遮られた。


 段々と近づいてくる足音が床を叩く。その中に、聞き慣れた金属同士がぶつかる音が混ざっていることに気が付き、自然と警戒心が体を巡る。


 腰に手を回して――柄を握ろうとした手が空を掴み、心の中で舌打ちした。



「――失礼するよ。ミス・シンモラ」


 無遠慮にドアを開けて入ってきたその男は、背後に大量の兵士を従えていた。研究所の周りで見た見張りたちとは、また違う武装に身を包んだ兵士たち。その装備には、皆共通してムスペルヘイムの国印が刻印されていた。


 ヘルメットに隠れた顔がどんな表情をしているかわからないものの、その声色やこちらに向けられる複数の銃口から、友好的な態度ではないということだけは理解できた。


「……なによ、あなたたち。今日は治安部の街宣活動の日? それとも暇な役人が開発の催促にでも来たってワケ?」


 

「ミス・シンモラ。あなたにはスパイ及び国家機密漏洩の疑いがかかっている。抵抗された場合は武力行使も構わないと伝えられている。大人しく拘束に応じろ」


「ハァ!? なによソレ! ばっかじゃないの!? スパイってどういことよ!?」


「……証拠なら、今あなたが手に持っているでしょう」

「……! これは、この二人が……! まさかアンタ達――」


 手にした外部記録媒体を見て、次いで彼女の鋭い視線が俺たちに向けられる。未だ事態が呑み込めない俺は、弁明しようとして――既にその段が過ぎていることを察し、ただ首を横に振ることしかできなかった。



「そこの二人もだ。国際級の犯罪者が、こうも堂々とペルアンクに侵入するとは。今一度セキュリティ状況を見直す必要があるな」

「……!」

「…………」



 隣に座るアルルから、微弱な魔力の気配が立ち昇る。細められた目には明らかな不満と苛立ちの色。抵抗する気満々の彼女を手で抑え、なんとか平和的解決を望めないかと思考を加速させる。



 どうやら俺とアルルの素性も割れているらしい。

 一体どこから情報が漏れたのか。フロディの用意した偽の身分証に、アルルの偽装魔術。どちらを信用するかなど、答えは明白。


 この国で、俺たちの正体に言及し、そしてここまで導いたのは――



「――全くだね。だがそのお陰で、こうも簡単に国家に巣食う鼠どもを一掃できるわけだ」


 突如、兵士たちの間を割って現れた男。

 鍛えられた体躯から漂うムスクの香りが部屋を満たす。へらへらとした軽薄な態度は記憶に新しく、その一挙手一投足が鼻につく、腹が立つほどの美男子。



「実に残念だよ。シンモラ・ノルシュトレーム。勝利の剣(レーヴァテイン)計画の中枢を担っていた君が、まさか魔女と共謀するテロリストであったとは」


 難民キャンプに潜伏し秘密作戦を遂行中の国家諜報員であり、今回ここに向かうよう、俺たちに依頼した張本人。


 その甘いマスクに冷酷な笑みを張り付け現れたのは、ユングヴィ・イン・フロディその人だった。

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