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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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地の果て

 小さな頃からずっと、自分の顔が嫌いだった。低いだんごっ鼻に、垂れ下がった目尻。頬の周りのそばかすなんて、鏡に映る度に吐き気がする。おまけにパサパサで枝毛だらけのくすんだ金髪。屋内勤務になってから多少はマシになったけど、最近は忙しすぎてケアも碌に出来やしない。


 人気のないトイレ。

 鏡の前で、そっと目の下のクマをなぞる。もうすっかり私の相棒となったそいつは、血行不良を伝えるお節介焼きだ。


 ……最後にベッドで寝たのはいつだったけ。最近は研究室のソファか、デスクが私の寝床になっている。仮眠室はあるけれど、あそこは男臭くてイヤ。この間なんて、イクバールの奴が経理事務の女と一緒に出てきたところ見ちゃったんだから。考えられない。フツー、共有スペースでセックスなんてする? どいつもこいつも本当に下品!

 それに、あの室長。あいつはいちいち距離が近いし、ボディタッチも多い。そのうえ息が臭い所為で、みんなから避けられてる。だからって私のところに来ないでほしいんだけど。あの黄ばんだ歯を至近距離で見ると鳥肌が立つ。実験中に死ねばいいのに。


 とにかく、こんな些細なことでも苛々するくらいには、私のキャパシティも限界を迎えつつあるってこと。人間ってストレス溜め込み過ぎるとおかしくなっちゃうって聞いたことあるけれど、今の状態がまさにそれって感じ。


 私には癒しが必要だ。それもとびっきりの癒しが。

 ……ああ、スルトに会いたい。あの細くて、でも力強い腕で私を抱き締めて、艶のある唇でキスをして、炎のような情熱で今すぐ包んでほしい。

 子供が出来なくたっていい。愛がなくたっていい。あなたと過ごした日々だけが私の宝物なんだから。


「――任! シンモラ主任! どちらにいらっしゃいますか!?」

「……ここよ、アイーシャ。どうしたのよ、そんなに慌てて。また何かトラブル? それともあなたのカレシが、またしても仮眠室を占領してた?」


 至福の妄想時間(リフレッシュタイム)を掻き消す、騒がしい声。溜息を吐こうとして……呑み込む。代わりに、嫌味たっぷりの言葉をプレゼント。


「なんですかそれ……じゃなくて! 実はサンプルが一体暴走を始めちゃいまして!」

「……何よ、そんなのさっさと鎮静しちゃえばいいじゃない」

「そ、それが少し出力を高く設定しちゃった所為で、ミダゾラムが効かないんですよぉ」


 小動物のように動き回る彼女の頭を軽く叩く。可愛い後輩ではあるが、詰めが甘いところが玉に瑕だ。


「何してんのよ。もう、また力づくね……。一応、魔力抑制の準備はしておいて」

「はい!」


 忙しない日々だけど、何だかんだ充実はしている。


 ――ああ、スルト。もう少しだけ待っていて。

 もうすぐ、あなたに会いに行くわ。



 ***



『――シンモラ・ノルシュトレーム。神経細胞間魔力跳躍伝導及び、それを応用した魔導兵装開発における第一人者』

『ムスペルヘイムに広がる砂漠の海。その端にある、政府主体で運営される魔導研究所――ペルアンクに彼女はいる。君たちはそこまで、この外部記録媒体を運んでもらう』


『ミッションの難易度は、そうだな……バーで会った女の子に声をかけて、一晩付き合ってもらうくらい、かな。超簡単だろ?』

『僕も久しぶりに彼女に会いたかったんだが、生憎難民キャンプ(ここ)を離れるわけにはいかなくてね。あくまで今の僕の身分は戦争難民だ。そんな人間がわざわざ、公営施設までデリバリーとして出向くのは、あまりにも不自然なのさ』


『――向こうに着いたら、これを見せれば通してもらえる。それと、くどいようだが君たちは国際手配中の犯罪者だ。せめて服装くらい、この国に合わせてみればどうかな』




 ――二人乗りのサンドバギーが、広大な砂漠にタイヤの跡を残しながら走り続ける。安っぽい駆動音が乾燥した空気を巻き上げ、はためくターバンに砂交じりの風を運んだ。


「このままフロディの言葉に従うつもりか!?」


 助手席に座ったアルルが、俺とお揃いの白いガラベーヤの袖元を押さえて叫ぶ。風の音に負けないよう声を張り上げる彼女は、いつになく上機嫌に見えた。


「正直半々ってとこだな! だが、これしか手掛かりがねぇのは事実だ!」

「奴が体外諜報員というのも、本当か怪しいぞ! 今回の件は作為的なものを感じる!」


 同感だ、と沈黙で返す。結局あの後、フロディの口車に上手く乗せられて、俺は砂漠のど真ん中で安物四輪車を転がす結果となっている。

 スルトから捜索を頼まれた、協力者――シンモラ・ノルシュトレーム。そして偶然出会った難民キャンプの幹部が、そのシンモラに届け物をしてほしいという。こんなことがあり得るだろうか。あまりにも出来過ぎていると、裏を勘ぐってしまうのは当然のことだ。


「いっそこのまま逃げるのはどうだ!?」

「……それも悪くない! 貴様がしっかりエスコートしてくれるならな!」


 顔を見合わせて、笑う。一年近くを過ごしてきた灰色の街から抜け出して、晴天の下。広大な砂漠は、間違いなく俺たちの心を開放的にしてくれている。

 細かいことを考えるのは止そう。とにかく、目の前の手掛かりを追っていけば、道は拓ける。 

 

 知らない間に、なにか陰謀にでも巻き込まれている気がしなくもないが、今は成り行きに任せることにしよう。


「――見えてきたぞ!」


 難民キャンプから一時間と少し。南南東へと車を走らせ、ひたすら続いた黄土色の地平線上に終着駅が現れた。

 白いドーム型の巨大な建造物。砂上に堂々とそびえ立つ軍事産業のブレイン。巨大な壁に囲まれた、魔導研究所ペルアンクの一部が見える。


 ムスペルヘイム政府軍の軍事力を支えるのは、強力な兵器の数々だ。他の地域に比べ、魔女の力を持った子供が産まれ易いと言われており、特に魔力に関する研究は盛んに行なわれている。歴史を辿っていけば、世界の夜を照らす人工魔力灯も、実はムスペルヘイムで開発された物らしい。

 しかし膨大な資金が、魔術研究や兵器開発に注がれる一方、貧困や食料難が問題視されているのも事実。そのため、度々クーデターや新たな難民が発生している。人が居てこその国であるはずだが、最近では戦争をするために国を運営しているような、そんな印象を受けてしまう。



「止まれ! この時間に訪問客の連絡は受けていない。何か身分が証明できるものは?」

「そいつはすまん! 空飛ぶ絨毯並みにアクセルを吹かしてきたせいで、情報が届く前に到着しちまった!」

 

 サンドバギーのブレーキを踏み、詰所の兵士に叫び返す。

 流石に、国の軍事中枢だけあって、セキュリティは厳重だった。余りある敷地を囲うように巨大な防壁魔術が張り巡らされており、それを越えれば見上げるほど高い壁が侵入者を阻む。

 当然、見張りも厳重。見たことないタイプの自動小銃を抱えた兵士が巡回し、鼠一匹すら立ち入りを許さないと、その目を光らせている。


「俺たちは政府からの使いだ! シンモラ・ノルシュトレームに取り次いでもらいたい!」


 フロディから受け取った偽の身分証を、詰所から降りてきた兵士に渡す。そのまま身分証に魔力を通した彼は――俺たちの顔と身分証とを繰り返し見比べる。


「――失礼した、そのまま中へ進んでくれ! だが一応、武装は預からせてもらうぞ」


 指名手配中ではあるが、アルルの魔術を以て顔を偽装すれば、一兵士の目など誤魔化すのは容易い。ザル警備のように思えるが、それはアルルの魔術がそれだけ高い水準にある証拠でもあるのだ。


「ああ、構わないさ。こんなおっかない場所で、こいつを振り回せば一瞬でトマトケチャップになっちまう」


 肩を竦め、鞘に収めたままのサーベルを兵士へ差し出した。格納式ブレードは、先の戦いで失くしてしまったため、傷病中のフレデリクから失敬してきたものだ。


 フロディが言うには、このサーベルも魔導兵装の一種だとか。柄から伸びるトリガーを引くことで、予め装填してあったカートリッジから魔力が充填される仕組みらしい。あの大尉殿は魔術を扱えないが、この武装のお陰で異端審問官オリヴェル・スカーシュゴードと対等に戦うことが出来たのだ。


「研究所に入ったらロビーで待っていてくれ。こちらから内線を回しておく」

「どうも」

「ご苦労」



 サンドバギーのアクセルを踏み、敷地内へと進んでいく。

 いよいよパンドラの箱、その中身とご対面だ。

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