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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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不顕の毒

「こんな場所だが、寛いでくれて構わない。エールでも出せればよかったが……悪いがコーヒーで我慢してくれたまえ」


 難民キャンプの中央にある比較的損壊の少ないアパートメント。突然現れた二枚目の手によって拘束を解かれた俺たちは、隙間風に運ばれてくる砂粒とオサラバし、ひとまずの安寧を得た。

 ここに辿りつくまでの道すがら、魔導兵装を身に着けた難民たちから敬礼を受けていたこの男は、やはりダウワースが幹部と呼んでいた人物なのだろうか。


「……どうも」

 

 一口飲み、苦虫を嚙み潰したような顔でコーヒカップを押し付けてきたアルルを半目で睨む。

 独特なスパイスの香りを漂わせるコーヒーに口をつけ、目の前のくたびれたソファに深く腰掛けた彼の言葉を待った。

 

「しかし驚いた。補給隊が外国人を捕まえたって言うから様子を見に来てみれば、つい先日手配書で見た顔と対面することになるとはね。ここには亡命で? まさか観光ってことはあるまい」


「……」


「何もない場所だろう。唯一あるものと言えば、砂漠と戦争くらいなものでね。娯楽がなければ人の心は荒む。人の心が荒めば、また次の争いが起きる。そうやってこの国は少ない資源を食いつぶしてきたのさ」


 わざとらしく肩を竦めて見せる。軽薄な態度を崩さない男であるが、只者ではない雰囲気も漂わせている。

 

 国際指名手配犯の異端審問官と魔女。

 ニヴルヘイムに引き籠っていた間に大層な肩書きが付いたものだが、この男はそれを知った上で俺たちの拘束を解き、自らの腹の中へと招き入れたのだ。そこにどんな意図があるかは知らないが、最早ただのお茶会でこの場が収まらないことは明白。

 どうしても、柔らかく不安定な砂の上に立っているような、そんな錯覚に襲われる。


「ああ、自己紹介がまだだったな。ここではフロージと()()()()()()。あんたたちのことは知っているよ。異端審問官アヤメと魔女アウルゲルミル。奇特な組み合わせだが……ロマンチックだ。俺も若い頃は身分違いの恋ってのに憧れたものさ」


 どうにもこの色男は、俺たちの関係について少し誤解をしているようだ。小屋で聞かれた会話がそれに拍車をかけたような気もするが……そもそもアレを甘酸っぱい雰囲気などと表現するのは、よっぽどの恋愛脳でなければ、そうはならないだろう。


「それで……俺たちを解放した理由は?」

「おいおいそう焦るなよ。折角はるばる異国まで来たんだ。コーヒーの感想くらい聞かせてほしいものだね。何せ現地で栽培された豆だ。生憎砂糖もミルクも切らしているから、小さな魔女様の口には会わなかったようだが」


 そして口も達者だ。こういうタイプには主導権を渡したくない。重要な部分ははぐらかされて、その上俺たちの情報だけを掠め取っていく。そんな未来が易々と想像できる。


「腹の探り合いをするつもりはねぇよ。俺たちも暇じゃないんだ」


 出来るだけ語尾を鋭くし、その意志を伝える。

 それに対して、やれやれと言いつつも軽薄な笑みを崩さない口角。整った顔立ちは、どんな仕草でも様になる。実に腹立たしいことだが。


「全く、せっかちは犬も食わないというのに……。まぁいいだろう。君たち二人を解放したのは、簡単に言えば僕に協力してほしいからさ」

「――協力?」


「勿論タダとは言わない。君たちだって、わざわざ世界有数の紛争地帯に来たってことはそれなりの理由があるんだろ? ま、その目的次第ではあるが、可能な限りそれに手を貸そう。お互い帰る場所を追われた者同士だ。手を取り合ってハッピーエンドを迎えても、神様は見逃してくれると思うがね」


 最近、こいつと似たような話し方をする魔女と知り合った。こちらを馬鹿にしているのか、単なる余裕の表れなのかは知らないが、とにかく回りくどい。相手に物事を伝えるときは、簡潔に分り易く。これが鉄則だ。

 しかし、相手の判断力を鈍らせるための作戦だとしたら、実に理に叶ったやり方だ。事実、俺の中では苛立ちが募り始めているし、知らず知らずのうちに人差し指が腿を繰り返し叩いてたのだから。


 コーヒーカップに手を伸ばし、気持ちを落ち着かせる。とにかくクールに、だ。


「それは信頼関係があっての話だろう。非常に魅力的な提案だが、我々と貴様との間には、それに値する物をまだ結べていない。そもそも、()()を使って近づいてくる奴の何を信じろと?」


 隣に腰かける少女のなんと冷静なことか。横目で俺の様子を確認したアルルは、目の前のハンサムの失言をつつく。


「……やれやれ、可愛らしい女の子だと思っていたが、これはなかなか。アヤメ君、将来は彼女専用のラグになれることを光栄に思うべきだね。勘違いするなよ、女性の尻に敷かれることほど、男冥利に尽きることはない」


 わざとらしく溜息を吐き、俺と同じくコーヒーカップへ手を伸ばす。不思議なことに、この世界ではイケメンの歯にはステイン汚れが付着しない仕組みになっているらしい。白い歯を覗かせて、へらへらと笑う彼の笑顔が、どうも癪に障るのは俺の性格が歪んでいるからだろうか。


 「ユングヴィ・イン・フロディ。これが僕の名だ。ついでにもう一つ、君たちに明かそう。僕は現在進行形で、国家の安全に泥を塗りつける不届き者の鼻を明かすために、秘密作戦を遂行中の身だ」



 回りくどい言い方をするが、それが意味するところはすぐに理解できた。同時に、軽薄な笑みを浮かべるこの男の印象が、がらりと一変する。


「……なんだと?」

「作戦……政府軍!?」


 つまり、この難民キャンプに紛れて、幹部という立ち位置に居座っているこの男の正体は――


「正確には体外諜報部ってやつだ。君たちも不自然に思ったはずだが……軍でも正式採用されたばかりの魔導兵装が、こんな辺境の難民たちにまで流れ、堂々と換装されている。出所は? 資金源は? 色々調べてみたところ、政府の中に不自然な金の動きが複数あってね。いくつかはフェイクだろうが、本命はここと繋がっているはず」


 一息つき、コーヒーを飲み干す。


「ここを野放しにしているのはそういうワケだ。難民たちを利用して政府にでかいクソを垂れようとしている奴らの頭に、正義の銃弾をぶち込む。そいつが僕のジョブってことさ」


 そういえば――こいつは()()だ。道理で、他の難民たちとは纏っている空気が違う。しかしスパイというからには、もっと身なりも周りに合わせるのが道理なのではないだろうか。こうもあからさまで、よく気づかれないものだが、なにかカラクリがあるのだろうか。


「君たちにはその手伝いをしてもらいたい。なに、難しいことを頼むつもりはない。ちょっとしたお遣い程度のことさ」


 俺がやると不細工なウィンクも、フロディがやれば様になる。これが格差か。

 ――しかし今は、それどころではない。


「――ってちょっと待て! そんな話を先に聞かせるなんて卑怯だろ!?」


 思わず立ち上がる。

 こいつが今語った内容は本名がどうだとか、それどころの騒ぎではない。超がつくほどド級の爆弾を放り込んで来やがった。


 政府による諜報活動。秘密任務と呼ばれるそれが、外部に漏れればどうなるのか。余計なことを知った異端審問官と魔女の口を塞ぐ程度、どうとでもできてしまう。


「……どんな国家でも、周辺国の動向には目を配っているものさ。特に各国に根を張る教会という組織の動きには敏感でね。比較的、こちらではお宅の宗教はメジャーではないが、それでも無視できる存在じゃない。ちゃんと君たちのことも調べさせてもらっている」


 気づいたときにはもう遅い。軽薄さを張り付けたその裏には、蟻地獄の顎。逃げ出そうとすれば、追い打ちのように砂流が襲い掛かる。

 迂闊だった。不機嫌そうに頬を膨らしているアルルも、実際のところ彼がわざとぶら下げていた餌に釣られたという訳だ。


「っ……」

「そんな顔をしないでくれ。これは君たちにもメリットがある話だよ? 君たちに力を貸す男が、ただの難民から国家諜報員になったわけだからね」


 眉根を寄せるアルルと目を合わせ、諦めの表情を作る。フロディの言うことも、一理はある。どちらにしても、この国で頼れる者などいなかったのだし……。政府の人間と関係を作れたのは、考えようによってはプラスに働く。

 ……あくまで無理難題を提示されなければ、の話ではあるが。



「で? 貴様がしてほしいお遣いとやらは、なんだ」

「ふふふ、君たちならそう言うと思っていた」


 ――もうどうにでもなれ。落ちていくところまで落ちて、後のことはそれから考えよう。

 そう胸の中で決意をした俺は、思わぬところで地上へ続く階段を見つけることになる。


「――シンモラという女性に、あるデータを渡してきてもらいたい」


 フロディが口にしたのは、奇しくも俺たちの探し人と同じ名前だったのだ。

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